第五十六話 クロトの受難《バレちゃったぜ》
情報共有という名の尋問タイム。
──今の俺は、どんな顔をしているのだろうか。きっとチベットスナギツネの如く虚無な表情を浮かべているに違いない。
子ども達からは口々に心配され、時間が経つにつれて動きは鈍くなり、授業が終わる頃には精神的に満身創痍だった。
昼休みということで食堂に向かう子ども達の後に、しれっと着いていこうとしてシルフィ先生に首根っこを掴まれて。
片手でデバイスを操作して、誰かへ連絡する先生と。
ズルズルと引きずられて連行される様子をすれ違う生徒に見られながら。
辿り着いた学園長室の真ん中にぶん投げられて大人しく正座する。やめろ学園長、かわいそうな物を見るような目で執務机から見下ろすな。
そして連絡されたのであろうエリック達も集合。
晴れて針の筵に立たされた俺は、無言の圧に耐えられず今朝からの流れを説明した。
◆◇◆◇◆
「目を覚ましたらムカデがアーティファクトで部屋にいて……」
「明日は中間テストだし終わってから話そうと思ったけど……」
「子ども達を助ける為にやむを得ず使ってしまったところ……」
「私に見られた、と」
「仰る通りでございます」
“かごめかごめ”のように取り囲まれながら、事情を伝えた面々の顔を流し見る。
全員が、正直なにを言ってるか訳がわからない、と。
疑問符を浮かべながら、しかしなんとか理解しようと首を捻り、召喚した魔剣を見下ろしている。
「あまり適合者を責めないでやってくれ。全ての非は我にある」
『混乱を引き起こしてる元凶が何か言ってらぁ』
適合者以外とも話せるという新事実が発覚したレオは、魔剣を明滅させながら声を上げた。
俺を経由して話すより場の流れが円滑になるのでありがたい。どういう原理でやってるかは分からないが。
「適合者には既に伝えているが、不明な点があれば答えられる範囲で答えよう。何か疑問はあるか?」
「ええと、そうね……どうしましょ、色々と衝撃が強くて頭が上手く回らないというか……」
学園長がこめかみを押さえながら、心底困ったように言い淀む。
気持ちは分かるよ。唐突に実在系イマジナリーフレンドが現れるとか、気でも狂ったかと思うよね。
俺はその感覚を寝起き直後に強制されたけど。
でもこの場の全員がアーティファクト──魔剣に意思があることを、短時間で平然と受け入れちゃってるのもどうかと思うよ。
忘れてないからね。レオが話し出した瞬間、みんなが“まあクロトだし、そういうこともあるよね”みたいな感じで納得してたの。
絶対、俺に対する認識にトラブルメーカーを追加したでしょ。
トラブルが向こうから勝手にやってきてるだけなのに、誠に遺憾である。
「ふむ、困惑しているな。無理もない──であれば、先にはっきり言っておこう。我はクロトを通して心を学びたいだけで、害や不利益をもたらすつもりは一切ない」
「クロトくんの言い分だと、魔科の国で関わったカラミティとかいう暗部組織が、魔剣と彼を狙ってくるそうだけど?」
グリモワールを発つ日に接触してきたカラミティの首領、ジンと出会ったことも。
これから適合者同士の争いに巻き込まれるかもしれないことも、全て打ち明けた。
元々、中間テストが終わった後に魔剣関連の情報を明かすつもりでいたのだ。一人で抱えるには重過ぎる話だからな、時期が早まったと思えばいい。
ある程度の事情を耳にしていた学園長はともかく、ほぼ無関係なセリスまで巻き込むことになってしまったが。
そしてここに居る面子は情報の正確さに差異はあるものの、俺が《デミウル》崩壊に関係していると知っている。
犯罪スレスレの行動──明かしてない部分を含めてもぶっちゃけ犯罪だけど──を取った俺は、学園側にとって導火線に火が点いた爆弾に等しい。
そういった問題に、国家で保管していたはずの魔剣が手元にある事実。
そして俺から離れる気はないという意思表示も加味したら、面倒事に発展するのは確実だ。
故に トップレベルの権力者と頭の良い人の判断を仰ぐまで、余計なことを口走らないようにお口はチャックで閉める。
「その点に関しては我も知らん。カラミティが魔剣を収集する理由も、用途もだ。個々の魔剣の異能は確かに強力だが、魔剣とそれに応じた適合者が揃っていなければ使えず、それ以外の機能は備わっていない」
ふむ……破壊の力、というか魔剣の力を総じて異能って言うのか。カッコいいから俺もそう呼ぼう。
というか、あれ? じゃあシオンの蒼の魔剣を奪い取った時、異能を使えたのはなんでだろう?
「うーん……大本の目的は分からねぇが、襲撃が来るのは確実ってことか」
「ジンとやらの言葉を信じるのであればな。ちなみに過去に異能を用いた戦いは、個と個のぶつかり合いとは思えぬほど規模が大きく被害も甚大だった。巻き込まれた側にとっては、たまったものではないだろう」
俺も巻き込まれた側の被害者なんですけど?
「ひとまず考えなくてはいけないのは、魔剣の処遇とクロトさんの身の安全でしょうか? いつ襲われるかも分からない状況のまま、放置しておく訳にはいきませんから」
「わざわざ襲うって言ってるくらいだし……逆にこちら側に呼び込んで一網打尽にした方が楽か。対策を立てるとすれば、可能な限り誰かと一緒に行動するのを心掛けて……すぐにでも助けが呼べるように、デバイスに細工を施すとか?」
「クロトさんは異能を無闇に使うつもりはないと言っていましたが、そもそも魔剣を周囲の目に晒すのは好ましくないですね」
「グリモワールでは収容施設の破壊で話題にされてるはずだし。こちらでも噂話として広まって、騒動の種になるのは避けたいわねぇ……」
「普段はりゅ、粒子化? ってのを維持してもらえばいいんじゃないかい? それなら目に付かないだろう?」
「元よりそのつもりだ。汝らに要らぬ迷惑を被らせるつもりはない」
すごい、お口チャックマンの当事者を差し置いて話がどんどん進んでいく。
ずっと空気に徹してるけど、みんな良く頭が回るなぁ……っと、ダメだ。みんなを振り回してる俺が何も言わなかったら、このまま意見しないでいたら、本当にただの置き物でしかない。
居た堪れない気持ちを呑み込んで、顔を見合わせて案を言い合う五人に手を挙げる。
向けられた視線を浴びながら。
「えっと、とりあえず……カラミティが来るなら来るで返り討ちにする気概はあるけど──ここらで一旦、まとめをしておこうと思いまして」
◆◇◆◇◆
一つ、“魔剣と異能の力は人前で使わない”。
これは人目に付いて魔剣の所在をグリモワール側に勘繰られるのを防ぐ為。
どこか別の場所で厳重に保管する案も出たが、レオの目的と、粒子化したまま過ごしても構わないという提案を複合。下記のまとめも併せて俺が所有することに。
そして異能について。魔剣を手にしていないと発動できないという条件以外は、俺やレオの意思で行使することが可能だとか。そういやさっき、レオが勝手に使ったとか言ってたね。
ぶっちゃけ危険過ぎて使う気が一切ないから、これは別に問題ない。
二つ、“襲われたら応戦し、助けを呼ぶ”。
カラミティにはニルヴァーナにいることも、俺の顔も割れているのでいつ襲撃されてもおかしくない。
もし襲撃されたら被害が広まる前に全力で応戦しても構わないが、エリック達や先生へ早急に連絡すること。
“お前の性格的に一人で解決しようとするだろうから、最初に釘を刺しておくぞ”と。
鬼気迫る表情の面々に押し切られたので大人しく従っておきます……。
三つ、“魔剣、異能についての理解を深める”。
大いなる力には大いなる責任が伴うという言葉もあるのだから、事故で手に入れてしまった力とはいえ、よく知らないままでいるのは恐い。
レオ曰く、現時点で判明している情報としては。
・適合者や魔剣の居場所は分からないが、異能を使った気配は感じ取れる。逆にそれ以外の方法で接近されても相手が適合者かは分からない。肝心なところが不便だなぁ。
・魔剣が何本存在しているか、誰に製造されたか、他にどんな異能があるのか。自己申告で世界最高峰の素材で作られてると言いつつ、《鑑定》スキル持ち全員で鑑定しても諸々の詳細は不明。お前いったいなんなの?
・始めて魔剣に触れた時、意識が気味の悪い別空間に囚われたことがあった。あの空間には自由に出入り出来るようで、異能の練習がしたかったらそこでするといいらしい。異能の性能が把握しきれていない現状、人目に付かない環境で使えるのはありがたい。でもあの空間、正気度減りそうな見た目だったけど、本当に大丈夫?
◆◇◆◇◆
「──とまあ、身から出た錆にみんなを巻き込む形になると思いますが、こんな感じでどうでしょうか?」
「うむ。大体は我と適合者が気を付けるべき要項だが、特に問題なく見える。他の者はいかがか?」
手持ちの手帳に記した内容を回し読ませて、レオが声を掛ける。
顎に手を当て、思案した表情の学園長が頷く。
「そうねぇ……過剰に警戒して相手に気取られるよりは、これくらいの対策の方がいいかもしれないわね。日常的に誤魔化せそうだし」
「様々な情報が不足していますから、実際に事が起きてからでないと……細かい対応を練るのは難しいでしょう」
よぉし、実力的にも権力的にも頼りになる二人から好反応を得たぞ。他の三人も納得してくれそうだし、このまま──。
「でもね、私ひとつ気になってることがあるのよ」
おや、ここで学園長による横やりが入ってきた。
なんだろう? と首を傾げる。学園長は正座している俺と目線を合わせて、肩を掴みながら。
「昨日からこの場に居る生徒三人とユキちゃんを君の家で住まわせてるって本当?」
「えっ、今それ関係ある?」
真面目な表情から放たれた急な話題転換に、思わず反射的にツッコむ。ってかどこからその情報仕入れて……ああ、先生が報告したのか。
生徒の住居変更とか、さすがに周知しておかないとマズいもんね。
「魔剣やカラミティ襲撃の件もあるし、集団生活するのはアリだと思うわ。それ以外の思惑があるのもシルフィから聞かされてる。だけど、さすがに同年代の生徒だけで暮らすのって、世間体がよろしくないと思うわよ?」
なんてこった。人の苦労は蜜の味と言いそうな学園長に、常識的な部分を指摘されてしまった。
「いくら特待生だからって利かせられる融通にも限度が有るわ。事情を知らない外野の人が特定の生徒達が共に暮らしてるなんて知ったら、どんな噂が立つか……」
「学園長の言い分も分かるけど、こっちとしては割と苦肉の策だよ。それにあの家は広くて立派だけど一人で住むのは寂しいし、心細いし」
「私を誘えばよかったじゃないっ! その為に一部屋だけキープしてお酒溜め込んでるのにッ!」
「やたらと厳重に鎖や鍵が掛けられてる部屋があるなぁ、と思ってたがお前の仕業か」
血反吐を撒き散らすような勢いで言い切った学園長に、家の間取りを思い出す。
エリック達の部屋決めの際、物々しい雰囲気の扉が一つだけあったのだ。新築の家には不釣り合いなほど、ガッチガチに固められた扉が。
気にはなっていたがあまりに異様だったので触れないでおこう、と。
もしかしたら建築家のお茶目インテリア要素かもしれないし、わざわざ調べるようなものではないから放置していたのだが、コイツが原因だったのか。
「まあ寮生活と比べて、自分らでやることも多いからなぁ。寮長みたいな管理者がいない分、自由ではあるけど」
「特待生のクロトさんを中心に私達が集まっていますから、注目はされますよね」
「とくたいせい……って、なんだっけ? 学園の便利屋だっけ?」
学園の知識に乏しいセリスに、エリックとカグヤが説明している光景を眺めていると。
ため息を吐いて、先生が学園長を引き剥がした。
「生徒の前で、見るに堪えない姿を晒さないでください学園長。どうせ楽が出来るから、クロトさんの家に転がり込もうというつもりだったのでしょう?」
「そうよ? だって彼の家から通勤できるなら仕事持ち込んでやれるし、遅くまで寝れるし、なんならご飯も勝手に用意してくれる素敵仕様だもの!」
「清々しい程に他力本願だなオイ。冷蔵庫の中身が無駄に豪華だったのもそういう魂胆か」
「もちろん」
即答かよ。
さてはこいつ、人を自動おつまみ生成機だと思ってやがるな?
「このままじゃ折角の合鍵も宝の持ち腐れでしかないわ。……だからね、お願い! 隠れ家的なポジションでゆっくり出来る環境が欲しいの! むしろそっちの家に移住したいくらいなの! 元はといえば私が用意した家なんだし、別にいいでしょ?」
まさかの合鍵所持という発言にも驚くが、そこまで必死に懇願されると少し引く。
しかし学園長が並べた不安の種も、確かに野放しにはできない。
実力や冒険者ランク的にも話題性の高いエリックとカグヤ。
最近編入してきたエリックの身内であるセリスにユキ。
何故か“爆弾魔”“歩く火薬庫”“学園の便利屋”と一部物騒なあだ名が浸透している俺。
そんな生徒だけのシェアハウスに、興味を持たない者がいないとは言い切れない。余計な詮索をされる前に手を打っておきたいところだ。
そういう意味で、学園長のような大人がいてくれるのは非常に助かる。
何らかの目的があって集まっている生徒達とそれを監督している教師、という図説が成り立つだけで、不審な要素は薄れるだろう。
実態は不純な動機だらけだけど。
とはいえさすがに私情を持ち込み過ぎな学園長に、先生は渋い顔を浮かべている。
「学園長である貴女が特待生とはいえ、一部の生徒と必要以上に懇意になるようなマネをしたら、他の教師が黙ってないのでは──」
「私、貴女がすっごい満面の笑みで“クロトさんのご飯がとてもおいしくて居心地が良くて……”って言い漏らしたの、聞き逃してないからね? 一人寂しく部屋に籠って仕事してる中、貴女だけ良い思いしてたのをどれだけ妬ましかったか……! 私だって年頃男子の手料理食べたーい!」
「いいい今そんな話しなくてもいいじゃないですか!?」
赤面した先生に掴み掛かられてみっともなく騒ぎ立てる学園長の二人を、なんとなく冷めた目で見つめるエリック達。
さっきまで割とシリアスな話し合いをしていたはずなのに。頼れる大人が周囲の目を気にせず、別の議題で言い争っている。
『なるほど、これが俗に言う“修羅場”か』
『そうかな……そうかも……』
納得したようなレオの発言に頭を抱えつつ、正座したまま良い大人達の仲裁に入った。
◆◇◆◇◆
昼休みの時間を全て使い、エリック達の意見を取り入れた結果。
・両者の主張は共感できる部分もあれば、個人的な部分も多い。ただ、全ての起因は生徒の為を思っての言動である。
・両者には主に俺の勝手な行動のせいで迷惑を掛けて、仕事量を増やし、尻拭いまで加担させている。それで何もしなかったら良心の呵責に押し潰されてしまう。
・これからも何か起きたら頼ると思うので、良ければお二人ともウチに来てください。
──という結論に至り、学園長、先生の二人がシェアハウスに仲間入りすることになった。
……妙だな。日を追うごとに同居人が増えてるぞ……?
クロトと関わると、どのように精神が鍛えられるかが分かるお話。
全員がアウトよりのセーフでも完全にアウトな言動でも一理ある、と受け入れるようになってしまったのです。アカンのでは?