第二〇二話 そして現世へ《前編》
世界の真理を得たクロト達が現実世界へ。
そして謝罪の一品を貰うお話。
現人神の招待を受けて、精神空間に移動。
従者の鬼兄弟から喧嘩を売られたので買って。
四天練陣を会得し、領識、万縁の魔眼を宿すなど。
黒の魔剣たる“淵源の戒刀”にまつわる過去を見聞きして。
そも魔剣とは一体なんぞや? 作られた経緯は? 星や世界、神とは?
現代まで世界の断層に封印されているホシハミという外宇宙の脅威を知る。
何度も緑茶を飲み、茶菓子を楽しみ、風情に思いを馳せて。
この世の真理に片足どころか半身浴してる話を、神本人から聞くという貴重な経験を得て、それなりの時間が経った。
「はてさて、色々と想定外が重なったとはいえ心強い仲間も出来たし、懸念してた問題も解決した。身体も大体治ってるだろうし、そろそろ現世に戻ろうか」
『しばらく話し込んでいたが、どれだけの時間が経過した?』
「お主らは気づいてないだろうが、神域に来てから丸二日が経とうとしておる」
『うぇ!? そんなに熱中してましたか!?』
『“淵源の戒刀”改め、黒の魔剣に対する策や案を考えていたからな。異能を制御下に置いていると目論んだ上でも、適合者が武芸者の極致ともあれば出方を変えねばな』
『考え過ぎて悪い結果とはならんだろう』
ホシハミや全貌の見えない脅威はさておいて。
目下やるべき事は変わらず、カラミティより早く魔剣を収集するのが最優先。
その為にも目先の標的として黒の魔剣の詳細を再確認し、異能や適合者の対処へ全霊を注ぎたい。
「全部集めないようにするなら、手っ取り早くぶっ壊したいんだけどなぁ」
『以前に試した時は思いっ切り弾かれましたよね』
『短剣のゴートですら質量に負けず我を防いだからな。刃毀れも無し……異能も間接的ならともかく、直接の干渉はできん』
「おっそろしいこと実践するの、お主ら。何が起きるか分からんというのに」
『実験せずに発展はない。私の身でそれが知れたのなら構わん。壊せずとも、他の手段を講じるだけだからな』
『しかして自分の身を差し出すマネなど易々と出来んぞ』
愚痴っぽい言い合いになってしまったが、まずは黒の魔剣についてだ。
あと、俺が倒れてから世情がどんな状態になっているか把握しないと。
コクウ家はどうなった? 王家に対する世間の評判は? 裁判やら諸々の情報を知った学園長がブチ切れてないか?
有り体に言って阿鼻叫喚な状況に変わりないからな。懸念要素は挙げれば挙げるほどキリがない。
足枷になりそうな問題はさっさと解決し、魔剣の捜索に専念する。
「まっ、とりあえず現世に帰るよ。貴重な話とお茶菓子を貰えて、風景も突飛だが楽しめた。社殿の一部を破損させたのは、悪かった……と、思うけど」
「気分転換になったのなら嬉しい限りじゃ。それと、ウチの馬鹿従者のやらかしに関しては全面的に非がこちらにある、気負う必要は無い。……むしろ、謝罪の気持ちが足りんのではないかと」
「そこで礼に謝罪にと重ねた所で水掛け論みたいになるだろ。スパッと切り上げて“そういうこともあったね”で流そうよ」
『水だけにか?』
「レオ、お静かに」
申し訳なさそうに、狐耳とふわっとした尻尾を垂らすツクモに進言する。
普通はこういう役目、あの鬼兄弟がやるべきだろうて。なんで俺が知り合って間もない現人神のメンタルカウンセリングしなくちゃいけないの。
「むぅ……お主が言うなら……あいや、しばし待て」
座布団から立ち上がり、ツクモの精神空間から脱出しようと。
意識を集中させていた所に、何か思いついたかのように手で制される。不審に思いつつも、ツクモは同じように立ち上がって社殿の奥へ去っていった。
最後の最後でなんだ? と。レオ達と顔を見合わせて、大人しく待つ。
数分後、垂れていた耳や尻尾は元気を取り戻し、意気揚々と片手に容器を持ったツクモが戻ってきた。
「ふぃー、食糧庫の奥から引っ張ってきたぞ。お主にこれをやろう」
そう言って差し出され、思わず受け取った容器は瓢箪のようだ。
赤と白の注連縄がくびれに巻かれ、胴体部分には大きく“酒”と日本語で書かれている。
「どこからツッコめばいいのか分からないんだけど、ナニコレ?」
「儂が日頃から丹精込めて密ぞ……醸造された物に祈りを込めたお神酒じゃ」
『ツクモよ。コイツは冷静かつ老成していて錯覚してもおかしくないが、まだ未成年だ。酒は飲めないぞ』
「しばくぞ馬鹿ども」
何やら聞き逃せない単語を言いかけたツクモ。
忌憚のない意見を口にするキノスにツッコむ。
「なぁに中身は甘酒じゃよ、酒精は無い。もちろん栄養たっぷりじゃし、温め直してもよかろう。しかし、飲むべきはお主でなく仲間の方……ユキという女子にじゃ」
「今さら仲間のことを把握されてるのはいいとして、ユキに? なんで?」
「あやつはフェンリルという、この世界において最上位に位置する魔物と魂が混在している。驚くべきことにフェンリルの細胞と適応した結果ではあるが、今後ホシハミ関連の事情と向き合う時にどういう反応が出てくるか分からん。加えて、年の割に生育が不足しておろう?」
「まあ、本来の年齢は俺の一個下みたいだし。あの体格だから孤児院の子達と一緒に出来て良かったとは思うけど……成長不全はどうにかしたいよ」
実際、前にアカツキ荘の女性陣から衣類の相談を受けた時、なんだか羨ましそうにしていたのを覚えている。
出来るだけ要望には応えるようにしていたが、薄々と自身の身体に生じた異変を感じ取っているのかもしれない。
「年頃の女子らしい服を着れる体格に成長したいなど、いじらしいではないか。そういった乙女心の解消、もとい魂の調和を取る為のお神酒じゃよ」
『たかが酒にそんな効果があるのか?』
「普通の酒ではありえん。じゃが、曲がりなりにも神としての儂が祈りを込めた逸品。イレーネの物に例えるなら聖別された食物じゃ。身体と魂のズレを治す程度、造作もない」
『さらっとすごいこと言ってません?』
「問題視してた部分があっさり解決するのも複雑だな。最悪、万縁の魔眼と異能でどうにかしようとも考えてたが、治せる手段があるならあやかろうか。ありがとう」
中で揺れる液体の感触を確かめながら、ツクモに頭を下げる。
「いらん、いらん。これ以上は水掛け論、であろう?」
「……そうだな。これでお相子だ」
してやったり、と言わんばかりの笑みを浮かべたツクモに頷いた。
そんなやり取りを交わしている内に視界の縁が黒ずんでいく。現実世界へ戻る兆候だ。
「それじゃあ、次に会う時は吉報を持ってこれるようにするよ」
「うむ。ならば報告する時はコフクノ大社へ来てくれ。お主の来訪を察知して儂の方から出向くとしよう」
『再び社殿を壊されては堪ったものではないからか?』
「ああ、そうじゃ。修繕せんといかんかったんじゃ……」
「鬼兄弟に全部任せたら……?」
「あやつら、揃いも揃って美的感覚も最悪なんじゃ。任せておけん」
『出会ってからあの二人の良い所、なにも見てませんね』
無慈悲でストレートなリブラスの物言いに若干同意しながら。
俺の視界は黒に染まり、身体が浮遊感に包まれた。
本筋の裏側でしれっと問題になってたユキの事にも触れていきます。
あと一、二話くらいで日輪の国、中編終了となりますね。ようやくカグヤとユキのヒロインイベントを進められます。遅くね? まあいいや。
次回、現実世界へ戻った描写と勝手なことしてシバかれるクロトのお話。