第五十七話 中間試験《筆記》
お堅いタイトルだけど中身はコメディチックです。
長々と続いた相談も終わり、魔剣関連の暫定的な措置という名目で。
肩までどっぷり私情まみれの学園長と、口では咎めつつも何故か若干嬉しそうなシルフィ先生の両名が、新たにシェアハウスに加わることに。
エリック達も頼りになる大人組の参加に異議を唱える訳もなく、快く受け入れていた。俺は……やらかしが多くて文句とか言える立場ではないから、うん……。
しかし二人とも本格的に居住するというよりは、週の何日かをこちらの家で過ごすようにするそうだ。
「来週になれば中間テストが終わりますから、その辺りから必要な物を運びましょうか」
「えっ? 私もうグータラ過ごせるくらい準備できてるし、今日から彼の家に入り浸るわよ?」
「テストが目前に迫っているにも関わらず教師と常に居ることで、試験内容の横流しなどの疑いを受けたらどうするんです?」
「……今週はやめとくわ」
諭された学園長は心底悔しそうに唇を噛みながら、書類仕事に戻った。
学園内の評判とか考えたら、先生にそんな容疑を掛けられるとは思えないが……念には念を入れておくのは大切だ。悪評には臆病なくらいがちょうどいいのだから。
とにかく、魔剣やユキの件はひと段落ついたので解散。子ども達の授業に向かう先生を見送り、俺達は学園食堂に向かった。
昼休みのピークを終えて、人気の少ない食堂のテーブルを占領。遅めの昼食を取りながら、これからについて話し合う。
「つっても明日は筆記だからな。肝心なところでヘマしないように、追い込みかけるしかねぇだろ」
「試験前日になると大抵の生徒は授業を受けずに、自室か図書館で自習しますからね」
「ほーん、自由なモンだねぇ。アタシらもそうするか?」
「俺は賛成。……今はレオのことは忘れて、筆記試験に集中したい」
朝から精神的な疲労が蓄積しているので、布団に潜って眠りたい気分なのだがそうも言っていられない。
奇想天外な出来事が起ころうと、学生の本分を果たさなくてはならないのだ。
言われてはいないが特待生という特殊な身分である以上、学費免除と実績の為に依頼の達成だけでなく、学業成績も高い基準で保つ必要があるだろう。
何せ俺は別世界からやってきた人間で、身分を保証する物も人もいなかったのだ。
今でこそ学園長や先生の後ろ盾に、エリック達と秘密を共有するなど互いに信頼を築けている。だが、そんな事情を知らない外部からの印象は未だに悪い。
特にガルドのように学園自体を毛嫌い、学園長を害する動きを起こす教師もいる。
そいつらからすれば有っても無くても構わないような、宙ぶらりんな特待生という立場は突きやすい的だ。
散々な言動で困らせているのに偉そうな口を叩くのはどうかと思うが、弱みになる訳にはいかない。
子ども達の入学金返済の為でもあり、自分の為、ひいては学園に残留する為にも。
目の前の試験に集中したいのだ。
何よりも俺達を思って対策用紙を作成してくれたシルフィ先生。
食事よりも本を優先する程の読書家、リードが勉強を教えてくれたのだから無駄にはしたくない。
一番の大きな理由はこれだ。赤点だらけの情けない答案用紙を見せるつもりはない。
頬を叩いて意気込んで、その旨を伝えて。
満場一致で勉強会をやろう、という結論になったので早々に弁当を片付けて食堂を後にした。
……ごめんね、食堂のおばちゃん。今度はちゃんと注文するから。
◆◇◆◇◆
そして──翌日、中間筆記テスト当日。
気持ちの良い日差しが入り込む、普段とは打って変わって静まり返った七組の教室で。
方々から鉛筆を走らせる音だけが響く中、最も難関であろうと予想していた数学の問題を解いていく。
まさか初手で数学が来るとは思わなかった。対策を立てているとはいえ、元から苦手な分野だ。
初めて授業を受けた時、“異世界の数学ってなんだ? 四則演算?”などと舐め腐った思考を撥ね飛ばした、高校数学レベルの内容が黒板に記された際の絶望をしっかり覚えている。
日本に居た頃ですらうろ覚えの数学に着いていけるはずもなく、睡魔に身を任せていたのは記憶に新しい。
だがしかし、負の連鎖はリードのおかげで断ち切られた。
加えてシルフィ先生の対策用紙によって基礎を練り上げ、他の教科よりも重点的に復習をこなした俺は──知識を吸い込んだスポンジだ。
苦痛でしかなかった数字の羅列も、数式も、図も、証明も、全て理解できる。
ふふふっ……走り出したペンが止まらない!
◆◇◆◇◆
国文──この文に込められた筆者の気持ちを答えろ、か。
お腹空いたとか、〆切りやべぇとか? 違うよね、すみませんでした、真面目にやります。
数学の時は三十分くらいで解答し終えて何度も見返したので手応えはある。だが国文は少し勝手が違う。
問題を解くだけなら支障はないが、たった数日では字の汚さを改善することは出来なかった。正しい答えなのに不正解扱いにされるのは嫌だ。
故に誰が見ても読めるように、時間を掛けて丁寧に書いていく。
目指せ八〇点前後。
◆◇◆◇◆
歴史と地理──それぞれ密接に関わっているから、歴史を学べば自然と地理の方も分かるようになった。
今回は三大国家の一つ、《グランディア》方面の問題のようだ。
地表に含まれた特殊な成分によって、領地の一部が浮遊大陸と化している大国。
その成分を抽出して魔導列車に取り込み、大陸間を繋ぎとめる路面電車のような交通機関が結ばれているらしい。
ファンタジー寄りに科学が融合した光景っていうのには、ちょっとそそられるな。グリモワールはどちらかといえば、機械都市みたいな感じだったし。
さてと、問題は……グランディアには召喚獣である様々な竜種──ドラゴンを従えられる騎士で編成された飛竜騎士団が存在している……これは“はい”だな。
確かドラゴンを専門とした育成施設があるんだっけ? 国家の防衛組織の要でもある為、ニルヴァーナの召喚獣施設とは比べ物にならないほど大きいらしい。食費が掛かるだろうなぁ。
次は……初代国王が従えていた伝説の龍ティアマトの恩恵で、グランディア王家に竜人族という種族が生まれた。その特徴を答えよ……これリードゼミでやったところだ!
えっと“個人差はありますがエルフのように尖った耳に、近いところから生えた角と縦に割れた瞳、竜種のような尻尾、現代では珍しい翼を持った種族です”と。
王家だからあまり外に出ず、自国のパレード以外で観衆の目に触れる機会はないそうだけど──翼といえば、シオンとかルシアを思い出す。あの二人、なんて種族なんだろ?
個人的に調べても分からなくて、リードにもそれとなく聞いてみたけど知らないって言ってたし。
飛行能力というアドバンテージに加えて、適合者であり戦闘能力の高いシオンに襲撃されたらと思うと……ぞっとするな。
願わくば別の適合者の方に、欲を言うなら俺の存在を忘れていてほしい。来ないでほしい。
解答の見直しをしながら湧いてきた陰鬱な思考を払って、机に突っ伏した。
◆◇◆◇◆
薬学──五教科の内、最も聞き慣れない分野だ。近しい物で例えるなら化学や理科だろうか。
特殊な植生を持つ植物の危険性や効能、生息地の特徴。
組み合わせによって引き起こされる反応、メリットやデメリットの把握など。
冒険者の活動を行う上で、平時でも非常時でも役立つ大切な知識だ。
さて、そんな薬学ですが。錬金術師としてそれなりに経験は積んでるんだから余裕だろ、なんて慢心を粉々に砕いてくれた教科である。
言い訳のように聞こえてしまうが、言わせてほしい。
錬金術を教えてくれたリーク先生は専門的な名称で説明するので、一般的な呼称を全く用いない。
さらに短期間で必要な情報のみを詰め込み、残りは独学で誤魔化してきた。
本当に必要とされる部分以外の知識が皆無だったのだ。
質問しなかった俺も悪いが、そのせいで見覚えのある植物でも“名前違くない? こんな効能あったっけ?”と錬金術目線で考えてしまい、結果間違えてしまうことに。
日頃の慣れが招いた大惨事である。
現在はしっかりと知識のすり合わせを行ったので大丈夫だ。
錬金術師の恥さらしから正統派錬金術師ぐらいまでランクアップしたからな。作製物のほとんどが爆薬だけど。
余裕が出来たら石鹸を作ってみるのもいいかもなぁ……リーク先生も自作してるって言ってたし。
見直しが終わったら、白紙の部分にレシピ書いておくか。
◆◇◆◇◆
「──これで筆記テストは終了となります。皆さん、お疲れさまでした」
『いぃやったぁーっ!』
五教科のテストを束ねたシルフィ先生の言葉に、クラスメイト達が諸手を挙げて叫ぶ。
教科ごとの合間に休憩や昼休みを挟んだとはいえ、半日近く机と向き合ってると疲労も鬱憤も溜まる。
中には絶望したように頭を抱えたり、手遅れだと達観して無表情を貫く者もいるが俺は手応えがあるのでドヤ顔しておく。
さっき落書きしていたレシピを手帳に書いていると、エリックが肩を叩いてきた。
「他の連中に比べたら対策期間は短かったけど、中々いい線いってたんじゃねぇか?」
「少なくとも赤点だけは免れたと思うよ。……シルフィ先生とリードには、いくら感謝しても足りないくらい世話になったね」
「だな。リードには後でお菓子の詰め合わせでも持っていくか?」
「いいね。テスト返却が終わってから、報告も兼ねてそうしよう」
今回のテストにおける功労者。特に俺とセリスにとってリードは救いの女神だった。
見返りを求めての行動ではないと言っていたが、何もしないままというのはどうにも気分がよくない。苦労を掛けた分、何かお礼をしたいと思っていたのだ。
「どういうのを持ってくかカグヤ達とも相談して……っと、そういえばお前、レオを学園長の所に預けてきたんだよな?」
「うん。放課後になったら真っ先に受け取りに行こうと思ってた」
エリックの言う通り。実は魔剣にレオを移した状態で学園長の下に置いてきたのだ。
理由はカンニングを疑われないように、しないようにするため。
記憶の読み取りを行った以上、レオにも知識や知恵が共有されている。元が俺の記憶だから正確さに難はあるだろうが、周りにバレず相談できて、二人分の思考で答えを考えてしまうなど反則過ぎる。
その可能性に行き当たったらもう止められなかった。
静かにしてて、と言っても好奇心旺盛なレオのことだ。思考に割り込んで意見を挟んでくるだろう。
勉学分野における自分の心の弱さはよく理解している。ふとした拍子にやったら、きっとズルズルと頼ってしまう。
だから万が一が起きないように学園長の所に居てほしい、とレオに交渉して了承を得た。
登校直後、学園長室に転がり込んで。理由を話したら引きつった笑みで頷いてくれたので、突然の来客にもバレないように隠してきたのだ。
得体の知れない喋る無機物と共に過ごすのは相当なストレスが掛かると思うが……まあ、学園長だから耐えられるよ、うん。
独り言を呟く程に精神状態が危ういとか、そんな噂が立っても必要経費だと考えよう。
「そういえば実技内容の発表はいつやるの? 筆記が終わってからとは言ってたけど──」
などと言っていたらいつの間にか“実技内容くじ引き箱”と書かれた、ファンシーな装飾で施された木箱が教壇に置かれていた。
なんだろう、絶妙にこう、イラッと来る感じ。
間違いなく学園長が手を加えてるんだなって理解できる感じ。
前に向き直ったエリックからは出たよ……という呟きが。周りの生徒は嫌そうな表情を浮かべ、先生が申し訳なさそうに箱に手を入れる。
「あんなふざけた見た目だが、中身はエグいぜ? 冒険者ギルドと提携して考案された、高難易度の依頼が入ってるからな」
「なるほどねぇ……比較的やりやすいものであってほしいな」
蛇が出るか鬼が出るか。願望を口にしつつ、祈っておこう。
そして先生が箱に突っ込んでいた手を勢いよく取り出した。手には畳まれた一枚の紙が握り締められている。教室中の空気がわずかに沸き立った。
なんだかんだと言ってたけど、割と先生ノリノリですよね?
「それでは発表します!」
早速、紙を開いた先生が内容を読み上げる。
「課題は“未探索状態である迷宮の完全攻略”。七組内でいくつかパーティを組んで内部構造の把握、採集物や出現する魔物の詳細を記録、迷宮主の討伐などを期限内に行ってもらいます」
「んー……ユニークモンスターの素材を規定数提出するとかよりは楽な部類?」
「どうだろうな、迷宮の階層数にもよるんじゃねぇか? 一層だけだが広範囲、何層もあるが狭い……前者か、またはその中間だったりしたらキツイかもな」
遠征前にもだが、ディスカードに放置されていた迷宮の探索とかやってたから攻略にはだいぶ慣れてきた。
エリックの言う通り他の階層が存在しない分、広大な規模の迷宮は時間も掛かるし面倒だ。
しかし七組の全員で一つの迷宮を攻略するなら、大して苦労せずに済ませられるだろう。二年の中でも、七組はエリックやカグヤを筆頭に実力派が揃ってるからな。
懸念としてはセリス……は、どうとでもなるか。この間の戦闘科の授業では予想よりもしっかりと動けてたからな。
実戦に慣れさせないと危ないかもしれないが、いつものメンバーで行動すれば突発的な状況にも対応できるし。
「期限は明日から……えっ」
安堵の吐息が周りから聞こえてくる中、先生の表情が変わる。
「き、期限は──“二泊三日”」
…………ん? 二泊三日って言い方おかしくない?
不穏な雰囲気を感じてエリックと顔を見合わせる。
「迷宮内の安全地帯を見定め、それぞれ拠点となるキャンプ地を設立し攻略する。重要な採点項目なので逐一、見回りの教師陣が確認します。決して手を抜かないように、とのことです」
『……はぁあああああああっ!?』
まさかの条件付きに、七組全員の心が一つになった。
ちなみに『迷宮攻略しながらキャンプする』という設定は、元々短編として考えていたエピソードの流用になります。