第二一八話 会合、そして秘密を知る《後編》
敵も一枚岩ではないということ。
その為ならば、何を捨てても構わない。
──鬼のアヤカシ族。
他のアヤカシ族と違い、頑強かつ高い身体能力に再生能力を持つ。
加えて鋭敏な感覚器として機能する角を保有する代償としてか、一般的に幼年期や青年期に強い食人衝動に見舞われる。
衝動に苛まれる際は偏執的な思考に陥り、社会生活に不穏な影響を与えるそれは、鬼や国家から見ても悩みの種であった。
結果として食人衝動を知る者は鬼というだけで一族を嫌悪、忌避し迫害する。
数が少ないアヤカシ族全体に見ても鬼の総数は非常に少ない。それでも目敏く発見され、後ろ指をさされ、心無い言葉を掛けられる。
そして内包する危険性を自覚しているが故に、鬼は日輪の国から姿を隠し日陰で生きてきた。
国から一つの種族、派生した者たちが身を引き、共生という形を取ったのだ。
「某とて若い身空に苦労させられた。他の鬼も同様であろうな」
過去を思い出しているのか、ナナシは瞳を伏せ、押し黙る。
……ツクモの元にいたゴズ、ギュウキもそうだったのだろうか。人の世から別たれた空間にいた理由も、複雑な事情があると察せられた。
「鬼のアヤカシ族が抱える重大な問題だってのはよく分かった。今の今まで、どうして隠してたかはオキナさんに改めて問いただすとして……対策や予防策はあるのか?」
「それこそが少彦の鈴留めだ。言ったであろう? 製作に使用した特殊な素材、製法は心身の乱れを整え健やかな成長を促進させる、と。元は鬼の衝動を抑制する目的で作った物だが、病床へ伏せる者にも効果が発揮される」
「だからこそ、病に悩む人へ贈られたって訳か。巡りに巡ってカグヤの手に渡り、形見の品となって身に着けていたから、今まで衝動が現れることは無かった」
そもそもの話としてナナシが奪いさえしなければ、こんな事態にはならなかったのに。……過ぎた話で、謝意の気持ちがあったとはいえ、何度も蒸し返すのは不毛か。
「詳細はオキナさんに聞くとして、ひとまずカグヤの容態も落ち着いた。……目を覚ました後に、しっかり説明しないといけないか」
「だが、安心するのはまだ早い。これまでは鈴の音で衝動が抑えられていた分、反動が強く露出してくるはずだ。鈴留めを着用すれば、ある程度は普通の生活を送れる用にはなるが、そう遠くなく決壊するだろう」
「つまり、カグヤ自身が衝動を乗り越える必要があるってのか」
突如として判明したカグヤの秘事が尾を引き過ぎてる。どうしろと?
思わず頭を抱え、俯く。風靡な霊桜のざわめきが煩わしく感じてしまうほどに、思考の邪魔をしてくる。
「そこで、こちらから提案したいことがある」
そんな時、ナナシが鈴留めをこちらに近づけてきた。
「少彦の鈴留めを、現時点を以てそちらに返す。そして衝動を解消するべく彼女に必要な行動を教え、こちらの目的を完遂することに協力してほしい」
「……鈴留めを返してもらえるのは助かるが、協力?」
「そうだ。これはカラミティや魔剣に関する事項でなく、極めて個人的で利己的なもの。某は、その目的を達する為にカラミティへ籍を置いていただけに過ぎん」
強烈な、確固たる信念で発言するナナシは真面目な面持ちで見つめてきた。
気圧される雰囲気に息を呑みつつも、差し出された鈴留めを受け取り、懐に仕舞い込む。
「返却はありがたく受け取るが、簡単には信じられない。元より敵対した陣営同士。ニルヴァーナの時は事の重大さからファーストやセカンドと手を組んだが……こうも似たような事例が続くのは、裏があると思ってしまう」
「だろうな。何をしたいのか、明確に分からなくては迂闊に頷けんだろう」
こちらの内心を見透かしたようなナナシは、顎に手を当て思案する。
熟考し、カグヤへ視線を送り、次いで焔山の天辺を睨んだ。
「──では、明言させてもらおう。某はかつて日輪の国に蔓延り、猛威を振るった死刻病。それだけでなく、あらゆる病の元凶たる存在……焔山の頂に座すモノを断ち切りたい」
「あらゆる、病の元凶。そんなのが、焔山に?」
オウム返しな聞き返しに、拳を固く握り締めたナナシは頷く。
一切の迷いが見られない反応に、伊達や酔狂でないことを知る。
カラミティ……いや、ナナシが提唱する内容は、日輪の国全体を苦しめ、燻っていた遺恨を亡き者とする共闘の申し出。
真か嘘か、定かでなくとも興味を惹かれる内容としては十分。
何よりカグヤの衝動を解決する方法が知りたかった俺は、ナナシが語る目的を聞き入れる他に選択肢は無かった。
納涼祭や日輪の国前編・中編と違って、魅力的な敵キャラを描写したく、ナナシはこういう感じになりました。
次回、焔山に座す日輪の国編ラスボスの話、そしてカグヤの衝動の解決法。




