第一九九話 領識、万縁の瞳《前編》
既に読者目線と同じ情報開示がされたので。
立て続けに新しい力に気づくお話。
「──つまりは、日輪の国王家がコクウ家の不正を糾弾する為に最高裁を承認。裏で当主シュカの娘、マチさんと共謀して領地調査と家宅捜査……十分な証拠を揃えて真実を話す予定だった、と」
『そのはずだったが、クロトが処遇に激怒したため血まみれの裁判に』
ゴズが淹れ直したお茶を啜り、ゴートのまとめに頷く。
簡潔な事の顛末を聞き終えたが、意外にも推理内容と乖離していなかった。
政略の一つとして利用されたのは腹立たしいが、現在はコクウ家の書類改竄や隠蔽工作に関わった全ての名家を洗い出し、捕り物を実施しているとか。
筆頭として活動していたシュカが捕らえられ、統率を失った者たちはどんどん牢獄へ叩き込まれているらしい。ざまあみろ。
長年に渡って日輪の国に根付いた悪意と害意。
搾取してきた者達が受けるべき罰を受けただけなのに、全くもって無駄な血を流してしまった。そりゃあ王様も焦るよね、自分の判断で被告を野放しにして殺しかけたんだし。
その分、国内の浄化が進めば傷ついた甲斐があったというもの。これを機に日輪の国王家には頑張ってもらいたい。
というか、そうしないとアカツキ荘にオキナさんがブチ切れると思う。
「とにもかくにも、アンタは水鏡とやらで事の一部始終を見て、知ってはいたんだな?」
「ああ。ついでというのもなんだが、儂はかねてより王家と密談を重ねていた。既にこの身は現世より引いておるが、神の一端として恩威を忘れてはならぬという盟約によってな。世代が移り変わり、季節が巡り、都度大きな出来事が起こるたびに議を交わすのだ。此度もミカドより策を聞きはしたが俗世の政に関わる案ゆえ、あまり口出しはせんかった。それが常のやり取りといえど、良くなかったのやもしれんな……」
「へー……日輪の国の王様、ミカドって言うんだっけ」
「まずそこからか? そこから知らなかったのか?」
「どこかのタイミングで聞いたかもしれませんけど覚えてないですね」
ゴズのお前マジか、とでも言いたげな視線と言い分に応える。
大霊桜・神器展覧会が開かれるまで日輪の国に慣れようと様々な依頼を熟したり、困り事を解決したり、と。
忙しい毎日を送っていたが、それでも四季家の何人かと関わりを持ったくらいで、王家に関しての知識は皆無だった。裁判の終盤になってようやく、初めて邂逅した訳だ。
ただ、こちらは視界不良の上に全身大激痛なのが災いして何か口走り、声を掛けられた記憶こそあれど、それが会話という相互に対するモノだったかは定かじゃない。
だって、意識が朦朧としてたんだから仕方ないでしょうよ。むしろスキルも魔法も使えなかったのによく頑張った方だ。
「なーんだ、んじゃあミカドの顔は一生分からないままかぁ」
「さすがに現世で目覚めた後、事後処理の報告や見舞いなどでシノノメ家を来訪するとは思うが?」
「裁判で証言にならないデタラメな嘘つきまくったせいで視力が戻らないらしいんで。もし面会することになったら、声とか話し方の雰囲気で察するしかないね」
「なっ……よもや、現世でそのような容態になっているとは……」
薄々と感じ取ってはいたようだが、ゴズはこれまでの問答と言葉で俺の境遇に確信を得たらしい。目を見開き、次いで細めて気まずそうに俯いた。
精神体が元気でも肉体が瀕死で戻れないほど痛んでるなんて、誰が聞いたってヤバいとしか言いようが無いからね。
当事者や目撃者でないにしろ、トラウマになってもおかしくない程に凄惨だったと自負している。もう二度とやらん。なんでもないように取り繕っても、割とショックではあるし。
「現世で治療してくれた人たち皆、後遺症が残ると断言してる。学園長の神秘魔法で無理なら覚悟しないとなぁ。経験があるとはいえ機能不全で活動するのはキツいや……」
「ん? それは、異なことだ」
思わず出た愚痴に、ツクモは否定の発言をこぼした。
どういうことだ、と訪ねる前に彼女は口を開く。
「味、音、温度、匂いも感じ取れているじゃろう? 精神体、というより魂で五感の機能を問題なく使えている時点で失明することはないはずじゃ。いかに肉体と魂が分離された状態だろうと、さらに肉体が滅んでいないのであれば……」
「……要は幽体離脱してる魂が正常なら、肉体も引っ張られて元に戻る?」
「うむ。お主は命という概念に関して強力な根源を持っているようじゃからのぅ。生命力が強いと言われている所以は、そこにあるのじゃろう。いかに迷宮の呪いを元にした負傷であっても、時は掛かるが治るぞ。しかし──それだけではないようじゃな」
ツクモの目が怪しく光る。直後、背筋に寒気のような感覚が伝う。
魔力を込めた訳ではない。彼女に元から備わった機能なのかは不明だが、明らかに測られた。
咄嗟に湯呑みを置き、脇に降ろしていたシラサイに手を掛ける。その様子を見たレオ達も背後から両脇に展開し、臨戦態勢を取った。
「今、何をした?」
『事と申し開きによっては異能の行使も見当に入るぞ』
「すまん、不躾じゃった。落ち着いてほしい……だが、分かった事がある」
「再び絶技が放たれるかと肝が縮む思いでしたが、何に気づいたのですか?」
手で制し、止めてきたツクモの早口な弁明を聞き、シラサイから手を離す。
「儂のような神域に座す者、神には心眼という物が備わっている。千里眼とも呼べる眼は視界に捉えた対象に意識を向けることで、内と外の二面性を覗き見る事が出来るのじゃ」
「んー、つまり?」
『心情とか考えてる事とかも含めて、めちゃくちゃ詳細なステータスを見れるって感じですかね?』
「なるほど、アナライズか」
「まあ、お主らが理解しやすい捉え方で構わん。して、先ほど視させてもらったのは……覚えておるか? クロトは儂と同等の格を有している、と」
『ああ。故に現実と乖離した身体能力を発揮できたのだろう?』
「恐らくは、後天的に魂が磨かれたが故に個として新たな境地へ至ったと見られる。して、副次的な意図しない発生とでも言うべきか──お主、魔眼に目覚めておるの。その影響で視力を失う事がないようじゃ」
「へ?」
突拍子の無い言葉が聞こえてきたぞ。魔眼だって?
想定外の事態と以前から仕込んでいた伏線の回収です。