第五十九話 実技編《迷宮キャンプ飯》
メシテロと登場キャラの闇を組み合わせるのは難しいぜ……
魔物を片っ端から討伐していたので、帰路で襲われることもなく俺達は拠点へ帰還した。
早速、採集物と素材の分別を行うエリックとセリス。
手に入れた食材で調理をする俺とカグヤの二班で行動を始める。
『毛皮は別の袋に畳んで入れてたからいいとして、他の小物は……これはコボルトの爪か?』
『コンフュバットの牙だな。そういう系統のは見た目が似通ってるから、鑑定スキルが無いと偶に間違えるんだよな』
『どうにかスキルを習得しないと大変そうだねぇ……毒の判別も出来るだろうし』
『サベージバイトの素材以外は爆薬にして処分するって言ってたから、ごちゃごちゃまとめておけばいいだろ』
何やら大雑把な会話が聞こえるが、大丈夫だろうか。
屋根なしの炊事場に食材を並べる途中で、テントの中で動く二つの影を眺める。
あくまで爆薬の威力を上げる為に、牙や爪を追加するだけで限度はあるのだが。余ったら粉末にして毒草と合わせて、目眩ましや行動阻害の粉塵に作り変えるなど。
使い道はいくらでもあるけど設備の問題も合わせて作成に時間が掛かる。消費した分の爆薬を補充するのが限界だろう。
素材には申し訳ないが、使い切れなかったら地面に埋めるか。
「っと、向こうのことを考えてる場合じゃないや。こっちも仕事しないと」
平らな岩のテーブルに置いた迷宮産の野菜、魔物の肉、持ち込んできた調味料を並べる。
罠肉や爆弾肉にして使っていたのに、戦闘と採取の連続で食材は非常に潤沢だ。四人分でも明日の昼食まで持たせられる程には。
ただ生物である肉は保存できないので、どうにか別の形に加工したいところだ。
桶に水を汲んできたカグヤが、食材の山を見て唸る。
「ふむ……さすがに量が多いですね」
「だねぇ。普段なら嬉しい限りだけど、こういう状況だと優先順位を決めないといけない……でも一番の目玉食材は決まってるから」
テーブルのど真ん中に置かれた巨大な肉。
白身魚の切り身と言われても信じてしまいそうなほど白く、どこか輝いて見えるそれは、ユニーク魔物サベージバイトの肉だ。鱗も皮も無く、手間を加える必要が無いのはありがたい。
しかし……蛇の肉を調理した経験なんて、一般凡人の俺にはない。どういう料理が一番かなんて分からないのだ。
前に読んだ本で知ったが、自衛隊の訓練では用意された蛇を調理することがあるそうだ。詳しい調理法は載っていなかったが、あっさりとした鶏肉のような味がするらしい。
から揚げや鍋物が合うのかもしれないな……まあ、大抵の物って毒が無ければ焼くか煮れば食えるし。
腕を組んで悩みつつ、調味料の方に視線を向けて──ピンときた。
「そういえば醤油があったね、砂糖も。みりんは無いけど錬金術に使う酒で代用できる……網も串もあるし、程よく薄く切って焼けば……」
「なるほど、合点がいきました。蒲焼きですね?」
「うん。鮮度の良い食材ならその方が旨い。適度にボリュームがあるから二人も満足すると思うよ」
ウナギなどで知られる蒲焼きだが、蛇でも十分イケるはずだ。
日輪の国の料理ならお任せあれ、と胸を張って意気込んだカグヤに蒲焼きや煮込み、串焼きの用意をお願いして。
俺はメインディッシュの方に取り掛かる。いつだったか、テレビでやっていた調理法を試したかったのだ。
石積みの窯に火を起こし、その上に薄く切り込みを入れたソーントマトを串刺しにして掛ける。
時々回しながら、全体にしっかり火が通るように。そうすれば非常に強い酸味が薄れて甘味が勝る。
その間に叫びたくなるほど涙が出るクライオニオン、風味を良くするメロウハーブをみじん切りに。
そして熱々のソーントマトの皮を剥いてグズグズの果肉を刻み、様々な肉もまとめて粗くミンチ状にしたらフライパンに投入。
塩、胡椒、砂糖で味を調えながら水気を飛ばす。
焦げつかないように調子を見ながら木のボウルに小麦粉、塩に砂糖に油と……ぬるま湯だっけ、冷や水だっけ……まあいいや。
とにかく混ぜて緩く粘り気のある生地を作り、同じボウルを重ねて火元の近くに置いておく。
そろそろいいかな。適度に手を加えていたフライパンの中には、食欲のそそるミートソースが出来上がっていた。
うーん、このままでもウマそう……別皿に移して少し冷ましとこう。
フライパンを洗っていたら醤油の香ばしい匂いと、肉汁の焼ける音が辺りに充満していることに気づいた。
ふとカグヤの担当してる場を見ると、凄まじい手際で調理を進めている。次々と出来上がる品を皿に盛りつけては次の工程へ、淀みなく滑らかに移行していた。
料理が得意なのは分かっていたが、実際に見るのは初めてだ……それにしても慣れた人の動きだな。
「すごいな、まるで料理人みたいだよ」
「そうですか? 物心ついた頃からお手伝いさんの中に混じって教えを受けていたので、比較対象が大きくて……自分ではあまり実感が湧かないのですが」
「ニルヴァーナを案内してくれた時に、料理をするきっかけを話してくれたよね」
不格好で、味も微妙で。でも一生懸命作った初めての料理を“美味しい”って言ってくれた人がいて、それが嬉しかったからって。
「そのきっかけをくれた人は嬉しいだろうなぁ。カグヤがこんなに立派な腕前を持つようになったんだから」
「…………そう想ってくれていたら、よいのですが」
ピタリと手を止めて、カグヤは物憂げに微笑む。……やっべ、触れちゃいけない部分だったかもしれない。
この世界に来てから付き合いが長い面子には、聞いたら気分が悪くなりそうな話題以外の過去を程々に打ち明けている。
エリックについてはこの間の遠征で知ったが、カグヤに関しては聞こうとも思わなかった。女の子の複雑な心に踏み込むのが怖くて。
しかし、だから知っておかなければいけないという事にはならない。執拗に聞き込むようなマネをしたら空気が悪くなる。
俺は配慮の出来る男。向こうから話してくれる、その機会を待つのだ。
……シルフィ先生の時は仕方なかったとはいえ、攻め込み過ぎたからね。うん、反省してる。ほんとに。
「クロトさんはどうなんですか?」
話題を刺激しないように、緩やかに作業を再開したら取り繕った顔色で問い掛けてきた。
んもー、そんな顔してたら気になっちゃうでしょ! でも聞かないよ!
キラーパスにも程があるがなんとか答えなくては。
「うーん……アルバイトで教えられたりとか色々あるけど、一番は自分で好きな物とか気になった物を作りたかったから、かな」
放置していた木のボウルから熱を持ち、少しふっくらとした生地を回収。
まな板の上で二つに切り分けて、粉をまぶしつつボウルの底を活用し、ある程度の厚みを持たせて広げる。
「もちろんカグヤのようなきっかけもある。けれどそれ以上に、作って楽しい物をみんなと分かち合いたいんだ。穏やかに笑って食卓を囲む方が好きだし」
広げた生地の片側にミートソース、恐らく学園長がおつまみとして隠していたミノホルスのチーズを載せて。反対側の生地を被せて、端を餃子の皮のように閉じる。
これを二つ作りフライパンに敷き詰めて、上に鉄板で蓋をして石窯に掛けて。
鉄板に焚き火の火種を万遍なく乗せたら放置。
「あとはそうだなぁ……二度と病院送りになるような劇薬料理を作らない為にも、どうにか覚えるしかなかったんだよ」
「んっ、え? げ、劇薬料理?」
「うん。興味本位で変なことを試しちゃあダメなんだ」
聞き慣れない単語に振り返るカグヤへ幼少期の経験を明かす。
“美味しい物を掛け合わせていけば究極の料理になるのでは? やってみるか”。
などという、好奇心から生まれてしまったバカの極みな発想から。
チョコ、マシュマロ、から揚げ、お好み焼き……とにかく当時の子ども舌で考えられる美味しい総菜をスーパーでかき集め、鍋にぶち込み、錬成してしまった魔の創作料理。
通称“残飯”。
既に作成途中から異臭を発していた。完成後も変わらず、見た目もエグかった。しかし作成者としての責務を果たす為に完食せねばならない。
意を決して一口目を含み──視界が弾けた。
ドロドロとか、ブヨブヨとか、カリカリとか。形容詞しがたい不快感の集合体を。
甘く、辛く、しょっぱい、酸っぱい。味の七変化に涙を流しながら喉奥に流し込む。
冷や汗や鼻水も垂らし、水を飲み干すことで。朦朧とした意識を繋ぎ留めつつ食べ続けて、食べきった所で記憶が途切れた。
目が覚めたら掛かりつけの病院の一室にいた。気絶していた俺を両親が運んでくれたそうだ。
事情を説明したら両親に、診てくれた医者にも呆れられた。ですよね。
以来、食材や料理への冒涜的行為は断固としてやらないと心に決めて。嫌いな物にマズい料理が追加されたのだ。
「他にも理由はあるけど一番の根幹はそれかな、今でも夢に出てくるし。悪夢として」
「えっと、なんと言えばよいのか……」
「いいんだ。当時の俺がバカ過ぎたのが全ての原因で、自業自得でしかないんだから。アレを思えば随分と上達したよ」
カグヤは先程までの憂いを帯びた様子から一変して、憐れみを滲ませた表情を向けてくる。
ふふふっ、笑い話なのに本気で心配されてる気がするぜ。だが、おかげで陰鬱な雰囲気も紛れたようだから良しとしよう。
長話をしてる間に料理もそろそろ完成に近づいてきていた。
鍋掴みを装着し、鉄板を下にフライパンをひっくり返して中を確認。香ばしく漂うきつね色のこんがり具合、パーフェクトだ。火の通りを見る為に串を刺して……問題なし。
「とにかくさ、きっかけから積み重なった過程が今に繋がってるんだ。努力して、頑張って……そして結果は人の心を惹き付けて、また次の人へと紡がれていく。口で言わなくても、そうしたいって思えるようになる」
鉄板の上から大きめの木皿に移し替えて、包丁でちょうど真ん中から二つに分ける。
熱々でとろりと糸を引くチーズ、湯気と共に舞い込んでくるソースと焼けた生地の香り。全てが空腹を訴える胃袋を、ことさら強く刺激する。
ちょっとオシャレに盛り付ければ──迷宮産の食材を豊富に使った、特製ミートパイの完成だ!
うひょおおおおお! ぜぇったいウマいぞこれはッ!
「普段からそこまで難しく考えてる訳じゃないけどね。大事なのはその時、誰に向けて過程を続けているのか。大切な家族、友人、なんなら自分自身でもいい。胸を張って頑張ってる姿が一番、誰の目にも輝いてみえるんだ」
こちらを見たまま、ぼうっと突っ立っていた彼女の横を通って。
食事用のテーブルにミートパイ、蒲焼き、スープ、その他のおかずを次々と並べていく。はっと身体を揺らし、カグヤが慌てて人数分の食器を用意する。
「……私は」
「ん?」
食器を受け取ろうとして伸ばした手を見下ろし、顔を上げて。
「私はまだ分かりません。あの時に抱いた気持ちを、心を誤魔化そうとしているだけな気がして……」
揺らいだ黒い瞳の奥に、俺ではない誰かを映しながら。
それでも振り払うように食器を手渡して。
「でも、少しだけ。貴方のように正直になってみようと思います。難しく考えず、ありのままに」
「そっか…………うん?」
晴れやかな笑顔で二人を呼んできます、とテントへ向かうカグヤを見送りつつ、首を傾げる。
そんな真剣に受け取られるとは思ってなかったなぁ。
ただおもしろおかしく過ごす為の心構えを一部、伝えただけなのになぁ。
ま、まあいい。なんだかんだと夕飯は出来たんだ。今夜はパーリナイだぜっ!
本日のメニュー。
・サベージバイトの蒲焼き。
白身の肉は特製ダレで濃い茶色に染まり、程よい火加減で炙られ肉汁を閉じ込めている。外はカリカリ、中はふっくらとしたジューシーな食感が堪らない。カグヤの手腕が光る一品だ。
・うろ覚えのミートパイ。
迷宮で手に入れた魔物肉、食材をふんだんに使った少し不格好な見た目のミートパイ。ミートソースもさることながら、勝手にくすねてきたミノホルスのチーズが良いアクセントになっている。
恐らく後で学園長に怒られるだろう。言い訳、考えておかないと。