第二一八話 会合、そして秘密を知る《前編》
これまでの伏線。
そして恒例となった敵側との談合。
カグヤの介抱を終え、休憩スペースにてナナシと向き合いながら正座。
黒の魔剣を所持していないのは間違いなく、こちらも丸腰。互いに魔剣を召喚すれば交戦は可能だろうが、戦意は感じられない。
そして集合墓地と言えど、こんな場所で騒ぎを起こすのは憚られた。
故にナナシの提案を呑む他なく、カグヤの状態についても訳知りのようであった為、談合することに。
俺、いっつもカラミティの幹部とこういうことしてるな……?
「さて、何から話すべきか。提案した手前、某はさほど弁術に長けた方ではない。話の種というのは、得にくいものだな」
ナナシは編み笠を降ろさずに小首を傾げ、声音を濁す。
『互いの立ち位置を理解しているからこそ、情報の取捨選択をするべく出方を見計らっているようだな』
『わざわざこちらに接触してきた上で題目を出せないのはどうかと思うが』
『敵対者と腰を据えて言葉を交わす機会など、そうそうあってたまるか。擁護する訳ではないが妥当な悩みだろう』
『クロトさんは割とありますけど……』
警戒心を隠さないレオ達の会話を聞き流して。
寝息を立てるカグヤに視線を送ってから、戻してナナシを見据える。
「こっちとしては聞きたいことだらけだ。神器展覧会の騒ぎに乗じて魔剣を盗みに来たり、カグヤの簪を奪ったり、息を潜めていたかと思えばこの場に現れて意味深に提案を持ちかける。……どれから聞くべきだ?」
「であれば、時系列に沿って語ろう」
居住まいを正し、編み笠の隙間から覗く目がこちらを射抜いた。
「某はカラミティの情報収集能力によって神器展覧会の詳細を掴み、ジンの要請を受けて祭事の前日に単独で日輪の国へ乗り込んだ」
「ってことは、マガツヒとは何も関係が無いのか」
「何かしら策を講じて接近せねばならんと考えていた所に、まさしく渡りに船というべき展開であったな。もっとも、適合者たるお主の力によって一杯食わされたのだが」
『うむ。再召喚の提案は英断だったと自負している』
『あれはレオのファインプレーだったな』
得意げなレオをゴートが持て囃す。
事実、あの時にキノスを回収していなければ後の裁判で有効に立ち回れなかっただろう。どうせキノスを持っていてもいなくても、難癖をつけて似たような事態に陥っていたのは容易に想像できる。
その辺りを考慮しても、正しい選択だったと言える。
「そして大霊桜の麓でお主と対峙し、先の女子、カグヤの簪たる少彦の鈴留めを奪ったのだ。……その行為が、此度の問題を発生させてしまったことに、謝意はある」
「カラミティの思惑が魔剣絡みってのは、まあ分かり切ってたし予想はしてた。でも何がしたいか、どうしたいかなんてのはこの際、どうでもいい」
「知りたいのは、カグヤの状態についてだろう?」
どこか柔らかな空気を纏い、ナナシの編み笠がカグヤに向く。
あまりにも様子がおかしいカグヤの瞳や仕草、衝動的な行動の数々。
少彦の鈴留めを鳴らし、音を聞かせた事で鎮静化したが不明な点ばかりだ。
これまで過ごしてきた中で、そんな姿は見たことがない。何が違うかと言われたら、形見である鈴留めの有無だ。そこに原因があるのか?
「……というか、名前知ってるんだな」
「当たり前だろう、今やお主たちはカラミティにとって最大の障害。多重適合者であるお主のみならず、仲間も警戒対象の内だ。……とはいえ、それ以外にも理由はあるが」
おもむろに取り出した簪を、手拭いに乗せて見えるように置く。
「少彦の鈴留めはこの世に一品しかない特注の代物。他に類似した物は無く、同じ物は作り出せない……その作り手こそ、某なのだ」
「!? アンタが、製作者だと?」
「そうだ。カラミティに籍を置く以前、日輪の国で工芸職人を生業としていた時期にシノノメ家へ贈った。少彦の鈴留めは、職人人生で最後に手を掛けた最高傑作である為、記憶にも焼き付いていたのだ」
ツグミさんの形見。
それを職人時代のナナシが作っていたなんて、意外な繋がりだ。
「少彦の鈴留めには人身の乱れ、内に宿る病の進行を遅らせるべく、呪符を活用した特殊な製法を用いている。軽やかな音色は聞きし者へ癒しの力を与え、健やかに生活を送れるように。そんな願いを込めて作った物だ」
「アンタにとっても忘れられない大切な品って訳か。だからって問答無用で掠め取るのはどうかと思うが……」
「つい、懐古の念に駆られてしまったのだ。再三に渡って言うが謝意の気持ちはある。それこそ、カグヤの秘密を晒すこととなってしまったのだからな」
「秘密……?」
「生まれ持った性、人との相違点、ひた隠しにしてきた種族の特性」
──鬼のアヤカシ族が乗り越えるべき障害、食人衝動だ。
「…………それだと、カグヤがアヤカシ族だと断言しているようなものだが」
「事実だ。彼女には鬼のアヤカシ族としての血が流れている。人とアヤカシ、いわゆる半妖とでもいうべき存在なのだ」
頭が揺れる。理解が追いつかない。心臓の鼓動が乱れる。
デリケートにも程がある秘密を暴露され、しかし心当たりがあり過ぎる光景を想起し、目を覆う。
……にわかには信じがたい。でも、カグヤ自身にも自覚が無い感じだった。オキナさんもずっと隠してきたから、自分の変化に戸惑っていたのか?
「そもそもの話、なんでそんなことが分かる?」
「当然だ。某も彼女と同じ──鬼のアヤカシ族だからだ」
目を覆っていた手を離せば、編み笠を外すナナシが目に入った。隙間の多い編み笠を降ろし、影に隠した顔が日の目に当たる。
無精髭をそのままにした精悍な顔立ちに、優し気な眼差し。
何より特徴的だったのは、額から伸びる二本の角。
片方が半ばから折れて断面を覗かせているが、その部位は間違いなく、ツクモの内面空間で出会った鬼の二人と同じだった。
今まで密かにしてきた要素の暴露回になります。
話の内容的に情景描写へ力を入れたいので、人間ドラマ中心の話が続きます。
次回、不審と疑念の狭間でもがくクロトのお話。




