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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【四ノ章】借金生活、再び
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第五十一話 変わる環境、変わらない日常《後編》

新人賞用に改編した小説が書き終わったので、本編進めます!

 一時限目が近い為か、背後から鬼神の如きオーラを放つ先生からの説教は短めに終わった。しかしそれだけでは言い足りなかったようなので、もしかしたら昼休みか放課後に呼び出されるかもしれない。

 真綿で首を絞めるように、追い詰められながら授業を受けなくてはいけない。そう考えると急に身体が重くなった気がした。


 ふらふらとよろめきながら自分の席に戻ると、俺の時とは違い質問攻めされているセリスが視界に入る。

 孤児院をまとめていただけに見知らぬ同年代の波に流されず、ちゃんと一人ずつ質問に答えていた。《ディスカード》で初めて会った時も俺達と普通に話せていたし、元々の順応力は高いのだろう。


 ただ割り当てられたのが教室の出入り口に近い席なので、そこにわらわらと人が集まっている。廊下に出るのは難しそうだ。

 あのままでは次の授業に間に合わなくなる。教科書の準備もしなくてはいけないのだから、助け舟を出そう。

 とりあえずエリック、カグヤと一緒にセリスを連れて学園を案内することにした。


 ◆◇◆◇◆


 各学科で使う教室や購買、学内掲示板の利用法など。

 説明する度に目を輝かせるセリスに和みながら、一通り説明し終えた辺りで歴史科の授業を受けてみる。

 歴史科の担当教師は多少早口で聞き取りづらいが、博識で小ボケを交えながら教えてくれるので親しみやすい。慣れるには丁度いいはずだ。


 今日の内容は各国の食糧事情、もとい食文化について。

 様々な人が集まる学園だからこそ、こういった国ごとに明確な違いが表れる部分を知っておく必要がある。

 土壌や気候によって変わる食文化の解説を、教師が実際に旅をして撮ってきた写真を指差しながら進めていく。


 うぅむ、カグヤが作ってきてくれる弁当の中身から察してたけど、やはり日輪の国(アマテラス)は和食が基本なんだな。

 米、醤油、味噌。アマテラスから輸入してるみたいだし、お金に余裕があれば、ぜひ手に入れたい代物だ。


 ……そういえば、エリックが持ってきてくれた果物で食事を済ませちゃったから、冷蔵庫の中身を確認してないな。工房があんなに物資で溢れていたのだから、もしかしたら食材も相応に入っているのでは?

 帰ったら真っ先に覗いてみるか、と頷いて。カグヤも気になっているのか、顔を見合わせてセリスの方へ視線を向ける。


 隣の席に座っているエリックに時折質問しながらも、熱心にノートへ鉛筆を走らせていた。魔科の国(グリモワール)で言っていたように、帰省ごとに勉強しているだけあって学園の授業にもついてこれてるみたいだ。

 教科書で壁を作って明らかに何かを食べてたり、がっつり机に伏せて寝てる生徒に比べれば、とても真面目な授業態度だ。

 ……中間テストで赤点を取らない為にも、俺も見習わないといけないな。

 気合を入れ直し、視線を前に向ける。教師と目が合った。授業に集中しなさいと叱られた。()せない……すみませんでした。


 ◆◇◆◇◆


「今回の遠征が延期された理由を知ってしまった面子を集めた所で──これより作戦会議を始める!」

「なあ、それ私の研究室をわざわざ占領してまでやることか? しかも昼飯時に」

「食堂である意味国家機密レベルの話題を大声で話すのもどうかと思ったんで」

「君は遠征中にいったい何を仕出かしたんだ……」


 昼休み、場所は危険物廃棄部屋もといリーク先生の研究室。

 こめかみを抑えて項垂れた彼女を無視して、この場に集めたメンバーを確認する。

 エリックとセリス、カグヤにシルフィ先生──そしてユキだ。


 時間が勿体ないので昼食を取りながら話したいことがあると。

 朝の続きをしようとした先生に提案し、ユキを連れてきてもらい、物が雑多に置かれて決して広くはない研究室に集まったのだ。……掃除したのに、既に前より汚いのには目を伏せよう。


 それぞれが食堂から持ち込んできたパンや持参してきた弁当を食べている中で、ユキは少しサイズの大きな制服の裾から手を伸ばして、ハムサンドを頬張っている。

 無言で食べ続けている辺り、相当気に入ってるようだ。

 そして俺も。どうぞ、と遠征前と同じように差し出されたカグヤの弁当に深く感謝してから、芋の煮っ転がしを頬張る。

 ホクホクとした甘辛い食感を飲み込んで、話を切り出す。


「学園長にも話しておきたかったけど、あの人は職務放棄して来る気がするから放置しといて……エリック」

「むぐむぐ、……んぐっ。経緯としては孤児院組の入学金返済についての相談と、後は……」

「なぜ無関係そうなリーク先生を巻き込んだのか、という部分に関してですが──ユキの身体を検査してもらう為です」

「はあ? エリックの姉だけでなく、その子の体調にも異常があるのか?」


 申し訳なさそうに眉根を寄せて、ユキの頬に付いた食べカスを拭うカグヤの言葉に。

 マグカップに砂糖を山ほどぶっこんだコーヒーを口に含みつつ、リーク先生は訝しげに目を細める。


「アタシの魔臓化、で合ってたっけ? アレは完治したよ。クロトが《デミウル》に殴り込んで、特効薬をパクってきて飲ませてくれたからね」

「人を盗賊みたいに言わないでよ、誠意を見せて貰ってきたんだから。無断で」

「あの時は渋々見ないフリをしましたが、どう言い繕っても法に触れた行動をしたのは忘れないでくださいね?」

「…………聞かなかったことにしといてやる」


 次々と飛び交う衝撃的な言葉を処理し切れなかったのか。

 コーヒーを呷り、頬を膨らませ、ゆっくりと飲み干して。

 悟った顔で耳を塞ごうとした手をガッと押さえる。


「手遅れですよ、リーク先生」

「ぐっ、薄々と嫌な予感はしていたんだ。大企業が一夜にして壊滅させられたという新聞の見出しに疑問を持った時点で、気づきたくもない心当たりがありすぎて……!」

「メインで潰したのは向こうの暗部組織で、俺は便乗しただけです。その時に手に入れた資料があるんですけど、こちらを見ていただければ大体の事情は把握できますよ」


 リーク先生は心底嫌そうな表情で、カバンから取り出した書類を受け取る。

 まず誰にも見せないように表紙を二度見し俺を睨みつけて。

 パラパラとめくり顔を青くさせて。


 特定のページを開いてじっくり眺めると赤くなって震え始めた。正に百面相。

 貰った白衣に書かれたルーン文字でビビらされた事とか、《デミウル》関連のシリアスな情報を聞かされた鬱屈な気持ちも発散できて個人的には大満足である。


「おま、ほんとお前……ッ!」

「なんつーか《デミウル》が身内に絡んでるって思うと安心できないんすよ。先生ならそういう分野で頼りになるよなって、話を持ってきたっす」


 事前に話し合って口裏を合わせたエリックの言葉に、静かに項垂(うなだ)れた。


「……実験施設の破壊、医療崩壊、壊滅した都市区間の復興。突拍子もない新聞の内容が事実であると認めざるを得ないか──まさか、とは思うが”試作段階の飛空艇がテスト飛行時に爆散した”という記事に覚えはあるか?」

「そうらしいですね。詳細は知りませんが」


 嘘でもあるが、事実でもある。

 ガレキが衝突し、黒煙を噴き上げ墜落した瞬間をこの目で目撃してしまった。

 そもそもグリモワールで起きた諸々の原因が、俺にあるとも言えるが口にはしない。話が進まなくなるし。

 完食した弁当箱を仕舞いながら、ため息を吐くリーク先生に耳打ちする。

 小声で誰にも聞こえないように、俺にだけ明かされた真実へのお返しを踏まえて。


「正直、先生にとって無視できない話じゃないですか? ……意地の悪い言い方になりますけど、自分の行いに気を病んでるなら罪滅ぼしやリベンジだと思えばいい。可能な限り手伝うつもりですし、シルフィ先生と共同でやってもらいたいんですけど、どうです?」


 グリモワールで通話した時、聞かされた過去にどんな感情を抱いていたかは分からない。

 だけど、声音に含まれた懺悔の思いが確かなら。

 下を向いたまま歩いていた道を、胸を張って進もうと決意を抱いたなら。

 過ちから生まれた命に真摯に向き合える芯の強さを、彼女は既に持ち合わせている。

 彼女は横目でユキを見つめて、胸の前へ持ってきた手をぎゅっと握り締めて。


「──こんな機会が二度もやってくるとは思えんしな。いいだろう、ユキの身体を検査してやる。どうせお前のことだ、旦那の方にも根回し済みなんだろう?」

「むしろ今回の会議発案者は元を辿れば俺とオルレスさんの二人ですよ。“僕が言うよりも君から伝えた方が受け入れてくれそうだ”と頼まれたので、こうして話してる訳ですし」

「私の性格をよく理解してると喜べばいいか、恥じればいいか複雑な気分だ……」


 ◆◇◆◇◆


「だいじょうぶ? どこか痛いの?」

「気にするな……心が少し痛いだけだ」


 各々が食後の飲み物を片手にテーブルを囲む中、精神的ダメージにより不調を訴えたリーク先生をユキが慰めている。

 自分が関わっていた研究の被害者から心配されるって、追い討ちをかけてるようなものでは?

 相手の踏んじゃいけない一線でタップダンスするようなマネした俺も大概だけど。


「ま、いいか。酷く疲れた様子の先生は放置でいいとして、次の議題に移ろう」

「相変わらずひでぇな……で、次っていうと?」

「子ども達の入学金について、ですよね?」


 カグヤの問いかけに、エリックはハッとして頭を抱えた。


「そうだった、ユキの話で頭が回らなかったぜ。……でも、やることは変わんねぇよ。いつもみたいに依頼で稼いで返済していけばいい」

「まあ、支払期限は聞かされてないから急がなくていいみたいだけど……三日後の中間テストで赤点取ったら、補修が終わるまでダンジョン攻略禁止ってほんとなの?」

「マジだぞ。っていうか普通に復習すれば成績キープできるだろ。カグヤに至っては学年一位の常連だし、セリスも問題なく授業についてこれたから良い線を狙える……いや、そうか。お前もセリスも初めてテスト受けんのか」

「そうだよ。地元と勝手が違うだろうから、シルフィ先生に詳細を聞こうと思ってた」

「だからホームルームの時にポカンと呆けた顔をしていたんですね。でしたら、説明いたしましょう」


 シルフィ先生は雑多に置かれた物の山を越え、黒板の前に立ち、チョークの音を鳴らしながら。


「そもそも初等部、中等部、高等部でテスト期間が別々になっていて、初等部から順番に開始されます。そして高等部のテストですが、大まかな形として一般教養を含む筆記試験と組ごとに課せられた課題をこなす実技試験に別れます」

「筆記は分からんでもないですが、実技って何するんですか?」


 手を挙げて、大きな丸の中に書かれた実技の部分に指を差す。


「大体はメンバーを組んで、指定されたユニークモンスターや採集物などの素材提出、特定の迷宮を期日以内に攻略するなどの課題がありますね。一時期、戦闘科の専任教師を生徒総出で倒すなんてものもありましたが、一度も達成されなかったので廃止になりました」

「鬼畜過ぎない? 専任教師って、あの無茶苦茶強い爺ちゃん先生でしょ?」

「へぇ、爺さんなのに強いのかい」

「何をしたらそんなバケモノ染みた力を持てるんだってツッコみたくなる、ヴォルファっていうジジイがな……」


 興味深そうなセリスに答えるエリックを見ながら、思い出す。

 戦闘科の専任教師、ヴォルファ。一般的に小柄である他のドワーフとは桁違いの体躯と気迫を放つ、学園内でも最上位に位置する実力者。

 新任だった頃のジャージ竹刀先生をデコピンで吹き飛ばした。

 たった一人でドラゴンの首をへし折って大岩で潰し殺した。

 一歩踏み込んだだけで地震を発生させて校舎の一部を破壊したなど、様々な逸話を持つ老人である。


 普段は用務員の代わりに街路樹の剪定をしてたり、穏やかにお茶を啜りながらまったりとしている姿を見掛けるが、戦闘科の時間になると一変。

 全方位に殺気を巡らせ、警戒を強引に向けさせて百人組手のような状態にされる。

 一人でも、複数人でも。全方向から来る攻撃を難なくかわし、素手で受け流し、一撃で落としてくる。


 何より恐ろしいのは自らの経験から瞬時に相手の改善点を見抜いて助言し、手加減して怪我もさせず体力だけを消費させる技量の高さ。

 力も技も合わさり、武の極みと言っても過言ではない。

 なんだかんだ言いつつ、生徒人気はガルドと比べるのもおこがましいほど高く、年の功もあってか気の良い相談相手としても頼りになる教師である。

 アドバイスを聞きに行ったらお菓子くれたし。


「初めての授業では一発当てるのが限界だったなぁ。先を読んでも潰してくるから、フェイントを重ねるしかなかったんだよね」

「セリスが誤解しないように言っておくが、普通は無理だからな?」

「刀を指先でつまんで止めてきたのはヴォルファさんくらいでしたね。反応速度が異常でした」

「速攻で助けてなかったら地面に叩きつけられてたね。返す刃で薄皮は切れてたみたいだけど」

「お前ら二人でジジイ相手に一分持たせられるのがとんでもないって自覚あるか?」


 そんなこともあったね、なんて暢気に笑い合ってたらエリックがドン引きしていた。


「しかし説明を聞く限り、実技の内容は冒険者方面に振り切った感じなんだな。冒険者学園らしいけど……事前に課題を教えないんですか?」

「まずは筆記の方に集中させて、気の緩んだ所に実技課題を発表する……という学園長の方針なんです。漏洩を防ぐ為に、教師陣にも筆記試験最終日まで知らされません」

「攻略はともかく、事前に乱獲して素材を確保してたら楽勝だからな。情報規制は当たり前だと思うぜ」

「そっか。まあ間違いなくそれ以外の理由もある、っていうかそっちが本音だろうけど」

「十中八九、自分の愉悦の為ですよ」

「二人がはっきりと言い切れる性格って相当じゃないかい?」


 吐き捨てるように呟いたシルフィ先生に、セリスが苦笑を浮かべる。

 信用はされてるし信頼もできるが、それはそれとして。

 前に崩れ落ちた俺とエリックを見て笑ってたし、学園長は自分が苦労した分、不特定多数の誰かが苦しむ様子を見て楽しむ悪癖があるからな。

 大抵はやり過ぎて跳ね返りをくらってる時もあるが。


「うーむ、実技はまだなんとかなりそうな気がするけど筆記がなぁ」

「アタシはどっちも難しいねぇ……筆記なら追いつけるかもしれんが」

「試験範囲は一ヶ月半程度ですが、お二人は厳しくなりそうですね」

「さすがにセリスだけ特別扱いして、試験免除する訳にもいかねぇしな。つーか、俺ら遠征で授業受けてねぇからだいぶ遅れてるぞ? 各学科の先生に質問しに行かねぇと」

「ご安心ください。ここにいる皆さんの為に、要点をまとめた対策用紙を既に用意させていただきました」


 そう言って、持ち込んできたカバンの中から書類を取り出した先生は。


「これがエリックさん、こっちがカグヤさん、少し多めなのがセリスさんで──」


 それぞれの前に差し出して。


「クロトさんのは特別サービスですっ」


 見るからに桁が違う分厚さの紙束を、力強く置いてにこやかに笑った。

 テーブルを揺らす程の衝撃で跳ねたコップを押さえて、他のと見比べてみる。おかしいな、三人のより五倍以上は積まれてるぞ?

 牛丼で例えるなら並、並、大盛と来てまさかのキングサイズがやってくるようなものだ。

 冷や汗が頬を伝う。まさかこれ全部やるの?


「あの、なんで俺だけ……」

「普段の授業態度と前に実施した小テストの惨状を鑑みた結果、最低でもこれくらいはやってもらわないと補習確定です。長いこと教師をやってますが、歴史以外の点数がゼロか一桁なのは初めて見ましたよ」

「お前そこまで成績悪かったか!?」


 存分に驚いているエリックの声に。

 ノックダウン寸前だったリーク先生が起き上がり、気持ち悪い笑みを浮かべてこっちを見ていた。

 なんだ、そのざまあみろとでも言いたげな顔は。オルレスさんにチクるぞ。


「今までの環境から考えれば成績不振になる理由も納得できますが、さすがに目に余ります。良い機会ですし、四人で勉強会をしてみてはどうです? 現状では赤点は確実……入学金返済の為に、なんとしてでも回避したいでしょう?」


 穏やかな雰囲気の裏に隠された明確な脅し。

 そう、返済の為にも赤点は避けなくてはならない。迷宮攻略禁止とはつまり、依頼の受注も制限されてしまうことを意味するのだ。

 素材の換金も並行してやれば、Dランク冒険者の俺でもいくらか稼げるというのに。

 期限が言いつけられなかったとしても、借金という二文字を肩に乗せて生活する重圧にはもう耐えられない。

 だから──覚悟を、決めるんだ。


「…………赤点、取らないように皆と頑張ります」

「死にかけの病人みたいな顔して言われると笑えるな」


 死活問題なんだよ。ぶっとばすぞ、この野郎。


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