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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【七ノ章】日輪が示す道の先に
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第二一九話 遥かな峰の頂に《後編》

星に根を張る悪性。

災禍を払う、覚悟を示す時。

「十年前、大神災(おおかみのわざわい)より以前の話だ」


 かつてナナシは日輪の国(アマテラス)中を放浪し、工芸品の素材収集を(おこな)っていた。職人として納得のいく素材を、自身の手と目で判断する為だ。

 その足取りは、入場制限が無かった頃の焔山(ほむらやま)にも向かっていた。

 自衛用の刀を()き、迫り来る魔物を倒し、素材の収集と選別は何事も無く終わりを迎える。


 いざ、帰ろうか。そう考え、焔山(ほむらやま)の中腹から去ろうと(きびす)を返した……そんな時だ。

 視界の端に、妙な影を見た。禍々しい邪悪な影、瘴気を。

 ナナシ曰く、いま思えばアレは死刻病(しこくびょう)の霧に酷く似ていたそうだ。


「兆し、であったのだろう。だが、偶然の遭遇だった」


 不審に首を傾げ、気のせいかと思えば──直後、異形が姿を現した。

 カラン、コロン、と。軽い音が続き、幾本もの骨子が凄まじい勢いで収束し、構成された不気味ながらんどう。

 従来の魔物……いわゆるスケルトン系統に類似していながら、人の背丈の何倍ものある巨大な腕部。


 支えも無ければ自重によって満足に動けるはずがない。

 そも人体の一部を彷彿(ほうふつ)とさせるだけで、実態はまるで掴めない。

 だというのに、違和感だらけのがらんどうはナナシの気配を察知したのか。剛腕を振り上げ、薙ぎ払ってきたという。


「異形は見た目とは裏腹に、俊敏で豪快な破壊を撒き散らした。難を逃れるべく応戦し、手塩に集めた素材がガラクタ同然となるまで、刃を振るった」


 何十分、何時間……時が過ぎ去っていく感覚など、もはや無かった。唐突な死から逃れるべく激闘を繰り広げ、息も絶え、身体を疲労が蝕む。

 やがて最後の一閃にて、がらんどうを打倒。何らかの繋ぎを失った骨子は散らばり、灰にもならず消えていく。

 危機を脱し、安堵の息を漏らし、胸を撫で下ろすも束の間だった。


「素材収集は、何も一人で行っていた訳ではない。(それがし)の身内──妻もまた協力し、手分けして事に当たってくれていたのだ」

「お前、奥さんがいたのか」

「ああ。(それがし)にはもったいない程に出来た妻だった。当然、騒ぎを聞きつけた彼女は(それがし)の元へやってきた」


 二人はがらんどうが消えた地で抱き締め合い、無事を確かめ合った。

 妻は怪我をしておらず、壮健なまま。どうやらナナシがいた地にのみ、がらんどうは出現していたようだ。

 彼女が傷つかなくてよかった……そんな気の緩みが、反応を遅らせた。


「がらんどうの欠片が完全に消えた直後、ぶわりと瘴気が噴出。疲弊し、背を向けていた(それがし)は気づけず、妻だけがその影を目の当たりにした」


 事情を話す間もなく。

 無風であるにもかかわらず。

 瘴気は意思を持つかの如く飛来してきた。

 直感的に、反射的に、人に害なす存在だと察した妻はナナシを突き飛ばす。たたらを踏み、尻餅をつき、次いで目を開けば瘴気に纏わりつかれた妻の姿があった。


「手の出しようが無いほど、あっという間の出来事だった。瘴気は妻の身体、その表面を這いまわるようにして口内から入り込んだ。途端に残りの瘴気は霧散し、(それがし)はすぐさま彼女に駆け寄り、身体に異変が無いか探った」


 自身の油断、失態が招いた事態に良からぬ想像が湧いてくる。


「仄かな期待を裏切るかのように、異変は即座に現れた。高熱に咳、喀血、呼吸困難に激しい痙攣が彼女の身に起こったのだ。素人目にしても病に侵されているのは明白だった。疲れた身体に鞭を打ち、(それがし)は妻を担いで全速力で焔山(ほむらやま)を下山した。一刻も早く、医者へ診せなくては、と……」

「……てっきり死刻病(しこくびょう)が発症したのかと思ったが、症状と全く違う……? まるで、いくつもの病気が一気に発症したような感じに聞こえる」

「まさしくその通り。後日、腕の良い医者に見せた所、ありとあらゆる万病を内包した凄まじい容態になっていたのだ」


 現代医学では到底根治が不可能な、合併した病。

 血も骨も臓腑も腐り落ちる。無垢なる命を容易く葬る症例の数々は、手厚い看病も(むな)しく妻の命を奪った。


「妻を亡くし、失意のままに。諸悪の根源たるがらんどうの存在を訴えようにも証拠はなく、妄言と流される毎日を過ごした。だが……諦めてたまるものか。あの時の後悔を、無碍に殺された妻の無念を、恨みを晴らさず生を享受するなど耐えられん!」

「だから、日輪の国(アマテラス)を離れて情報を集めていたのか」

「そうだ。その過程で魔剣と出会い、カラミティと接触し、(それがし)は再びこの地に降り立った。神器とされていた“始源(しげん)円輪(えんりん)”の奪取をジンより依頼されていたが、(それがし)の目的を果たす武器として活用せんとするため。指針は始めから何一つ変わらず──がらんどうの大元、焔山(ほむらやま)の頂に座す元凶の討滅……それだけだ」


 故に、と。


「お主の適合者としての実力、敵方との邂逅によっても冷静な視座を持つ精神性。ファーストやセカンドが称賛するに値すると判断した」


 その上で。


「こちらの目的が達成され次第、(それがし)はカラミティから脱退する意思表示として黒の魔剣を譲渡する。それがお主に提示できる最大の報酬だ」

「……いいのか? 魔剣を貰えるのはありがたいが、仮にも暗部組織の一員として活動していたんだ。足抜けなんて簡単に出来る訳が無い」

「構わん。どの道、幹部という立場は(それがし)に荷が重く、まともな貢献をしてきた覚えが無い。反旗を(ひるがえ)したとして命を狙われ続ける身となろうが、遅かれ早かれ、尽き果てる機がやってきたということなのだろう」


 自らの破滅がやってこようが、命を失おうが、己が使命を遂行する。

 傍から見れば、病的なまでの執着は狂気そのもの。裏を返せば、亡くした者への強い想い──激情を感じさせる。


「これでも信じられないなら、呪符によって命を縛ることも出来る。お主の匙加減で容易く(それがし)を殺す。その手綱を握り、安心するのであれば受け入れるのもやぶさかではないが……」

「そこまでしなくていい。覚悟は十分に伝わった」


 ナナシは手段や方法を選ばなかった。愚かなまでに、まっすぐに。

 今まさに、クロトへ取り引きを持ち掛けたように。これまでの仕草、声音、表情に滲み出る執念を切り捨てるほどの薄情さを、クロトは持ち合わせていなかった。


「この国に来て日は浅いし、酷い目にも遭った。綺麗な面も汚い面も味わってきて……正直、いい思い出よりも辛い出来事の方が多くて、しんどかった」


 加えて、龍脈という星の一部に関する問題でもあるのだ。

 大神災(おおかみのわざわい)という天災は、様々な形で各国に甚大な被害を与え、傷痕を残した。

 その内の一つ、日輪の国(アマテラス)死刻病(しこくびょう)が蔓延した、そもそもの原因。


「でも、ここで生きる人たちは皆、いい笑顔で生活してる。過去にどれだけ悲しくて苦しくて、ツラく凄惨な事態に見舞われても。過去に囚われ、復讐に走り、それでも奇妙な縁を手繰って新しい道を進んだ」


 それが星の抱える存在……ホシハミによるものだとしたら? あるいはその尖兵が、害意を持って行動を起こしたのだとしたら?

 そんな奴が野放しにされ、今もまだ焔山(ほむらやま)に潜伏している。知ってしまった以上、見過ごすなんて出来るはずがない。


「前を向いて、力強く進み続ける人たちの為にも──焔山(ほむらやま)の怪物、病魔の元凶を討とう」


 適合者だから、真実を知った者だから、などという理由でなく。

 明日を生きる皆と、この世界を壊したくない一心で。

 クロトは再び、その身を混沌の中へと飛び込ませるのだった。

復讐、執着心に苛まれて、悲壮な感情に憔悴しても、芯のあるイケオジ。

それがナナシです。


次回、密談の終わりと次なる謎の追及。

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