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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【三ノ章】闇を奪う者
49/350

第四十話 孤児院にて《後編》

ちょっと日常生活の方で問題がありまして、投稿ペースが上がる可能性があります。

詳しい内容は活動報告の方で説明しますので興味のある方は読んでみてください。

それでは、どうぞ。

 視線が銃弾だとしたら、間違いなく穴だらけになっていたであろう昼食の時間も過ぎて。

 居心地の悪さを感じて可変兵装を持ち出し、逃げるように裏口から外に出た。教会に立て掛けてあったテーブルを運んでその上に広げる。

 さて、色々あって忘れてたし、子ども達との関係改善をしたい所ではあるがそれはそれ。


「ようやく可変兵装を調べる事が出来るな」


 エリックより元に戻せるなら、と解体の許可は得ている。

 サイネから渡された『簡単! 誰でも出来る可変兵装の手入れ講座』というマニュアル本もここに。

 そして自前の工具セットを手に、いざ参らん!









「なんじゃあこりゃあ……」


 いっそ清々しいと思うほどにバラバラに散らばる部品を見てぼやく。


「てっきり近距離武器と遠距離武器を普通にジョイントさせてるだけかと思ったら、それぞれ完全に独立した状態で使えるようになってやがる……」


 斧と散弾銃の部品を手に取り、細部まで観察する。

 斧は刃を柄の方へ部分的に収納してあえて重量を集中させてあり、散弾銃として扱う際に構えやすく、バランスを崩しにくい構造になっていた。

 魔導銃の利点として、リロードの必要が無い為か銃自体はさほど大きくない。


 全体的に見てもそれぞれの武器として扱う分には十分な性能を備えている。

 しいて言えば、魔力装填機構(ストック・リローダー)と呼ばれる部品が独特な形状をしているのが気になるか。

 持ち手とトリガーの真上に組み込まれており、どこか無骨な見た目に思えるが構えた際の違和感は無い。


「というか、ストック・リローダー自体がかなり頑丈な造りになってるな。魔導人形が使ってたガトリングとグレポンをメイスみたいに扱ってたし、近接武装として転用するのはおかしくないか……」


 マニュアル本から、ストック・リローダーの詳細が書かれているページを開く。


「なになに……大型の可変兵装は近接武装にリローダーを複合させている物が多い。滅多な事では破損しないが、その場合に使用すると魔素が過剰供給されて爆発する。近年は技術進歩により事故件数は減少しているものの、半径十数メートルを巻き込んだという事例がある……」


 ちらりと。リローダーを見下ろす。

 使い込まれている為か、小さな傷こそあれど大きく目立つような損傷は見受けられない。

 ただ、近くにあるのが怖くなったので、離れた別のテーブルに置く。


「しかし斧を展開したまま銃を放つ、斬ると撃つを同時に行うのはアウトなんだな」


 斧は斧、銃は銃として使わなければリローダー内の魔力調整が乱れてボンッ! となるらしい。

 詰まる所、斧でぶん殴りながら銃を撃つなんて真似をするのはご法度。むしろ使用者の身に危険が及ぶ。


「……あれ? サイネの可変兵装──ヴァリアント・ローズは同時に使えてたような気がしたけど、どうなんだ……?」


 そもそもの前提としてヴァリアント・ローズは弾倉の入れ替え、リロードを活用して戦闘に組み込んでいる。

 今時の銃器として──この世界の基準の話になるが──珍しい鉛の銃弾と魔法の力を直接銃弾に込めた魔法弾を併用していた。


 サイネが言うには一世代前の可変兵装に寄せて設計しており、ストック・リローダーを利用しない変形機構を用いる事で爆発、事故の発生を抑えているとのこと。

 主に魔法弾の加速で生じたエネルギーを斬撃に応用していて、狙撃銃型の魔導銃はまさかのゼロ距離射撃用。

 ある程度の狙撃は可能だが、そんなチマチマ撃つよりは高速接近して切り捨てた方が楽だと。


「自分で可変兵装を設計してる割にはかなり脳筋な使い方してるよなぁ……」


 諸々の理由から使用者の技量が問われる武装ではあるが、ロマンは何においても優先される。

 俺だって頭おかしい火力のハンマーやトンファー作ってるし。いや、設計面から既に欠陥だらけなのは認めるけど。

 むしろ見様見真似であそこまで実用性のある武器を作れたのは誇っていいと思う。


「身体に掛かる負担を減らせれば怪我も無く気軽に使えるようにはなるだろうけど……んー、何が原因なんだろうな?」


 幾度か首を捻るが、結局答えは出ず。

 とりあえず一通りの確認は終わったので元の状態に組み直す。……いや、ついでにオイルも塗ったり銃身の清掃もしちゃおう。バラしたなら最後まで責任持って手入れをしないとね。

 しかし武器の参考にしようかと思ったが、専用の部品が多過ぎて一から作るのは手間が掛かる。そもそも個人の技術で製造できるレベルの物が少ない。


 この世界でならゲームに登場した武器を自作再現できるかと思ったのに、現実は厳しいものだ。

 残念ではあるが、鍛冶師スキルが中級になればもっと自由に物が作れるかもしれない。

 それまでは鉄剣を打ち続けよう。……そういや親方とレインちゃんへのお土産、どうしようかな?


「えー、リローダーがこうで、後は銃身と刃を組ませてネジ止めして…………で、その次が……どれだっけ?」

「これ?」

「ああ、ありがとう。……よし、これで終わりっと──ん?」


 考え込んでいたせいか、それともあまりにも自然だったからか。すっと流してしまったが、ふと横を見る。

 小さな顔に透き通るような碧い瞳。

 雪のように白い髪からひょっこりと出ている獣耳。

 ゆっくりと左右に揺れるふわりとした尻尾。

 どこか既視感を抱かせる外見の少女が、きょとんとした顔をこちらに向けていた。


「えっと、もしかして……ユキ、か?」

「ん!」


 元気よく手を挙げて、ユキは満面の笑みを浮かべた。

 マジかよ。夢中になってたから近づいてたのに気づかなかったし──実際にあの狼が女の子になるなんて無理があると思っていた。

 だが、いざこうして対面してみると、確かに濃く出ている人の気配とは別に魔物特有の気配も感じる。とはいえ、カグヤほど気配察知に長けている人でなければ気付くのは難しいだろう。

 ……そういえば自己紹介してないよね?


「まだ名前を言ってなかったよな。俺はアカツキ・クロト、エリックの友達だよ。よろしくね」

「うん!」


 手を差し出し、握手を交わす。


「どうしてユキは俺の所に? セリスはともかくエリックとは久しぶりに会ったんだから、話したい事が沢山あったんじゃないのか?」

「んー……エリックにぃ、セリスねぇの事でお話があるって、エルフのねぇねと一緒にどこか行っちゃった。そしたら、黒髪のにぃにの所に行ってみな、って」

「そっか。他のお姉ちゃん達は?」

「みんなといっしょにお片付けしてる。ユキは不器用だから、お料理とかお片付けするとみんなに止められちゃうの」

「あー、分かるなぁ。皿洗いとか意外に難しいよね、手が小さいと上手く持てないし滑るし」

「うん。それに、落とさないようにって強く持つとわれちゃって危ないから……」


 しゅんと耳を垂れ下げて(うつむ)く。

 力が強い、か。そういう悩みは犬人族と同じだな。

 他の種族は人間と比べて全身の筋肉量に差があるので、そういった点で力の制御が効かない事がある。

 犬人族は腕力が強く、人によるが素手で岩や丸太を砕く。

 猫人族は脚力が強く、人によるが二階建ての建物程度なら余裕で跳び越える。


 他にも匂いや音に敏感だったり、過度に熱や刺激物を嫌ったり。

 種族的な問題の差は個人で違いが現れるが、大抵同じような事例が多い。故に対策や予防も容易に可能だ。しかし、ユキは半人半魔。

 出自はどうあれ前例が無い以上、自分で解決するしかないが……。


「でも、俺との握手は普通にできたじゃないか」

「……あっ!」

「たぶん、意識し過ぎてるから余計に力を込めちゃうんじゃないかな。考え過ぎず、自然に力を抜けばちゃんとお手伝いも出来るようになるさ」

「うぅ……でも──」


 迷った様子で手を組み、目を泳がせる。

 力が強いせいで周りの子に迷惑が掛かるのを気にしているのか。もしくは、それが原因で怪我をさせてしまった経験があるのか。

 どちらにせよ、ユキの優しさと後悔が迷いの大本になっているようだ。

 いつの間にやらお悩み相談のようになってしまったが、俺が話を膨らませてしまったせいでもある。


「──よし」


 だからこそ、最後までやり遂げよう。


「ユキ、これ見てくれるか?」

「……?」


 顔を上げたユキの目の前に、一輪の花を見せる。


「今からこの花に“魔法”を掛けます。といっても、普通の魔法じゃないよ? これは優しさを幸せに変える“魔法”だ」

「幸せに?」


 頷き、花を手の平の上に。

 興味津々に覗き込んでくるユキに笑みを浮かべ、両手で覆い隠す。


「この“魔法”を教えてくれた人はね、些細な事でもいいから、自分が持ってる優しさを誰かの幸せに変えてあげる。それが出来れば、時間は掛かるかもしれないけど、いつかはツラい事や悲しい事があっても乗り越えられるって言ってたんだ」


 その手段の一つとして選び、学んだのが()()だった。

 両手を胸の前に置き、祈るようにぎゅっと力を込める。

 そして、手を開く。

 ──すると何という事でしょう。そこには先ほど隠した花はなく、一つの飴玉が転がっていました。


「え、え!?」

「ふふん、びっくりしたでしょ? お花を優しさで飴玉に変えてあげました」


 これぞ俺が持つ特技の一つ、手品(マジック)だ。

 世界を放浪しながら手品で日銭を稼いでいた人から教えてもらった技で、これ以外にもいくつか習得している。

 今の手持ちでは飴とカードの手品くらいしか出来ないけど。


「これ、あげるよ」

「いいの!? ありがとう!」


 嬉々として受け取った飴を口へ放り込み、頬を綻ばせたユキの頭を撫でる。


「今は難しいかもしれないけど、自分の力でこんな風に誰かが喜んでくれて、笑顔になってくれて……幸せだなって思ってもらえるようになればいい。ユキの思いやりや優しい心が、きっといつか、誰かの力になるから」

「んー?」

「──って言っても、分からないか」


 真面目に考えすぎたな。子ども相手に何を言ってるんだか。

 組み立て終わった可変兵装を片付け、次の物に手を伸ばし……うーん、なんかそういう気分じゃなくなってきたな。

 用意してくれたエリックには申し訳ないが、さっきの可変兵装のおかげで大体の構造は理解した。

 それでも曖昧な所があったら後でサイネに詳しく聞けばいい。喜んで教えてくれそうだし。


 工具袋に丸めたマニュアル本と道具をしまい、隣にいるユキを見る。そして思い出した。

 俺はユキ以外の子ども達にかなり警戒されていた。確かに、こんな格好をしていれば企業の研究者と勘違いするのも無理はない。《ディスカード》となった経緯を知った今だからこそ言えるが、ここの住民が企業に良い感情なんて持ってるはずがないのだ。


 その意識が昔から根付いているのだから、俺の疑いを完全に払拭させるのは難しいと思う。

 声を掛けようとしても距離を取られるし、一体どうすれば皆と仲良くなれるだろうか。


「参ったなぁ、学童保育のバイトをしてた時は知り合いがいたからすぐに打ち解けられたけど……」


 喉を鳴らし、腕を組み、悩む。

 ……様々なアルバイトを経験し、色々な特技を習得しているのに肝心な時に活かせないとは。

 唸りながら、陰鬱な曇り空を写す天井を見上げる。

 偽りの空に刺さる数々の管と大型ファン。そういう意図は無いのだろうが、この光景が《グリモワール》としてのイメージを形成しているように感じる。

 相容れない物同士を強引に混じり合わせて、自分の物にしようとする強い欲が。


 欲を持つ第三者の存在を感じてしまうからこそ、余計にそう思ってしまう。これは人間関係にも言える事だ。

 先入観や個人の価値観から初めて知り合う人でも不快感と嫌悪、不安を抱く人もいる。

 そして抱いた人ほど、どぶ川から目を光らせる悪人に利用されるのだ。

 少なくとも俺は被害者として似たような対応を受けた。……受けすぎて毎日が大変だった。


「結局お互いに歩み寄ろうとしないから進展しない訳で、どっちかが相手を知ろうとするのが大切──あっ」


 そうか、警戒されているからといって無駄に遠慮する必要なんて無いのか。

 相手が知ろうとしないなら、こっちが積極的に関わっていけばいい。

 そうと決まれば早速行動しよう。









 片付けが終わった後、怪しい恰好をした男から一緒に遊ばないかと誘われた。

 兄ちゃんの友達だとか言ってたし、ユキが懐いてたから悪い奴ではないんだろうけど、俺は騙されないぞ。

 ああいう服を着てる奴は裏で怪しい実験をしているに違いない。

 そんな奴の誘いに馬鹿正直に頷く訳もなく、さっさと逃げようと背を向けて。


『──遊びだろうと何だろうと、お姉ちゃん達に悪い奴をやっつけて、かっこいいとこ見せたいと思わないの?』


 その一言で火が点いた。

 一部は呆れてたけど、煽られて無視するほど情けない根性は持ってない!

 俺達は燃えた。特に男子。

 そして始まったのは、かくれんぼ。

 時間制限は三十分、しかも鬼は俺達。捕まえるのはクロトっていう怪しい奴ただ一人。


 普段から魔物狩りをしている俺達があんな奴に負けるなんてありえない。

 隠れている魔物を狩るのだって何度もやってるし、逃げられたって速攻で追いついて捕まえてやる! ……そう、意気込んでいた。


 場所は教会を中心に半径百メートルくらい? とか言っていた。

 障害物はあるけど隠れるには小さすぎたり、足場が脆くて危険な場所もある。

 そもそも土地勘も無いはずだ。だからこそ、すぐにでも見つけられると思ったのに。


「──くっそぉ! どこに隠れてんだ!?」


 どれだけ時間が経っても、見つけられない。

 考えてみれば隠れる時もおかしかった。

 あいつ、目の前で“今から隠れるよ!”とか言ったと思ったら、パッとどっかに消えやがった。

 何をしたのかはさっぱり分からなかったし、滅茶苦茶びっくりしたけど、絶対見つけられると思ってたんだ。


「ダメだ、分かんねぇ!」

「こっちもいないよ!」

「匂いも音もしない! あいつほんとに人間!?」


 遠くの方から叫び声が聞こえる。

 十人でそれぞれ散らばって探しているのに一向に手がかりも無ければ叫びたくもなる。っていうか、犬人族や猫人族の鼻と耳でも分からないっておかしいだろ!?


「おいもう時間が……」

「うそだろ、あと何分!?」

「えっと……ちょうど一分!」


 無理だ。その場に居た全員が顔を青くして次々と呟いた。





「……おっかしいなぁ。見つかりやすい場所だと思ったんだけど」

「来ないね」


 口内に広がるリンゴの味を楽しみながら、横に居るユキと一緒に()から子ども達を見下ろす。

 逃げようとした子ども達を煽り、炊き付けてから早速かくれんぼを開始。参加しているのは男子全員で、ユキ以外の女子はいない。

 どうもカグヤとタロスの話に夢中なようで、和気藹々とした空気が一部の敷地の中で流れている。


 ちなみにユキは開始速攻で俺を見つけた。迷いなく俺の所にまっすぐ来たのでびっくりしたが、飴で買収し味方にしたので問題なし。

 完全に不意を突いた“深華月”で身を隠したのにテクテク歩いてこっち向かってきたのはショックだったけどな!


「それにしても気付かないもんだな、()()()()()()って」


 今は降りて鐘の下にいるが、最初は鐘の中で両手両足を広げて──セミが木にくっついているように──落ちないようにしていた。

 ユキが来たので仕方なく簡素なカモフラージュを施して、二人でうつ伏せになりながら状況を眺める事に。

 消臭効果のある粉末剤に加え、自分は屋根であると暗示を掛ければ隠れるのは簡単だ。


「さて、残り時間は一分……既に諦めムードを漂わせてるが、どうするのかな」


 小さくなった飴を噛み砕き、ごくりと飲み込む。

 結局、子ども達は見つけられず、屋根から頭を下にしてスルスルと降りた俺の姿を見て絶叫していた。





「──で、今まで色々遊んでたって訳か」

「うん。かくれんぼも良い刺激になったみたいだし、鬼ごっこは中々だったよ。普段から魔物狩りしてる分、体力もあるし足も速かった」


 大の字に転がり、息も絶え絶えで玉のような汗を流す子ども達を見ながら、外の様子を見に来たエリックと話す。


「ちくしょお……一回も勝てなかったぁ……!」

「全然捕まらないし、逃げられないし……」

「つーか、ユキが追い付けないレベルって、なんだよ」

「ただの……もやしじゃ、なかったのか……?」

「君達失礼過ぎやしないかい? こう見えて脱げば凄いんだぞ? 割れてんだぞ腹筋」

「やめろやめろ、服に手を掛けんな」


 後頭部をチョップされ、くぐもった悲鳴が喉から零れた。


「お前らも気に食わないからって、こいつを馬鹿にするのは程々にしとけよ? こんな見た目だが俺よりも強いし、頼りになるヤツなんだぜ」

「ねえ、絶妙に馬鹿にするのやめてくれない?」

「……分かったよ、兄ちゃん。悔しいけど、この馬鹿はおれ達が束になっても勝てない相手だ」

「ねえ、馬鹿馬鹿ってそんなに言わないでよ。傷つくよ?」

「それに兄ちゃんの友達だし、いつまでも睨みつけるのはよくないよね」

「兄ちゃんが悪人を連れてくるなんてありえないもん」

「ああ。マジで悪いヤツじゃねぇから心配すんな」

「ねえ、無視しないでよ。終いには泣くよ? わあわあ泣くよ? 遠慮なく泣くよ?」

『なんだよ、さっきからうるせぇな』

「君達そういうとこ息ピッタリ合ってるな!? 打ち合わせとかしてない!?」


 この自然な掛け合いと煽り具合、さすがは家族と言った所か。

 そんなやり取りもできる程には心を許してくれたのだろう。疑いも晴れたという事で友好の証として改めて自己紹介した後、手品で取り出した飴を子ども達へ。

 おかげでストックしていた飴がもう数個しか残っていない。また量産しないと……。


「……今更だが、お前ってすげぇ技持ってるよな。おっ、ぶどうか」

「色々と経験してるからね。教えてもらいながらやってる内に自然と身に付いたのさ」

「スキルでは辿り着けない純粋な技術の果て、ってヤツか」

「そんな大仰なものでもないけどね。……まあ、教えてくれた人が凄かったんだよ。ほんとに」


 右手で弄んでいた飴を指で挟む。

 挟んだままに手を払えば、飴は姿を消す。だらりと下げていた左手を開けば、そこには先ほど右手にあった飴が。

 久しぶりにやったけど、腕は鈍ってないみたいだ。


「そういえばセリスも一緒だったみたいだけど、先生と何を話してたんだ?」

「……え? あ、ああ──」


 なぜか目を見開き、動揺していたがしっかり教えてくれた。


「セリスが病気に罹ってるから治療したい、か。魔法が使えないって事は血液魔法もダメ、“虹の力”……も魔法だからアウト。という事は、特効薬を探すしかないのか?」

「ああ。だが、俺の方でも出来る限り調べてみたんだが、特効薬が作られたって話は無かった。それどころか“大神災”と同時期に流行ったってのにその病気に関連する資料が一つも見つからなかったんだ」


 遠目に子ども達が遊ぶ姿を見る。

 ユキが元気に駆け回り、男の子が叫びながら追いかけていた。


「それは、おかしくないか? 下手したらまともな生活すら送れなくなる程の病気だろ? “大神災”の衝撃が強かったとしても、感染症の疑いがある病気が一切話題にならないのはおかしいし……でも当時から一緒に過ごしてるエリック達が掛からず、セリスや特定の人にだけ発症……“大神災”が原因で発生した……?」

「“大神災”で発生…………っ、待てよ。あの時はグリモワールでは地震が起きたんだ。とんでもない被害が出て、俺はそれに巻き込まれて……いや、重要なのはそこじゃねぇ」


 重要ではないけど大事(おおごと)だろ。めちゃくちゃ重そうな話題の片鱗を見せるなよ、気になるだろ。


「あんまりこういう事は言いたくないんだけど、企業の製薬工場が倒壊して研究中だった病原菌が流出して広まった、とか。ありえないか?」

「っ! いや、十分にありえる、のか? お前の言う通りなら病気に関しての情報を遮断するくらい企業でも……だが、そんなピンポイントに……」

「エリックの記憶通りなら、“大神災”でグリモワールは地震に襲われた。むしろ地震しか起きなかったんじゃないのか? それによってグリモワール全域に甚大な被害が発生した。当然、企業が所持している工場やらビルも巻き込まれた」


 推測の話になるが。


「──表には出せない、非合法な研究施設も含めて、とかな。(おおやけ)に知られたくない病気の特効薬が出回ってないのも、それが関わっていると思えばおかしくはない。あと……セリス以外にも病に罹った奴を見た事はあるか?」

「……いや、ないな。ディスカードから上に出る機会が無かったし、ここの住人に姉貴と同じ症状の病を抱えてるヤツはいなかった。地震で死んだヤツもいたから、詳しくは分からねぇが──」


 エリックはそこまで言って、飴を飲み込んだ。

 その顔は何を信じれば良いのか分からず、悩んでいるように見える。

 それもそうだ。グリモワールという地域性も影響しているのだろうが、これまでの情報には真実と虚構が入り乱れていように感じた。


 推測を出した事もあって大事な目的を見失っている

 ……これじゃあ真偽も分からず、目的は達成できない。これ以上の思考は頭を混乱させるだけだ。

 失敗したな。憶測を真実として確定しようとさせてしまった。


「まあ、あくまで推測の話だから深く考えるなよ。一番の問題はセリスの病気を治すにはどうしたらいいか、でしょ?」

「……ああ、そうだな」

「ひとまず、先生はセリスの状態について何か言ってた?」

「病気に罹ってからかなり時間が経ってるし、症状が悪化している可能性があるって」

「そっか、何年も経ってるんだもんな。むしろ何も起きずにいるのが奇跡って感じなのか……なんとか症状を和らげてやりたいけど、ポーションとか効かないかな?」

「前に試したが、効果はなかったぜ。先生も特定の薬品でしか対処できないって言ってたし──エリクシルなら一発で解決するとは思うが」


 エリクシル。別名、賢者の石、神の涙とも呼ばれる。

 癒しの力を持つ神が生み出したと言われる奇跡の霊薬。不治の病を治し、肉体の欠損をも瞬時に修復する伝説級のアイテム。

 以前手に入れた雷の魔導書も伝説級のアイテムだったが、それと同等の価値を持つレア物だ。


「エリクシルは上級以上のダンジョンの宝箱か、ボスが稀にドロップするらしい。さすがに現物を見た事は無いが……図鑑に写真が載っててな。小瓶の中に瑠璃色の液体が入ってるんだ」

「見る角度によって色が変わるんだっけ? 一体どんな材料を使えばそんな事になるんだろうな……」

「マジで神の涙だったりするんじゃねぇの?」

「いやいや、さすがにそれはないだろ」


 事実、エリクシルの劣化版と言われるエリクサーが希少ではあるが出回っている。

 効果としては身体と魔力を全快させるだけ。

 毒や麻痺といった状態異常には効かないが、損傷からある程度時間が経っていても欠損部位を完治させ、なおかつポーションとは比較にならない再生速度を持つ。


 なお、なぜエリクサーという代物が存在しているのかというと、《グランディア》の王城に仕えている天才錬金術師(アルケミスト)が国宝として納めているエリクシルの分析・解析を行った結果、エリクシルの精製に至る過程で生まれた薬品なのだと言う。

 使用される材料も希少素材ばかりで大量生産も難しいそうで、さらに《グランディア》が特許を取り、その製法を国外不出としているので簡単に知る事は出来ない。


「何度か先輩に上級ダンジョンに連れてって貰ったが、やっぱり見つかんねぇ。過去のオークションで取引されていた記録があったから、そっちに賭けるのもアリかと思って金は貯めてんだ」

「そういや雷の魔導書を見つけた時、めちゃくちゃ喜んでたよね。……使っちゃって悪かったな」

「気にすんなって。クロトとカグヤがいなかったら全員あそこで死んでたかもしれねぇんだ。そしたらこんな風に話す事も出来なかったんだぜ?」

「……よくよく考えてみれば、初対面から数時間で死にかけたのか」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもない。……そうだ、エリクシルも大事だけどエリックに聞きたい事があったんだ」


 聞きたい事? と、首を傾げるエリックに。


「もし、何かの拍子にエリクシルを見つけてセリスの病気を治したら──その後はどうする?」


 呆ける顔に、言葉を投げかける。

 エリックにはエリクシルを見つけ、セリスを治すという目的がある。だが、その後は?

 ただそれだけで満足するというなら、言い方は悪いかもしれないが、エリック・フロウという人間はそこで終わってしまう。


 今までは一つの事に力を注ぎ、全力で向かっていた。いわば精神の大黒柱が存在していたのだ。

 しかし大黒柱が無くなれば、次の指針を設定する必要がある。

 何を設定するのか、何を達したいと思うのか。

 何を願い、(いだ)き、選ぶのか。これまでの会話の節々から感じる焦燥と不安の入り混じった声音は。









 ──セリスを治したいという希望と現状維持を望む未来の停滞を含んでいた。









 エリックは怖いんだ。自分の居場所であり、柱であるセリスがいなくなる事を。

 それでもセリスには元気な身体でいてほしいと願い、その為に身体を張って頑張っている。

 子ども達だっていつかは自分(家族)の元から巣立っていく。確かな足取りで、一歩ずつ未来へと進んでいく。

 ……それは自分の力が必要とされなくなる未来。

 いずれ訪れる別れに恐れているような、そんな気がした。


 たった一ヶ月の付き合いでも、エリックの人となりは理解出来た。ずっと前から確立されていた精神が(ほころ)び、崩れかけている。

 ……人の土俵に踏み込み過ぎてるって、そんな言葉は何度も受けた。

 お人好しだって馬鹿だって、生きているのが恥なんだって罵られようが構わない。

 心の内を(さら)け出せないままでいるのは、つらいよ。

 だから──。





「どんな些細な事でもいいから、教えてくれ」


 本音で語れ。人と人の壁なんて意識するな。

 俺は──お前(エリック)をもっともっと知って、一緒に歩んでいきたいんだ。

 この世界で出来た、初めての友達だから。


「…………っ」


 エリックは息を飲み、ふぅ、と吐いて。

 赤の瞳が、うっすらと輝いた。


「俺はこれからも、あいつらと姉貴──セリスと一緒に、幸せに暮らしたい」


 ぽつり、ぽつりと。

 俯いた顔を小さな墓石へと向けながら。


「《ディスカード》に捨てられてた俺を拾ってくれた院長には何度礼を言っても足りねぇ。あの人のおかげで、俺は親を、家族ってモノを知った。

 院長が“大神災”に巻き込まれて死んじまった後も、セリスやあいつらがいてくれたから俺は兄貴分として頑張れた。限りある偽物の空の下でも、胸を張って生きていた」


 ある日。魔物狩りの途中で偶然、地上への道を見つけた。

 胸の内に溢れた好奇心が、おもむろに足を動かして。階段を上がった先にはそこを縄張りにしてた荒くれ共がいて、がむしゃらに戦ってたら後ろから刺された。

 血を流して気を失いかけてた所を通り掛かったリーク先生に助けられた。


「気付いた時にはあれやこれやと話が進んでて、学園編入の為にここを離れるって言った時はみんな泣き出しちまってよ。

 休みになったら帰ってくるからって、逃げるように出ていった。あいつらには悪いけど、俺は外の世界に期待してたのかもしれねぇ。嬉しくって仕方がなかった」


 ゆっくりと、空を仰ぐ。


「幸い文字の読み書きは院長に教えてもらってたから不自由はしなかった。金銭感覚は……今もちょっと怪しいが、なんとか外の常識に慣れてからは姉貴を治す手掛かりを探した。

 エリクシルの存在を知って、毎日死に物狂いで勉強して、ダンジョンに潜って力を付けて……ようやくこの段階まで辿り着けた。遅かったかもしれねぇけど、俺が死んだら元も子も無かったからな」


 上手くいけば、Aランクになってもっと高位のダンジョンに挑戦すれば、いずれエリクシルを手に入れる事が出来る。

 ──だが。


「それだけで終わらせたくない。《ディスカード》の外に出て、色んな物を見てきたんだ。新鮮だったぜ。それまではずっと辛気臭い土ン中に囚われて、そこで生きていくしか選ぶ道が無かったからな」


 暗がりの底で這って生きる事しか出来ないと思い込んでいた。

 でも、違う。世界はあまりにも広すぎる。こんなちっぽけな所で一生を終えるのは勿体無い。

 だからこそ、皆を連れて、一緒に世界を見ていきたい。

 ()()()が溢れている世界をこの足で歩いていきたい。


「その為にも、絶対にセリスを治してやりてぇんだ。元気になったあいつと、子ども達全員で肩を並べて、美味い物を食ったりとかさ。

 ……女の子にはおしゃれとかさせてやりてぇし、男の子は冒険者になりてぇって奴もいる。限りない空の下を太陽の光を浴びながら、何気ない日常を送りてぇんだ──って、何だよその顔」

「いやいやいや、別になんでもないよ?」

「嘘つけ。声が上擦ってんぞ」

「……だって肝心な部分を言ってないんだもん」

「はあ?」


 周りを確認してから、エリックに耳を寄せるように指示する。

 怪訝な表情を浮かべながらも近づけてくれた耳元で。


「──正直に言っちまえよぉ……好きなんだろぉ? セリスの事がよぉ?」

「んごッ!?!?!?」


 爆弾投下。排水溝に髪の毛が詰まったような音を出して、エリックはむせた。


「げほっ! い、いきなりなに言いだしてんだお前ぇ!?」

「えー? 俺は別に家族としてセリスの事が好きなのか聞いただけなのにー。何を勘違いしたのかなー?」

「確信犯だろうがこの野郎ッ! い、いやそうじゃなくて! つーか大体、俺と姉貴は家族だっての! 恋愛感情なんてそんなもん──」

「ちなみにどこの馬の骨とも分からない男とセリスが付き合う事になったらどうする?」

「…………」

「待て、待って待って。悪かった、俺の聞き方が悪かった。だから急に黙りこくって最大限の殺気を放つのはやめて。ってか肩を掴むな揺さぶるな落ち着けぇ!!」


 輝きを失った瞳に危機感を抱き、唸り出したエリックの口に飴を放り込み落ち着かせる。

 あー、肩がいてぇ。こいつの握力どうなってるの? 万力で潰されたかと思ったよ。


「いつつ……まあその反応を見る限り、相当意識してはいたんじゃないの? 気づかないフリをしていただけでさ」

「うっ……た、確かに好きではあるが、それが本当に一人の女として見ているからなのかが分からねぇ。そもそも、これまで一緒に生活してきた奴がいきなりお前が好きだ、とか言っても頭のおかしい奴だと思われるのがオチだろ?」

「俺の経験談になるけど、再婚して家族になった相手側の連れ子である女の子とお互いに一目ぼれして夜逃げした学生の男がいたから普通にイケると思うよ」

「それは基準がおかしいだろ!?」

「あと、そいつらの両親に付き合う事を説得したのはなぜか俺だった」

「お前巻き込まれてるだけじゃねぇか!」

「二人が幸せならオッケーです!」

「腹立つ! その顔すげぇ腹立つッ! ニヤリともニコリとも表現できない笑顔を浮かべんな!」


 実際ちょっとした手助けでその人が笑ってくれるなら、それだけで嬉しくなるけどな。涙を流させるよりはマシだよ。


「それだけ本気に思ってて、自分を曲げるつもりが無いならいいんだ。小さい頃から持ってるまっすぐな芯を貫いてるだけでも凄いんだから、きっとエリクシルだって見つけられるさ。頼りないかもしれないけど、俺も手伝うし」

「急に良い話風に持っていくなよ……まあ、なんだかんだ言って色々と助けてもらってるし、手を貸してくれるならありがてぇ」

「もちろん」


 偽りの空の下で笑い合って。

 お互いに立ち上がり、握った拳を突き合わせた──。





 その後、おいかけっこで突進してきたユキに対してエリックでガードしたけど諸共吹き飛ばされたり。

 怒ったエリックと無邪気な子ども達に追いかけまわされるなど、散々な目に遭った。

 楽しんでたみたいだから良かったけどね!


クロト「近くにいた、お前が悪い……」

エリック「この野郎」

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