第二〇四話 事態の把握と新たな展望
前回のあらすじを踏まえたクロト達のお話。
「“始源ノ円輪”が様子を見に行った時に、現人神の精神空間に魂を連れていかれて……」
「そこで今回の騒動に関する謝罪と、大霊桜の元に現れた編み笠の男、所持していた武器についての情報を聞いて……」
「現実世界の身体が最低限治癒されるまで休んでから帰ってきて……」
「リハビリとして動きを確認する目的で道場にいた、と」
「はい」
シノノメ家の大広間。
客人を迎える応接間、大勢の者で食事する場としても機能する空間で。
勝手に布団から抜け出して身体を慣らしていた為、捜索に出ていた家中の門下生や女中さん、アカツキ荘の皆とオキナさんに囲まれて。
その中心に置かれた俺は正座したまま、行動の理由を説明していた。
一応、魔剣やホシハミ、世界・星の誕生については語っていない。
前者は出来ればアカツキ荘の者だけに共有しておきたいし、後者は言わずもがな。関係しているとはいえ、この場で話しても情報過多になるだけだ。イレーネについても同様に。
重要なのは死に体だったくせに、どうして万全に動けるようになったか。眠っていた間に何かしたのか、という部分。
現人神ツクモに関しては王家にのみ秘匿された情報だが、そこはキノスの存在を交えて言い訳を考えた。
彼が繋がりとなって、本来ならば王族しか謁見が許されていないツクモの元へ招待された、と。
日輪の国の王ミカドのやらかし。俗世から離れていたツクモすら頭を悩ませていたので、意識が深く落ちている状況を利用して謝罪の場を設けたのだ、と。
建国の礎、伝承の存在と相対する。ざわついた声が所々から響く。
信じられないのが当然の反応だが、無機物で神器なキノスすら話している現状とツクモより贈られたお神酒、物証が真実を物語っていた。恐れ多くも信用に値する訳だ。
それらの要素によって、俺は見事に神域へ招かれた一般人という立ち位置になった。……ある種、王族より厄介な立場になってない? これ。
「はあ……なんとも、まあ……君が言うなら、その通りなんだろうが」
「大丈夫ですかオキナさん? 顔は見えませんけど、だいぶ困惑してません?」
「常識で考えれらない超常の話題ばかり耳にしていれば、こうもなる。むしろ、アカツキ荘の皆が比較的受け入れているのが不思議でならない。慣れもあるのだろうが……」
「こんなので一々反応してたら付き合ってらんねぇっすよ」
「クロトならやりかねないしなぁ……」
忌憚のない意見過ぎるぞ姉弟。
声のする方へ顔を向けて抗議していると、キノスが顕現する。
『クロトの発言は共に行動したオレが保証する。実際に、かつての相棒を見てきたのだからな』
「……なるほど。時間は掛かりますが、なんとか呑み込みましょう」
「すごいわね。交流して間もないクロトくんのトンチキを間近で見て、理解しようとするなんて」
「失礼過ぎません?」
学園長の感心し、シルフィ先生の咎める声が聞こえる。
学園長はともかく、先生は俺を治療してくれてた影響で憔悴していたようだが、元気が戻ったようで何より。
「というよりもクロトさん、本当なんですか? 視力が元に戻るって……」
疲労具合で言えばカグヤにも同じことが言える。あの場で出来る限りフォローはしたけど、かなり苦しそうにしていたからな。
しかし俺が目を覚まして誰よりも喜んでいたのは彼女だった。嬉しいねぇ。
「大丈夫、現人神様のお墨付きだよ。なんでも本来はありえないけど、後天的に魔眼を宿した影響で視えるようになるらしい」
「魔眼、ですか。……私の眼と似たような物でしょうか?」
「人、物、形なき概念を捉えられるとか? まあ、そんな感じらしいです」
“万縁の魔眼”も詳細を伝えるのは後でいいだろう。
今は視力が戻ることを伝えて安心させるべきだ。俺自身、なんともないように振る舞ってはいたけど一番ほっとしてるし。
「んで? 今は健常な魂の姿に適応するまで、まだ目が見えないんだな?」
「うん、真っ白で何も分からん。一応、皆が音を出してくれてるおかげで位置は分かるし、問題無く行動できるよ」
「相変わらず器用なヤツだなぁ、お前さん」
「すごいね、にぃに!」
「…………やはりタダ者ではないな、君は」
アカツキ荘の面々に反して、疲れ切ったオキナさんがため息をこぼしている。かわいそ……
「とりあえず、君を診てくれた医者に使いを出した。当人が問題ないと言っても、専門家の診断を受けておいた方がいい。瀕死だったのは間違いないのだからな」
「お手数おかけします……」
「構わんさ。先の裁判で君に強いた負担を考えれば、な」
「そうだ、裁判と言えば……今、国内はどうなってるんですか?」
謂れの無い罪、コクウ家の悪事、当主シュカの捕縛、ミカドの失策。
様々な事態を経て忘れそうになるが、あれだけ大きな騒動を起こして以降、ツクモの精神空間に招待されてから何も知らないのだ。
だから、どうなっているか知りたかったんだが……急に、周りが静まった。
肌を撫でる、気まずそうな空気に居た堪れない思いが湧く。
「えっと、黙られると怖いんだけど、マズい状況なんですか?」
「そうね、簡潔に言うと──領地が分裂しかけて王族に対し反乱軍みたいなのが展開されてるわ」
「クーデター寸前!?」
『ミカドは一体なにをしているんだ……?』
「普段が有能なばかりに、此度のミカドの行動に反感を持つ者が多くてな。火消しに奔走しても消し切れんのだ」
「外国の、しかも学生身分の君を貶めた訳だからねぇ。……何もしてないような口振りに聞こえちゃうかもだけど、私だってニルヴァーナ側としての声明を出させてもらったのよ?」
「マジか。気合い入れて身体を張り過ぎたな」
「それはほんとにそう」
心底、同意するように。
セリスの発言に皆が頷いた空気を感じた。
「うーん、こうなってしまった手前、引き金を引いた罪悪感が無くもないし……どうやって収拾つけるか考えるか」
「そこまでしなくともよいのだぞ? 非があるのはミカドなのだから」
『しかし、このまま放置しては国内情勢が崩れ、外交にも影響が出る』
「それに、なんだかんだ言って俺は日輪の国が好きなんですよ。風情はあるし、ご飯はウマいし、独特の文化は楽しい。それが自滅するってのはもったいない」
しかも、これから編み笠の男を捜索し、黒の魔剣を奪取しなくてはならない。
国内での行動が制限される事態になれば、双方ともに動き回るのは厳しい。
無駄に血を流さないように、争いが生まれないように。手を尽くして現状を回復しなくてはならない。
「となれば……“始源ノ円輪”としての出番かな」
『誠に遺憾ながら、そうする他あるまい』
「何をする気? 病み上がりなんだから、あまり無茶はしないでよ」
「ひとまずミカドと話したいですね。裁判以降、接触しないようにしてくれたみたいですけど。こうして目が覚めた訳ですし、向こうも気になってるだろうし」
「見舞いと謝罪を両立させて、シノノメ家に呼び出したらいいんじゃね?」
「ナイスアイデアだ、エリック。学園長が言った通り、俺は病み上がりだ。登城させるなんて非常識なマネはできない。外部に情報が漏れないシノノメ家なら、秘密の会談に持ってこいだ」
「ふむ、確かに。ありと言えばありだな」
オキナさんは得心がいったように声を上げる。
「早ければ早いほど、対処もしやすいはず。連絡を出したら今日の午後にでも来てくれたりしませんかね?」
「私の方から厳重に言っておこう。邪推するような臣下はいらんと伝え、時間厳守で来るようにな」
「密談を進めやすいように配慮してくれてありがとうございます。後は、口裏を合わせられるように、何をやるか共有しておきましょうか」
「やっぱこういう悪巧みはクロトの独壇場だな」
セリス、そんなことで納得されても困るんだが?
なんともいいがたい絶妙な空気を切り替えるように、当主様がお呼びした医者が参られた、という女中さんの声。
そして朝早くから説教していた為、朝食を用意するべく動き出す。まだまだざわついてはいるが、日常に戻ってきた実感を抱く。
さて……一国の王相手に、どれだけ腹芸が出来るかな?
相変わらず目は見えないので、逆に描写が楽で助かります。
次回、オキナの呼び出しを受けたミカドと対峙するクロトのお話。