第二〇〇話 淵源の戒刀《後編》
不明な点が多くとも進み続ける意志を捨てない。
それに看過されたツクモのお話。
『クロトの魔眼であれば、再び繋ぐことが出来る。しかし黒の魔剣は不可逆』
『キノスが覚えていないというのも、初代国王が黒の魔剣に接近したことで異能の影響を受けたから……と考えるのが自然か』
『オレに近しい気配を漂わせる物品が手の内にある。相手側から見れば、王家に取り入る手段の一つとして利用する腹積もりだったかもしれないな』
『ツクモさんが現地に居なかった……というのもありますが、適合者なら効かないか、効きにくいはず。水鏡の特性を聞くに、巡礼では誰かに運ばせていた……当時その場に居た誰かと、水鏡によって貴女は黒の魔剣に関わる詳細を知っていた?』
「そこの紫のが言う通りじゃ」
リブラスの推測に頷いて、ツクモは口を開く。
始源ノ円輪に関わりを持つ刀剣かもしれない、と。イナサギを治める部族長に連れられ、初代国王と重鎮たちは集落の最奥に保管された淵源の戒刀と対面。
戒刀は確かに、ツクモより贈られた神器と同等の空気を放っていた。部族たちが皆、手を組み、頭を垂れ、崇めるようにしていたのも納得するほどに。
郷に入っては郷に従え。初代国王たちも彼らに倣い、礼節を怠らんと近寄った。……近づいてしまったのだ。
「魔剣同士は相対した瞬間、お互いに牽制し合う。たとえ所持者に戦う意思が無かろうと、定めの如く……キノスと黒の魔剣も例外ではなかった」
黒の魔剣はキノスを持つ初代国王に反応。
自衛か、はたまた利敵かは定かでないにしろ不気味に脈動し、発動し続けていた異能の効力を強める。結果、周囲に侍っていた部族の者たちに変化が生じた。
耳障りな水気混じりの音。次いで、鉄錆のような臭いと赤が噴き出す。
男も女も、老いも若いも関係ない。剥がれ、剥がれ、剥がれ……前触れもなく、兆しもない。悲鳴と慈悲を求める声、こんなはずではなかったという後悔の言葉を響かせながら。
適合者という安全弁を持たない暴力装置は、瞬く間に屍山血河の情景を作り出す。
初代国王は即座に黒の魔剣に対し、キノスを用いて反撃。
調律の異能による中和と拮抗し、潰し合う剥離の異能は余波を撒き散らした。逃げ惑う人々、崩れゆく建物、鳴動する大地。
戦闘の最中に肉体と精神を蝕む剥離の異能によって、自身の身体と記憶が曖昧に。これ以上は看過できない、と初代国王は短期決着を目論んだ。
自律的に、機械的な動作で切り結ぶ黒の魔剣との激闘は、イナサギを流れる大河へ叩き落とした事で決着となった。
「時間で言えば、半日や一日と掛かった訳ではない。しかし、魔剣同士の戦いというものは往々にして被害が尋常ではない。周辺への被害は、目も当てられないほどの惨状じゃったそうだ……」
「自重しなければ容易く国が滅ぶレベル、だったっけ?」
『うむ。故に汝は被害を食い止める名目で我らを主体として交戦する手は取らず、己が自身の力で魔剣と相対している訳だ』
『だが、黒の魔剣はもはやそういう次元の存在ではなさそうだ……』
『ですね。あまりにも危険すぎますよ』
『こうして話を聞いても、一切思い出せない。ツクモが語る通り、オレの記憶は剥離しているのか……』
しかし。
『ならば編み笠の男は、完全に黒の魔剣を制御下に置いているのか? あの場で相対したオレ達は皆、何かを欠落したという認識が無い。そも、そういう考えすら失くしてしまった可能性はあるが……』
「いや、近距離で異能が発動してたなら俺でも感じ取れる。それにレオ達が言及しなかったから、剥離の異能は発揮されてなかったんじゃないか?」
『ああ、常に周辺の索敵は実行している。間違いなく異能の影響は無かった』
『逆説的に言えば編み笠の男は黒の魔剣の完全適合者、という証明になる』
『ううん……凄まじい剣術の使い手でありながら完全適合者とか、やりにくい相手ですねぇ』
リブラスが悩ましげに言っているが、こちらは魔剣四本持ちである。脅威度で言えば遥か高みの危険人物だぞ。
「ツクモ、黒の魔剣を退けた後はどうなったんだ?」
「ん、ああ。自らが信仰していた刀剣は神器にあらず……されど命を脅かし、無為に奪う妖刀は王の手により処断された。そういう体にして、被害のあった部族の治療と建物の修復、亡くなった者の供養を実施。不幸中の幸いにも、寛大なる処置を施したという形に落ち着かせたのじゃ」
『手をこまねくよりは、さっさと対処に当たった方が良いと判断した訳だ』
『なるほど、上手いことまとめたものだ。…………気づいてしまったのだが、よもやアラナギといった妖刀の起源は』
「十中八九、淵源の戒刀じゃろうな。剥離によって記憶を失わずに済み、魅入られた刀工が再現せんと連綿に、綿密に紡いできた狂気の技術じゃ」
「疑似的に魔剣を錬成する技と考えたら、恐ろしいにも程があるな……」
魔剣を呑み込んだ魔物の素材で打たれたシラサイと違い、アラナギなどの妖刀は必須要素の無いまっさらな素材で生み出されていた。へし折った刀身を鑑定スキルで確認したから間違いない。
それでいて簡易召喚・影の操作・再生阻害の能力を備えていた。製造方法に興味なんて欠片も無いが、まさに狂っていなければ到達しえない領域だ。
「そして、イナサギを不意に襲った未曽有の脅威から救われた恩を返すべく、命からがら生き残った部族長は巡礼に参加。部族たちに惜しまれながらもヒバリヂへと帰還した……が、剥離の異能によってほとんどの者は一件の記憶を欠落。初代国王は彼らほど酷くは無かったが、違和感を是正する暇は無かった。故にイナサギで起きた凄惨な事件は天災による現象が原因という扱いにし、胸の内に秘めておく事とした。──これが儂の知り得る、黒の魔剣にまつわる過去じゃ」
「……」
話し疲れた口を湿らすように、ツクモは湯呑みを口元に近づけた。
正直なところ、予想よりもずっと危険な魔剣で驚いている。
なんだかんだ、これまでは魔剣の精神空間に侵入して対話を交わし、協力を要請していた。この流れで次も、と考えていたが……黒の魔剣を相手にやるのは厳しいように感じる。
「でも、カラミティに渡すよりはマシだ。死ぬ気で奪取するしかない」
『剥離の異能を駆使して日輪の国を混乱に陥れる可能性も考えられるからな』
『前に懸念していたクロトさんを炙り出す為に、というのもありえますからね』
『国王どもが余計な手間を挟んだせいで貴様の名は知れ渡っている。強硬手段に出てくる恐れはあるだろう』
「何とはなしに予感していたが、この話を聞いてそう思えるのか」
『真に恐ろしきは魔剣そのものでなく、所有者でしかない。今日に至るまで痛いほど身に染みて実感してきたのだ。やらねば無意味に命が散る……止めねばなるまいよ』
それはそれとして、と対策を口頭で考えていたらツクモが目を見開いた。
わずかに肩が震え、膝に乗せている手は拳を作っている。耳が垂れ、尻尾も心なしか元気が無いように見える彼女に対し、ゴートは言葉を紡ぐ。
適合者との戦闘経験こそ片手で数える程度だが、納涼祭の時点であれだけ痛い目に遭ったんだ。今度は、こちらから積極的に動く。
「まだまだ知らない事だらけで先も見えない。けど、足を止める理由にはならない。関わってしまった以上、出来る限りの手は打っておきたい」
『うむ、然り然り。……そうだ、今更だが我ら魔剣に関して何か情報を持っていないか? 既に知っての通り、まるで過去の記憶が頼りにならんのでな』
『カラミティの首魁であるジンは何やら訳知りな様子であったようだが、私たちは手探りの状態……出遅れているにも程がある』
『ううっ、自分がもっと過去の記憶を覚えていたら良かったんですが……』
『致し方あるまい。オレとて剥離の異能によって正確な記憶を失っているのだ。一体、どんな起こりによって魔剣という存在が生まれたのか……』
「──そこを説明するには、まずこの星が誕生した理由から話さねばなるまい」
「うん…………ん? その言い方だと、全部知ってそうな雰囲気を感じる……」
しかも星の誕生から? すごい遡ってない?
「黒の魔剣を語る際に、同時に話すべきかと迷ったが……其方らの覚悟を知った、意志を見た、未踏の道をゆく強さを示した」
疑問を抱くよりも早く。
ツクモはこれまでよりも威厳のある声音で口を開き、いくつもの水鏡を空中に展開する。
周囲を漂う空気が切り替わり、背筋が自然と伸びた。いつもの愚痴混じりな現状把握から、思いもよらぬ情報源が出てくるとは。
まさしく超常存在にして、れっきとした神の末席に属するツクモは手を叩き、水鏡に映像を映した。
「故に、この現人神ツクモ。神格の一端として知り得る秘匿を、起源を、全ての始まりを汝らに明かそう。少々、長くなるぞ」
二〇〇話にしてようやく世界の根幹に触れる作品があるらしい。
ちなみに色々な要素が絡む為、とんでもなく長いです。震えて眠れ。
次回、異世界の始まりと神、過去に栄えた超文明のお話。