第二一〇話 面倒事を終えて
順調に終わった懺悔の場を離れて。
一仕事終えた日常のお話。
王家のみの間でしか共有されていなかった計略の数々。
公開喚問の場として最適な、虚偽を許さない裁判場で明かされる情報。
民衆の間で広まる憶測や推測を容赦なくぶった切るやり方に、度肝を抜かれる者が多かった。
現人神の代弁者たるキノスがいることで真実味を増す語りは、例の裁判から根付いた不信を変えていく。
神と王家、切っても切れない関係性を示すのは効果的だったという訳だ。
晴れて日輪の国内に分散した不和の種は取り除かれ、二度と同じ過ちを繰り返すまい、と。
今後、国民を不安にさせないようにより一層努める誓いを立て、公開喚問は閉幕となった。
身を隠して最後まで観察していたが、上手くいったようで何よりだ。
不安視していた編み笠の男、ナナシの襲撃も無し。
まあ、寺社で姿を見せた後も大人しく引き上げて以降、音沙汰が無いのだ。突出した実力に似合わず慎重思考の持ち主なんだろう。あるいは、把握していてなお泳がせているのか。
少なくとも喚問の場に現れ、平定した一連の騒動をぶり返して滅茶苦茶にする。そんな凶悪で悪辣な行動は取らないらしい。
何はともあれ、今回ばかりは事態の収束を喜ぶべきだ。
証拠に、興奮冷めやらぬ様子で帰路に着く民衆の足音。
瓦版や広報などのメディア関係者が王家関係者へ詰め寄る声。
大衆の機嫌取りに神器まで持ち出すなど、と反感を露わにする貴族の憎悪。
私なら愚王よりもっと上手くやれる、なんて。
目が見えない分、細部から押し寄せる聞きたくもない音に成功と自滅の雰囲気を感じてため息を吐く。
言うだけならタダ。だが、実際に当事者となれば何も出来ず、国力にすり潰され、いいように他国から干渉されるだけだろう。
シュカに然り、自分の力量を履き違えた馬鹿ほど妙に自信満々だよな。アナタ方の背後にニコニコ這い寄る影の者がおりますよ。お気づきになっていらっしゃらない?
いずれ王家から釘を刺されるであろう、無名の貴族に手を合わせる。
警護に当たっていたアカツキ荘の皆、四季家の面々と合流。
後者は俺が目を覚まして、今回の提案をしたことは事前に周知されたようだが、言葉を交わすのは初めてだ。
驚愕と安堵、感嘆などの対応を取られ、最終的に“まあクロトだし”と納得。
徐々に反応がアカツキ荘と似てきていた。おかしい、俺は近しい人以外には常識人として認められる優良男子のはず……
しかし言い返す間もなくミカド、キノスが登場。
四季家の面々は姿勢を正し、礼を示そうとするよりも早く。
ミカドは、このまま裁判場に長居しては妙な勘繰りをされてしまう。一仕事を終えた矢先に要らぬやっかみを受けては堪らない。
出来レースじみた公開喚問だったが、後の諸々……面倒極まりない処置はこちらが全て担う。その程度はやってみせる、と
早々にそれぞれの屋敷へ戻り、休むように言ってきた。
シラビから得た情報を共有したかったこともあり、渡りに船と言わんばかりに。
既に馬車を手配していたようなので、ありがたくご厚意に甘えて。
俺達はシノノメ家の屋敷へ帰るのだった。
◆◇◆◇◆
「──とまあ、こんな感じの情報が得られたよ」
「ほーん、過去の武闘会で優勝した経験がある、馬鹿みてぇにつえぇアヤカシ族がナナシかもってことか」
「だけど大神災前後の文献は喪失してるし、死刻病の影響がデカすぎて覚えてるヤツは少ねぇんだよな?」
「以前、匿名希望で武闘会の勝者となったアヤカシ族がいる、とフミヒラさんがおっしゃっていましたが……その方なのでしょうか?」
「うーん、むずかしいねぇ……」
「人伝や口伝から探るのは現実的でないかもしれません。……そうだ、学園長の魔法でどうにか探れません?」
「やりたいのは山々なんだけどねぇ。正体不明のアヤカシ族、ナナシ、黒の魔剣──直接対面した経験があっても、情報量が少なくて曖昧だと候補が絞れない。神秘魔法で特定できるか怪しいわ。念の為に、隠者のアルカナカードは作って渡しておくけど」
「ありがとう、学園長」
アカツキ荘の面子でこれからの行動指針を固める。
ついでにシラビの息子さんの墓参りに行く旨も伝え、何やら“お前って奴は……”的な空気を肌で感じ、頭を撫でられていると。
「……歓談してるところ、申し訳ないのだが……何をやっているんだ?」
「大変な仕事を終えたんですし、皆で一息つこうと思いまして」
背後からオキナさんに声を掛けられた。
疑問は当然。何故なら俺たちは今、シノノメ家の調理場にいるからだ。
遅れて昼食を摂り、さて今後はどうする? という話になった時、すっかり忘れていたツクモのお神酒が脳裏をよぎった。
ユキの体調を整える為に渡された代物だが、一人で消費しきるには量が多い。
しかし折角の頂き物を放置する訳にもいかず、ならば一区切りがついた頃合いで縁起も良かろうと、アカツキ荘の皆で呑むことに。
酒精の無い甘酒で、冷やしても温めても良い。
ならば食後に飲むお茶感覚で温め直そうというカグヤの案で、女中さんへ頼んで調理場にたむろっていたのだ。
ちなみに、目が見えない俺は火元に近づくと危ないので隔離され、セリスを除いた女性陣でお神酒は温められている。非常に助かっております。
「オキナさんもどうです? 一人増えても問題なく飲めますよ」
「……ぐっ、ぬ……現人神様の物を頂ける機会など、金輪際あるかどうかも分からないか。よければ、ご相伴に預からせてもらっても構わないか?」
「もちろんです」
凄まじい葛藤が漏れた声の後、興味が勝ったのか。
オキナさんはたどたどしい足取りで隣に座ってきた。調理場はかなり広めの空間と言えど、土間と上がり場の境にこうして並んでると密集率がすごい。
なお、調理場を貸してくれた女中さんにもどうか、と伝えたが……ありがたいが恐れ多くて無理と拒否。まあ、さもありなん。
少しして沸々と気泡が弾け、調理場内に甘酒の香りに漂ってくる。
ツクモお手製の一品という話だが、匂いがとても上品で期待が膨らむ。
『ツクモの内面空間にて茶菓子は食したが実物ではない。現世で神が手掛けた食物を口にするなど、ありえざる経験だな』
『嗅覚を通して、私たちにも刺激を与えてくる……面白いな』
『小娘の体調改善というより、飲用した者を調整するモノのようだ。貴様の身体に起きている不調も治るやもしれんな』
『クロトさんクロトさん! 味覚は接続しておくので味わってくださいね!』
好き勝手に言いやがるレオ達の声を遠ざけていたら、肩を叩かれた。カグヤだ。
そのまま手を握られ、温かい物……甘酒の入った湯呑みを渡される。
「よし。これで皆に行き渡りましたよ」
「それじゃあ、各々ゆっくりと……いただきます!」
「おいっ、はえぇよ!」
先陣を切って湯呑みを口元に運んで傾ける。
程々の熱、とろりとした舌触り、確かな甘みと鼻に抜ける酒の風味。
今まで飲んできた、どんな甘酒よりも、極上で絶品の美味さ。
「うはーっ!? おいしいわね、これ!」
「不思議な……でも、好きな味です」
「中々甘美な……よく濾されていて粒立ちが小さい分、飲みやすい」
大人組の大げさ、あるいは静かなリアクションとは裏腹に。
学生組はほっこりとした気分のまま、誰が何とも言わず甘酒を楽しむ。
これまでの忙しい時間を忘れてしまうような、昼下がりの穏やかで、ゆったりとした空気が流れていった。
こういうちょっとした小話にいつものやり取りが混ざると安心感があります。
次回、クロト、ユキ、カグヤの三者で交流するお話。
大変お待たせしていたヒロインパートの始まり描写です。