第三十八話 現状を確認しよう
今年最後の投稿です。
皆さん、良いお年を!
シルフィ先生とのトレーニングを終えて病室に戻ると、起動シーケンスを済ませたタロスに診察室へと連行された。
ちなみにタロスは俺の監視経過を軍に報告しなければいけないのだが、明朝のトレーニングや“虹の力”、ソラの特訓に関しては黙認している。
曰く、個人のプライバシーは監視対象であっても守られるべきだ、と。
曰く、タロスという個体である私はそこまで望んでいない、と。
それでいいのか軍所属の魔導人形。確かに“虹の力”を使いこなせていない現状、無闇に言いふらすのはよくないからありがたいけどね。
とりあえず手を引かれて、シルフィ先生と一緒に診察室で待っていた主治医とオルレスさんへの挨拶も程々にして、怪我の具合を見てもらう。
ほぼ完治しているとはいえ無茶は厳禁と釘を刺されながらも、見事退院を言い渡された。
他の班員と比べても二日ぐらい遅い。怪我が重すぎたんだろうなぁ。
ちなみに、退院するのが一番早かったのはラティアだ。なんでや、死にかけてただろ。
しかも本人に聞いた所、入院以前よりも健康になり活力もぐんぐん湧いてきているらしい。
すでに女優業に復帰し『ナルパラディス』の新しい演劇に向けて稽古を始めているそうだ。すげぇ。
オルレスさんの見解によれば俺が一番近くに居た事で“虹の力”を間近で受けた為、身体の中に力が残留しており、それが身体の調子を整えているのではないかとのこと。
やはり謎過ぎるぞ“虹の力”。
というか強過ぎるぞ“虹の力”。
その後、病室の荷物をまとめて病院を出て、相変わらずの曇り空を仰ぎ見ていたら見舞いに来たエリック達とちょうど鉢合わせた。
驚く二人に退院した事情を話して呆れられたりもしたが、まあクロトだし、みたいな雰囲気で納得していたのは何故だろう。
ひとまずホテルに戻る道中、ラティア以外の分校のメンバーが現在何をしているのか聞いてみた。
サイネは可変兵装の調整と企業の会議、個人で受け持っている装置の開発。
レビルとコランダは実力不足を感じてかダンジョンに籠って特訓。
ハレヴィとリオルも同様に特訓しているそうで。
ルーザーは実家の企業に呼び出されて何かしてるらしい。
依頼を受けて全員の心境に変化が起きたようで、ハイス校長もその結果に満足しているそうだ。
そんな話をしながらホテルに着いた俺達は、食堂にて朝食を頂くことに。
スクランブルエッグとサラダ、具沢山のスープ、軽く焼いたパン……うん、病院食より味も濃いし量も多い。
ソーセージ美味しいです。砂糖水も美味しいです。
高カロリーな食事をウキウキ気分でもぐもぐしていると、エリックが恒例行事と言わんばかりに俺のデバイスを確認した。
『スキル』
《召喚士:初級》
=《契約召喚》《世話上手》《オーダー》
《フレームアヴォイド》
《フレームパリィ》
《各耐性系》
=《出血耐性》《痛覚耐性》《毒耐性》《炎耐性》《雷耐性》《氷耐性》
《身体補助系》
=《俊足》《強靭》《器用》《不屈》《感応》
《万■■結■》
=《■■■■》《七■ノ■》《■■■■》《■■■■》《■■■■》
「《戦術指示》が《オーダー》に変わって新しいスキルが増えたみてぇだな。つーか、スキル欄が黒くなってんのはバグかこれ?」
「知らん」
「知らんって、お前なぁ……」
エリックが俺のデバイスを弄りながら呆れた声を上げる。
「自分のスキルのことですから、もう少し興味を持たれた方が……」
「でもね、そもそも効果が何なのか、発動しているのか。ユニークかアクティブかパッシブかも分からないんだよ?」
困ったように眉根を寄せるカグヤが差し出してきた砂糖水を口に含み、飲み込んでからため息を吐く。
え? カグヤに餌付けされてるって? うん、まあ、毎日手作り弁当貰ってるからあながち間違いではない。
……そろそろ自分で作るべきだとは思ってるけどね。
「ギルドの方で調査を行ってもらいましたが、クロトさんのデバイスに不調は無かったそうです。おそらく限定された条件下で発動したスキルを認識出来なかった為、連動しているデバイスにも影響が現れているのだと思います」
「つまり、俺はこのスキルをほとんど無意識の内に発動させてたって訳ですか」
『キュ……』
ソラを撫でながら、シルフィ先生は調べてくれた情報を話す。
内容を聞いた全員が謎のスキルについて首を傾げる。
「アクティブ系は当然だが、パッシブも発動直後にどう作用しているかってのが分かるもんだが、そういうのは感じなかったんだよな?」
「ないね、全然ない。心当たりも……うん、やっぱりない」
「謎だな」
「謎です」
「──いくら考えても仕方ありませんよ。そのスキルをどうするか、どう向き合っていくかはクロトさん自身の問題です」
もふもふ毛皮を存分に満喫したのか、先生はソラを俺に手渡しながらそう言った。
冷たく突き放しているようにも思えるけど、確かにその通りだ。自分の身に起きている事なのだから自分で解決するべきだろう。
「……よし、一旦このスキルについては触れないでおこう! 面倒だからね!」
「だな。一応聞くが、他のスキルの確認は大丈夫なんだよな? 耐性系のスキルは俺も持ってるし《オーダー》と《感応》は知ってるが、この二つは見た事がない」
「《フレームアヴォイド》と《フレームパリィ》ですね」
「アヴォイドはともかくパリィならエリックも覚えてるかと思ったんだけど……」
「俺のは《バウンスパリィ》っつースキルだな。パリィ系統の発展スキルで、攻撃を弾くってよりは跳ね返すスキルだぜ」
……あぁ、俺を病院送りにしたスキルの一つか。
「で、そのスキルの効果は?」
「アヴォイドは自身に迫るあらゆる危険に対して回避できるものに。パリィはその中でも弾いて防げるものに反応するって感じかな、体感的には。──ただ、すんごい至近距離でしかも一瞬しか発動しないっぽい」
「へえ。ちなみにどれくらいなんだ?」
「俺を中心に一メートル圏内でコンマ五秒」
「せっま!? つーか超シビアじゃねぇか!?」
「強力かと思いましたが、なかなか難しいスキルですね」
「ほんとにね」
《フレームアヴォイド》と《フレームパリィ》は《ソードダンサー》と呼ばれる上位クラスのユニークスキルだ。
しかし俺の場合は従来のスキルより能力が落ちているらしい。
そもそもの話として、このスキルを修得した切っ掛けだ。これはおそらく、シオンとの戦闘によるものだと思っている。
塗りつぶされているスキルと違ってこの二つは戦闘中に発動した実感があった。死角からのシオンの斬撃を感知し、防御したからだ。
死に物狂いで足掻いた結果、こうして修得したみたいだが、どうもまだ熟練度が低すぎて身体に馴染んでいない為か能力が下がっているらしい。
……正直、至近距離でなければ感知出来ないってきついよね。
だって感知するだけであって身体が反応しなかったら意味がないし。
「シノノメの剣技に《楓》ってあるでしょ? あの最速の剣技以上の速度にも対応できるんだけど、感知した次の瞬間に当たるからね。……っていうか、アヴォイドとパリィが無くても一対一なら動き視て予測できるんだけど」
「さも当たり前のように言ってますが、クロトさんは前の世界、二ホン……でしたか? そこで何をしていたらそれほどの技術を身に付けたのですか?」
「…………走り込みと筋トレ。あとは親戚の武術道場に通ってたら、徐々に眼が鍛えられてこうなった?」
「なんで疑問形なんだよ」
だって本当にそれくらいしかしてないし。
あとは二週間に二、三度くらいの頻度で事件に巻き込まれて、大怪我して入退院を繰り返すとこうなるんじゃないかな。
「まあ、この二つに関してはそんなところかなぁ。……他に気になるスキルと言えば、《オーダー》?」
「それはこの間の授業で習ったぜ。召喚士が持ってるアクティブスキルを召喚獣に付与させるんだったな」
「その時、依頼で別の所に出張ってたから授業受けてないんだよな。でも、スキルだけじゃなくて魔法も《オーダー》で指定する事が出来るみたいだよ。しかも《オーダー》で発動させた魔法の方が威力も強いし射程も長くなる」
「他の利点として召喚士の判断で明確な指示が出来る事も挙げられていましたね」
「デメリットとして召喚獣の動きを阻害してしまう事がありますが、その点は問題ないでしょう。クロトさんの指示能力は私が見てきた召喚士の中でもかなりの物です。ソラとの息も十分に合っていますし、潜在能力を引き出す者としては凄まじい力を持っていますよ」
「ありがとうございます。だってさ、ソラ」
『キュイ!』
俺達の話を聞いてソラは嬉しそうに尻尾を振り、撫でてくる。
「その辺はクロトとソラなら間違いねぇだろうな。……そういや、“虹の力”だったか? あれの特訓はどうなった?」
「全っ然手ごたえを感じないよ。血液魔法は以前と変わらず使えるんだけどな」
「…………」
「……先生? どうかされましたか?」
考え込むように俯いた先生にカグヤが声を掛ける。
「いえ、何でもありませんよ。……それより今後の予定について話したい事があります」
「なんかあったっけ? ……って、そうか。俺達ってまだ国外遠征の途中なのか」
「色々な事があり過ぎてそんな実感ねぇけどな」
「同感です。それで私たちは今後、どう動く事になるのでしょうか?」
『それについては私から補足を説明させていただきます』
しばらく駄弁っていたら軍への報告を終えたのか、タロスが戻ってきた。
「お疲れ様、タロス。面倒掛けてごめんね?」
『気にしないでください、魔導人形の本質は人に奉仕する事ですから。──それで本校の方の予定についてですが、軍上層部からの指定は特にありません』
「おろ? じゃあ俺の監視は……」
『残念ですがそちらは継続して行うように、と』
タロスだって暇じゃないだろうに。軍の奴らは何がしたいんだ。
「ギルドの方では依頼におけるイレギュラーの発生、対応遅れ等の問題もあり遠征に向けた依頼の発注は行わないそうです」
「えっ、じゃあ国外遠征自体は終わりですか?」
「そうなりますね」
エリックとカグヤも目が点になった。
それもそうだ。てっきりもう少し依頼をこなすのではないかと構えていたのに、何もないと言われてしまっては肩透かしもいいところだ。
「じゃあクロトの監視が終わるまでの間、俺達はグリモワールで待機って事か?」
「そっかあ……なんかみんなに迷惑ばかり掛けてるなぁ。ごめん」
「クロトさんが気に病む必要はありませんよ」
「元はといえば襲ってきた連中が悪いだろ? ……しかし、そうか。そうなるとこいつらを連れて……」
口々に声を掛けてきてくれる中、エリックが顎に手を当て、低く唸る。
全員が首を傾げ、見守っているとポケットから手帳を取り出して何かを書き記す。
そして。
「──なあ、皆が良ければなんだが……俺の孤児院に遊びに来ないか?」