第一九九話 領識、万縁の瞳《後編》
後々重要になってくる要素の登場と魔剣を示唆するお話。
「いきなり何を言いだすかと思えば、荒唐無稽すぎないか? それに言葉自体は知ってるけど、こちらではあまり聞いた覚えが無い。“特殊な能力を保有する眼球”……で、意味合いは合ってるのか?」
「その認識で構わない。そも何億分の確立を潜り抜けて生まれた生物に宿るモノ、詳細を知らずとも無理はない。神の目線から見ても珍しいからな」
「……独自の手段で色んな魔法的機能を両目に落とし込んだ人を知ってるけど、それとも違うのか?」
『そうか、ミィナ教諭の両目も一応、魔眼であったな』
ゴートの言う通りだ。シルフィ先生は本来世界の基準となっていた技術であり、機構とも言うべき魔術を封印し、それを自身に閉じ込めている。
類稀なる頭脳と魔力量によって実行可能とし、実際にやってみせたそれは今の彼女を形成する重要なモノ。そうして代わりに生まれたのが八つの属性に枝分かれし、特化した魔法なのだ。
「少々妙な雰囲気を感じてはいたが、なるほどアレがそうか。世界の理を切り離し、その根幹から全てを内包させるなど凡人には出来んマネだ。つまりはアレも後天的な魔眼に他ならんが……いわば天然物でなく造り物、模造品だ。格としては常識の範疇に収まっている」
「普段からめちゃんこ助けられてるんですけど、アレで常識的なの?」
「そもそもこの世に生れ落ちた時点で宿るのが魔眼じゃ。偶発的に発生する、先天性の代物。それ以外に存在はせず、故に人造という形に納めた女子の魔眼は従来よりも機能が制限されているはずだ。だというのに……」
ツクモは感嘆や呆れの含んだ複雑な視線を向け、ため息を吐く。なんだなんだ、言いたいことがあるなら言いたまえよ。
負けじと半目で睨み返していると、隣から唸り声が響く。レオだ。
『うぅむ……クロトは後天的に魔眼を宿すという、本来ならありえるはずの無い現象を起こした。ともなれば、その魔眼は既知の物より規格外なのか?』
『思い返せば集中すると周りの景色が遅く見えるとか、透明になって輪郭だけを補足するとか、力の流れを目視するとか……』
『平時から摩訶不思議だとは思っていたが、魔眼となれば納得だ』
『ここに来て貴様の異常性に対する裏付けが取れたな』
「いや、儂の見立てでは近しくともまるで別物のはず。其方らが述べた内容は紛れもなくクロト本人の積み重ねがもたらした技術だ」
『か、関係無いのか……?』
得意げに宣ったキノスが出鼻をくじかれ、慄く。
まあ、そうでもなければキオやヨムル達に伝授できないからね。そこは魔眼の影響が無い部分なのだろう。
「それはそれで驚異的な、ともすれば狂気とも呼べる代物じゃが、どうだ? 魔眼として何か自覚している部分は無いか? 個人の素質に起因して、一つとして同じ能力は無く、千差万別に変わるはずなのだが」
「いやぁ……特に何も。心眼とやらで見抜いてるなら分かるんじゃないの?」
「言い忘れていたが魔眼同士や心眼は互いに干渉を弾く。儂は見抜けなかったが故に、お主が魔眼を宿すに至ったのだと勘づいたのじゃ」
「だから後天的がどうのって言ってたのか。じゃあマジで魔眼が、でも……」
いつ、どんな時に、どこから?
無意識に使っていたとしても、どのタイミングで?
何もかも不明な現状、過去の記憶を遡ってそれらしい事象を思い出すしかない。魔眼っていうくらいだし、視界内に生じた異常だとは思うが。
「うっ、んん……」
そんな時だ。
ツクモとの話し合いが始まってから数十分、ずっと気を失っていたギュウキが呻く。瞼をわずかに開き、胡乱な表情で周囲を確認しようとした。
あれだけ痛めつけたのに……全くもって頑強な肉体だ、鬼とは皆こうなのか?
思わず注視した。またもや自分本位な難癖をつけて逆上されたら、堪ったものでは無い。
集中して、視た。ギュウキを挟んで座るツクモ、ゴズも彼に気づき、簀巻きの状態でも暴れ出さないように先手を打とうとしている。
「……ん?」
そんな視界の中に、光の線が見えた。
ギュウキを中心にして囲う、淡く、明滅する線。それだけではない。ツクモとゴズにも多様な線が見え、見下ろせば俺の周囲にも線があった。
それは俺とレオ達にも伸びていて、力強く発光している。身体から一定の距離を保って浮遊する線の間には、よく見れば薄い膜のようなものが張ってあった。
それは本来ならば不可視の繋がりであり、結び付きであり──縁だ。
「……」
不意に、マガツヒの首魁シラビとの戦闘を思い出す。
彼が所有していた妖刀“アラナギ”によって負わされた傷。再生不可による痛みを継続させる力に苦しめられた。
あの時、あの直後、再び前線へ戻る前に。
傷口から見えた半透明の線は、今、意識して捉えているものに酷似していた。直感的に、何故かアラナギに関係していると理解していた。
これが魔眼という、不測の利を働く物体によるものだとしたら。
まさに自分の意思で知覚し、手に取るように扱えるのだとしたら。
「──もしかして」
「なんで、縛られ……アッ、てめこの野郎!」
現状に気づいたギュウキの声を無視して、おもむろに手を伸ばす。
距離が詰まる訳ではない。ただ視ている世界の中に干渉するだけ。
ギュウキの線に触れる。手繰り寄せた縁の正体は、意識の覚醒を促すもの。通常ならば不可視で触れる事など出来ないそれは、柔らかく形を変えて手中に収まる。
不審な目で見てくるツクモ、ゴズは何かを察して押し黙り、その隙に……指先で縁を断つ。
「あふっ」
ぷつりと断ち切った縁は霧散し、同時に情けない声を上げて。
ギュウキは白目を剥き、力無く倒れ伏す。あまりにも呆気なく、簡単に意識を奪えてしまった。
次いで集中力が途切れた為か、視界から縁が消える。ずっと視ている訳にもいかない、という事か。
「しかし、ふむ……なるほどな」
『クロト、私達は君と視界を共有していたが、君が手を動かした途端にギュウキが再び気絶したように見えた』
『こちらでは何も視認できなかった……クロトさんにしか視えない?』
『どうやらそのようだな。今のが魔眼の?』
「そうみたいだ。人・物体から発せられる、ありとあらゆる繋がり……物理的、精神的、概念的なモノ。その全てを線──縁として可視化し、手繰り、切って繋いで結ぶことが出来るらしい」
「若干だが、能力の断片が見えた。意識の目覚めという縁を断ち切ったが故に、再び気絶したか……その眼、あえて名付けるなら“万縁の魔眼”とでも呼ぼうか」
『えっ、かっこよ……』
『この機会だ。いつもの極限集中状態についても名を付けるとしよう。周囲の環境を正しく演算し、己が領域とする認識から“領識”と』
『えっ、かっこよ……!』
ツクモ、ゴートが続けて付けた名称にキノスが呟く。
まあ、いつも緩やかで透明な世界とか言ってたけど。名前が付けば四天練陣みたいに意識を切り替えやすくなるかもしれないし、ちょうどよかったかな。
あと前から思ってたけど、キノスってちょくちょく中二病みたいな反応するよね。
「いやはや、なんとも怒涛の展開続きで驚くばかりだ……同時に納得もした。そこまで多彩なる能力を習得した身であるなら、ギュウキが及ばないのも無理はない」
ゴズはそう言うと立ち上がり、ギュウキの首根っこを掴んで持ち上げる。
「さて、願わくば愚弟の口から謝罪させたいところだったが、先程の様子を見るに懲りていないらしい。また目を覚ました時に牙を剥かないとは考えにくい。コイツは従者用の居住区に移動させますので、しばらく離れます」
「そうだな。ここまでされて反骨の意思を見せるなど言語道断、もはや情状酌量の余地は無し。後に改めて罰則を与えるとしよう。それでいいだろうか?」
「正直ぶった切ったので気まずいし、顔を合わせたくないのでお願いします」
「了承した。重ね重ね此度の暴走、申し訳なかった」
この身内の恥め、と。
愚痴を吐きながらズルズルと引きずって、鬼兄弟は社殿の奥に去っていった。
『奴の言う通り、怒涛の流れではあったが新たに力が判明したな』
『“万縁の魔眼”に“領識”。これからの戦いで有用な能力になりそうですね!』
「失明の可能性が無くなってホッとしたし、折角目覚めたんなら使いこなせるようにならんとねぇ。後はまあ……キノスの処遇を考えて、黒の魔剣について調査しないとな」
『オレの処遇? どういうことだ?』
「お前、自分が日輪の国の神器だってこと忘れるなよ。一個人の判断で好き勝手できる話じゃないんだよ。王家に直談判して対応を相談しなくちゃならないんだからな」
『そうだ……オレ、国宝だった……』
出来ればこのまま一緒に魔剣争奪戦を手伝ってほしいが、キノスの地位と立場を考えるに王家との熱い談議は必須。
現世に戻った時、どうにか説得しないとな。
「黒の魔剣、か。編み笠の男とやらが所持していた物だな? コクウ家の寺社に設置していた水鏡で確認はしていたのじゃ」
『む、では奴の居場所も判明して……』
「すまんが、水鏡は定点での景色しか見えん。移動させるには現地協力者が必須なんじゃ。あの魔剣の危険性は重々理解しているゆえ、なんとか補足しようとしたのだが振り切られてしまい、行方は知れずのままじゃ」
『むむっ、そう上手い話はない、か』
『……あれ、でも黒の魔剣については何か知ってるんですか?』
ツクモとの会話の最中、リブラスが違和感に気づいて問い掛ける。
彼女は静かに頷いて、座り直してから。
「今より数百年ほど前の事だったか。日輪の国として平定された直後、当時の王家は四地域を巡礼という形で来訪していたのじゃ。その度に、各地で抱える問題の解決に尽力していた」
「まだ日輪の国の歴史に詳しくないけど、そんなことしてたんだ」
「うむ。その内、西のイナサギという地域では過去に一つの武具が発掘され、崇められていたのだ。抜き身でありながら錆も破損も無い、不気味に明滅する刀剣がな」
『よもや、それが』
「“淵源の戒刀”──歴史に刻まれる事の無かった信仰の対象であり、王家が秘匿してきた惨劇の一部だ」
重苦しい空気を漂わせ、ツクモは苦しげに言葉を紡いだ。
という訳で、クロトは失明する心配がなくなりました。やったね。
追記、というより今回の内容を改めてまとめておくと魔眼は基本的に先天性の物であり、例外はありません。後天的に魔眼を得たシルフィはどちらかというと疑似魔眼というべきで、逆にルシアは天然モノの純正品。にもかかわらず、クロトは純然たる魔眼を宿すに至ったので、ツクモは嘘だろマジかよありえねぇという気持ちで追及してます。これはクロトの資質と本質、根源に根付いた結果なのでおかしな話ではありません。
次回、黒の魔剣にまつわる悲しい過去のお話。