第三十一話 腐敗した権力
──嵌められた。そう気づいたのは、突如として輸送車を横転させた強烈な衝撃の後だった。
妖精族である俺の存在が気に食わないらしく、輸送車が発車してすぐにルーザーに罵詈雑言を浴びせられ。
言い返すのも面倒で黙っていれば、貴族でありながら他種族との友好を深めたいというラティア、リオル、ハレヴィがルーザーを諫める。
この国では人間以外の種族を嫌悪するのは珍しい事じゃない。最近になって貴族による他種族を排する動きは減ってきたらしいが、それでも芯に残っている部分はある。
今でこそされていないが、街を歩けば石を投げられ、なぜ生き恥を晒しているのかと罵られる事もあった……いつからそんな街になったのかは忘れてしまったが。
少なくとも最初に世話になっていた孤児院で暮らしてた頃は窓を割られたり盗みに入られたりと大変だった。
辛い事も悲しい事も多かったが、それでも幸せだと感じられた。
思わず昔を思い出して頬が緩む。少し視線をずらせば、輸送車の強化ガラス越しに街の風景が流れていく。
企業のビル群と市民居住区域の間を通る立体高速道路。
普段はもっと車の通りが多いはずだが、今日はやけに少ないように感じた。
グリモワールは七つの区域に分かれている。その間の距離が離れている為、魔導列車と車での移動が多い。
だから空いているというのは珍しいのだが……。
そう思った瞬間。
けたたましいブレーキ音が鼓膜を突き刺し、車体が激しく左右に揺れた。
そして──。
車の残骸が爆散する。風に乗った火の粉が頬を照りつけた。
「おらぁ!」
『……』
力を込めて大剣を振るう。スキル込みで強化された一撃を眼前の魔導人形は片手でいなした。
駆動音と頭部に装着した装置の光が怪しく光る。
舌打ちを置き去りに飛び退く。掠るように振り下ろされた鉄の拳が、先ほどまで立っていた場所を陥没させる。
あんなのまともに受けてたまるか!
「エリック、前に出過ぎるな! 潰されるぞ!」
「言われなくても分かってるっての! つーか、あいつらはなんだ!?」
襲撃してきた三体の魔導人形。双剣の可変兵装を巧みに操り、二体を相手にしていたハレヴィが叫ぶ。
「さあな! 少なくともこれまで企業が公表してる戦闘型の魔導人形とは形状が違う。つまり──」
「企業公認じゃない、非正規の魔導人形って事か。だとしてもこんな馬鹿みたいな出力で活動できるのか!?」
「戦闘型は二つの魔導核を連結させる事で通常の魔導人形よりも性能を上げている。だが、既存の戦闘型にこれほどまでの出力を有した者はいない!」
重厚な金属音が連なる。ハレヴィの前に出て、構えられた魔銃による一斉掃射を防御する。
絶えず放たれる致死の嵐。
耳障りな残響と脳が痺れるような感覚が手足の力を緩めた。
「っ、《ディバイド》!」
歯を食いしばり、威力を減衰させる。
浮ついた手足を強引に動かして前進。大きく踏み込み、力任せに大剣の腹で魔導人形を吹き飛ばす。
──ピシリッ、と。小さく、しかし確かにヒビが入るような音が聞こえた。
『……』
「ガッ!?」
手元に感じた違和感に気を取られた隙にメイスの可変兵装が腹部を打ち据えた。
意識が飛びかける。抉り抜かれたような痛みがジワジワと広がっていく。
追い打ちをかけるように振り抜かれた拳で無防備になった身体を吹き飛ばされた。
横転した輸送車にぶつかる。呼吸が途切れ、思考が乱れた。
「エリック、しっかりして!」
付近の負傷者の保護に当たっていたリオルが魔法を掛けてくれた。
淡い光が身体を包み、痛みを和らげる。転がる視界の端に倒れ伏す複数の人がいた。
襲撃の際、爆発に巻き込まれたラティアとルーザー達。
破片や火傷で傷付いた身体は魔法による応急処置を施されているが、それでも危険な状況に変わりは無かった。
「くそ、このままじゃ全滅する! リオル、本部との連絡は!?」
「最初の報告以降、何度もやってるけど繋がらない! この場所一帯に妨害魔力波が発生してるみたいで、デバイスも通信機も機能しなくなってきてる!」
「……本部には、繋がらないんだろ? だったら……」
荒い呼吸を抑えるように胸を掴み、空いた手でデバイスを取り出してカグヤへ連絡を送る。
まだ区域間の距離が近いカグヤ達ならデバイスの通話が繋がるかもしれない。
しかし向こうも俺達のように襲われている可能性がある。そう考えると望みは薄い。だが、やらないよりマシだ。
ハレヴィが三体の狙いを集めている間に助けを呼ばねぇと……!
焦る気持ちが鼓動を急かす。輸送車から移動し、車の残骸に隠れる。
そして数度のコール音が鳴り──止まった。
「繋がった! カグヤ、そっちは無事か?」
『エリ……すみま……聞こ……』
酷いノイズだ、カグヤの声がほとんど聞こえない。
「くそっ、妨害魔力波の影響か! 頼む、聞こえてたら救援を要請してくれ!」
『ぼう……えん……何……』
ノイズ混じりの困惑が返ってきた。
伝わってるかどうかは分からないが、とにかく言うしかない。
「襲撃を受けてるんだ! このままじゃみんな殺される! 急いで本部に──」
瞬間。
目前に、魔導人形が舞い降りた。
黒い装甲。手足を防御する強固な鋼鉄の塊。
両腕の肘裏から手先にかけて展開された二つの可変兵装。
無慈悲に、嘲笑うかのように構えられたそれと。
無機質な瞳のように、頭部の装置が光り、俺を捉える。
そして。
視界が白に染まり、灼熱と衝撃が身体を襲った。
「救助が出せないって……なんでだ? 報告を受けておいて事態を容認してるなんて、本部は何を考えてる!? このままじゃ全員やられちまうぞ!」
『……それは』
『タロス、私が代わろう。──アカツキ、デバイスの画面の赤い点を押したまえ。モードが切り替わる』
タロスの代わりに出たサウスさんの言う通り、全員が内容を把握できるようにデバイスをスピーカーモードにする。
画面に映し出された本部の映像。中央に映るサウスさんにサイネが困惑気味に声を掛けた。
「サウスさん、なんで軍は救援を向かわせないんですか? いくら上からの命令だからって、人の命が掛かってるかもしれないんですよ!?」
『それについては先ほどタロスが話したようだが?』
「あんなので俺達は納得も理解も出来ないんだよ。……アンタなら理由は知ってるんじゃないのか?」
『…………私とて納得している訳ではない。だが、そういう話なのだ。下位貴族である私では、上位貴族の権力に抗う事は出来ないのだ』
苦悩に満ちた表情で話すサウスさんに思わず叫ぶ。
「下位だ上位だなんて知るか、この際どうでもいいんだよ! 俺達はなんでアイツらを見捨てるような真似をしているのかを聞いてるんだ!」
『……上位貴族は企業の重役の集まりだ。察しの良い君達なら気づいていると思うが、この依頼には数々の企業──それこそ公には話せないような企業から極秘裏に試験を行うように伝えられている。美術館と輸送車を襲った組織も企業の一部……暗部の者が差し出した刺客だ』
「じゃあ美術館を襲わせた組織も、エリック達を襲ってる連中も……」
『そうだ。奴らは血も涙も無く、目的の為なら何人の命が終わろうと構わない。お前達はともかく、護衛に回った生徒達は……』
俺の疑問に静かに顔を伏せながら、淡々と告げられる真実に身体が芯から冷えていく。
しかし頭の奥が、どんどん熱くなってきているのが分かった。
「なに、それ……私達、まるで実験体じゃない……」
「さ、最初から利用されてたってだけなの?」
「この依頼を受けた時から、あたし達は企業の思い通りに動かされていただけって事かい……」
「そんな、そんなのって……っ」
……なんだよ、この国。どこもかしこも腐り切ってるじゃないか。
技術の発展に何かが不幸な目に合うのは仕方のない事だ。俺も錬金術師として自分の身体で実験を重ねているから、それは理解してる。
だけど、だけど──許せる訳が無い。
誰かを笑顔にする為の技術が、誰かの笑顔を奪うのは許せない。
ましてや命を奪うなんて許容できるか。
そこから始まるのは悲しみの連鎖だ。誰も幸せにならない、一方的な負の螺旋に巻き込まれてしまう。
俺は見てきたから、体験してきたから、不幸になってしまった人を知っているから。
このまま何もせずに突っ立ってるなんて、今まで俺に手を差し伸べてくれた人達に示しが付かない。
『話はこれで終わりだ。お前達は引継ぎが完了したら直ちに本部へ……』
「サウスさん」
だから──抗ってやる。
「そこにタロスやアンタに命令を出したヤツはいるんですか?」
『あ、ああ。企業の重役共もいるが……』
「そっちで俺のデバイスの声が聞こえるようにしてください。出来れば大音量で」
理不尽な運命を叩きつけて、独善的な思考で悲劇を演出する馬鹿共に。
『よし、出来たぞ。ところで何をするつもり……』
「今から叫ぶので耳塞いどいた方がいいですよ」
『はあ?』
最強で最高な、綺麗事で終わる喜劇を見せてやる。
「おい、頭の足りない馬鹿貴族共! お前らが俺達をどう思ってるかは知らないし知る気も無いが、何の力も持たない使い捨ての駒だと思ったら大間違いだからな!」
「「「「っ!?」」」」
『おい、アカツキ!?』
「ぶっちゃけお前らの事情なんて知ったこっちゃないし、後でどんな罰を課せてきたって構わない。──だけど、仲間の命が危ないってのに救援を出さずにただ傍観しているだけの連中に何を言われようが、言いなりになるつもりは微塵も無い!」
デバイスから怒号のような声が聞こえるが無視だ、無視。
「ちなみにその場から動くな、現状維持で待機しろなんてふざけた事を言うなよ! 権力を振りかざしても素直に頷かないし、従う気も無いから! まあ、言いたい事はこれで全部だ。ちなみにデバイスに通話を掛けても応じる気はないのでそこの所よろしく!」
『ちょ、ちょっと待っ……』
ピッ、と。通話の終了ボタンを押す。
サウスさんには悪いけど、俺は俺のやり方で勝手に動く。
こういう時、班長とかそういう役職持ちじゃないのが有り難いな。カグヤは警察への引継ぎが終わるまで好きに動く事は出来ないだろうけど。
「さてさて……コランダ、確かあいつらって第五区域の実験施設にアーティファクトを持っていく手筈だったよな?」
「…………え? あ、ああ、そうだね」
コランダは狼狽えながらも答えてくれた。
それを聞いて、俺は美術館の受付カウンターの裏に置かせてもらった自分の荷物を持ってきて中身を漁る。
「えっと、クロト? 何してるの?」
愛用の冒険者バッグを揺らしている俺に、サイネはどこか困ったような声音で口を開いた。
「んー、ちょっと秘策のアイテムを作ってねぇ……持ってきたはずなんだけどぉ……あっ、あった」
そして取り出したのは布に包まれ、はだけた部分からグリップを覗かせる棒状の物体。それが二つ。
カラン、と。乾いた音を鳴らして手元に収まった物体をひとまず地面に下ろす。
次いで取り出したるは、リーク先生から譲り受けたアルケミストが好んで着用する戦闘用白衣。リーク先生が現役時代に使用していた物で、高ランクモンスターの素材で作成された特注品だ。
鎧のような頑強さは無いが、しなやかで衝撃を逃しやすい。素材のおかげで魔法全般に強い耐性を持ち、ルーン文字による補強も予めに施しておいた。
裏地に爆薬やポーションを取り出せるホルダーもいくつか裁縫して作った。且つ必要な爆薬等をセットしておいたので、わざわざ入れ直す手間も無い。
これで準備はオーケー。後は……一応、伝えておくか。
制服の上から白衣に袖を通しつつ、デバイスを操作してシルフィ先生を呼び出す。
耳に当てた瞬間、すぐに出たのでびっくりした。
『ク、クロトさんなにしてるんですか!? あんな事を大勢の前で……!』
「先生も一応聞いてたんですね。よかった、二度手間にならなくて。ところで本部の状況はどうなってますか? 阿鼻叫喚?」
『貴方の煽りを受けて貴族達が荒れていますよ! しかもハイス校長が便乗して挑発したせいで、いつ血が流れてもおかしくない雰囲気です』
「イイ感じに闇鍋みたいな空間になってますね、ハハッ」
『笑い事ではないですよ! 私も今は通路に逃げてますけど、当分は作戦室に戻りたくないです……』
「それは好都合。先生、実は頼みたい事があって──」
デバイスを耳に押し当て、会話を途切れさせないようにしながら地面に置いた物体を背負う。
ベルトに括りつけたロングソードを腰に佩いて、バッグの左側に巻き付けておいた身の丈ほどの大きな物体を肩に担ぐ。
その最中に先生に頼み事をしたのだが……。
「──っていう事をしてほしいんですけど、出来ますかね? 先生にとってはトラウマを刺激してしまうかもしれませんけど」
『構いませんよ』
「そうですか、やっぱり無理……えっ、良いんですか?」
『ええ。だって、もう迷う必要はありませんから』
すっぱりと言い切った先生の声に淀みは無かった。
快く受け入れてくれたのはうれしいけど、いいのかな。俺の眼に遠隔で術式魔法を掛けて視界を共有してほしいなんて。
そうすれば俺の視界を利用して魔法で支援する事だってできるし、同時に情報共有も可能になるから便利かなって思ったのに。
とはいえこんな高度な魔法は先生くらいの実力、というか先生にしかできないけど。
「……分かりました。じゃあ、お願いできますか?」
『お任せください! ついでに意識疎通の魔法も掛けてデバイスを使わずとも連絡を取り合えるようにしますね』
先生はそう言って通話を切った。ん? なんかとんでもないこと言ってなかった?
首を傾げていると、急に視界がぼやけた。そして徐々に輪郭を取り戻していくと、見えないはずの通路の映像が視界の端に浮かび上がる。
FPSゲームのミニマップのように映し出されたそれは、俺の意志に関係なく右へ左へと移す場所を変えた。
『“彼方を望むは我が瞳”、“遠心通わせ一心へ”──ふふっ、これでどうですか?』
「先生すげぇ」
頭の中に響く先生の声に答えてしまった。
不思議そうな視線を向けてくる全員に手を振り、何でもないと伝える。
これじゃあこの場に居ない人に称賛を送る頭のおかしい人と思われてしまう。
「あ、あの、クロトさん。さっきから一体何をしようとしているのですか?」
「何って……助けに行く準備だよ? あっちは相当消耗してるだろうから、色々持っていかないといけないなって。最悪、俺の身一つあれば怪我人はどうにかなるけど襲撃してる奴らを相手にする必要もあるから、爆薬とか武器は必須だろうしね」
「助けにって……一人で行くつもりかい?」
「別に一人でもいいんだけど、ちょっとリスクが高い。だからサイネについてきてもらいたいんだ」
「わ、私?」
驚きながら自分に指をさしたサイネに頷く。
「レビルとコランダの移動手段を確保できそうにないし、カグヤは班長だから警察の引継ぎが終わるまでは残っておかなきゃいけない。そうなると余った俺とサイネが自由に動ける上に長時間の高速移動が可能だから、自然とこういう割り振りになるんだ。もちろん皆が助けに行きたいと思ってるのは分かるよ」
だけど。
「向こうで襲撃があった以上、こっちで何が起こらないとも限らない。そんな時、実力的にも申し分ない人が大勢いた方が助かるんだ。だから……悔しい思いをさせるかもしれないけど、三人にはここに残っていてほしい」
「「「…………」」」
俺の提案を聞いて、三人はお互いに顔を合わせる。
そして。
「──ここは班長として止めるべきなのでしょうね、きっと。……ですが、クロトさんの理由には納得できます。私には私の立場があって、その為にここに居るのです。直接手をお貸しする事が出来ないのは残念ですが……クロトさんになら、この想いを託せます」
「こ、このメンバーの中じゃ僕は足が遅いし、向こうでまともに戦える気もしない。でも、自分が何をすべきかは理解してるつもりだよ」
「アンタの話を聞いてると不思議と納得しちまうねぇ……まっ、今回は大人しくしとくさね。アンタらが派手に暴れて、貴族共の鼻っ面をへし折るのを楽しみにしておくさ」
「みんな……」
思う所はあるだろうに、各々は快く承諾してくれた。
ほっとしていると肩を叩かれる。振り向くと、サイネが笑いながら可変兵装を構えた。
「こっちはもう準備オッケーだよ! いつでもいける!」
「勝手に決めちまったけど、よかったのか? きっと向こうは大変な事になってる。それなりに覚悟しておかないと……」
「大丈夫だよ! 私とヴァリアント・ローズがあれば、どんなヤツとも戦えるもん!」
自信たっぷりに答えるサイネに頬が緩む。
笑みをそのままに出入口付近をうろついていたトレントに“指示”を出す。
「外の連中に伝えてくれ、これからはこの公園で人と楽しく過ごしてくれってな。世話を見てやれなくなっちまうけど、お前らなら元気にやっていけるはずだ。だろ?」
『──!』
一瞬、悲しげに垂れた苗木を立たせて、しっかりと頷いたトレントを外に向かわせ、もう一度みんなの顔を見渡す。
つい先ほどまでの沈みっぷりはどこに行ったのか。全員が活き活きと、清々しい顔をしていた。
……後の事なんて考えるな、今の自分の心に従え。
子供の頃に、父さんからそう言われたっけな。
全くもってその通りだ。自分がやりたい事を自分なりに。
それが一番後悔しない解決策になると、何かが起こる度に思い出してた。
凡人である俺を奮い立たせる教えの一つだ。
だから俺は、今日も頑張れる。
「──さあ、行こうか」
次回、アカツキ・クロトは止まらない。
まあ、戦闘回になるという事です。




