第五十九話 実技編《夢見が悪い、すこぶる悪い》
ライスシャワーをうまぴょいまで行かせてやれない……準決勝までは行くんや……。
ちょっと熱中し過ぎて文字数も少ないですが、魔剣のお話です。
しばらく無言のまま見張りを行い、時間になって声を掛けてくれたカグヤと交代。
外にまで響くほど豪快な寝息が聞こえる、テント前のテーブルに。毛布にくるまって寄りかかり、重い瞼を閉じる。
ほどなくして眠気に意識を奪われて、そして──。
『待っていたぞ、適合者』
「ふざっけんな! 来たくて来た訳じゃないんだよ、この野郎! ちゃんと寝かせろやっ!」
いつか見た、黒い空を背に赤色の幾何学模様が浮かぶ空間で。
眼前に浮かぶ紅の大剣にドロップキックをかました。
◆◇◆◇◆
「まったく、探索してる時は黙りこくってたクセに。いきなりこの空間に連れてくるなよ、心臓に悪い」
『うむ、性急すぎた節が見られるのは致し方あるまい。反省しよう』
ぶっ飛んで、再び目の前に浮遊し、緩く明滅を繰り返すレオを睨む。
言動、態度において配慮の色が見えない。表面上はともかく中身が空っぽで軽く流されている気がする。せめて事前に確認くらい取ってほしい。
まあ、俺を通して心を学ぶのが目的というくらいだ。まだそういう考えに及ばないのは仕方ないか。
『しかしながら適合者用の調整を済ませた故、休眠する瞬間を狙って招き入れたのだ』
「調整? ……ああ、レオを隠してたのがバレた時に言ってたっけ」
目が眩みそうなほど、強烈な色味をしている周辺を見渡す。
現時点で魔剣についても異能についても分からないことが多い。特にレオが持つ破壊の力。異能がもたらす力の一端を目にした俺としては、未知の物が身近にあるのはとても怖い。
それらへの理解を深める為に人目につくかもしれない現実ではなく、この精神空間を利用する。
いわばここは修行場であり、肉体と意識をある程度共有しているからこそ成せる業なのだとか。
その際、異能が何らかの形で俺に悪影響を及ぼさないように、手を加える必要があったのだ。
『とはいえ、現実と同等の再現性を持たせたまま異能を存分に扱えるように、空間の維持を強固にした程度だがな』
「なるべく使わないのが一番だけど、そうも言ってられない状況があるだろうからね。慣れておかないと……でもさ、見た目はどうにかならなかったの?」
『無理だ。あくまで我の精神の中であるから策を講じられるのだ、過剰に変化させる訳にはいかん。もし仮にだが、汝の精神を交わらせて作り変えたら──存在そのものの書き換えになってしまうぞ』
「さらっと人格崩壊の可能性を示唆されて気が滅入るわ」
初めて魔剣に触れた時のことを思い出す。
レオに意識を閉じ込められて、肉体を奪われ成り代わろうとされた挙句、四肢が千切れそうなほど執拗に痛めつけられた。
自らを省みず、何を見ても無関心、ただ動くだけの肉人形。
本人を前にして言うのもアレだが、もう一度あんな風になるのは勘弁願いたい。
『まあ、我の空間から自力で抜け出すほど、強靭な精神力を携えた汝であれば問題は無いだろうがな。以前ならば出来たというのに、無防備であるはずの領域に干渉することすら不可能な時点で異常だぞ』
「人の精神強度を化け物みたいに言うな。それと万が一って言葉知ってる? 悪いことってのはどれだけ確率が低くても、起こる時は起こるんだぜ」
『汝の過去を知った今だと容易に納得できてしまうな……』
不本意だが記憶を読み取られている為、説得力が増しているようだ。ほとんど黒歴史のような物だが。
とにかくこうして修行場が完成した以上、使わない手はない。
見張りの交代まで時間はある。折角の機会だ、存分にやらせてもらおう。
◆◇◆◇◆
「──壊れろ!」
レオが生み出した仮想の建物と、そこから飛び出す複数の魔物に対し自分の意思で異能を発動させる。
両手で構えた魔剣が一瞬だけ怪しく光ったかと思えば、視界に捉えた全ての魔物にだけ亀裂が奔った。
ガラスを叩き割ったかのような蜘蛛の巣状のヒビが広がり、足下から崩れ落ちる。
特訓を開始し、休憩を挟みながら数十分が経過。
レオから直接指導を受けている甲斐もあってか、狙い通りに異能を使えるようになってきた。
『うむ、異能の制御に問題は無いようだな』
「一応なんとかなってるけどさ……射程範囲は視界の全て、防御を無視した特大威力のダメージとか、極悪マップ兵器みたいだ……しっかり意識して抑えないと」
一旦休憩しようとその場にへたり込み、ジクジクと痛む頭を抱える。
異能は凄まじい力であり、恐ろしいことに何のリスクも無く使えてしまう。故に使い手である適合者が、制限を掛けなくてはならないのだ。
特に俺は眼が良いから無駄に射程が広く遠く、多くの対象から選ぶ必要がある。
選んだ後もどの程度まで壊すか、範囲や威力を明確にイメージして放つ……これを戦闘の激しい流れの中で集中して行うのだ。
練武術にある技でも言えることだが極限まで思考を研ぎ澄まし、無駄を削ぎ落とし、一点を穿つのは難度の高い技術。それを技でなく異能に置き換えるのだ。
単純にキツい。めっちゃキツい。脳味噌が弾けるかと思った。
魔剣本体であるレオが完璧に使いこなしているし、思考を共有すれば任せても問題は無いとは言う。しかしそもそも魔剣の意思と、こうして積極的に関わっている状況が特殊だ。
このまま甘えて、出来ることに背中を向けているのは情けない。きちんと向き合うと決めたのだから。
超常の力を反動も無しに行使して慣れるのは危険だ、と。
忘れないようにする為にも……だけど、だけどさぁ……ああっ、頭痛がッ! 短時間に酷使し過ぎた脳が悲鳴を上げてる!
「くあぁ……! 現実では仮眠してるってのに、なんでこんなに疲れなくちゃならないんだ。そろそろ見張り交代の時間なのに……」
『安心しろ。この空間は所詮、夢でありそうでないようなものだ。実際の身体に疲労は残らず、積み重ねた経験だけが残り、そしていつも以上に調子の良い状態で目を覚ますはずだ』
「どういう理屈だよ? それ」
訳の分からない説明に項垂れながら、治まらない頭痛を我慢して立ち上がる。
『異能の制御も狙いの正確さも、初日としては十分過ぎるほど高められた。今日の所はこのくらいでいいだろう』
「なんでお前が師匠みたいなノリになってるの……? いや、あながち間違いではないけど」
手元から離れたレオの総評を聞き流しつつ、息を整える。
短時間にしては密度の高い特訓ではあったが、異能に振り回されていた時の方が多かった。
建物ごと敵を粉砕、イメージが間に合わず接近を許す、異能の反動に耐えられず魔剣を手放すなど。
完璧に上手くいったのは最後の挑戦くらいだ。あまり成長した実感はないのだが。
『これまでの適合者の中で上位に食い込むほど汝は筋が良い。この調子でいけば、教師の中に紛れ込んでいた適合者のような強者になる日も近いな』
「そんなの目指してるつもりはないって…………あ?」
ちょっと待て。今、なんつった?
信じられない新情報が思わぬところから入り込んできた。教師の中に紛れ込んでいた適合者だと?
黒ずんでいく視界に収めたレオを睨みつける。
「ねえ、それ初耳なんだけど」
『気づいていなかったのか? 早朝、教師の中に気まずそうに明後日の方を向いた生徒がいたではないか。堂々と腰に魔剣を下げた生徒が。向こうは敵意も無く害をもたらすような気配を感じなかった故、伝えるまでもないかと放置していたのだ』
「ふざけんなっ、報・連・相は必須だろうがぁ!!」
一時間ぶり二度目となるドロップキックをかまし、俺の意識は現実へと引き戻されていった。
──決して無視できない、超ド級の爆弾を引っ提げて。
その後、起こしに来たエリックはうなされているクロトを見て、寝かせた方がいいのだろうかと悩んだとさ。