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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【四ノ章】借金生活、再び
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第五十三話 家主としての心情

バレンタインに出遅れたので本編を進めます。

「今日はありがとう、リード。おかげで筆記は乗り越えられそうだ」

「……いえいえ、クロトさんが努力した結果ですよ。皆さんにもお疲れさまでした、と伝えてください」

「うん。中間が終わった後、結果を報告しに来るよ。吉報を待っててくれよな!」

「……はい。またのご利用をお待ちしてます」


 図書館の前で、ぺこりと頭を下げるリードに手を振って。

 帰り道で待っていた三人と合流して歩き出す。

 すでに夕日は沈みかけていて、空は暗く染まり。街灯も点き、結晶灯の明かりが周囲を照らし始めていた。

 涼しい風が木々をざわめかせて、まばらに帰路に着く人達の間を通り過ぎていく。


「しっかし驚いたぜ……まさかあんなに分かりやすく解説してくれるなんてな。ちょっと不安な部分もあったが、どうにかなりそうだ」

「ですね。セリスさんもクロトさんも、最終的に四〇〇点近く取れるようになりましたから。安心してテストを受けられますよ」

「アタシよかクロトの成長がとんでもなかったな。先生に渡された対策用紙、全部終わらせてたじゃないか」

「俺もびっくりしたよ。気づいたら最後の一枚で変な声が出そうになったし」


 そう、なんと辞書並みに分厚かった紙束を全て書き終わったのだ。

 リードという新しい講師を加えた勉強会の効果は凄まじく、知識がスルスルと頭の中に入ってきて身に着いていると実感できるものだった。

 参考書や教科書を読んで、答えて、間違えて、直して、最初に戻る。

 出来る人から見れば、不毛な繰り返しをするだけの作業が見違えて変わったのだ。


 点と点が繋がり、答えに辿り着くというプロセスに脳細胞が活性化。勉強を楽しいと思わせる彼女の学習法には尊敬の念を覚える。

 走り出したペンは止まらず。些細な凡ミスはあったが対処の仕方を教えてもらい、休憩を挟むことなく。

 宣言通り、日没までの三時間を経て。一番出来の悪かった俺も無事に優等生の仲間入りを果たした。

 彼女が手助けしてくれなきゃ、今頃地獄を見てたかもしれない。


「これで一安心だ……いやいや、ちゃんと自習するから。そんな冷ややかな目で見ないで」


 熱を持った頭をふらふらと揺らしていたら、姉弟が振り返ってニヤリと笑う。

 まるで“余裕ぶって足下を掬われなきゃいいな”とでも言いたげな顔だ。エリックはともかく、セリスは俺と同じくらいだろうが。

 口には出さず、二人の背中を押して反抗の意思を見せる。鈴を転がすようなカグヤの笑い声が響いた。


 学園敷地内の噴水広場でそれぞれの寮に向かう三人と別れて。舗装された道を外れ、林の中へ。

 時間も時間なのでかなり暗いが、家には街灯のように自動で点灯する照明があるので場所は分かる。

 淡く光る結晶の下へ進み、程なくして林を抜けると……あれ? 玄関の所に誰かいる。

 暗がりに浮かぶシルエットに近寄れば、どこか見覚えのある後ろ姿が視認できた。


「シルフィ先生と、ユキ?」

「ああ、クロトさん。おかえりなさい」

「にぃにおかえりー!」

「うん、ただいま」


 胸元に飛び込んできたユキを抱き留めると、先生が申し訳なさそうにしながら。


「てっきり家に戻っていると予想して、こちらで貴方を待っていたのですが……デバイスで連絡すればよかったですね」

「今まで勉強会に集中してましたから、気づくのは結局遅れてたと思いますよ。でも、なんでユキと一緒にこっちに?」


 家の鍵を開けて招き入れながら。実は、とシルフィ先生は理由を語り出した。

 昼間の作戦会議を終えて、午後からも孤児院の子ども達の授業は滞りなく進められたそうだ。

 座学では常識的な知識を。

 実技では他生徒との交流を行い、学園の空気に慣れさせるという目的も達成に近づいていた。

 後は放課後にユキの身体を検査しようと、研究室に足を運んだところで。


「クロトさんに渡された資料を下敷きに、顔を青くしたリーク先生が倒れていまして」


 リビングのテーブルで向かい合わせに座り、困り顔を浮かべる彼女に思わず、あぁ……と納得してしまった。

 諸々の衝撃的な情報に耐え切れず、思考回路がショートしてしまったのだろう。

 俺だって(はらわた)が煮えくり返るような気分になったし、リーク先生の気持ちが分からない訳ではない。


 しかしあの人、昔のグリモワールで大立ち回りしたとは思えないくらいメンタル脆いな。昼間の覚悟はどこいった?

 そんなサスペンス小説の如き惨状の中。極度の心労によってダウンしたリーク先生を叩き起こして、話し合いをした結果。


「狼に変化する体質──便宜上“獣化”と名付けますが、それをユキは完全に制御できていないようです」

「そうなんですか? 孤児院に居た時は気づかなかったけど……待てよ、だとしたらマズくないですか?」


 図書館で借りてきた、シリーズ物の絵本を数冊渡して。

 隣で足をプラプラさせながら読んでいるユキを見ながら。


「ええ、精神的なストレスを強く感じると徐々に獣化の兆候が表れるようで。孤児院の方々や私達と一緒に行動している時はなんともありませんが……」

「何かが原因で獣化した時、街中だったり教室だったりしたら間違いなく追及は免れない。そして学園や日常生活が原因になる可能性が高い、と?」


 俺の言葉に先生は静かに頷く。

 確かに、環境の変化がもたらす精神的負荷はとてつもないものだ。セリスは順応性が高い為どうにかなっているが、多感な時期である子ども達は勝手が違う。

 特にユキは境遇が特殊過ぎる上、周囲への配慮も考えられる程に聡い子だ。様々な要因が重なれば一瞬で精神の壁は崩壊してしまうだろう。


 さらに獣化が周囲の目に触れてしまえば、良からぬ者達に接触される可能性もありえる。

 またデミウルのような外道組織に目を付けられるかもしれない。

 そうでなくとも詳細を知らない他者から見れば、犬人族に近い外見の女の子が、完全な獣の姿に変化するという現象は看過できないはずだ。


 見られたら最後、一転して彼女という存在は気味の悪い異物と化す。

 排除か迫害を推し進める輩によって、居場所を失い、孤独のまま生きる羽目になる。


「今は寮の空き部屋で何人かと組んで過ごしてもらっていて、近日中に再編成した寮部屋を割り当てる予定です。……相部屋になるように手は回していますが、子ども達以外とも生活する環境にユキが耐えられるかは分かりません」

「ずっと付いていられる訳じゃないし、不安の種は残りますね」


 思い返せば、孤児院でもセリスやエリックにべったりくっついていた印象が強い。

 ユキは子ども達の中でも年長組だ。でもデミウルの実験のせいで成長が止まってる為か、精神構造的に無意識の内に甘えたいという感情が根底にあるのかもしれない。

 日常的に掛かる心の負担を、家族との触れ合いで発散しているのだ。恐らく、そこが獣化するかしないかの線引きになっている。


 ならばセリスと組ませたらいいという話になるが、ずっと獣化しないように抑えつけたままなのも良くない。

 出来るのにやれない状況は鬱憤も溜まるし、気分も沈む。

 室内で獣化させたらどうかって? 部屋の大きさ次第じゃ破裂するぞ。


「とりあえず、この話は後でエリック達にも伝えるとして。先生がなぜ俺の所に真っ先に来たのかが分かりましたよ。()()()()()()()()()()()()()()()()、っていうことですよね?」

「……はい。私の家でも構わないのですが他の職員のご自宅も近いので、目に付く可能性がありまして……」

「既に俺と生活してた時点で手遅れな気もしますが、必要以上に悪目立ちするのは避けたいですね」


 察した予想を口に出すと、先生は気まずそうに言葉を詰まらせる。

 初対面でもじゃれついてくるくらいには懐かれてるし、俺の家に近寄る人もいないから、室内でも屋外でも適度に獣化して遊び回れるだろう。


 考えれば考えるほど、好条件な居住施設だ。住まわせた方が色々と都合が良い。

 そもそも一人で住むには手に余るほど広いのだ。最低でも一室しか使わないし、寂しいし、残りの部屋をどうしようか悩んでいた。


「家主としての心情的には別に構わないですよ? 冗談みたいにデカい家に一人で住むとか心細いから。一緒にシェアハウスしてくれる人がいたら嬉しいです」


 エリックを勧誘しようと思っていたが、中間テストの衝撃で頭からすっかりすっぽ抜けて忘れてしまった。理由を話せば納得するし、協力してくれるだろうから問題はないはずだ。

 あと率直に言って申し訳ないが、究極的に寝相の悪い先生に彼女を預けたくない。


 抱き枕扱いならまだしも、関節技を決められたら小さな身体では耐えられないと思う。お兄ちゃん、若い子にそんな苦しい所業を受けさせたくないよ。

 そして色々と懸念はあるが、本人の意思を確認しないで勝手に決めたくない。


「という訳でユキ、この家で兄ちゃんと一緒に暮らさない? 明日にはきっと、エリックもここで生活するようになるよ」

「ほんと!? 住む! お腹空いた!」

「うーん、話の脈絡が微塵も繋がってないけど了承は得たし、俺も腹減ったなぁ……」


 読み終わった一冊目の絵本を掲げながら、声高らかに笑顔で答えたユキの頭を撫でる。

 壁に掛けられた時計を見ればもうすぐ午後六時。そりゃ空腹も訴える訳だ。


「ひとまず住居者一人目決定ということで。いいですよね?」

「生徒に負担を強いるようで不甲斐ないのですが……よろしくお願いします、クロトさん」

「先生のおかげで今がある訳ですし、普段からお世話になってますから。困った時はお互い様ですよ」


 笑いかけながら立ち上がり、台所に向かう。

 地下工房に続く裏戸側の壁には食器棚があり、リビングからは見えなかったが各種野菜の束が天井に吊るされていて、隅に置いてある革袋には穀物や根菜が詰められている。

 シンクの下を覗けば複数の調理器具に、調味料やスパイスの名札が張られた壺が数個ほど。

 冷蔵庫のような魔道具を開くと紐で縛られた肉の塊に新鮮な野菜、大きなミルク缶が二本も入っていた。


 工房の設備もだけどサービス精神旺盛すぎない?

 しかしこれだけ沢山の食材があれば数週間は食事に困らないな。

 トマトにオーク肉に玉ねぎ、キャベツ、ジャガイモ……塩で味付けして、ゴロゴロ具沢山スープでも作るか。


「そういえばずっと勉強会をしていたと言っていましたね。対策用紙はどこまで進みました?」

「全部終わりましたよ。カバンに入ってるんで確認してみてください」


 しれっと答えて、目を点にしつつも取り出した紙束をめくる先生を見ながら。

 深めの鍋に水を入れて魔道具コンロに乗せる。火属性の魔力結晶を活用した点火装置で火を起こして、沸騰する間に用意した具材を次々と切っていく。

 使用するオーク肉は豚肉に近い食感だが脂身が少なく、しかし筋張っていて赤みが多い。

 食い応えがあるように少し大きめのブロック状に。筋に切れ目を入れてスパイスを塗り込み、別皿に放置。


 野菜は一口サイズに。切り終わったら火の通りにくい根菜から鍋に突っ込む。

 葉物(はもの)やトマトの溶ける寸前なホクホク感も好きだが、今回は食感を保つため最後に入れるとして。

 ぐつぐつと煮だつ鍋を適度に掻き混ぜていると、目を見開いて驚いた様子の先生が呆然と呟いた。


「嘘……最後までしっかり書かれてるなんて。頑張れば筆記試験の直前で終わるように作ったのに」

「図書館勤めの友人がすごい効率よく教えてくれたんです。そいつは“しっかりまとめられてて教材として扱いやすい。生徒のことを良く思ってる方なんですね”ってベタ褒めしてましたよ。その甲斐もあって、過去問で平均八〇点は取れるくらい成長しましたから」


 どや顔で胸を張りつつ作業は緩めない。

 下ごしらえを済ませたオーク肉を投入。濁り始めたスープから灰汁を取っていくと、次第に食欲を誘う香りが漂ってくる。

 用意した皿とスプーンを、様子を見に来たユキに運んでもらって。お玉で掬い上げた具材に火が通ってるか、串を刺して確認。

 抵抗もなく貫通した串を抜いて、小皿にスープをよそって味見。


 ……初めて使ったスパイスだけど、風味が強く出てる。このままでもウマいが、やっぱり塩を足して味を引き締めるか。

 目分量でこれくらい入れてグルグル混ぜてもう一回……よしっ、完璧だ!

 コンロの火を止めて、鍋敷きを敷いたテーブルにデンッと乗せる。

 本当はパンと共に食べるのが理想だが、今から買いに行くのは面倒なので我慢する。

 皿にスープをよそっていると、先生が慌てたように片付け始めた。


「す、すみません。長居する訳にもいきませんから、帰りま」

「先生も一緒に食べませんか? 俺、そのつもりで多めに作ってたんですけど」

「うっ……で、ですがただでさえ迷惑を掛けているのに、夕食までご馳走になったら」

「気にしないですよ。むしろ、これは対策用紙を作成してくれたお返しみたいなものですから」

「…………こういうシチュエーションには憧れてますが、お、大人として頷く訳には」


 何やら大人の矜持に対して葛藤している先生を尻目に、空腹の限界が近いのかふらつき始めたユキを見る。

 目を輝かせ、ヨダレを啜り、今にも飛びつきそうな状態だ。

 先生もそんな彼女が視界に入ったのか。ふと自分のお腹をさすり、観念したように頷く。


「──やっぱり、私もご相伴に預かります」

「そうしてもらえると、俺もユキも嬉しいです」


 恥ずかしそうに頬を染めながら先生は皿を受け取った。

 一人で食べるのもいいが、俺は大勢と囲む食卓の雰囲気が好きだ。

 ユキだって、孤児院に居た時は皆と食事をするのがいつもの事だった。できれば、その形は崩したくない。

 俺がいるとはいえ人が多ければ会話も弾むし、何より空気が和やかになる。

 各々の前に並んだスープを見下ろして。


「にぃに、もういい?」

「ああ、それじゃ……」

「「「いただきます!」」」


すごく今更ですが、ニュージェネシリーズ見始めました。

……オーブぅ!

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