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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【三ノ章】闇を奪う者
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第三十二話 アカツキ・クロトは止まらない

大変お待たせしました!

かなり長めなので楽しんでいってください!

「……何あれ」


 引き金に掛けた指が止まる。しかし目前に迫るビルを避ける為、魔法弾を連続して放ち、空中を移動する。

 ヴァリアント・ローズが軋む。後で必ずメンテナンスしないと。

 そんな事を思いながら、ビルの壁をスキルと魔力強化で強引に走り抜けるクロトを見る。


 何のスキルを併用しているのだろう。少なくともアクセラレートとコンセントレートは使っている。いや、そうでないとあの機動力は説明できない。

 実際に私もアクセラレートは発動させている。むしろヴァリアント・ローズを扱うのに必須といっても過言ではない。

 だから移動も行動も、速度は段違いに上がっているはずだ。

 だけど、そうだとしても。


「可変兵装を使ってる私より早いってどういうこと!?」


 叫ぶ。新しい弾倉に入れ替えて魔法弾を放つ。

 確かにヴァリアント・ローズは遠近両用に設計した武装であり、基本コンセプトとして『ヒット&アウェイの高速化』を重視している。

 両親が研究員として働いている企業の施設を使わせてもらい、完成させたヴァリアント・ローズは既存の可変兵装を遥かに上回る性能を保持していた。


 魔法の力を込めた弾丸による銃器併用加速装置。

 特殊加工した金属によって近接武装との両立を実現させたからこそ、本職のエンジニアからも高い評価を貰った。

 ──なのに、負けている。スキル込みとはいえ生身の人間に。


「……すごい」


 悔しい気持ちはあった。けれど、それ以上に称賛したいと思った。

 私は自分に足りない物を可変兵装で補っているけど、彼は違う。自分の身一つを鍛え上げて、スキルの能力を最大限に発揮して、あそこまでの力を手に入れている。

 美術館で見せた土属性の疑似魔法。彼は教えが良かったから出来たと謙遜していたが、私は思いついても実行に移す事は出来なかっただろう。


 ルーン文字の知識も技術も、どれほどの時間をかけて修得していったのか。その過程にどれだけの苦労や悩み、挫折があったのかも分からない。

 きっと私は彼のようにはなれない。でも、同じ(ロマン)を持つ者として簡単に諦めるのは嫌だ。

 何より、自分の分身とも言える存在がこうして力を与えてくれるのだから、“壁”を見せつけられた程度で折れる訳にはいかない。


「私も頑張らないと……!」


 弾倉に残った魔法弾を全て吐き出す。視界が急速に後ろへ延びていく。

 ビル群を抜ける。炎と煙の立ち込める高速道路が確認できた。

 目指した場所は、すぐそこに──。







 激痛と灼熱に意識を奪われそうになりながら、爆炎を撒き散らして道路の上を転がる。

 油断していた。動く物体や魔力の感知なんて魔導人形にとっては造作も無い事だ。

 物陰に隠れた程度で奴らを騙せる訳がなかったってのに……。


「ッ、げほっ!」


 喉奥からせり上がる血を吐き出す。粘ついた赤黒い音が、嫌に耳に残った。

 身体の奥がズキズキと痛む。かろうじて手放さなかった大剣を杖にして立ち上がる。

 気付けば、金属質な足音が爆炎の中から歩み寄ってきていた。


 ……ハレヴィを出し抜いて、こっちに向かってきたのか。

 炎に照らされた魔導人形の身体に付いた傷が、ハレヴィとの激しい打ち合いを連想させる。

 しかし、それでも致命的な損傷には至らなかったのだろう。

 悠然と歩みを緩めないその姿に、思わず舌を打つ。


「ったく、嫌になるぜ!」


 血で濡れた口元を拭い、大剣を構える。

 揺らめく炎を裂いて突撃してきた魔導人形のメイスを防ぎ、後ろに逸らす。

 体勢が崩れた魔導人形を蹴り飛ばしてから横を走り抜け、なんとか二人との合流を図る。


 俺だけじゃ防御は出来ても攻撃は出来ない。

 せめてハレヴィと二人でなら、あるいはクロト──いや、無い物ねだりをしても仕方がない。


「今はあいつらと協力して……」


 残骸の合間を駆けて輸送車に戻ろうとした俺の前に何かが飛び出してきた。

 道路上を転がる物体の正体は、全身を血で濡らしたハレヴィだ。

 可変兵装の片割れは中心から折れており、もう片方は火花を散らして今に爆発しそうになっていた。

 身体の傷が深いのか、身体を起こそうとしても呻いてまた倒れてしまう。


「ぐ……ぁ……」

「ハレヴィ!」


 懐からアカツキ印のポーションを取り出して近寄る。

 ビンの蓋を開けて中身を振りかけた。すると身体の各所の、パックリと開いた傷ですら急速に塞がっていく。同時に苦しげに歪んでいたハレヴィの表情が晴れていった。

 なんだこれ。あいつのポーション、回復速度早くねぇか?


「すまない、エリック。助かった」

「礼なら作ったヤツに言ってやれ。後でポーション代請求されるかもしれねぇけど」


 軽口を交わし合い、ビンに残った少量のポーションを飲み干す。爽やかな甘さが口内に広がり、痛んでいた身体がすぐに癒えていく。

 飲んで分かるこの効能。あいつほんとすげぇな。


「そうだな……っ、エリック!」

「あ? ──どあぁ!?」


 凄まじいスピードで接近してきた魔導人形に掴み掛かられ、弾き飛ばされる。

 魔導人形の背中から噴き出した炎が増加し、視界を引き延ばす。身体が浮かび上がり、急旋回したかと思えば勢いよく道路に投げられた。

 ……まずいッ!!

 奥歯を噛み、ぐっと力を込めて構えた大剣を思いっきり道路に突き刺す。


 少しでも減速しないとヤバい! どれだけ負荷が掛かってもいいから、とりあえず止めねぇと!

 そうしていると、大剣が削れる耳障りな音と痺れる腕の感覚がふっと消えた。

 なんだ? 疑問符が浮かんだ俺は手元に目線を移す。

 ──見慣れた幅広の刀身がすっぱりと無くなっていた。間抜けにも思考が途切れる。

 そんな呆けた視界の奥に。道路に突き刺さった刀身が揺らめく炎を映していた。


「折れたぁ!?」


 遅めに気づいた真実が与えた衝撃はかなりの物だった。

 直後に全身を襲った苛烈な痛みより、赤く染まる視界よりも。

 身近に使える武器を失った事の方がショックが強かった。

 ……これじゃ、助けが来るまで時間稼ぎも出来ない。

 だがカグヤ達に俺達の状況が伝わって、向こうが本部に救援を要請しても、きっと芳しい結果は返ってこないだろう。


 意識改革が行われてきたとはいえ、基本的に貴族は自分以外を羽虫か何かだとしか認識していない。

 警察はともかく、軍の奴らが俺達を助けるとは思えなかった。

 現状、ハレヴィは可変兵装が損傷し、本人もポーションを服用したとはいえボロボロだ。


 リオルはずっと負傷者の救護に回っている。彼女の可変兵装は魔法を扱う際の魔力効率を手助けする為に設計されていて、認識阻害の結界を発生させる事も可能だ。

 反面、可変兵装もリオル自体も攻撃魔法に関しては門外漢であり、結界の防御力は皆無に等しいので魔導人形の相手をするのは厳しい。


 俺に至っては折角回復したのにすぐに傷だらけで、大剣は壊れて使い物にならない。

 素手で戦うか? 難攻不落の城を相手に丸腰の兵士を突撃させるようなものだぞ。


「はぁ、きっついぜ……」


 立ち上がる。支える脚が震え、崩れそうになった。

 それでも、ここで諦める訳にはいかない。

 何故なら……俺は知っているから。

 誰よりも頑張っていて、誰よりも努力家で、誰よりも──誰かの為に戦えるヤツを。


 どんな困難の前でも歯を食いしばって、痛みに耐えて前に進もうとする仲間を。

 この目でしっかりと見てきたんだ。だからこそ、ここは踏ん張らねぇといけねぇ。


『……』


 いつの間にか三体の魔導人形が武装を構えて近づいて来ていた。

 最初から疑問に思ってたけど、こいつらはなんで俺達を狙ってくるんだ?

 アーティファクトが目的ならさっさと強奪して立ち去ればいいのに、輸送車には目もくれず俺達に武装を向けてきた。

 邪魔者を排除してから奪うという線も考えたが、この魔導人形達ならこんなに時間を掛けずに片付ける事だって出来たはずだ。


 今もこうして立っているだけでやっとなのに、こいつらは襲いかかってくる事なく、じっとこちらを見つめている。

 まるで何かを観察しているかのように──。

 だからと言って気を抜いてると一気に押し切られてやられちまう。どうにかしない、と……?


「なんだ、この音……」


 遠くから鳴り響く破裂音。乾いているようで、しかし確かに感じる軽い衝撃が腹の底を揺らしていく。

 それは徐々に近づいてきていた。音の鳴る方角の空に目を向けると、小さな光が生じている。

 連続して点滅しているそれは、極小な姿を大きくさせていき──立体線路を通る列車に掻き消された。


 ……まさかとは思うが魔導人形の増援か? 三体だけでこの有様なのにまだ増えるのか!?

 最悪の展開を思い浮かべ、リオルの補助に回っているハレヴィに声を掛けようとして。


『……』

「まずっ!?」


 俺を投げ飛ばした魔導人形が拳を振り上げ、飛びかかってきた──。















 直後、魔導人形の横っ腹に黒い何かが衝突し、轟音と共に吹き飛ばされる。

 感じた風圧に目を閉じて、そして恐る恐る開く。視界の横に、折れ曲がった身体を車の残骸に叩き込まれ、爆炎に巻かれた魔導人形の姿が確認できた。

 いや、注目すべき所は他にもある。


 黒く、分厚く。

 刃は無く、ただただ肉厚な刀身。

 鉄の塊とも呼べる物体が眼前にあり、それが魔導人形を吹き飛ばした物であった事実を見せつけていた。


 次いで、風で(ひるがえ)る白衣。その裏側の、数々の色鮮やかな液体が入った容器。

 腰に携えた長剣。背中の布に包まれた二つの物体。

 超重量の塊であるはずの鈍器を軽々と肩に担ぎ、そいつは振り返った。


「──悪い、少し遅刻した」

「いや……助かったぜ、クロト」


 差し出された拳に拳をぶつけ、互いに笑みを浮かべた。









「さて、と」


 サイネにはポーションを持たせて輸送車の方に向かわせたから、俺はこっちの担当だ。

 突き合わせた拳を戻し、白衣の中からポーションを取り出してエリックに手渡す。


「それ飲んでちょっと待ってろ。すぐに動けるようになるから、それから手伝って……ってお前が使ってた大剣は?」

「あそこ」


 ポーションを飲みながら見覚えのある柄を持った手で指差した先に、道路に突き刺さる刀身があった。

 折れたの? この間整備した時はどこもおかしな所は無かったのに。


「マジかぁ……やっぱり持ってきて正解だったな、これ」


 頭を抱えて、担いだ鈍器を地面に突き刺す。

 この大剣、使った鉱石がアレなので全体的に武骨で真っ黒だが、耐久性と使いやすさは保証できる。

 何より馬鹿らしい過程を経て完成してしまった物だが、俺がロングソード以外で親方に認められた武器の一つなのだ。


「お前の為に作った、って言えたらよかったんだけど……まあ、とりあえず使っておいて。俺は──こっちを使うから」


 背負っていた二つの物体を前に持ち出し、露出していたグリップを右手、左手で握る。

 それが敵対行為だと認識したのか、魔導人形の一体が可変兵装を展開して飛び掛かってきた。

 メイスのような外見の武装が振り下ろされる前に、駆ける。


 懐に潜り込むと同時に右腕を突き出して、魔導人形の腹部を捉える。衝突する瞬間にグリップの()()()()を押す。

 腹の底に溜まる重音が、衝撃が、右腕の先から弾けた。

 突き出した拳──いや、拳よりも突き出た鉄の突起が刺さり、魔導人形の身体を浮かばせる。


『……!』


 目元を覆う装置がズレて、覗かせた瞳が縮小した。

 間髪入れずに、今度は左手に持ったグリップのトリガーを押して脇腹を殴り抜く。

 重音と破砕。二つが重なって魔導人形は吹き飛んだ。

 その拍子に両手でそれぞれ持っていた()()の布が解ける。





 モチーフはトンファー。

 手首に近い箇所には、モンスターの素材と鉱石から作り出した耐熱鋼材製の回転式カートリッジ。

 グリップ部分から保護するかのように下腕部に沿った鉄の棒。刀身とも言えるその中心には穴が空いている。

 これは爆薬による推進力を得る為の噴出機構だ。


 推進剤に用いた爆薬はパイルハンマーに使用した物と同じだが、量を制限しているのでさほど威力はない。

 しかし、たとえ少量であっても甘く見てはいけない。

 決して人に向けてはならないとさえ言われた爆薬の力は、武装した魔導人形であれ軽々と吹き飛ばす。


 勢いが良すぎて装着者も突撃する事もあるので正式名称は『人間特攻型爆砕旋棍』。

 長ったらしいからカッコよさを求めた名付けを親方、レインちゃんに相談した結果──。


 新武器、ブレイズバンカー。


 レインちゃんが最近習ったという魔法からブレイズ。

 パイルハンマーの後輩という事で元ネタのパイルバンカーからバンカーを繋げた。

 中々カッコイイと思うのだが、どうだろう?

 意見を求める相手が炎に巻かれ、武装を撒き散らして吹き飛び、静観を貫いているので何も言ってくれないが。


『……』


 そして静観を貫いていた魔導人形が展開した可変兵装を構えた……待ってください見た事ありますそれもしかしなくてもガトリングではないですかというか二門って頭おかしくないですか殺す気満々じゃないですか!?

 エリック達、あんなのと今まで戦ってたの? そりゃ大剣も折れるよねぇ……って、納得してる場合じゃない。

 まずは魔力強化で腕から肩までの関節を保護して。


『先生、強化魔法をお願いします』

『お任せください!』


 頭の中で別の人の声がする不思議な感覚に戸惑うことなく、シルフィ先生に魔法を付与してもらう。

 この術式魔法、普通は不快感を抱くそうだが俺は感じていない。ここに来るまでの移動中もずっと話してたし、案外慣れたのかもしれない。

 魔導人形の挙動に注意しながらブレイズバンカーを構え、四肢に力が漲った。


 ガトリングの引き金に指が掛けられる。確認した瞬間、両手のブレイズバンカーを腰の位置まで引いてトリガーを押す。

 爆音と共に弾き出された身体を低くして接近、片方のガトリングにサマーソルトキック。

 着地、体勢を直してからもう片方にチンピラキック。

 これで射線上に居たエリックには当たらない。というか、思い切り蹴ったのにどっちも落とさなかった。

 君、握力強くない?


「仕方ない……!」


 見た目少女な魔導人形だから罪悪感が半端じゃないが、アクセラレートで背後に回りブレイズバンカーで殴り抜く。

 アンテナの付いた装置目掛けて振るった拳が突き刺さる。

 煙を上げ始めたので退避。直後にボンッと爆発した装置が道路上に転がった。

 ……高そうだったな、あれ。


「クロト! 気を付けろ!」

「ああ、分かってる!」


 エリックの声に応え、怯んだ魔導人形から視線を移す。

 移した先に鈍器大剣を叩き込んだ魔導人形が復活し、背部のスラスターのような物を吹かして突撃してきた。

 目立った武装は無いが、振り上げた拳が赤く燃えている。

 なんだあの機動戦士少女。シャイニングでゴッドなロボットに触発されたのか?

 正体不明の攻撃に首を傾げていると、頭の中で声が響いた。


『火属性の魔素が収束しています。打撃した対象を瞬時に燃焼させる魔法のようですね』

『初耳です、先生』

『非常に殺傷力の高い魔法なので普通はモンスターにしか使いませんから』


 それ、暗に俺をモンスターとして認識してるとかそういう話になります? なんだか悲しくなってきたんですけど。

 まさかの真実に気が滅入るが、こちらの意を介さず振り下ろされた拳を右手のブレイズバンカーで受け流す。

 受けた箇所が一瞬で赤熱し、火の粉と煤を散らした。長年の経験から鍛えられた直感が、生身で受けたらヤバいと警鐘を鳴らす。


 すかさず左手のブレイズバンカーを魔導人形に振り抜く。

 しかし相手も何も行動を起こさなかった訳ではない。赤く燃えた拳とぶつかり合い、甲高い音を鳴らした。

 互いに飛び退いて、再度激突。

 交差する赤と繰り出す打撃の応酬が視界を彩り、加速していく。


 こいつ、格闘主体か。シンプルだが、さっきのガトリングの奴よりも変則的な動きを取り入れているので厄介な相手だ。

 ──だが、アクセラレートを使ってないとはいえ魔導人形の反応速度に、眼も身体も追いつけている。


「これなら!」


 攻撃を予測した先にブレイズバンカーを置き、放たれた炎の拳を滑るように逸らす。

 即座にしゃがみ込んで足払い。体勢を崩した魔導人形に推進剤を爆発させてアッパーを打ち込む。

 胸部の装甲にめり込んだブレイズバンカーを引き抜き、ファイティングポーズを取る。


「さあ、いくぞ!」


 左右のトリガーを細かく操作して、小規模な推進力を得たパンチを連続して放つ。

 耳障りな金属音と削った装甲が頬を掠める。止まることなく、殴るのをやめない。

 防御したってこじ開ける。逃げようとしたって無駄だ。

 衝撃が貫通したのか、背部のスラスターに火花が走り、煙を吹いた。

 ──今だ!


「フル、バーストッ!」


 数十秒ほど打撃の嵐を打ち続け、最後にありったけの爆薬を炸裂。

 両腕から放たれた二発の重撃が装甲を削り切った胴体を撃ち抜き、ガードレールへ吹き飛ばす。

 ひしゃげたガードレールに倒れ込んだ魔導人形が痙攣を繰り返しているが、確かあれは緊急停止の際に起こる現象だったはずだ。

 魔導人形として死ぬ訳ではないので一安心だが、後でタロスに怒られるかもしれない。

 その時は誠心誠意を込めた土下座で謝ろう。


『……』

「うあっ!?」


 後の事を心配していると、視界の横から入り込んできたメイスに思考を奪われる。

 なんとか防ぐがメイスに張り付けられたまま力任せに振り回され、最後には思いっきり上空へ飛ばされた。

 内臓を置いてかれるような不快感を我慢して、痺れる腕で空になったカートリッジを交換する。


 最中、眼下の魔導人形はメイスを銃器へと展開した。

 握りを銃のグリップのように折り曲げ、頭部とも言える部分を回転させて手元へ。

 芯である棒の先には穴が開いており、それを銃口としてこちらに向けていた。


 ……よく見たらグレネードランチャーじゃん!? 殺す気かよ!

 カートリッジ交換で空いた右手で懐を探り、爆薬を二つ、いや三つ取り出して下に投擲。


『火と水、風の爆薬を投げたんですけど煙幕を作れませんか!?』

『お安い御用です!』


 落下していく爆薬に魔法陣が描かれ、発光し、炸裂した。熱と湿気が広がり、濃密な白が視界を埋め尽くす。

 さすが先生! このチャンスを逃さない!

 頭の中で描いたルートを進む為に身を捩り、ブレイズバンカーで左右交互に空中を移動しながら白煙に突っ込む。

 両腕が悲鳴を上げる。激しい衝撃の連鎖に内臓が圧し潰れそうになった。


 想定すらしていない使い方だ。短時間の移動しかできないが、魔導人形の隙を突くには充分過ぎる。

 白煙の中で影が動く。空中で姿勢を制御し、影の真上に陣取る。

 左手のブレイズバンカーの爆薬が切れた。いや、まだ右手が残っている。

 ……さっき思い付きで両腕の爆薬全部ぶっ放したけど、かなりの威力だった。


「だったら、片手だけでも!」


 腰を捻り、引き絞った右腕を突き出す前にトリガーを押す。

 爆薬が生み出した凄まじい衝撃が身体を回転させる。予想はしていたがここまでとは思わなかった!

 だが止める術は無い。無いなら、回転の力を利用する!


「せいやァ!!」


 高速で巡る視界の中、狙いを定めてブレイズバンカーをぶち当てる。

 空気が破裂し白煙が霧散した。

 魔導人形は膝を折り陥没した装甲に押さえつけられるように道路にめり込み、その場で痙攣し始める。


 対する俺は右腕から突き抜ける激痛に悶える暇もなく、跳ね返ってきた衝撃に転がされた。

 汗が噴き出し、身体の内側から熱を感じる。先生の魔法と魔力強化してなかったら間違いなく折れていた。

 立ち上がろうとして、ガクリと膝が折れる。

 ブレイズバンカーの反動で思った以上にダメージが蓄積していたらしい。


「くっそ……キツイなこれ」


 最後のカートリッジと交換し、強く痺れ始めた腕を垂らす。

 元々フルバーストも想定していない運用方法だ。短期間で、しかも連続でやれば身体も壊れ始める。

 ブレイズバンカー自体もパイルハンマーの反省点を生かして作製したが、そろそろ限界が近い。

 交換したカートリッジ分は耐えてくれないと困るが、残り一体の魔導人形がどう動くか……。


「クロト、じっとしてろ!」

「っ!」


 周囲を見渡そうと首を上げた所で、大剣を持ったエリックが突然眼前に躍り出た。


『……』


 背の向こう側に二門のガトリングを構えた魔導人形が立っている。

 無機質な瞳が縮小し、無慈悲にも引き金は引かれ、銃弾の嵐が押し寄せてきた。


「お前の武器、試させてもらうぜ! 《ソード・ディフェンス》、《ヘイト・デコイ》、《ディバイド》!!」


 エリックがスキルを発動させると、大剣を起点として周囲に透明な膜のような物が展開され銃弾を弾いていく。


「おおおおおおッ!」


 そしてガトリングの掃射を防ぎ切った瞬間、スキルを解除し雄叫(おたけ)びを上げながら突っ込んでいった。

 さすがの魔導人形もただの人間が銃弾を全て防ぐとは予測していなかったのか、呆然と立ち尽くした状態で振り下ろされた大剣を受ける。

 右手のガトリングがひしゃげ、即座に放された。


「ぜぇいッ!!」


 そして、返しの刃で振るった大剣がもう片方のガトリングを打ち上げた。

 ──その隙を逃さないほど馬鹿じゃない。

 アクセラレートで高速接近し、エリックと目を合わせる。

 ガトリングの銃身(バレル)目掛けて、振り下ろされた大剣に打ち勝つようにブレイズバンカーをぶち込む。


 僅かな拮抗の直後、耐え切れなかった銃身が空を舞う。

 武器は無くなった。しかし攻撃を受け続けるだけの魔導人形ではなく、残った方の銃身で思い切り殴られ道路上を転がる。


「ぐっ……頼む、押さえてくれ!」

「ああ!」


 振り抜いた大剣を押し当て魔導人形の動きを封じ、鍔迫り合いのような形になった二人に向かって走る。


「これ以上フルバーストしたら腕が壊れる……」


 だから脚を使う。右手のブレイズバンカーを手放し、助走を付けて跳躍。


『先生、右脚に強化をお願いします! あと高さが足りないのでもう少し上げて欲しいです!』

『構いませんが、何をする気ですか?』

『男の子の夢です!』


 困惑した声が聞こえるが、身体がふわりと浮き上がったので集中する。

 右脚に展開されたいくつもの魔法陣が輝き、光を溢す。

 輝きを纏わせて空中前転。右足を突き出して、後ろに引いた左手を身体に密着させてブレイズバンカーで加速する。


「エリック、どけぇえええええ!!」

「おう……おあっ!?」

『……!』


 驚きながらも飛び退いてくれたので当たらなかったが、下手したら直撃コースだった。たぶん無傷じゃ済まない。

 凄まじい衝撃が右足を通して全身を駆け抜ける。魔導人形の顔がわずかに歪んだ

 でも装甲を貫通させるには威力が足りてない……やりたくないけど、やるしかないか!


 トリガーを思い切り押し込み、爆薬を炸裂させる。

 爆薬の切れたカートリッジが回転するたびに威力が強まっていく。

 ブレイズバンカーの打突部分を右手で抑え込み、あえてライダーキ……飛び蹴りの威力だけを高める。


 魔導人形が足下から火花を散らして下がっていく。負けじと脚を掴んで引き剥がそうとしているがそうはさせるか。

 打ち切ったブレイズバンカーを投げ捨て白衣から爆薬を取り出す。

 両手で掴んだ爆薬を飛び蹴りで剥がれかけた装甲の間にねじ込み、左足でその装甲を蹴って飛び退いた。


『先生、起爆を!』

『はい!』


 ねじ込んだ爆薬に魔法陣が広がり、収束。眩い光と共に冷気が肌を刺す。

 爆薬の衝撃に押されながらも着地し、視線を上げる。

 ──地中から生えた氷柱の中に、飛び蹴りを受けた態勢のまま固まる魔導人形の姿があった。


『死んでは……ってか、壊れてはいない、のかな……?』

『魔導核の反応は健在ですが……魔力反応が弱まっていますので、そろそろ緊急停止に入りますね。おそらく継続的な魔法のダメージを受けないように、機能をシャットダウンするつもりでしょう』

『じゃあ放置してても大丈夫かな』


 小さく息を吐いて、その場にへたり込む。

 疲れた。戦闘型魔導人形の相手がこんなにも大変だったなんて思わなかった。

 そもそもここまで走ってくるのがツラかった。魔力強化とアクセラレート、コンセントレートの併用で有り得ないくらい魔力が減ったんだよ。最初の魔力強化なんて装置ぶん殴った瞬間に切れたからね。

 それからアクセラレートと先生の魔法でなんとか持たせてたけど……キツかったな。


 特にブレイズバンカー。パイルハンマーの欠点をある程度克服した武器だけど、それでも試験段階でケガを負う事はあった。

 使うとしてもフルバーストは形状的に腕とバンカー自体に負荷が掛かってまともな運用が出来ない上、爆薬の推進力が強過ぎて勝手に飛んでいく事もしばしば。

 それはそれでロケットパンチっぽくて良かったが、実用的じゃない。でもライダーキ……ックじゃなくて、飛び蹴りは強かったな。そっちをメインにするのもいいかもしれない。

 今回の戦闘は良い経験になった。これを踏まえて、今度はもう少し安全な武器を作るようにしよう。


「はあー、疲れた……」

『ええ、休んでいてください。こちらも落ち着いたようですから、作戦室に戻りますね』

『了解です。手助けしてくれてありがとうございました』


 頭の中で声が聞こえなくなる。端にあった先生の視界も消えて、いつもの状態に戻った。

 その場で横になり、雲に覆われた空を見上げる。


「あー、しんどい。もうニルヴァーナに帰りたい」

「気持ちは分からなくもねぇけど無理だろ。今回の件、きっと軍の連中に騒がれるぜ? 少なくとも数日はグリモワールに拘束されるだろうよ」

「うへぇ……それ、当然メディア関係もうるさくなるよなぁ」

「そりゃあな。軍にギルドに分校がこの件に関わってるんだ。そういう企業にとっちゃ、特ダネのスクープだろ」


 大剣に寄りかかりながら、エリックは俺の顔を覗き込んできた。


「そっかぁ──っていうか、助けに来るのが遅いんだよ! もうちょっと早めに加勢してくれても良かっただろ!?」

「わりぃな、ちょっとこいつの使い心地を試したくてよ。そこら辺の残骸を相手に振り回してた」

「人が死に物狂いで魔導人形と戦ってる間になんで悠長に準備運動してんの? ガードが間に合わなかったらハチの巣にされてたかもしれないんだよ!?」

「間に合ったんだからいいだろ? つーかこの大剣、とんでもなく頑丈なんだけど何の鉱石で打ったんだ? あと名前は?」

「話を逸らすぼぁ!?」


 跳ね起きてエリックに掴み掛かろうとした。

 しかし大剣に阻まれる。おのれ鈍器め。


「ったく、さっきまで疲れてたー、とか言ってた癖に割と元気じゃねぇか。……まあ、お前が来てくれなかったら俺達はやられてた。言うのが遅れちまったけど、ありがとよ」

「…………はあ。正直に言うと間に合うかどうか不安だったんだ。飛び掛かる寸前で割り込めたからよかったけど、あそこの屋上から飛び降りてきたから足痛いんだよね」


 ビルの屋上を指すと、エリックは呆れたように笑った。


「お前、相変わらず無茶するよな。先生が怒るぜ? もっと自分の身体を大事にしなさい、って」

「その時はエリックのせいにするから大丈夫。俺は悪くない」


 というより、落下した時点で既に怒られたので怒りは収まっていると思う。たぶん。


「何はともあれ、これで救援は完了したようなものだし、作戦室に連絡した方がいいんじゃない? 向こうだってここまで大事になってるのに行動を起こさない訳にはいかないでしょ。ケガ人だって大勢いるし……っていうか、デバイスは使えるようになってる?」

「ちょっと待ってろ、タロスに掛けてみる」


 ポケットからデバイスを取り出して通話を試みるエリック。

 俺は投げ捨てたブレイズバンカーを探そうと周囲を歩いて──無残に砕けている二振りを見つけてしまった。

 マジかよ。硬度の高い鉱石で全部組み立てて、ルーン文字で強化もしたのにあんな粉々になるの? パイルハンマーよりコスト高いのに……最悪だ。


「最初から作り直しだな、あれは。……ん?」


 落胆していると僅かな振動が肌に伝わってきた。振動の元はデバイスだったようで、通話の画面が開かれている。

 しかしあるべきはずの連絡先などは表示されず、そこには紋章のような──五芒星を模した星と、それを囲ういくつもの刀剣が描かれていた。

 何これ、新手の嫌がらせか? 出るのも面倒だし、怪し過ぎるから無視しよう。

 通話を切ろうと伸ばした指が触れる前に、()()()()()()()()


『──アカツキ・クロト君だね? 初めまして』


 驚く暇もなく、スピーカーモードのままにしていたデバイスから男の声が。


『ああ、別に反応しなくていいよ。怪しさ満点の男に話しかけられるなんて嫌だろうし、僕は君が聞いていると仮定して勝手に喋るからね』


 タチの悪いイタズラ電話と片付けられたならどれ程よかったか。

 画面に通話を切るボタンはなく、男が話す度に紋章が小さく伸び縮みするだけ。

 他にも色々弄ってみるが操作を受け付けない。


『今回は君に助言をしてあげようと思ったのさ。これから起こる事は僕の不手際が引き起こした事態だけど、ここで君に果ててもらうのは後味が悪いし、何より僕が楽しくない』


 玩具で遊ぶ子供と変わらない、喜色に満ちた声で。


『いいかい? よく聞いて。──今からそこに二振りの蒼を携えた者が来訪する。その者は粗野で凶暴だ。対抗するには、紅の暴虐を手に入れるしかない』

「……は?」

『訳が分からないだろうね。もしかしたら触れる事すら許されないかもしれない。でも、君なら選ばれるはずだよ。暴虐を振るう烈火の如き紅の意思に──』


 一方的に喋ったかと思えば、通話が切れた。

 いつもの画面に戻ったデバイスをポケットに仕舞うが、疲労と混乱でぐちゃぐちゃになった頭の中に謎の男の言葉が反芻する。


「暴虐を振るう、烈火の如き紅の意思……何の事だ?」

「クロト、通話が繋がったぞ!」


 独り言を足下に落として、ひとまずエリックの方へ向かう。


「タロス、俺だ、エリックだ。こっちはクロトが助けに来てくれたおかげで、何とか脅威を凌ぐ事が出来た。だが襲撃に巻き込まれた一般人、ラティアにルーザーがケガを負っている。早急に救助部隊を送ってくれ」


 エリックはタロスに向かって状況を伝える。

 一応サイネにポーションを渡してケガ人の治療をしてもらってるけど、エリックの物よりも効果は低い。

 早めに処置をしないと危険である事に変わりはないだろう。

 というか俺、サイネの方に行った方がいいかな? 血液魔法なら完璧とはいかなくても治療は出来るし。


「そうか、警察も出動してくれるのか。ああ、よろしく頼むぜ……って、なんか騒がしくなってるがどうかしたのか?」

「エリック、スピーカーモードにして」


 早速治療に向かおうとして、エリックの様子がおかしい事に気づいた。

 デバイスを操作してモードを切り替えたエリックと顔を見合わせながら、画面に映ったタロスに声を掛ける。


「タロス、何があったの?」

『現在クロト様の付近に謎の反応が高速接近しています! そちらで確認できませんか!?』


 珍しく焦りを含んだ大声でタロスは叫ぶ。俺とエリックは弾かれたように背中合わせになり、周囲を見渡した。


「増援……か?」

「どっちの? まあ、謎の反応って言ってる時点で味方の可能性は皆無だけど」

「たぶん、魔導人形側だろ。あれは企業公認の正規品じゃねぇ、差し向けた側にとっては調査されちゃマズいはずだ」

「初耳なんですけどそれ」

『いえ、接近している反応は人間、魔導人形のどちらとも合致しません。データベースを検索していますが、モンスターの物とも違います』


 デバイス越しに伝えられた情報に空気が張り詰める。


「おいおい、いったい何が来るってんだよ!」

「知るかよ、とにかくこっちには近づいてきてるような物は見えない! エリックは!?」

「お前ほど目は良くねぇけど、何も来てないのは分かるぜ!」

『お二人とも、気を付けてください! 反応が接敵範囲内(エンゲージ)に入りまし──そんな、ロストした!?』


 頬を伝った汗が落ちていく。心臓の音を抑える為に呼吸の間隔を広げ、鎮めようとして。







「よォ」







 ──音は無く、気配も無く。唐突に聞こえた呼び掛けに、息が詰まった。

 ギギギッ、と。ゆっくりと首を回して、声の方へ身体を向ける。

 黒い外套を身に纏い、頭に被ったフードから覗かせる鋭利な瞳。

 風が吹いた事で露わになった双剣は怪しげな明滅を繰り返しており、その外見に俺は既視感を覚えた。

 謎の男が言っていた二振りの蒼。いや、それよりも以前に、どこかで見た事があったはずだ。

 しかし次々と溢れ出る思考が既視感を消し飛ばした。



 いつの間に、どうやって、いや、()()()()()()()()()()()



 不可解な現象に纏まらない頭が結論を出せなかった。

 身動きも出来ずにいる俺を、外套の男はその瞳で捉える。









「……オマエか」









 ──次の瞬間。


 男の姿が、消えた。


 残像すらなく、予備動作も見えなかった。

 俺の眼でも視認する事が出来なかった。

 その事実が、思考と、身体を鈍らせて。











「オレを滾らせてくれよ……アカツキ・クロトォオオオオオオッ!!」


 狂った笑顔と共に蒼の剣を抜いた男の一撃が──振り下ろされた。



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