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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【四ノ章】借金生活、再び
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第五十二話 思わぬ助っ人

ちょいと短めです。

 シルフィ先生の忠告に従い、午後から勉強会をすることになった。

 ちょうどリードにお土産を持っていこうと思っていたので、場所は図書館で。

 話し合いの末、リーク先生はユキの面倒を見る羽目になってずっと呻いていたが、後はシルフィ先生に丸投げして。

 俺達はニルヴァーナ図書館に向かい、受付カウンターに居た彼女に事情を説明した。


「──なるほど、勉強会……それなら奥のスペースを使うといいですよ。多少騒いでも怒られませんから」

「ありがとう、リード。これ、遠征で買ってきたグリモワールのお土産」


 壁面の天井近くまである書架と、空を浮かぶ本を呆然と見上げるセリス。

 その手を引いて歩くエリックとカグヤを見送りながら、お菓子の詰め合わせを渡す。

 眠たげな表情は変わらず。しかし猫耳と尻尾が嬉しそうに大きく揺れている。

 甘い物が好きなのは既に知っているからな。


「……ありがたいです。これで給湯室のお菓子を占領する必要が無くなりました」

「他の職員の迷惑になるからやめときなよ」


 読書に夢中で食事をロクにしないのも変わってないようだ。

 会話も程々にして先に向かったエリック達の後を追う。

 リードの言う通り、読書スペースを利用する人も段々と減っていき、最奥まで来れば人気は全く無かった。


「さて、時間がもったいないし、早速やっていくか」


 パーテーションで区切られた大きめの個室がいくつもあるフロアの一室で、向かいの席に座るエリックの声に頷く。

 俺の隣にはカグヤが座っていて、その正面にセリスがいる。

 各々の対策用紙や文房具をテーブルに広げて勉強に勤しむ光景は、傍から見れば微笑ましい学生の交流に見えるだろう。


 だが俺にとっては違う。今後の学生生活を送る上で重要な、学力を身に着ける為の苦行でしかない。

 全ての責任と非が自分にあるとはいえ、さすがに辞書並みに分厚い紙束の前では尻込みしてしまう。

 しかし、手も付けずに逃げてしまうのは奈落の底に身投げするようなもの。何よりシルフィ先生の厚意を無駄にする訳にはいかない!


「うぇへへ……やってやる、やってやるぞ……!」

「気合い十分なのは大変よろしいが、お前とセリスにはまず全教科の小テストを一通り回答してもらうぞ」

「現時点での目安になりますし、そこから苦手な分野を中心に対策を立てていきましょう」


 この場における学力ヒエラルキー最上位陣の提案を受けて、俺とセリスは黙々と取り組んでいく。

 個人で復習を始めた二人の鉛筆を走らせる音も合わさり、どことなく集中力が高まった気がした。


 ◆◇◆◇◆


「セリスさんはよく解けてますね。五教科合わせて三三〇点近く取れてます」

「へっへへーん、暇さえあればずっと本を読んでたしね。これくらいは出来なきゃな」

「対してお前の体たらくはなんだよ。あれだけ堂々と書いてた癖に合計九〇点はないだろ」

「言わないで、言わないで……ゆるして……」


 集中できても結果は良くなかった。

 採点込みで三十分が経過。国文、数学、歴史、地理、薬学の解答用紙を睨むエリックから顔を隠して、机に突っ伏す。


「空欄を埋めようと努力した跡が見えるのはいいとして。文の空白を用語欄から選んで書けって、ちゃんと読めば解けるサービス問題だぞ。なんでこうなった?」

「……単純に勉強不足です。あと、読みと聞くはまだしも文字を書くのにまだ慣れてないんです」

「そういう事情もありましたね」


 俺が異世界から来たと知っているカグヤも察したのか、気まずそうに目を背けた。

 既存の言語体系から別の物に切り替わってしまったのだから、対応に時間が掛かるのは当然といえる。

 英語だって単語の意味とか助詞とか動詞を学ばないと、リスニングも書き取りも満足に出来ないのだから。この世界の共通言語だって同じ理屈だ。


 なまじ中途半端に聞こえるし、読めるからこそ別に誰かに見せるものでもないと。

 面倒くさがって、日本語でノートにまとめてしまうせいでおぼろげにしか覚えてない。

 一通りの基礎はなんとか修得しているものの応用文は難しいし、書くのは遅いし、字は汚くて読みにくいのだ。

 恐らく、初等部の生徒にすら負ける。

 ……これでも異世界知識ゼロから始めて頑張ってるんだよぉ!


「だからって仕方ないで済ませていい範疇を越えてるぜ……歴史は八〇点も取れてるから放置でいいが、他の教科をどうするかだな」

「逆になんで歴史は点が取れてるんだい?」

「国とか偉人の人生とか、大体の流れが想像しやすいから。その通りに答えれば大体当たってる。数少ない得意教科の一つだよ」

「他に得意な科目があるんですか?」

「家庭科と体育」

「聞いたことねぇけど間違いなく今回の中間には関係ねぇヤツだよな」


 残念だけどその通りです。


「この際、記述問題は捨てて暗記の部分でどうにかするしかないな。幸い先生がくれた対策用紙をやれば、二人とも各教科二〇点は獲得できるはずだ。その上で自分の苦手を解消していけば、最低値の底上げはされるだろ」

「アタシは、数学が厳しいかな。計算式やら図形やらの問題がどうにも慣れん」

「うえぇ……俺も数学は苦手だ」

「基本と発展の式を覚えて徹底的に例題をやり込むか、不安ならテスト開始直後に紙の余白に式を書くと余裕は生まれると思いますよ」

「まっ、ひとまず簡単なところから手をつけていこうぜ」


 それぞれの講師から飛び交う助言を基に、俺達は勉強会を続けるのだった。


 ◆◇◆◇◆


「……休み時間なので様子を見に来まし、うわぁ」


 カチャカチャと。

 トレイにお菓子が山盛りされた籠とティーセットを乗せたリードがやってきて、開口一番にそう言った。

 それもそのはず。急速に脳を酷使したせいか、溶けた表情をしているセリスを他の二人が全力で介抱している傍で。

 書架から持ってきた参考書と問題用紙の山に倒れ込み、呆然と個室の外を眺めていた俺と目が合ったからだ。

 鏡を見てないから分からないけど、たぶん死人のような顔をしている。


「セリスさん、気をしっかり持ってください!」

「あうあうあー……」

「ダメだ、思考が現実に追いついてない。やりすぎたか?」


 背後で起きているやりとりを聞き流しながら、無表情で佇むリードの裾を掴む。


「ここ、飲み食いしても大丈夫なエリアだよね……至急、甘い物を」

「……一緒に食べようと思って、色々とお菓子を持ってきましたから。休憩にしましょう?」


 困ったように眉を寄せた彼女の言葉に頷き、セリスを除いて皆でテーブルを片付ける。

 空いたスペースにトレイを置いて、テキパキと手際よく紅茶を淹れたティーカップが置かれた。

 そのまま飲みたいところだが、糖分が欲しいので角砂糖を四つ入れてかき混ぜる。


 溶け切った頃合いを見て呷り、ほっと一息。リードが座れるように席を詰めながら、籠の中からマドレーヌを取って口の中に放る。

 柔らかい生地とバターの風味がベストマッチ。非常に美味い。

 他の皆もお礼を言いつつ手をつけ始め、なんとか正気を取り戻したセリスもクッキーを頬張り、朗らかに笑っていた。


「……だいぶ頑張ってたみたいですね」

「うん。かれこれ二時間くらいかな? ぶっ通しでやってたからね」

「私とエリックさんは対策用紙を終わらせて、お二人の方に手を回していましたので疲れは無いのですが……」

「他はなんとかなるが数学がとことん苦手なセリスに、基礎の基礎から叩き込まないといけないクロトじゃ苦労の度合いも変わってきてな」

「いやぁ、ほんと手間をかけて悪いね。まあ、なんとか形は分かったから後は詰めていくだけさ」

「俺だって頑張ってるよぉ。三割ぐらい終わらせたんだから褒めて褒めて」

「あと七割もしっかりやれ」

「クソがぁ……!」


 図書館の人気が無い場所とはいえ、声量は抑えて。

 容赦も情けも感じられない言葉に悪態を吐いて紅茶を飲み干す。

 おかわりを注いでいると、俺の答案用紙を手に取りパラパラとめくって流し見しながら、リードが口を開いた。


「……全体の正答率が四割ほどでは、少し心もとないかもしれませんね。ですが後半に向けて丸の数が多くなっていますから、着実と成長はしていますよ」

「ん? 一瞬でそこまで分かるもんなのかい?」

「リードは本の虫だからね、速読なんてお手の物だよ」

「そういうレベルを越えてると思うが……って、なんでお前が得意げに言ってんだよ」


 首を傾げる姉弟にサムズアップしながら、クッキーを噛み砕く。


「──ふむ、良くまとめられていて非常に理解しやすい。これくらいであれば、日没までに全て終わらせそうですね」


 リードの素っ頓狂な発言に、大きな欠片が喉の途中で止まる。

 胸板を叩いて強引に気道を確保し、咳き込みながら彼女の顔を覗き込む。


「げほっ、ごめ、よく聞こえなかった。なんて?」

「……私、このあと仕事がありませんから、お手伝いしてもいいですか? お土産を貰ったお礼も兼ねて、辣腕(らつわん)かつ敏腕(びんわん)手腕(しゅわん)で皆さんの学力向上を後押ししますよ」


 猫耳をパタパタと踊らせながら、リードは妙にやる気に満ち溢れた表情で提案してくる。

 そういえば依頼の時に、弟か妹に勉強教えてるって言ってたっけ? 学園に通ってなかったけどこう見えて頭は良いんですよ、とか胸を張ってた気がする。

 しかし彼女の助けがあっても、残りの枚数を今日中に終わらせられるとは思えない。

 二人の力を借りて、脳をフル回転させて、再起不能寸前まで追い込んでようやく三割なのだ。


 もう一度、同じことをやったら今度こそ白く燃え尽きる。かといって自信満々な申し出を断るのも気が引ける。

 ……でもこの世で最も信じられないモノって、無駄に威勢を張ってる時の自分自身だよな。

 現状まだ手詰まりではないにしろ、先の見えない道のりを行くのにどこからそんな虚勢が湧いてくるんだ。

 よし、素直に頼ろう。


「俺としてはありがたいけど、皆はどう?」

「正直二人だけじゃ限界があるし、人手はいくらあっても足りねぇ。俺らの復習も進まなくなっちまうしな」

「能率も考えると負担の分散は必須になりますから、手を貸して頂けたら嬉しいです」

「分かり切ってたことだけど、どう考えてもアタシらが足を引っ張ってるせいだよな」

「言わないでくれ、気にしてるんだから」


 口いっぱいに詰め込んだクッキーを紅茶で流す、セリスの自嘲気味な発言に目を逸らす。


「……ひとまず、クロトさんを三人の基準値まで引き上げます。そこから見直しをしっかりやれば中間のみならず、期末も余裕で切り抜けられるでしょう」

「答案見たから分かると思うし、自分で言うのもアレだけどだいぶキツイよ? 無理はしない方が」

「……問題ありません。──さあ、始めましょうか」


 お茶道具を片付けて、対策用紙を片手に持ちながら。

 珍しく、リードは不敵に笑った。


おかしい……異世界モノなのにこいつら勉強してやがる……。

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