第二〇七話 誠の行動は揺るがない
示すべき権威と誠意で国を安定させる。
その始まりのお話。
晴天の日差しに晒された裁判場。
突如として、ミカド自ら大衆に向けた喚問の報せによって。
白昼堂々、円形の傍聴席にはヒバリヂ中から集まった、溢れんばかりの人で喧騒が生まれている。その列や波は裁判場の外にまで広がっていた。
しかし皆の表情は先刻から続く王家の不祥事に対する不満、不安、そして困惑が浮かんでいる。良い感情などまるで見当たらない。
その理由は被告人が立つべき地点で佇むミカドにあった。黙して語らず、民衆から様々な予測や憶測、嫌味に罵倒が飛ばされても身動きすらしない。
彼の傍には臣下が数人おり、全員が主であるミカドと同じ態度を貫いていた。まるで設置された人形のように不気味な様相である。
「──時間だな」
お触れを出して二時間。正午の鐘の音も過ぎた頃。
民の密集率が頂点に達し、何が起きるのかと待ちわびていた時、誰に聞こえるようでもなくミカドが呟いた。
途端に、裁判場の空気が変わる。
それもそのはず、中央部に位置するミカドの眼前に光の粒子が浮かび、まとまり、形となりて……“始源の円輪”が登場したからだ。
神器による突然の登場によって、民衆のざわつきが強まる。
「急な報せに構わずこの地に集まった皆々様。そして我ら王家の不義を知って尚、面会に応じてくれた神器“始源の円輪”様に感謝を」
民衆、次いで神器。加えて予定を狂わせた上での謝罪。
誰かが口を挟む暇なく、ミカドは頭を下げた。臣下も合わせて四方へゆっくりと……神器のみならず、大衆に向けた真摯な姿勢を見せる。
「先日の裁判から今日に至るまで、皆様が抱いた王家に対する不審の数々を解消するべく、この喚問の場を設けさせていただきました」
何も考え無しに人を集めた訳でなく。
事前にクロト、オキナ、フレンの三人と相談し、取り決めた内容を公に広めるべく、ミカドは虚偽を許さない裁判場に身を置いた。
「甚大なる被害を被ったアカツキ・クロト氏。彼は昨日の明朝に目を覚まし、急ぎにもかかわらず王家との会談に応じてくれました。現場には“始源の円輪”様も立ち会っていただき、そこでアカツキ氏の名誉回復と詳細な現状説明をおこなうべし、と進言を受け賜わりました」
『迂闊に油断、思慮不足といえど此度の騒ぎ、既に余人の手腕では収まり切れんと判断したまでだ』
厳かに、染み渡るような声が響く。
それだけで民衆のざわめきは静まり、傾聴する。
『事前に周知させておこう……既にアカツキ・クロトは王家の意思、判断を許した。そして自身の過失によって日輪の国が崩壊する可能性を恐れている。幾度もの無礼と処遇を経て、なおも国を思う彼に代わって』
そして。
『現人神の代弁者としてのオレと貴様を慕う臣下、背を見て生活している民の前で釈明せよ。いかなる万難、非難、苦言、狂言……全てを拭いきれずとも』
“始源の円輪”はそこで、言葉を止める。
固唾を呑んで状況を見守る民衆を見回すかの如く、緩慢に刀身を回転させてから、再びミカドを正面に置く。
『誠意をもって偽りなく語り、真実をつまびらかにし、その行いによって貴様の罪を禊ぎ、濯ぎ、許そう。自らの非、過ちを認め、新たな統治の誓いとせよ』
「はい。寛大な処置と機会を頂き、ありがとうございます」
裁判場にいる皆が証明者であり、目撃者。
虚偽を戒める呪符が反応しなければ、真実を口にしている証拠。
現人神の信仰ありきと見られようが、神前での行為という認識が事の深刻さを知らしめ、ミカドの覚悟を推し測らせる。
こうして、日輪の国の崩壊を阻止するミカドとキノスの策が始まった。
◆◇◆◇◆
「ケジメをつける……か。そうだな、国を統べる者として民衆に納得してもらうため、慙愧に堪えん姿勢を見せねばなるまい」
「察しが良くて助かる。“始源の円輪”であれば人々の関心をかっさらい、誠意を見せるに十分な相手だ」
『現人神の威光を利用するようで気分は悪いが、背に腹は変えられないだろう。民の納得は、全てにおいて優先される』
「統治する側として必要な信頼を勝ち取る。喪失を埋めるには必要な工程だ」
「し、しかし、そこまでしなくとも王の言葉であれば……!」
「それで理解を得られていないのが現状だ。現人神様への宣誓に加え、事の発端となった裁判場にて証言して、ようやく信用を手に出来る」
「オキナさんの言う通り。いかなる手を尽くしても反感しか買えていない今を変えるなら、それ以上の衝撃で印象を塗り替えるしかない」
「悔しいけど、内野のミカドと外野の私から声明を出しても火消しが済んでないからね。恥も後悔も飲み干して、大衆へ示すしか道はない」
「そ、それは……」
『民に頭を下げるのは嫌か? ミカドの独断で事を起こしたといえど、その臣下たる貴様らが無関係を装うのは土台無理な話だぞ。この案に乗らず、一時の羞恥すら耐え切れず、国を潰したいか?』
「……ッ!」
「貴方に指摘された通りです。ですが、彼らは私の判断に付き合わせた為にこのような事態に陥った……説得は私にお任せください。必ずや、あなた方のご期待に応えると約束します」
『……ふんっ。そこまで言うなら、見せてみろ。このオレが手伝ってやるのだ、生半可な結果は許さんぞ』
「もちろんです。ご協力、感謝いたします」
「言いたいことはそれだけ……そういえば、王家への反逆がどうのこうのって騒いでる連中がいるとか。俺を祭り上げようとしてる奴とかいるんですか?」
「ああ。王家に反感を持つ名家な為、ミカドも十二分に把握しているだろうが……君が好かない人種だと言っておこう」
『現人神の代弁者による庇護を受けた者、という認識を持っているのだろうな。だが、神輿になどさせん。灸を据えるつもりで明言しておくとしよう』
「懸念はしかと理解した。そういった者達への牽制と君への接触を防ぐべく、尽力させていただこう」
「助かりますよ。では、そのように話を進めてください」
「今更だけど、一国の王に強く出れる一般人って何なのかしらね……?」
ちょっと端折り気味ですが、こんな感じで騒動を鎮圧させます。
次回、大きく動く国勢の裏で起きた邂逅。