第四十三話 似た者同士
知ってますか?
就職活動って精神と肉体と個人の時間を容赦なくゴリゴリに削って人を追い詰めるんですよ?
(要約:四か月近く更新を滞らせてしまい、申し訳ありませんでした!)
四か月の詳細は活動報告の方で書かせていただきますので、まずは本編をどうぞ。
ルシアと少し話をしてから、出入り口の辺りで集まっていた子ども達と合流。
俺達がアクセサリー屋で話し込んでいる間に、すでに食材の調達を終わらせていたようなので孤児院に戻ることに。
思い返せば同好の士が師匠にランクアップし、何故か弟子にされ、トンデモ性能なアクセサリーを渡されて。
ホットミルクにハマったイヴががぶ飲みし始めてタロスとヨムルに止められてたりしてたな。
一時間も滞在していないのに色々なことが起きたガレキ市場を後にして、孤児院への道を歩く。
帰り道も警戒は怠らない。気を抜いた瞬間に襲われるのが一番怖いのだ。……とはいえ、タロスやキオを筆頭に探知能力に長けた子が多いのでわざわざスキルを使う必要はないだろう。《感応》はパッシブスキルだから勝手に発動するけど無視すればいい。
「このアクセサリー、ルーン加工も無しでとんでもない性能を保持させてるのか。どんな素材を使ってるんだ?」
俺は先ほど貰ったアクセサリー、“月夜の帳”を《鑑定》スキルで観察してみる。
まだスキルが下級なので高ランク素材の詳細は分からないが、何種類の素材が使われているかは分かるはずだ。
えーと、“何かの鱗、角、翼、鉱石、アメジストの粉末、闇属性の高純度魔力結晶”か。
──知りたい情報がさっぱり分からん。“何か”ってなんだよ。というか高純度魔力結晶って高ランクダンジョンで手に入る物だし、素材を六つも使ってるって相当強力なアクセサリーだぞ、これ。なんて物を渡してくれたんだ。
スキルが上級になればこういう物も作れるってことを教えたかったのか……?
「気軽に身に付けていい物じゃないな、これ」
少なくとも低ランクダンジョン程度の攻略で装備する物ではないし、Dランク冒険者がこんな物を持つなんて厄介事の種にしかならない。必要になったら躊躇わず身に着けるけど。
これを自作アクセサリーの参考にしても、せめてスキルが中級にならないと近づくことすら不可能だろう。
クラススキルの《飛躍上達》で一気に引き上げるのも良いが……折角アクセサリー作成の師匠から助言を頂いているのだ。ズルはしない。
いつか中級に辿り着くまで取り扱いに気を付けよう、とズボンのポケットに“月夜の帳”を突っ込んで、先を進むキオについていった。
『ただいまー!』
『おかえりー!』
大声で元気よく。子ども達に続いて孤児院の中へ入る。
モンスターと出会うこともなく無事に帰って来れて良かった。警戒し過ぎてたかもしれないな。
背筋を伸ばし、リラックス。そして市場で交換してきた食材や荷物の整理を手伝う。
子ども達が使っていた装備を集めながら、食材を抱えるタロスとイヴに声を掛ける。
「午前中だけとはいえ意外と歩き回ったけど……二人は大丈夫? 足痛くなったりしてない?」
『ん。へいきへっちゃら』
『クロトさん、私達が魔導人形だということを忘れてませんか?』
「…………いやいや、そんなまさか、おほほ」
『今の間はなんですか』
ジトッとした目線を向けてくるタロスから逃げるように装備を持って物置小屋に行く。
気遣ったつもりだったが二人とも魔導人形なので疲労なんて感じる訳がない。自然と子ども達に馴染んでいたから完全に忘れてた。
イヴはともかくタロスは初めて会った時より人間らしくなった気がするんだよね。感情を出すのが機械的ではなくなったり、計算とか演算とかせずに物事を考えるようになったり、ボードゲームしてる時に直感で次の手を打ってきたこともあったし。
「魔導人形としての成長期、なのかな」
ぽつりと、独り言を呟く。最後の一つを置いて小屋の中を見渡し、忘れ物がないか確認してから教会へ戻る。
タロス達は……台所の方にいるのか。孤児院で待機していた子ども達もそっちにいるようで、賑やかな叫び声が聞こえてく──叫び声?
嫌な予感がする。台所への扉を少しだけ、そっと開いて覗いてみた。
『イヴ、包丁をそんな風に構えないでください。見ていて怖いので手を放し……ああっ、危ない!』
「うわあっ! 鍋のフタが飛んできたよ!?」
「ちょっと待って、包丁持って歩き回らないでよ!」
「誰かアイツを捕まえろぉ!」
『むう。りょうり、難しい』
『落ち着いてください! やってみたい気持ちは分かりますけど、お願いですからじっとしていてくださいっ! あっ、クロトさ』
そっと扉を閉じる。俺は何も見なかった。無表情で包丁を振り回すイヴの姿なんて見てない。
閉じる寸前でタロスがこっちに助けを求めるような視線を向けてたけど、きっと気のせいだ。
……『なぜ!?』って声が聞こえたけど、これまでの経験から判断して俺が割って入ると大変な目に遭うんだよな。
何年か前の話だけど、錯乱して刃物を振り回す不審者から同級生を守ろうとして刺されて入院したことがある
イヴのことだから俺が入った瞬間、包丁を持ってこっちに駆け出してきそうだ。そして躓いて放した包丁が飛んでくる所まで容易に想像できる。
そうならない為にも、心苦しいがここはタロスにイヴを鎮めてもらおう。
「大丈夫、タロスなら何とか出来るでしょ。たぶん、きっと、メイビー」
「おっ、クロト、お疲れさん。……扉の前でなにしてんだ?」
扉のドアノブに手を掛けたまま振り返る。動かない俺を見て、不思議そうに首を傾げるセリスがそこに居た。
両手で分厚い本を数冊ほど持っているのが気になるが、今はそれよりも。
「起こりうるであろう未来を回避してるんだよ」
「……どういうことだい?」
「俺の予感の話だから気にしないで。ああ、そういえば朝に言い忘れてたんだけど、エリックが今日は孤児院に行けそうにないって言ってたよ。なんか買わなきゃいけない物があったみたい」
「いつまで経っても来ないと思ってたらそういうことだったのかい……」
セリスは眉を寄せて、長めにため息を吐いた。
家族とはいえ女性を落胆させるのはどうかと思うぞ、エリック。……俺も人のことを馬鹿に出来ないか。シルフィ先生とかカグヤに迷惑かけてるし。
「なんか約束でもしてたの?」
「いんや、そんな大層なもんじゃないさ。ただ、アイツはこっちに居る間、ガキ共に勉強を教えてるんだよ。わざわざ教材まで買ってきてな。しかもガキ共に示しが付かねぇってんで、アタシまで勉強する羽目になっちまってね」
「へぇ……」
セリスは長椅子に座って足を組みながら、楽し気に話し始めた。
長期休みの度に帰省しているとは言っていたが、まさかそんなことまでしているとは。そういえば七組の中でも──というか二年全体から見ても、座学の成績はカグヤがトップでエリックが二番目か三番目くらいだったはずだ。
復習や予習も欠かさずやってるみたいだし、授業で分からない所があった時に分かりやすく教えてくれたのも、孤児院で勉強を教えている経験があるなら納得できる。
「おかげで今ではアイツと同じくらい出来るようになって、居ない時はアタシが代わりにガキ共に教えてるのさ。ここに居る時なら二人で一緒に教えられるな、と思って楽しみにしてたんだが、そうか、来れないか……参考書、小説、暇つぶし──アイツとの時間が……」
「むっ?」
若干だが、聞こえたぞ。アイツとの時間って言ったよな?
俯いてるから表情は見えないが、声が少しだけ上擦っていた。思わず本音が出てしまったからだろう。
これは少なくともエリックのことを意識していると見て間違いないのでは? それが家族か異性としてなのかはまだ判断できないが、知らないとはいえエリックとセリスはお互いを想っているということになる──やっべぇ、オラすげぇワクワクしてきたぞっ。
「クックック……」
「なんだい、その気色悪い笑い方は」
「んんっ、なんでもない。それにしても勉強か。そりゃあエリックがいないんじゃどうしようもないよな」
「意外と楽しみにしてる子も多くてね。午後から帰ってきた奴らにも教える予定だったんだが、ちょいと張り切り過ぎて疲れちまったよ。ガキ共には悪いが、今日はやめて…………待てよ?」
ふと、セリスは顎に手を当ててこちらを見ながら、不敵な笑みを浮かべた。
俺は微かに衝撃を感じる扉に背中を預け、ドアノブを後ろ手でガッチリと固定しながら首を傾げる。
「……どうした?」
「んー? いやー、別にエリックじゃなくてもアンタがいるならー、と思ってな」
「先に言っておくけど、俺はエリックに比べたらゴミカスみたいな成績だし、むしろいつも教わってる側だからな? 歴史以外は」
「なぁに、心配ないさ。お前に頼むのは座学の授業じゃない」
積んでいた教材の一つを持ち上げ、俺の方に向けながら。
「今より発展した実践的な戦い方──つまりは、戦闘訓練ってヤツさ」
セリスが言うには、子ども達がより安全な狩猟が出来るように魔物との戦い方を教えてほしいとのこと。
そういうことなら俺でなくてもエリックが真っ先に教えてそうだと思ったが、意外にも座学の授業しかやらなかったみたいで、戦闘科や魔法科などの実技を教えていなかったようだ。
戦闘はともかく魔法関係はエリックが最も苦手とする分野だし、仕方ない話だと思うが。《ディスカード》で生活している以上、魔物との戦闘は避けられない。普段から魔物と戦っているとはいえ、孤児院のみんなは子供だ。
市場で食料調達をしているおかげで極端に痩せ細った子はいないが、それでも肉体は未熟。
戦闘においては廃棄された可変兵装を利用して何とか凌いではいるが、それは装備に救われているだけだ。
だからと言って筋トレを始めたところですぐに効果が現れる訳でもない。無理に長時間のトレーニングをやったとしても、それは成長途中の身体に毒だ。
消去法で考えると、やはり魔法や魔力の扱い方について教えるべきだろう。
並行して戦闘での立ち回り方を指南していけば、子ども達は今よりもっと強く、安定した連携が出来るようになる──という話を昼食の時に子ども達へ説明したら凄いやる気満々で、結果として全員に教えることに。
学習意欲が強いのは悪いことではない。むしろ好ましいくらいだ。
俺の方でも魔力結晶とか準備しておこう。子ども達に片付けが終わったら中庭に集合するように伝えて、台所の裏口から外に出る。
「あっ」
『ん、クロト。どうしたの?』
『…………』
台所の手伝いを終えて休んでいたのか、どこか満足そうなイヴとは対照的にとても疲弊している様子のタロスが座り込んでいた。
食事場で姿を見掛けないと思ったら中庭に居たのか。
『空飛ぶフタ、頬を掠める包丁、弾き出される食材、つまみ食いの妨害……』
なんか膝を抱えてブツブツ言ってるけど、そんなにイヴを抑えるのがキツかったのか。本当に申し訳ない。
とりあえず二人にこれからやることを伝えた。
『まりょく、まほう、か。たのしそう、だね』
「出来れば楽しく教えられたらいいかな、って感じ。その方がみんなも覚えやすいだろうからね」
『魔導人形に有効な体術を検索……羽交い絞めでは効果が薄い……四肢のパーツを外す? なるほど』
「独り言の内容が物騒過ぎない?」
『少ししたら、直る、よ。そっと、しておこ』
「ぐっ、って親指立てながら言うことじゃないよ」
そもそもタロスがこうなった原因は俺とイヴだから、どんな対応をしても火に油を注ぐようなことになってしまうので静観するのは間違いではない。
波も立たぬ海のように、揺らぐことの無い水面の如く。特に言及もせずじっとしていれば火の粉が降りかかってくるような事態は起こらな──。
『人の肉体で試した方がいいかもしれませんね』
「待て、待ってください」
前言撤回。この人なに言ってるの?
虚ろな目をしたまま何を言い出したかと思えば、タロスはふらりと立ち上がり、身体を左右に揺らしながら近づいてきた。
俺は何が起きてもいいように両手を広げたまま後退る。……何かの映画にもこんなシーンがあったな。恐竜が相手だったような気がするけど。
「魔導人形は人に危害を加えるような行動は取らないって教えてもらったけど!?」
『最近は「人だけじゃなく魔導人形にも汚く罵ってもらいたい。そう思わないか?」とアホのような発想で、“多数の罵詈雑言を収録! これでアナタもアフターファイブな女王様!?”という言語ファイルのインプットに併せて、奉仕相手に対する一部の行動制限──武力行使が解除されましたので問題ありませんよ』
「問題だらけなんだよなぁ! 全部がさぁ!!」
淡々と説明される内容に叫ぶ。魔導人形を製造してる企業って変態とアホとバカしかいないの? 自分の欲望に正直過ぎて暴走してるんじゃないのか。
でも、今はそんなことを考えてる場合じゃない。なんとか理由を付けてタロスを止めないと。
「確かに見捨てたことは謝るよ、ほんとは俺だって手伝いたかったし。でも、実際にやらかしたの俺じゃなくてイヴじゃん? ここは一旦冷静になってこの状況を俯瞰的に観察してから相応の判断を下した方がいいと思うんだよねってかイヴはどこ行った?」
歩みを止めないタロスを警戒しつつ、いつの間にか見失っていたイヴを探そうと首を回し──。
「…………なんで俺の後ろに隠れてんだ」
『近くにいた、から』
「そっか。でもこのままだと俺が大変な目に遭うから、早く離れてその身体をタロスに差し出すんだ。手遅れにならない内に」
『いやっ』
「おいおいおい。なんで身動きが取れないように腕を回す? しかもガッチリ掴んで離さないつもりだよね、ホールドしてるよね。……“してやったり”みたいな感じで舌を出してんじゃないよぉ! 完全に俺を盾にする気じゃないか、どこでそんな悪知恵を学んできたんだ!」
ぐぐっと力を込めて引き剥がそうとする。離れない。
魔力操作して肉体を強化してリトライ。動かない。
両腕に魔力を集中させて《コンセントレート》で更に強化して最後の挑戦。微動だにしない。
こいつ、華奢な見た目の癖に力が強い……! そういえば襲い掛かってきたモンスターを殴り飛ばしてたな。そりゃ強いわ。
『クロトさん』
「あっ」
色々と試行錯誤していたが、ついに年貢の納め時が来たらしい。
コキコキと指を鳴らして微笑みを浮かべるタロスが目の前に。雰囲気こそ穏やかなのに目が笑ってないんだよな。
──ここまで来たら、仕方ないか。
「…………や、優しくしてね?」
『善処はします』
事実上の死刑宣告と共に伸ばされた手を受け入れた。
「では、こ、これから魔力について、詳しく教えていくよ。分からない所があったら、ちゃ、ちゃんと質問してくれ……答えるから」
『はーいっ!』
片付けを済ませて集まった子ども達の前に立ち、臨時授業の始まりを宣言する。
みんなの元気な声が伸ばされた関節に響く。うん、元気なのは良いことですよ、ほんとに。
「クロト兄ちゃん、大丈夫?」
「ふっ、心配するな。たかがアームロックと柔術の組み合わせでボコボコにされただけさ……」
不安げに声を掛けてきたキオに何ともないように手を振って痛みを誤魔化す。
あの後、タロスは多種多様な技を試した過程で溜飲が下がったらしく、イヴも申し訳ないと感じて正直に謝罪した為、俺の関節が外れるような事態は避けられた。
それから必要な物を揃えて、授業を開始。子ども達に魔力とはどういった物なのか、実演を交えながら教えていく。
エリックとセリスの教えが良かったのか、俺の説明──時々タロスから補足が入る──でもさほど苦労することなく理解してくれる子が多くて助かった。
おかげでこの場に居る全員が魔力を暴走させず、安定した《魔力操作》を修得し、次のステップに進めるくらい成長したのだ。……俺、安定させるまで一週間くらい掛かったのに。
「──とはいえ、魔力操作で強化する前と後じゃ感覚が違うから、勢い余って転んだり高くジャンプし過ぎたりすることもある。こんな感じでな」
優秀な教え子達の前で強化前と後の違いを実際に見せる。
おお! と驚いた声が起きると妙に恥ずかしい気持ちが込み上げてきた。教師役に慣れていないからだろうなぁ。
「よし、とりあえず今日はこの辺りで終わりにしとこうか。基本はほとんど教えたし」
『えーっ! もう終わり!?』
「二時間もみっちりやったんだ、十分でしょ。ちなみに明日は実際に魔物と戦ってみて、そこで応用を教える予定だ。今日の授業で一段と強くなったみんなの力を試すぞ」
不満そうに声を漏らしていたが、明日の予定を聞いて目が輝き始めた。うんうん、やっぱり新しい力ってのはワクワクするよね。
魔力切れの前兆や予防策をしっかりと叩き込み、今日はちゃんと休むように伝えてから授業を終わらせる。
そしてみんなで散らかった教材を片付けていると、様子を見に来たのかセリスが教会から出てきた。
……うん、顔色を見る限り体調が悪くなった訳ではないみたいだ。教会周辺に放出された魔力を分散させたおかげだな。
「ガキ共、随分と張り切ってたみたいだねぇ。アタシが教える時より楽しそうにしてたじゃないか」
「そうなのか? 学園でやってる授業を希釈度十倍くらいに薄めてマイルドに仕立て上げた内容だったから、少しツラいかなって思ったんだけど」
「普段どんなことやってんだい……?」
「まあ、色々やってるよ。ケガしない程度には」
魔力操作した状態で全身に重りを付けて三十分間ランニングさせられたり、魔力切れのタイミングを覚える為に何度も気絶しては起こされたり、魔法の避け方を実践しようとか言って俺を的にして攻撃魔法を撃ち込んできたり──結構とんでもないことやらされてるな。主に被害を受けてるのは俺だけど。
魔法の存在を知って調子に乗っていた時のことを思い出して、ため息をつく。
そんな俺を見て、セリスは少し迷ってから、声を出す。
「……なあ、クロト。アンタは、外の世界をどう思ってる?」
「…………外の世界、って?」
唐突な質問の意図が読めず、差し出した木椅子に座らせてセリスに問い返す。
セリスは真剣な表情で駆け回る子ども達を眺めながら。
「エリックは学園に行ってからここに帰ってくる度に土産と一緒にいろんな話をしてくれる。学園やダンジョン、友達や恩人のこと。見て聞いて触って、体感してきた全部を。土ん中の世界しか知らないアタシらに関わることが出来ない外の世界を伝えてくれる。楽しそうに、笑いながら。アタシ達が一生掛かっても辿り着けない場所にアイツはいる」
それが。
「羨ましかったし妬んだこともある。けれどね、それ以上に不安だったんだ」
痩せ細った手を合わせ、祈るように胸に寄せながら。
「アタシ達みたいな異種族は排他されるのが当たり前で、そんな常識が根付いちまうくらい、この国はイカレてる。ちっぽけな存在が簡単に覆せるようなもんじゃなくて、きっと外の世界の全員が人間至上主義の集まりなんだと思ってた」
でも。
「違うんだろ? 外の世界ってのは。異種族が大勢いて喧嘩することもあれば手を取り合って協力し合うこともある、そんな御伽噺みてぇな世界が広がってんだろ? 限りの有る世界しか知らないアタシらにとって楽園みたいな世界が、ほんとにあるんだろ?」
だったら。
「いつかガキ共も、アタシも──エリックみたいにここを飛び出して、同じ空の下を笑って歩ける日がいつか来るのかもしれないって思っちまってさ……まあ、なんだ。憧れてんだよ、外の世界に。今まで散々嫌がってたのにエリックが友達を連れてきたんだ。折角ならそいつからも話を聞いてみたくなってね。どうせこのあと暇なんだし、聞かせてくれないかい?」
「……なるほど」
平静を保っているつもりなのだろう。触れれば壊れてしまうような笑みを張り付けたセリスを前に、思考を巡らせる。
あり得るかもしれない、いつかは辿り着けるかもしれない未来。夢物語だと思い込んでいた日常が本当は身近に在ると言われたら、表に出せなかった好奇心や衝動を抑えられなくなるのも無理はない。
しかし、所詮、夢は夢。実際のセリス達が《ディスカード》の外に出たところで、待っているのは理不尽な差別と迫害。
エリックは学園という後ろ盾があったからこそ、無事に《グリモワール》を抜け出して《ニルヴァーナ》で外の世界に適応することができた。けれど、セリス達にそんなモノはない。
しかも彼女達の視点から考えれば、セリスはともかく、子ども達は大事な家族であるエリックが家出同然に孤児院からいなくなったと思ってもおかしくない。
どうしてそうなったか、その経緯を伝えたところで彼女達の心から初めに湧き上がるのは“裏切られた”という信頼の否定だ。
憧憬と現実を同時に叩きつけられて、いつも通りの毎日しか過ごせなくて。ここから出られる日が来るかも分からないのに、それでも諦めたくなくて。
胸に抱く願いはエリックと同じでも、根本的な部分には負の感情が渦巻いている。──気丈な振る舞いに隠れた嫉妬と羨望は決して消えるものではない。
子ども達は正直に自分の気持ちを言葉にしているかもしれないが、セリスはきっと、家族を信じてやれない自分を心のどこかでどうしようもなく嫌悪しているのだから。
……お互いに認識のすれ違いが起きている以上、部外者の俺が簡単に口を挟むわけにもいかない。現状を打開する策は持ち合わせていないが、だからといって出来ることが無くなった訳じゃない。
「──わかった、話すよ。でも、その前に一つだけ。これだけは聞いてほしい」
「なんだい?」
首を傾げるセリスに向き直り、まっすぐに見つめて。
「エリックは、俺の友達は嘘つきじゃないし、孤児院のみんなを見放すなんてマネは絶対にしない。セリスがエリックのことをどんな風に思っていても、離れようとしても、あいつは必ず手を掴んで放さない」
肯定させてやる。どうしようもなく家族思いで、不器用でも、愚直なまでにまっすぐで折れない心を持ったアイツを。
「その前提で話すよ。俺が今まで見てきた、外の世界ってやつを」
この世界で初めて出来た、自慢の友達を。
「そういえば兄ちゃんが倒したあのモンスター、レプタルって言うんだっけ?」
「そうそう。攻撃のリーチが長い上に姿を隠す能力もあって厄介だったなぁ、あいつ──って、ああーっ!? そうだ、忘れてた!」
「ど、どうしたの?」
「俺の白衣は改造されてて、素材を一緒にまとめておくと勝手に合成するんだ! やばいやばいやばい、せっかく手に入れた素材が無くなっちまう! 間に合えぇええええええ!」
手遅れでした。ちくしょう。
クロト「そういえば、アイツ最近ギルドの女性に詰め寄られてたなぁ(危険球を放り投げる)」
セリス「…………へぇ(まさかのピッチャー返し&冷たい眼差し)」
クロト「アッ(やべぇ、話題のチョイスミスった)」
その後、なんとか火消しに成功。