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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【四ノ章】借金生活、再び
74/351

第五十六話 クロトの受難《子ども達の授業》

終わりなき負のスパイラル。

なお、ほぼ自滅の模様。

「はぁ……」


 ホームルームを終えた七組の教室で、キリキリと痛むお腹を押さえて机に突っ伏す。

 タロス達の癒しだと思っていた情報が、不意にボディブローを叩き込んできて。

 朝食に集まった面子からは、何度か顔色が悪いとツッコまれて。

 おまけにセリスも何か思い詰めた様子で俯いており、声を掛けても反応は薄くて──弁当を作ったからどうぞ、と差し出したら顔を輝かせてたけど。

 それ以外は微妙な空気の朝を過ごし、登校の準備をしてる最中も……。


 ◆◇◆◇◆


『うむ、学園か。もう行くのか? 我も同行しよう』

「レオ院……じゃなくて、なに言ってんだお前。ただでさえデカくて雰囲気ヤバ目の、注目の的になるような物を持っていけるわけないだろ。家で大人しくしてろよ」


『問題ない。先程も言いかけたが、適合者の力ならば隠すようなマネをせずともよい。全ての魔剣は適合者の精神に刀身ごと潜れるからな。後は意識を同調させてしまえば──視覚も聴覚も味覚も嗅覚も触覚も、記憶まで共有できる』

「キモイわ、驚愕の事実も併せてなおキモイわ。ってか部屋に出現した諸々の原因は俺かよ。そりゃ密室トリックも簡単に暴かれるわ」


『ちなみに我の口調は汝の記憶から断片的に読み取り、程よく後付けしたものだ。漫画、アニメ、ゲーム……遊戯以外の、我の知らない知見も含めて非常に有意義だったぞ。特にこのギャルゲーという──』

「プライバシーの侵害だっ! 魔剣は人の心が分からないッ!」


 ◆◇◆◇◆


『すまない。無遠慮が過ぎた』

『いまさら謝っても遅いよ』


 頭の中で再三、謝り倒しているレオに心中で言い返す。

 記憶の共有のせいで、俺がこの世界の人間でないことは既に知られてしまった。

 別に隠すつもりはなかったが、話すつもりもなかったのに。人の心を土足で踏み入るような、勝手な行動をして振り回してくる。


 割と常識的かと思えば非常識で。なぜか得意げに粒子化して身体の中に入ってくる現象を、特に拒絶しようとも思わなかった。

 適合者だからだろうか、なんだかんだと適応してきている気がする……嫌だぁ。


「クロト、本当に大丈夫か? 朝飯の前から調子悪そうだったが」

「え? あっ、ああ。うーん、ちょっと勉強し過ぎて知恵熱っぽい、かも? あとムカデの感覚が残ってて気持ち悪い……もう少し休めばどうにかなる気がするけど、それとは別に」


 心配してくるエリックの声に答えながら顔を上げて、セリスの方を見る。

 カグヤと何やら話しているようで。学園に来て少しは気が紛れたかと思ったが、その顔にはどこか(かげ)りが差しているように見えた。


「やっぱりあんな時間に起こして見苦しい物を見せちゃったからかなぁ。変に気を遣わせちゃってるかもしれない」

「なんだ、見苦しい物って?」

「着替えようとしてたところで部屋に入ってきて……ほら、俺の身体、古傷だらけだからさ。あられもない上半身を晒してしまい……」

「つまり、不慮の事故か。つーか、お前の身体見たら大抵の人は引くよな」

「それな」


 エリックは遠征前に無料期間中の大衆浴場に入りに行く時があった為、割と見慣れている

 もちろん最初は不安な視線を受けたり過去に何があったのか、それとなく聞かれはした。しかし一つ二つと傷痕が付いた理由を話す度に、異常に青ざめていくエリックが忍ばれないと思い、それ以降あまり触れないようにしている。

 気になったのならちゃんと答えるけど、気分の良い話ではないしな。


 カグヤも同じだ。戦闘科の授業で会心の一撃を受けた際、強引に脱がされて患部を診るという経緯で傷痕がバレてしまった。──なんか俺、ギャルゲ―の女子が受けるような展開でバレてない? 立場が逆じゃない?

 思えばあれ以来、彼女は何かと役に立ちたいと奮起するようになった気がする。食生活に危機感を抱いたのも事実だが、弁当作りもその一環だと。


 今日は勢い余って全員の弁当を作ってしまったが、明日の分は自分に任せてください、と胸を張っていた。

 ありがたやありがたや……二重の意味で、眼福的な意味も含めて。

 でもカグヤ、早起きするのちょっと苦手だよね。ホームルーム前も若干ポヤポヤしてるし、起きてきた時も半目で眠たげだったし。


「とりあえず、ある意味で体調不良なのは確実だから。午前の授業、ちょっとだけ休もうかなぁ」

「学園に戻ってきてから激動の日々だったしな。おまけにお前は怪我してて、消耗してて……自業自得な部分もあったが」

「軽率な行動で潰した休日を思い出すからやめて」


 適度に雑談を交わしていると、一時限目の時間が迫ってきていた。

 保健室に向かう俺と授業を受けに行くエリック達に別れて──セリスが思い詰めないようにフォローを頼んでから廊下を歩く。

 各教室から漏れ聞こえてくる授業内容を聞き流していると、頭の中に声が響いた。


『若人の学び舎、学園か。体系的には“大学”というものに近いな。しかし汝は日本では高校に通っていたのであろう? なぜ無関係な教育機関の知識があるのだ?』

『記憶を読んでるなら聞かなくても……ああ、それじゃ味気ないか』


 階段の踊り場で、手摺(てす)りに腰を掛けながら。


『小学校の頃、とても世話になった先生の母校でな。進学の意思は無かったんだけど、気になったから個人的に調べてたんだ』

『ふむ、恩師の影響ということか。…………汝の人格形成に深く関わっているように見えるが?』

『だろうね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その前ですら死んだまま生きてたようなものだったし』


 懐かしいなぁ、と天井を仰ぎ見てから一階に下りる。

 とある事件で疫病神だ悪魔だと(はや)し立てられ、精神的に追い詰められて。

 ヤケクソ気味でクソガキだった俺を見捨てず、言葉でも身体を張ってでも止めてくれた人だ。


 公私に渡って面倒を見てくれるほど優しい教師だった。あの人がいてくれたおかげで今の俺がいる。

 ……まあ、当人から“多少遅れても、いずれ自力で再起してたろ”って言われたけど。

 あの人、俺のメンタルを形状記憶合金だと思ってたのかな?


『まあ、人に歴史有りってね。俺の口から話すと長くなるし、興味があるなら記憶を読み取って見てもいいよ。ただし──後悔はするなよ』

『……うむ。今朝の行動で絞られたからな、肝に銘じておこう』

『肝あるの?』


 脳内の奇妙な隣人に相槌を打ちながら、保健室の扉を開けようとして。


「キオ、大丈夫?」

「ちょっとキツイかも……いつもの武器じゃないから、あまり慣れないや」

「すみません。このような状態になるまで気づかないなんて……やはり戦闘科の授業だけでも、他の教師に手伝ってもらうしか」


 聞き覚えのある声と名前に首を傾げつつ、中の様子を覗き込む。

 中に居たのは孤児院の子ども達のリーダー格、犬人族のキオと兎人族のヨムル。そしてキオの手に、テーピングのような物を巻いているシルフィ先生だった。

 もうすぐ一限目が始まる時間だが……会話の流れから察するに、連日の特別カリキュラムに含まれた戦闘科の授業で使う武器が、子ども達に合わなかったということだろう。


 子ども達は《ディスカード》で廃棄された可変兵装を使っていた。近接武装のみとはいえ切れ味や耐久性は高い。強固な魔物が相手でも簡単に相手取れるくらい、優秀な武器だ。

 何より長年使い古して手に馴染んでいた物のはず。それから急に別の物に切り替えたら負担も掛かる。子どもの肌は赤ん坊ほど、とはいかなくても十分繊細だからな。


 おまけに子ども達は世話になってる相手に気を(つか)わせないように、怪我や不調を我慢してしまうことがある。孤児院でも切り傷を隠そうとしてた子がいたし。

 そしてシルフィ先生は人徳のある教育者ではあるけど、戦闘科の担当教師ではない。

 魔法の指導なら頼りになるが戦闘の分野になると……過度に指導することはないが、個人に対する加減は分からない。


 本当なら使い慣れた可変兵装で授業を受けさせるのが一番だ。俺やエリック、カグヤだって感覚を忘れないように真剣で立ち会っているからな。

 しかし火災のせいで焼失した為、手元に無い。どうにか訓練用の木製武器で代用するしかないが……──ふむ、閃いた。


「失礼っ!」

「「「っ!?」」」


 声掛けして勢いよく扉を開き、腰に手を当て堂々と。


「話は聞かせてもらった! その一件、俺も関わらせてもらいますよ、先生!」


 ◆◇◆◇◆


「……というわけで、戦闘科の授業補佐をすることになった、皆さんご存じクロトさんです」

「やっほ」


 わりかし予想通りの事情であった為、休んでる場合じゃねぇ! と協力を申し出て。

 しかし明日は筆記テストが、と遠慮がちな先生の背中を押し、キオ達を引き連れて。

 広い校庭の真ん中で、呆けたように口を開く子ども達の前で軽く挨拶。


 顔を合わせる機会が少なくて分からなかったが、みんな元気そうでよかった。

 見知らぬ土地での生活に、不安よりも好奇心が勝っているように見える……が、詳しいところは今回の授業で見極めればいいか。

 子ども達の後ろの方でぴょこぴょこ跳ねてるユキに手を振って、各々の反応に目を向けながら。


「よぉし、じゃあ孤児院でやってたみたいに──まずは鬼ごっこからやろうか。魔力操作アリで」

『やったぜぇ!』

「え、ええ!?」


 思いもしない言葉に困惑している先生の肩に手を置いて。


「他に戦闘科で場所を取ってる訳じゃないし、逃げる範囲は校庭全部で。先生には土属性で障害物とか作ってもらっていいですか? 出来るだけ高低差のある物で」

「あ、はい、分かりまし……ではなくて! クロトさん、これは授業ですよ?」

「そうですよ? ()()()()()()()()()()()()、ですけどね」


 常識的な範疇(はんちゅう)に収まらない学習法も許される。そう、特別カリキュラムならね。

 真面目な話をすると剣術、槍術、杖術などを使う時点で筋力も体力も鍛えないといけないし、武器の取り回しを上手くするのは確かに重要だ。でも、武器を使って戦うだけが戦闘ではない。


 様々な技法をどれだけ詰め込んで立ち回れるか。それを分かりやすく、かつ楽しく面白くするのが大切だと思う。努力するのが苦しかったり、つらいと覚えられないからな。

 ()()()()()()()()()()

 応用が苦手な俺が重点的にやってきたことを孤児院の時から子ども達に指導している。


 教えて見せて模倣させて、そこに個人の自分らしさでアレンジを加えさせて。

 枝分かれした完成形までの道を、ある程度自分で見つめ直せるように。

 完全に物にするのは難しいだろう。だがきっかけや取っ掛かりがあれば、彼らの実力は飛躍的に上昇するはずだ──俺より才能ある子、多いから。

 などという言い訳じみた本音は置いといて、近しい要旨を先生に伝える。

 一理ある、と思ってもらえたのか。顎に手を当て、興味深そうに頷いた。


「他の授業に比べて自由な時間が許されているのだから、最大限利用しないと……もったいないですね」

「でしょう? という訳で、障害物の方をお願いします」

「はい。術式魔法(イグジスト)で複雑かつ走りやすそうな構造に……よし。“顕現せよ、惑い朽ちる砂上の迷宮”」


 膨大な魔力が放出され、先生の眼前に浮かび上がる土属性の魔法陣にノイズが奔った。

 大気中の魔素(マナ)が発光し、魔法陣と共に地面に吸い込まれていき──地響きが鳴る。

 屹立(きつりつ)する土壁や凹凸(おうとつ)の激しい坂道。一部は校舎よりも高く、ロッククライミングのような突起物が付いた建造物まで。それらに繋がる複数の建物などが続々と隆起していく。


 わずか数秒で、平坦な校庭は遊園地のアトラクションに近しい物へ変貌した。

 大規模な魔法って構築やら魔力の込め方で、時間も負担も掛かるはずだが……こんなに速かったっけ? 先生ならやれるだろう、って信頼はあるけど。


「……おかしいですね。いつもはもっと魔力を消費するはずなのに、下級魔法程度しか減ってない?」


 不思議そうに首を傾けて先生が呟く。

 元々の魔力量が人類最高峰レベルだから、誤差みたいなものだろうけど、この規模で下級魔法? 《ファイヤー・ボール》並の燃費? えっ、じゃあさっき感じたえげつない魔力量は何?

 ……考えるのはやめよう。先生は規格外の塊みたいなものだし、何が起きても不思議じゃない。悪い事でもないだろうし。

 時間が惜しいから早速始めるか。

 両手で音を鳴らし、感嘆の声を上げる子ども達の視線を向けさせて。


「さあ、やるぞ! ルールは至って単純! 武器は使わず、全力でいかなる手段を使ってでも逃げ回る俺を、鬼役のみんなで捕まえるのだ! はいよーい、どんっ!」


 言うが否や背を向けて走り出す。背後から迫り来る十数人の足音を置き去りにして、ひたすらに走る。

 クククッ……遠征を経て移動能力が強化された俺を、易々と捕まえられると思うなよ!


 ◆◇◆◇◆


「なるほど、あれは孤児院の時に負った傷痕じゃないのか。アタシはてっきり向こうでくらったもんかと……」

「それはシルフィ先生とオルレスさんのおかげで、なんとか完治してもらって痕は残らなかったってよ」

「ええ。他の物に関して気にするな、というのは難しいと思いますが、本人があの調子ですから」


 カグヤと一緒にクロトの身体のことを説明しながら、薬学の授業教室に向かっていると。


「あら、そこにいるのはカグヤさんではありませんか」

「おや、ルナさん。貴女も薬学の授業を?」


 廊下からエルフの女生徒、ルナ・ミクスが歩いてきた。以前クロトに何かと難癖をつけてきた奴だが、最近はそういった反応も無くなりつつある。


「ええ。ところでそちらの方は最近、七組に編入してきたセリス・フロウさん、でよろしかったでしょうか? エリックさんのお身内の……」

「そうだよ、姉貴分さ。その口ぶりからするに組は違うみたいだけど、顔を合わせる機会もあるだろうし、これからよろしく」

「よう金髪ドリルツインテ。久しぶりだな」

「よろしくお願いしま──って! (わたくし)をおかしな名称で呼ぶのはやめてくださいまし!」


 セリスに頭を下げたルナが、指を向けて怒鳴り散らす。

 いかん、クロトがずっとそう呼んでるから、つい口に出てしまった。


「全く、貴方といいクロトさんといい、常識的に見えてどこかズレていらっしゃるというか……そういえば彼はどこに? 姿が見当たりませんが」

「アイツなら勉強し過ぎて知恵熱っぽいから保健室に」


 行った、と言い掛けて。突然の地響きに壁に手を置いて耐える。

 次いで視界に映るのは校庭にそびえ立つ、強固かつ起伏に富んだ見た目の茶色な城壁。恐らく土属性の魔法によるものだろうが、発動の際に感じる魔力波が無かったにもかかわらず、校庭の中心に広範囲で展開されている。

 そんなことが可能なのはシルフィ先生くらいだろうが、一瞬、脳裏に能天気な顔したクロトが思い浮かぶ。

 でも休んでるはずだから無関係だろ、と掻き消そうとして。


『ハーハッハッハ! ほぉら捕まえてみなよぉ! 出来るもんならなぁ!』


 遠くで笑い叫ぶクロトの声と、細かく動き回る何人かの影が見えてしまった。


「……保健室に行ったと思ったが、訂正する。なんかやってるわ、アレは」

「確か子ども達は今日、戦闘科の授業から始めると言ってましたね。クロトさんのことですし、何らかの経緯で授業の手伝いをしているのでは?」

「一番ありえそうな話だから困るぜ。先生を言いくるめて城壁を作らせて、実践的な戦術を叩き込んでるとか、その辺りだろうな」

「…………二人が気にするだけ無駄と言ってた理由が、なんとなく分かった。ありゃ()()()()()()()と割り切った方がよさそうだ」

「早々に慣れませんと胃がねじ切れますわよ」


 その場の全員で校庭を眺めながら、それぞれの感想を述べて。

 見なかったフリをして教室に入った。


 ◆◇◆◇◆


「三人二組、囲うように動いて!」

「上も下も、右も左も。出来る限り隙間を失くすんだ!」

「今度こそ勝ってやる! 覚悟しろ兄ちゃん!」


 キオとヨムルの素早い指示で統率の取れた子ども達は、建物の影に潜み、死角を突いた位置取りを心掛けている。

 洗練された動きによって逃げ場は失われ、徐々に追い詰められていく。魔力操作による強化も十分に使っているからだろう。


 教えがしっかりと身についているようで、お兄ちゃん嬉しいですよ。……簡単には負けてやらないけどな。

 まずは簡単なトラップから。事前に作っていた血液魔法のワイヤーと、爆薬を組み合わせた物だ。爆薬については怪我をさせないように手を加えた。


 背後を確認しながら通路にばら撒いて走り去る。するとどこかで爆発音と悲鳴が響いた。湿り気のある粘ついたあの音は、疑似トリモチ爆薬だな。


「隙あり!」

「っ!」


 誰が引っ掛かったんだ? と気にしながら通路から外に出た瞬間、上空から影が。

 ヨムルだ。壁を利用して跳躍してきたようで、踏み台にしていたと思われる部分が崩れ落ちていた。

 兎人族らしいやり方だ。だが、寸前まで出された手を伸ばした制服の帯で掴む。

 ユニークモンスター素材のおかげで手に入れた制服の能力。強度が高く強靭でしなやかな帯は俺の体重を支えられるほどだ。


 魔力を込めた帯で地面へ引っ張りながら、すれ違うように空中へ飛び出す。悔しそうなヨムルの視線を見下ろして、放した帯を別の建物に伸ばして、身体を引っ張り上げた。

 推進力をそのままに、《アクセラレート》で壁を蹴って帯も活用し、不規則な機動で追っ手を振り切る。

 少し離れた場所で立ち止まると、遠くで土煙が立ち上った。崩れた瓦礫の山が徐々にこっちに近づいてきている。


 あのパワフル百点満点な強引さはユキだな。獣化はしてないとはいえ、素の状態でも身体能力は非常に高い。

 コンクリートを容易に握り潰した時は正直ビビりました。

 それに魔力操作も加わっているのだからユキの相手は骨が折れる。……魔力量多いし、エンハンスグラブとの相性、良さそうだな。


「やあぁ!」

「ふっ、口を開いてしまったな! くらえ、飴玉攻撃!」


 思考を中断して。土煙から飛び出してきたユキ目掛けて、隠し持っていた飴玉をシュート。

 スキルの補正が掛かった全力投球は狙い違わず、開けた大口に吸い込まれるように入っていく。

 しっかり着地しつつ、飴玉を転がしてご満悦なユキを放置して、その場から逃げ出す。


「にーちゃーんー……!」

「あっ」


 踵を返した先で設置したはずのトラップを持つ、トリモチだらけのキオが立っていた。

 トリモチ爆薬をくらったのはキオだったか。というかあのトラップ、確か催涙爆薬……!

 ニヤリ、と笑みを浮かべたキオが爆薬を地面に叩きつけた──寸前、帯で奪い取る。

 あぶねー……色々詰め過ぎたせいで感覚が鋭敏な獣人族が嗅いだら半日は行動不能になるんだよ、コレ。


 びっくりした顔で、それでも向かってくるキオを軽くいなして。隙をうかがっていたのであろう子ども達にも、トリモチ爆薬を起爆直前で置いて大きく跳ぶ。

 眼下で炸裂した瞬間を確認して、風属性の爆薬でさらに飛ぶ。これで次の建物まで行け……あっ、ダメだ飛距離が足りない。


「ソラ、手伝ってくれる?」

『キュッキュ!』


 召喚獣を呼び出す陣から、元気に飛び出してきたソラを胸元に潜り込ませて。背後に展開された風魔法で背中を押してもらい、無事に着地する。

 散開して先回りしている子ども達もいたが、ソラの光魔法で目眩まし。

 目元を抑えてよろめく横を通り過ぎて、スキルと魔法の加速で魔素(マナ)の輝きを残しながら、縦横無尽に駆け巡る。

 しかしこうして大空を駆けると、ルシアに抱えてもらって飛んだ時の光景を思い出すなぁ。アレは飛ぶというか、滑空だったけど。


『汝よ、そろそろよいのではないか。(わらべ)達にも疲労が見えてきたぞ』

『確かに。もうかれこれ二〇分は続けてるし、やめるか』


 唐突なレオの声に答えながら、爆音にも似た音に振り返る。

 強化した脚力で一気に跳んできたのだろう。凄まじい勢いでユキが目前に迫ってきていた。背後をよく見れば、飴玉攻撃を行った建物が天辺から粉々に崩れ落ちている。

 マジか、すげぇ。俺がスキルや霊薬を全部駆使して頑張れば出来るかもって行動を、単純な魔力操作のみでやってるよ。


 子ども達の中でポテンシャルが高いのはユキかなぁ、と暢気(のんき)に構えて、飛び込んできたユキを片腕で抱き留める。

 帯を壁に伸ばして減速し、無事に着地。顔を上げて笑顔を向けてくるユキに、ため息を一つこぼす。


「えへへー、捕まえたっ!」

「ああ。今回は、子ども達の勝ちだな。俺の鬼ごっこ無敗伝説が破られてしまったか……爆薬、全部使ったのになぁ」

「うん! やっと勝ててうれしい!」


 そっか、と頭を撫でて、ソラの光魔法で鬼ごっこ終了の合図を打ち上げる。

 所々から安堵の声と、結果が気になったのか走ってくる音が近づいてきた。丁度反対側くらいにいるな……あれ、というか中心の建物、今にも崩れそうじゃないか?

 塔のような外見の建物だ。確かユキが根元をぶち抜いてたし、トラップを重点的に設置したのもあそこだった。


 魔法で生成された物とはいえ、元は土だ。岩ほど耐久性がある訳ではない。

 割と色んな衝撃でボロボロになってるから、風で煽られて揺れて、段々ヒビも入って──倒れる。

 そう思った時には走り出していた。先生がいるから安心? そんな楽観的でいられるか。


「ユキはシルフィ先生のところに行って!」

「わかった!」

『レオ! お前の身体……じゃない、刀身って頑丈か!?』

『予想外の問い掛けだが、無論だ。この世における物質の最高峰だからな』


 聞きたくもない厄ネタが一つ増えた気がするが、まあいい。


『もう一個だけ質問! 今のお前を他の人に見せて発狂したりはしないか?』

『ああ。元より狂ってしまうのは、漏れ出た破壊の力に精神が(むしば)まれるからだ。適合者と繋がりが結ばれたおかげで、力の矛先や制御は我の意思で完璧に抑えられる』

迂遠(うえん)な言い回ししないで、分かりやすく言ってほしい』

『出し惜しみなく使っても構わん。だが、汝のやろうとしていることは察せられるが、それよりも破壊の力を使った方が間違いは起きんぞ』

『巻き込む可能性があるのに使う訳ないだろ! おっかないわ!』


 高威力のシフトドライブは制御が難しいから気軽に使えないので却下。

 そして破壊の力とかいう意味不明な能力を、慣れもせず初めて使うのに全幅の信頼を置きたくないから却下!

 傾き始めた建物の付近に居た子ども達を集めて、(うずくま)るように指示する。抱えて逃げる……には人数が多いか。


 疲弊していて気も緩んだ身体で、突発的な状況に対応するのも難しいだろう。逃げてもらうよりは守り切れる場所で、どうにか手を施した方が確実だ。いざとなれば……怪我したくないけど身体を張って守る。

 見上げれば塔は太陽を隠して、影を差していた。


 冷静に、構えた両手にレオを召喚する。粒子の状態から形成される、鼓動のように明滅する機械的な片刃の大剣を握り締めて。

 魔力操作で身体を強化し、《コンセントレート》の光輪を両腕に。

 刀身に《オーダー》スキルで威力を増大させた、ソラの風魔法を乗せて。

 ぐっと握ったまま──落ちてくる瓦礫目掛けて斬り上げる。


 出来る限りの破壊力を込めた一撃。衝突の瞬間に光輪が弾けて、瓦礫を一刀両断する。

 斬線が奔った箇所からヒビ割れ、傷口を広げるように。逆巻く竜巻が瓦礫のみならず周囲の物まで粉砕し巻き上げて、砂上の迷宮が砂塵に()していく。

 瞬く間に視界が晴れ、()()()()()()()()()()()()()()()日差しが差し込み…………待て、こんなに魔法の威力も範囲も強かったっけ?


『言ったであろう、力の矛先や制御は我の意思で完璧に抑えられる、と。念には念を入れて、我の方で少しばかり破壊の力を行使させてもらった』


 脳内に響く得意げなレオの声に目を細めて。破砕と暴風による塵の山が点在する校庭を、魔剣を振り切ったまま見渡して、もう一度空を見上げる。

 一直線に、何かが突き抜けたような形に変形した雲がそこにあった。これで……少し、だと?

 俺はただ、魔法剣で強引に切り飛ばそうとしただけなのに。


「助かった、の……?」

「す、すげぇ! クロト兄ちゃん、そんなこともできたんだ!?」


 無事を喜ぶ子ども達の声が遠く聞こえる。何やらお礼を言っているようだが、気に留められなかった。

 それよりも、勝手なことをしやがって、と胸の内に湧いたレオへの(いきどお)りが溢れる前に。

 ──背中に突き刺さる冷たい視線と、近づいてくる足音に息が止まる。土を踏み締めているだけなのに重々しい。


 次いで心臓は早鐘を打つように速まり、全身から汗が滲み出してきた。滑り落ちそうになった魔剣を握り直す。

 凄まじいプレッシャーがのしかかってきていた。ふ、振り返りたくない……この場から逃げ出したい……っ! だけど今後が不利になるだけだから出来ないッ!

 せめてもの抵抗としてソラを頭に乗せて、魔剣を身体の陰に隠しながら、表面上にこやかに後ろを向く。


「クロトさん」

「ひゃい」


 いつもの温和な雰囲気はどこに消え去ったのだろうか。

 背後から黒い空気を漂わせている先生に、上擦った声が漏れた。


「まずは子ども達の授業を優先しましょう。終わった後に、学園長室でお話しましょうか? ──そのアーティファクトについて」


 へ、へへ……バレちまったぜ……。


程よく主人公の闇を撒き散らし、適度にギャグで中和する。

そして最後に落とす。うむ、実にテンポがいい。

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