幕間 秘匿された真実
クロトが抱えた謎の一端。
それを匂わせる幕間です。
「はあ……随分と、長話になってしもうたの」
クロト達が現世に戻り、座っていた座布団を回収して。
ツクモは自身の精神空間、現世との行き来を可能とする最初の社殿──クロトの絶技によって無残な状態になった地点を眺める。
「にしても複数の魔剣を従え、内包しておきながら精神崩壊を起こさず、共存している。若い身空で魂は神格に等しいほど練り上げられ、理外の業に到達。後天的に魔眼を宿す……」
星の誕生からホシハミ、魔剣に関して話し合い、交流した少年。
確かに傍目から見れば異様に落ち着きのある態度をしていた。それでも、各所に見られる反応は年相応で直情的に感情豊か。
乖離した二面性。異常なまでの割り切りの良さ。揺らがぬ信念。
あまりにも、あまりにも……
「なんとも、まあ、都合の良い存在じゃなぁ」
まるで、そうある事を望まれたかのような人間。
運よく自身の行動が良い結果をもたらすため、善性として見られ、悪性に染まっていないだけの男。
それでいて報復の反骨心が基幹にある、生粋の復讐者。
「苛烈な激情を持ち、されど平穏を望み、因果を断ち切らんとする者。故に縁を視る魔眼に……世間や世論に何と言われようと、あやつは止まらんじゃろうな」
抱えた座布団と座卓を社殿の奥に持っていきながら、思考は止めない。
心眼によって全てを覗き見た訳ではないが、地球から異世界に至るまで経験してきた鮮烈で過酷な事態の数々。
それらが走馬灯のように流れ込んできた時は思わず言葉を失った。
「あれだけ過酷な事件に巻き込まれ続け、命からがらに生き延びてきた事実。あの二人の息子だから、という理由だけでは納得できん。世界の因子が地球に悪影響を与えるのは確かだが、大気の調整が乱れ、天候が荒れる程度のはず……」
ツクモは、イレーネが心配症の性格であることを知っている。
親友たちの息子だからと安全に配慮してこちらの世界に連れてきたのなら、まだ分かる。しかし、クロトに纏わりつく事態の数は異常だ。
明らかに、外部から作為的に手を加えられている。
それも上位存在──神に近しい者からだ。一体、どこの世界の神だ?
「思えば最近、平行世界間における時間の流れが同一化したのも妙な話。各世界は独自の調整を行い、合わせた時の流れによって進んでいく……」
根に近い世界ほど、時の流れは緩慢に。
葉に近い世界ほど、時の流れは迅速に。
ホシハミの脅威を遠ざける為の防波堤という名目もあり、世界を担当するどの神も規則に則って管理している。
現にクロトの両親が別世界を救ってから、ホシハミの封印に協力するまで数千年の時を経ていた。現代に至るまでも二千年弱。それだけ時の流れには差が生まれていた。
しかし、その規則が破られたのだ。平行世界線上の全てで引き起こされた、謎の天変地異……大神災によって。
「アレは十年前に発生し、その原因は今もイレーネが調査中で不明な点が多い。神々の会合では暴走した神が多数の世界へちょっかいをかけたせい、などと言われておったそうじゃが……あながち間違いではないのかもしれんのぅ」
ツクモは自身の考察に小さな確信を得た。
残りの物を片付けようと社殿の広間に戻った時、翼のはためく音が響く。
それは昔、神が相互で情報伝達をおこなう際、よく使用されていたモノ。神域間を移動可能な紙で出来た伝書鳩であった。
今は廃れ、使う神などほとんどいないというのに。
珍しいこともあるな、と。伸ばした自身の手に乗り、発光を伴い、伝書鳩は巻かれた書物へと変貌。
差出人を確認する前に、垣間見た文字の筆跡で察する。イレーネだ。
かなり焦っていたのか。ブレにブレた文字列に眉を潜め、ツクモは書物を開く。
しばし無言の時間が流れ、次第に肩を震わせ……最後には書物をあらん限りの力を以て握り潰した。
「ふざけるなよ! ならばあやつは、それだけの為に、あんな……!」
ツクモは世俗を乱してはならぬと現世から隠匿した。されど、そうでない神も当然存在している。
この世界の主神たるイレーネにすら気づかれない程に。
内密に、静粛に、手繰るように、自身の望みだけを叶えんとする邪悪が。
「一刻も早く、伝えなくては……ダメだ。ただでさえ魔剣で手一杯のクロトに、これ以上の負担を強いれば思うつぼじゃ。くそっ、どうすれば……!」
零落の神という、執念の塊がもたらすエゴイズム。
イレーネすら打ち負けた巨悪を記した書類を、ツクモは力無く落とした。
そう遠くない未来で対峙する全ての元凶について共有されました。
次回から日輪の国、後編になります。真面目な話ばかりしてたので序盤はコメディ色強めのつもりでいきます。
次回、軽くこれまでの経緯を振り返り、情報共有をするお話。