表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【三ノ章】闇を奪う者
50/351

第四十一話 急なシリアスは劇薬である

 先日、エリックの本音を聞いて分かった事がある。

 孤児院の皆を家族として見ているからか、自分の出自に対して全く興味がないのだ。自分の中で納得の答えを持っているようなので、これは特に問題にはならないだろう。

 重要なのは、家族であるセリスや子ども達の身に危険が及ぶとどうなるか、だ。

 ただでさえ怪しい空気が渦巻く《グリモワール》の中で、未だ迫害対象として見られている異種族が集団として集まっている。最近は《ディスカード》でうろついている企業もいるみたいだし、良からぬ事態に巻き込まれてもおかしくはない。


 以上を踏まえて考えてみる。……勝手な想像になるが、どうも暴走しそうな気がする。

 エリックは孤児院の皆を本当に大切に思っているし、自由に生きてほしいとも願っているから、その思いを踏みにじるような奴は許せないはずだ。

 しかもセリスへ好意を抱いているから、変に拗れたら大変だ。だからといって過剰な対策や手助けをしてはエリックの覚悟を貶してしまう。それは避けたい。


 外野から手を出すのもどうかと思うが……応援くらいはしてやれる。

 とりあえずエリクシルについて得られた情報を伝えるくらいはいいんじゃないか?


「──という訳で、エリクシルに関して何か知ってませんか?」

『君はこんな朝早くに連絡を寄越しておいて開口一番に何を言い出してるんだ……』


 デバイス越しにリーク先生の呆れた声が響く。

 さすがに歩きスマホならぬ歩きデバイス通話はマズイと思って、《ディスカード》に向かう途中にあった公園のベンチに座り、俺はリーク先生に連絡を取っていた。

 シルフィ先生に聞いてもよかったのだが霊薬を作製していた経験もあり、専門家であるリーク先生の方が詳しいと思ったのだ。


「っていうか、なんか眠そうにしてますけど珍しいですね? 大抵徹夜しても元気なのに。寝起きですか?」

『……私だってたまには休みたい時もある』

「そうですか。でも、ちゃんと寝るのは大切ですよ。普段が普段ですし、オルレスさんも心配してましたからね」

『君から私の愛しい旦那様の話を聞くと不意に殺意が湧いてくるのは何故だろうな』

「知りませんよ。あっ、そういえばオルレスさん、あと二週間くらいでニルヴァーナに戻るって言ってましたよ」

『だからどうしてそういう近況報告を君の口から聞かなければならないんだ! 普通は私の所へ真っ先に連絡を取るだろう!?』

「知るかよ、あんたの方から連絡すればいいでしょうが!」

『出てくれないんだよ毎回毎回! 私は声が聴きたいだけだというのに……ッ!』

「長く話し過ぎるから通話しないんじゃないですか?」

『…………あぁ?』


 気付けなかった真実を突きつけただけでキレないください。


「で、何か知ってませんか?」

『普通に話を進めたな……そもそもお前が、なぜエリクシルを欲しがっているのかが分からないんだが』


 あれ? リーク先生なら既にエリックの事情を知ってると思ってたんだけど、話してないのか。

 ……家族の問題だし、あまり言いふらしたくなかったのかもしれない。

 とりあえずエリックの個人的な部分をぼかして、エリクシルが必要な理由を説明する。


『──グリモワールで広まった流行り病とやらに心当たりは無いな。だが罹患してから数年もの症状の進行、肉体の衰弱に魔力の拒否反応だと? …………まさか、魔臓化か?』

「まぞ……なんですって?」


 聞き慣れない単語だ。何それ?


『心臓が魔力を蓄え、循環させる器官として働いているのは知っているな? 本来は体外へと魔力が放出しないように、身体の成長に合わせて心臓の魔力抵抗が上昇していく訳だが……そもそも生まれながらに魔力抵抗が低い者は身体に魔力が合わず、その影響で各種臓器が縮小し、徐々に機能を停止していく。

 長い時間を掛けて縮小し続けた臓器は最終的に高純度の魔力の塊となり、魔力抵抗を失った身体から大気中へと霧散し──消えてなくなる。それが魔臓化と呼ばれる奇病のプロセスだ』

「…………冗談、じゃないですよね」

『さすがに言伝で聞いた限りで判断するのは浅はかだろうが、君の話を聞くとそうとしか思えない。実際に診たシルフィからは何も聞いてないのか? 同じ見解が返ってくると思うが……』

「昨日は全員疲れてたんでホテルに戻ってすぐ寝ちゃいまして。今日は分校で会議があるみたいで朝早くに出ていったので聞く機会がなかったんです」


 しかしリーク先生の話からすると、相当危険な病気だ。

 俺の場合は肉体の末端まで魔力抵抗が低いのに、心臓だけは極端に高いから魔臓化は起きていない。

 だが、セリスは幼少期の生活から全身の魔力抵抗が低く、“大神災”時に魔臓化に罹ってしまった。

 食生活の改善によって魔力抵抗の問題は解決できるものではあるが、《ディスカード》で十分な量の野菜を収穫できるようになったのが一年ほど前からで、バランスの良い食事など安易に摂れるものではなかったのだろう。


 ……思い出してみると、昨日の昼食でセリスは水ばかり飲んでいて、肝心の料理には一切手を付けていなかった。

 “自分よりも子ども達にいっぱい食わせてやりたい”。

 “美味しそうだけど食欲が沸かない”、と。

 空腹でありながら食欲不振という状態も、魔力抵抗の減少に拍車をかけている。


 …………思考すればするほど、悪い予想が溢れてきた。俺みたいに情報を知り得ないエリックが今のセリスを見て焦るのも分かる気がする。

 頬に一筋、冷たい汗が(したた)り落ちた。


『とりあえず、君がエリクシルを欲しがる理由が分かった。確かにあの霊薬であればわざわざ魔臓化に対する特効薬を精製する必要はないし、失っている魔力抵抗を復活させられる。だがエリクシルの製法は判明されておらず、ダンジョンで入手するのも困難。現実的ではないな』

「……魔臓化の特効薬を、今から作れたりしますか?」

『難しいな。そもそも魔臓化は発見事例の少ない病気でな、罹患した者の記録は残っているがその後は自然に回復したという記述がほとんどだ。製薬を行ったという話は効かない』

「…………それは、グリモワールでもですか?」

『そうだ』


 迷いなく、まっすぐに。

 縋るように伸ばした手を振り払われた気がした。

 頭の奥が痛くなる。どうしようもないくらい喉の奥が熱い。

 自然と目線が下を向く。加速する鼓動を抑えるように、胸の上に置いた手を強く握る。


「正直に答えてください──リーク先生は、手遅れだと思いますか?」

『罹ってから数年が経っているんだ、いつ変化するかも分からない。……正直、望みは薄いだろうな』

「……そうですか」


 わずかな希望が潰えた。どうしろっての。

 せめて魔法が効くなら幾らか手段はあるのに。改めてダンジョン探索なんてしたらとんでもなく時間が掛かるし、絶対に間に合わない。


「いったい、どうすれば……」

『──お前は、本当にその、魔臓化に罹った少女を助けたいんだな?』

「そんなの当たり前じゃないですか」


 震えた疑問が耳朶に入り込み、俺は即座に答えた。


「友達が助けを求めてるんだ。聞いておいて、知っておいて見て見ぬフリをするつもりはない。抱いた夢を諦めさせるような真似はさせないし、させたくない。足掻くならとことん足掻いてやりますよ、俺は」

『…………なるほどな』


 納得の声の後。

 しばらくして、デバイス越しに息を飲むような音がして。


『一つ、少女を助ける手段が無い訳ではない』

「っ! ほ、本当ですか!?」

『ああ。とはいえ、これから話す内容は他言無用にしてほしい。……シルフィにすら話していない上に、公にされるのも(はばか)られるからな』

「ええ、約束します」

『頼む。では──話そうか』


 苦痛に呻くように、まるで罪人が懺悔をするかのような暗い声が響く。

 まるで先の見えないトンネルに足を踏み入れてしまったような、背筋が泡立つ感覚を抱きながら。

 俺はリーク先生の話に、耳を傾けた。









 私は《ニルヴァーナ》で教鞭を振るうようになる前は、《グリモワール》内でも上位に位置する製薬企業の研究員として(つと)めていた。

 大学でルーン刻印の知識と錬金術の技術を修めている事が、貴族連中の間で評価されていたらしい。卒業と同時に研究所へと配属されて、そこで様々な実験を行った。



 ルーン文字の配列変更による魔法事象の計測。

 肉体の組織変換を行う霊薬の作製、および実験対象への行使と観察。

 各地の魔素濃度を計測し、研究所へ送る供給管のより良い効率化を図るなど。



 元より親も早々に亡くなっていて親族もいなかった私にとって、研究所勤めというのはとても性に合っていた。

 毎日毎日、上から下される研究に取り掛かり、提出するレポートをまとめる。

 楽しい事だけではなかったが、それでも満足していた……そんな日が続き、三年くらい経ったか。


「クロトも既に知っているだろう……大陸各地に被害を及ぼした《大神災》が起きた」


 地割れによる地盤沈下や建造物の倒壊により、《グリモワール》は壊滅的な被害を受けた。

 当然、私が勤めていた研究所も巻き込まれ、倒れてくる棚を視界に捉えたと思ったら──次に目が覚めたのは一ヶ月後。頭を強く打ってしまって、意識が戻らなかったそうだ。

 ほどなくして退院し、研究所に復帰した私は研究対象として扱っていたとある霊薬が盗み出されたと知った。


「それが神の涙とも称される奇跡の霊薬──エリクシルだ」

『なっ、グリモワールでも所有していたんですか!?』

「ああ。《大神災》が発生する以前からエリクシルを研究し、同一の性能を持つ霊薬の量産を目標としていたんだ。《グランディア》のようにな」

『そんな……でも、盗まれたって……』

「残念ながら、エリクシル量産化計画は頓挫した。さらに企業が拠点ビルを失い、権力を失った貴族は私を含めた研究員達を解雇し、国外へ逃亡した」


 行く当てもなく、途方に暮れていた私達に手を伸ばしたのが《デミウル》と呼ばれる製薬企業のトップだ。

 優秀な研究員を集めていたと話題になっていたが、《大神災》直後であるにもかかわらず私達を雇い、稼働していた工場で製造した医薬品を各病院へ提供していた。


 エリクシルの研究を続けられなくなったのは残念だったが、いつまでも引き摺っていては前には進めない。以前の同僚とも離れてしまったが、幸いにも新しい職場でもやる事は変わらず、それなりに評価されて着々と出世を重ねていた。


 そんな時だ。《デミウル》の研究所に被検体として捕らえていた魔物(モンスター)の一体が脱走した。

 かなり手強いモンスターだったのだろう。グリモワール軍や上級クラスの冒険者まで駆り出され、一斉に捜索が行われた。

 研究員であった私も捜索に参加し、一週間ほど経った頃、モンスターは()()の状態で発見された。


『…………待ってください。魔物の死体が見つかった? おかしいでしょう。だって魔物は──』

「知っての通り、絶命した瞬間に灰になる。だが、そうはならなかったんだよ……ならなかったからこそ、私は見てしまったんだ」







 ──魔物と人が融合した存在を。







「……キマイラ、というモンスターを知っているな。二つの獣の顔、胴体に翼が生えていて、尾が蛇になっているヤツだ。私が見たモノは限りなくそれに近く、かけ離れたモノだった。尾は人の両脚、胴体からは右腕と左腕が、そして顔は──ッ、私の、元同僚だった……!」

『ッ!?』


 回収された死体を見て、その場で吐き出したよ。腹の底から込み上げてくる嫌悪と困惑が身体を痙攣させ、呼吸を乱れさせた。

 どうして? なぜ? 何があった?

 脳裏に貼り付いた光景がどうにも忘れられない。呪いのように付きまとってくる記憶から逃れるように、自分の手を見つめて……悟ったんだ。

 私が取り組んできた研究や計画は全て、《デミウル》が私欲を肥らす為だけの物だったのだ、と。


 今まで作り出してきた正しいモノが、これまで培ってきた技術や知恵が、いったいどれだけの人の命を歪ませてしまったのか。

 使えなくなった研究員はキマイラモドキのように何かの実験体として扱われる。それは私とて例外ではない。その選択肢しか残されていないのだと、分かってしまったんだ。


 事実、キマイラモドキの捜索に宛てられた人員は所在不明となり、真実を知った者は次から次へと消えていき──私だけが残された。

 それまでは必死だったよ。薄情だが、私とて自分の命の方が大切だ。だからこそ、使われるだけの存在で終わりたくなかったから出来る限り抵抗させてもらった。


「胸糞悪い実験施設に片っ端から潜入して、研究成果や計画内容から何が悪用されているかを探し、必要な情報を引き抜いて適当にでっち上げた内容にすり替えてやったよ」

『い、意外とアグレッシブな妨害工作してますね』

「データ化されているからあまり効果は無かっただろうが、何も行動しないよりはマシだろう。だが、そのおかげで知れた事もあったぞ──エリクシル盗難の犯人が《デミウル》の構成員であると分かったんだ。《デミウル》のトップが、個人的に所有していたという情報が漏れていたんだ」


 調べていく内に分かったが、前の職場で行っていたエリクシル量産化計画の成功による失脚を危ぶみ、阻止する為に《大神災》のどさくさに紛れて盗み出したようだ。

 それを知った直後、《デミウル》の構成員に襲撃を受けた。コソコソと嗅ぎまわっていたが、ついにバレてしまってな。

 宿舎を魔法で爆破され、爆風に紛れて地下へと逃げ込んだ。いざという時の為に逃走経路を準備していたおかげで追撃は来なかったが、死に体の身体で彷徨い続けるのも限界だった。


「迷路のような地下通路を抜けた先が《大神災》時に世話になった病院で、そこでオルレスと出逢ったんだ。そして治療を受ける際中、事情を説明していたところに学園長と遭遇した」

『あの人、グリモワールで何してたんですか』

「む、オルレスから聞いていないのか? どういう経緯かは分からんが、あいつは魔法医学の専門医として凄腕の技術を持つオルレスをニルヴァーナに引き込もうとしていてな。私はその場面にちょうど出くわした、という訳だ」

『もしかして、その時にリーク先生も?』

「察しが良いな。だが、初めから乗り気だったオルレスに比べて、私はすぐに答えられなかった。古巣(グリモワール)を捨てて新しい居場所を手に入れるなど、知らずにとはいえ人体実験の手伝いをさせられ、罪を犯し重ね続けた私が亡命紛いの提案を受け入れるのは難しかった」

『……リーク先生』









「──ちなみにここからは人生のターニングポイントであるオルレスとの馴れ初めを延々と語る事になるが、聞くか?」

『もう十分お腹いっぱいなのでさっさと結論を言ってください』









『とにかく、ここ数年の間に《デミウル》のトップ、ファラン家が入れ替わったという話は聞いていない。あの当主はとにかく臆病であり保守的な自信家で、敵対する者にはどんな卑怯な手も使う。加えて欲しい物は何が何でも手に入れようとし、自分の近くに置いて()()()()()()()()()()()

「……つまり、今でもエリクシルを大切に保管している可能性が高い、と?」

『むしろ確実だと言っておこう。ただ、この情報を聞いてどうするかは君次第だ。一応教師として忠告しておくが、無駄に命を失うような真似は極力控えてくれ。──釘を刺しておかないと、君は一人で企業ビルに特攻しそうだ』

「しませんよ、さすがに。とりあえず何とか希望が見えてきたので参考にさせてもらいます」

『何の参考になるかはあえて聞かないでおこう……おっと、もうこんな時間か。随分と話し込んでしまったな』

「あっ、本当だ。すみません、時間を取らせてしまって……」

『構わんさ。まだグリモワールに滞在しているのだろう? 精々そちらでの生活を楽しむといい。では、また学園でな』


 俺、現在監視対象にされてるんですけどね。

 出しかけた言葉を呑み込み、通話を切る。ベンチにもたれかかり、熱を持った頭を冷ますように左右に揺らす。

 次いで両手で顔を塞いで天を仰ぎ、ただ一言。


「くっそ重い話やん……」


 軽い気持ちで話題を放ったら鋭いピッチャー返しをされたでござる。

 いや、マジでなんなんだこの国。過去も現在も表も裏も何もかも真っ黒じゃないか。

 人体実験やら企業間抗争の裏側とか朝から話すような話題じゃないよ。というか《デミウル》ってルーザーの実家じゃなかったか? あいつの親族おかしいよ、まともじゃない。


 しかもセリスの状態がリーク先生の話とマッチし過ぎてて、なんかもう……悪い予想が当たってしまいそうで心がツラい。

 エリクシル云々の情報も交えてエリックに話すか……? 絶対にダメだ。あいつ、ただでさえ不安定なのにその気になったら一人で《デミウル》へ殴り込みに行くぞ。間違いない。

 だけど《デミウル》がエリクシルを所有してる可能性はゼロではないなら、希望はまだある。


 問題は……希望に辿り着くまでの道のりが険しい。

 リーク先生が話す通りなら“エリクシルちょーだいっ!”といって訪ねた所で鼻で笑われるだけだし、最悪その場で拘束されて実験施設に送られるかもしれない。

 仮に企業ビルへ侵入し、直接盗み出すという手段を取るとしよう。直接的な戦闘が苦手とはいえ、ルーン文字の使い手であるリーク先生を追い詰める程の精鋭部隊がいる企業を、一個人で相手取るなんて無茶にも程がある。


 それにグリモワール有数の大企業ともなれば防犯システムもそれなりの物を備えているだろう。

 他の企業と手を組むというのはファラン家当主の性格からして考えにくいが、リーク先生が見たというキマイラモドキ的な生物が投入されるかもしれない。

 ……せめて、《デミウル》と同等の組織力があれば話は変わってくるけど。


「事情を説明して力になってくれるような人達を見つけるのも一苦労だしなぁ。探し当てたとしても時間も交渉材料も無い……無い無い尽くしで涙が出そうだ」

『なみだ?』

「ぴゃあっ!?」


 独り言を呟いてたら耳元でいきなり(ささや)かれた。驚きすぎて思いっきりベンチから跳ね起きて転がり落ちたわ。

 でも、さっきの声、どこかで聞いたような気が……。


「って、君はおしるこソーダの……」

『ん、探してた。また会えた、クロト』


 ベンチ越しに再会したワンピースの少女は、仄かに口元を緩めた。

 直前まで思考していた内容を頭の隅に置いて、反動で倒れたベンチを元の位置に戻す。


「はあ、心臓に悪いよ。全然気づかなかったし、いつの間に後ろに回り込んでたんだ?」

『ぶいっ』

「いや、ぶいっじゃなくて……なに、ドッキリ成功ッ! みたいな感じ?」


 以前に会った時よりテンションの高い少女を座らせ、その隣に腰を下ろした。

 元気なのは良い事だが、さっきから妙にソワソワしている。さっきの発言から察するになぜか俺に会いに来たようだし、何か用件でもあるのだろうか。


『からだ、大丈夫?』

「身体? もう完治したから特になんともないけど。もしかして、怪我したの知ってたの?」

『うん。羽の人にきられてたの見てた』

「ああ、そっかぁ。……待って? 俺があのイカレた戦闘狂にボコられてたのは秘匿されてるんだけど、現場で直接、っていうかピンポイントでそこだけ見てたの? うわあ、恥ずかしい……」

『大丈夫? また舐める?』

「やめて、こんな所で見た目パーフェクト美少女な女子に詰め寄られてたら警察のお世話になっちゃうから」


 頭を抱え出したら心配された。さすがに異世界で補導歴を更新する訳にはいかないので、顔を近づけてきた少女を押しのける。

 色々と疑問はあるが、ひとまず知らなければいけない事が一つ。


「初めて会った時から聞こうとは思ってたんだけど……君の名前は?」

『なまえ?』

「うん。ほら、一緒におしるこソーダを飲んだ時にさ。あの時、自己紹介してなかったのに別れ際に俺の名前を言ってたから、ちょっと不思議に思って。どうして知ってたかは分からないけど、折角こうやって再会できたんだし。ちょっと順序は違うけど、改めて、ね?」


 首を傾げる少女の前に手を差し伸べて。


「俺はアカツキ・クロト。ニルヴァーナ学園の生徒で、一時的にグリモワールに滞在してる。今は……ちょっとゴタゴタしてるから当分帰れなくて、基本暇だから気軽に会いに来てくれると嬉しいな」

『──』


 少女は目を見開き、差し伸べた手と俺の顔を交互に見る。

 瞳以外に感情を推し量る事は出来ないが、少なくともどうすればいいのか、何をすればいいのか。迷い、困惑しているように見える。

 うーん、握手くらいなら普通に受け入れそうな気がしたんだけど、突拍子の無い行動を取る割に随分と初々しい。

 いきなり手を舐めてきた子とは思えん。というか、あの時は普通に手を掴んできたような……。


 ああ、どうしよう。この子ずっとキョロキョロしてる。表情は動いてないけど小動物っぽくて可愛いぞ。シリアスで砕かれかけた心が癒されていく。

 しかしこのままでは何も進展しない。でも俺の方から手を掴もうとすれば周囲の視線が気になるし、不審者に思われる可能性も……いやいや、ここでヘタレるのは格好悪いぞ。

 第一ここまで親しく──お互いの素性も分からないし、しかも俺から一方的にだけど──話しているのだ。

 友人もしくは親戚の子どもを預かってるように見えるさ、きっと、たぶん……という訳で。


「ほい」

『!』


 少女の手を差し伸べた手で握り、軽く上下に振る。


「これは握手。初めて知り合った人とか、仲の良い友人と久しぶりに出会った時とかにやるんだ」

『はじめて? ひさしぶり?』

「んー、約一週間は久しぶりの範疇に入るか微妙だな……。でも、友好の証っていうか、その人と会えて嬉しいって気持ちを行動として表したいんだ。俺は君とまた会えて嬉しかったからさ」


 もう一度、話をしたいと思ったのは事実なのでやましい気持ちは一切無いんですよ散歩中の婦人方。そんな怪しい物を見るような目を向けないでください。

 ああっ、やめて! デバイスに手を掛けないで! 通報しないでお願いだからっ!


『……』


 焦る俺とは対照的に、少女は冷静に繋いだ手をじっと見つめて、静かに、空いている片方の手を上に被せた。


『うれしい、はよくわからない。でも、()()はあたたかくて、やわらかい』


 細く呟いた声が、重なった手の上に落ちた。

 魔導人形の身体は人間に近く、実際に触れてみなければ本物の人間だと認識する人の方が多い。

 タロスのように性能の良い魔導人形は視界や触覚、嗅覚をデータ化し、データベースの検索結果と一致した情報をリアルタイムで表現する為、内燃機関が常にフル稼働しているので体温が非常に高い。

 だが、この子の手は冷たい。感触は人の肌と何も変わらないのに、とても冷え切っている。

 それが身体の奥に残っていた熱が溶かしていくようで、不思議と心地良さを感じた。


『──イヴ』

「え?」


 冷えた手が、ぎゅっと握り締めてきて。

 喜んでいるのか、わずかに弾んだ声で。


『それがイヴのなまえ。……よろしく?』

「イヴ、か。うん、いい名前だね。よろしく」

『ん』


 顔を見合わせると、思わず頬が緩んだ。

 イヴは風を受けて流れる薄鈍色(うすにびいろ)の髪を押さえて、少しぎこちなく微笑む。出会って初めて、明確に感情を見せてくれたような気がした。


「……さて、ようやくお互いの名前を知れた訳ですが、どうしようか」

『ん?』

「いや、実はこれから孤児院の子ども達と遊ぶ約束をしてて、もしイヴがこれから暇だったら一緒にどうかな、って思ったんだけど。……その場所って普通に魔物(モンスター)が出歩いてるから危険でさ」

『おー……』


 爆薬は使い切ってから補充していないので、ロングソードだけ持ち出してきてはいるものの、しっかりした設備で手入れをした訳ではない。それにモンスターの種類にもよるが、硬い奴らばかりだと血液魔法でしかダメージを与えられないのでキツイのだ。

 しかも何かの拍子で血の武器を壊されたら、また病院のお世話になってしまう可能性がある。

 現場のプロである子ども達が付いているが、中々厄介なユニークモンスターも徘徊しているらしく不安要素が強い。

 イヴを守りながら立ち回れるか不安だし……最悪、抱っこして動き回ればいいけど、大人しくドナドナされてくれるだろうか?


『これからは、ヒマ、だし、あそべるし。イヴ、魔導人形(オートマタ)だよ?』

「いやいやいや……意外と乗り気みたいだけど、いくら機械の身体で痛覚が無いとはいえ怖いものは怖いでしょ? それに見た感じ、イヴは戦闘用の機能とか付いてないんじゃないの? 何かすっごい目がキラキラしてますけど、戦闘になったら無理せず俺の後ろで待ってて──」


 言葉を遮るように、強い風が吹いた。風に乗ってこちらに流れてくる木の葉に思わず目を閉じ、風が止んだと同時に開く。

 ふと、さっきまで繋いでた手が放されている事に気づいた。

 ああ、手で顔を覆ったのかな。そう思って、イヴの方を向く。

 ──そこには眠たげな半目のドヤ顔を披露し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()

 ……ボクサーでも目指してるの?


『ん、けっこう強い、よ?』

「…………せやな!」


 自信たっぷりな物言いに対し、俺は深く考えるのをやめた。


次回、《ディスカード》探検隊メンバー。

・孤児院の子ども達(可変兵装モドキと防具着用)

・クロト+タロス(フリーダムな監視対象と、それに振り回されて振る舞いがクロトに似てきた魔導人形)

さらにイヴ(無表情なインファイター)が加わる事になりました。……なにこの混成部隊?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ