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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【七ノ章】日輪が示す道の先に
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第一九二話 理不尽の代償

無理、無茶を押し通した身体が大変なことになっているお話。

 重傷のクロトを引き連れてシノノメ家の屋敷へ向かう一行。

 道中、四季家の人間やフェネスに対し、瓦版の記者や野次馬が押しかけようとした。が、全員が緊迫した表情と殺気を漂わせていて近づけず。特にフェネスは敵意を剥き出しにしていた為、腫れ物を扱うかのような距離感を保っていた。

 そのおかげで目立った障害に阻まれる事なく屋敷へ到着。

 家人の出迎えも程々に、フェネスから降ろされたクロトは屋敷で待機していた医者に運ばれ、専用に整えられた一室で治療を受けることに。

 魔力切れで意識が安定しないシルフィは休息の為に。クロトの傍にいたカグヤは血塗れの装束から着替える為に別室へ。そんな二人を心配してか、ユキが傍について様子を見ると進言した。


 クロトの施術中、克至(こくし)の動乱から裁判までの関係者で大広間に集い、フレンを中心に質疑応答を交わした。

 クロトが自身を犠牲にしてまで裁判を継続させたこと。

 彼をよく知るアカツキ荘の面々が推測する目論みや真意のこと。

 “始源(しげん)円輪(えんりん)”、キノスが魔剣関連についてぼかしつつも補足して、推察した内容がほとんど事実であること。

 故にこそ、曖昧(あいまい)な意識で(つぶや)いたクロトの独り言の意味が、語り合う彼らの双肩に重くのしかかった。


 各個人が不審に感じた情報を語り、答えを口にし、また新たな疑問を述べる。

 本来であればクロトが回復するまで目立つマネを避け、自粛するべきなのだろうが……こうでもなしないと気持ちの整理がつかなかったのだ。


「結局のところシュカってヤツが頭のおかしい権力者だったせいで、日輪の国(アマテラス)王家から良いように利用されたのが今回のオチって訳か。はぁー……やってられないわねぇ」


 簡素で簡潔。

 不足気味な部分こそあれどフレンのまとめに皆が納得し、項垂(うなだ)れる。


「ですが、今回の一件……加害者と被害者、そして第三者へも相当な軋轢(あつれき)を生む結果となりんした。国民からの反感は凄まじいものとなりましょうよ」

「うむ! 土台、無理のある裁判に脆弱な証言、証拠を(たずさ)えて言い負かされるシュカ! 傍聴席に座る皆の怒りがヒシヒシと伝わってきた!」

緘口令(かんこうれい)を敷くにしても、人の口に戸は立てられないもんよ。……事実、私の領地内じゃあ裁判の状況が既に知れ渡ってるみたいだし」


 日輪の国(アマテラス)の国防、内政を担う四季家当主たち。

 クレシ家のビワ。フヅキ家のホフミ。ムナビ家のシモツ。三者は自身の考えを口にし、これから国内で引き起こされるであろう問題に思いを馳せる。

 特にシモツは南方領土“アラハエ”──単純な面積で言えば四地方の中でも最も大きな領地を治めている家だ。

 広大である分、人と人の関わり合いが薄い地域にも関わらず、影の者たちから寄せられた情報の伝達速度に頭を抑えていた。


「何もかも王家がわりぃ、とは言わんが……たかが一学生のクロトに何を背負わせてんだ? 何がしたかったんだ?」

「知らねぇ。どうせ後で言い訳しに来るんだろ? そん時に詰めればいい」


 クロトの意思でやったことではあるものの、大事な仲間を傷つける一端となったミカドへの悪印象が根強いエリック、セリスは吐き捨てるようにぼやいた。

 感情に乗った魔力が垂れ流しになり、可視化されている様子から、かなり気が立っているのが分かる。


「君たちの怒りはもっともだっ。弁明の余地すらないっ。しかし、どうか今は抑えてほしいっ」


 いつ爆発するかも分からない爆弾のような彼らに対し、フミヒラは拳を握り締め、冷静に忠告した。


「分かってるよ、分かってるが……思い出すだけで腹が立つぜ。あのクソ野郎はなんだってクロトを親の仇みてぇに追い詰めたんだ? そういう趣味か?」

「その点に関してだが、心当たりが一つある」


 苛ついた声音のセリスに対し、オキナが申し訳なさそうに口を開く。


「心当たりってなんだい?」

「……恐らくだが、()()()()()()()()()()だ。そも私はシノノメ家に婿入りした外様の人間。実家は貴族であっても名家という訳ではなく、妻のツグミに見初められ、恋愛の末に婚姻を結んだのだ」

「今はノロケなんざ聞きたくねぇんだが、何が関係してんだ?」

「ツグミは当時、多くの名家から見合いの打診を受けるほどに美麗で人目を引く容姿をしていた。加えて王家とも繋がりの深いシノノメ家ならば尚更、家に取り入ろうと考える者は多い」


 しかし。


「彼女は、というよりシノノメ家は代々、伴侶となる相手を自身で見聞きし、正当な手段をもってして婚約を交わす流れを踏襲している。これは自身の目利きを磨き、国家を支えるに値する相手を見定める為とも言われていた。故に婚約者や許嫁(いいなずけ)に相当する存在がおらず、そうして有り難いことに私を選んでくれた……だが、納得しない者もいたのだ」

「なーるほど、読めたわ。ツグミさんへ懸想してた内の一人がシュカなのね」


 察しがついたフレンの言葉にオキナは頷く。


「そうだ。彼は自分が選ばれるはずだと信じてやまず、ツグミへの接触も頻繁にしていた。だが、四季家の一つとシノノメ家が関係を持ってしまっては、国内の力関係が傾く。根本的に、ありえない話だったのだ。結果として私が婚約し王家はそれを承認、晴れて私たちは夫婦となった……そこからシュカのやっかみが増えた、とツグミはぼやいていたな」

「……するってぇと、つまりは」

「オキナさんが気に入らねぇってだけで、関係者であるクロトへ裁判を仕掛けたって? ガキみてぇなことしてんな」

「だが、君達も既知の通り、シュカの人間性は一部壊滅的に破綻している。それにクロトは直前、時季(じき)御殿(ごてん)にてひと悶着を起こしてしまった。狙われる対象としては十二分に可能性があったのだ」

「狙われるって、あの子なにしたの?」

「コクウ家の親子に喧嘩売られて買った挙句、口論でぶちのめした」

「ああ、通常運転ね」


 エリックの説明に、あの子ならやりかねないと得心がいったようだ。

 厳密にはクロトとユキのコンボ技だった訳だが、そこは蛇足というもの。そして彼が権力者の集まる場面で口を出したのならば、そうするだけの理由があったのだろう。

 下手を打った訳ではなかろうが、印象には残る。都合の良い標的だ。


「その都度で切り捨てられる的みたいな奴がいたら、利用したくもなるわね。問題は、それが多方面に痛手を負わせるくらいに覚悟の決まった奴だったのが、誤算と言えば誤算かしら」

『まだ面識してから時を置かぬ我が身ではあるが、あやつの突飛な発想には驚かされてばかりだ。裁判における立ち回りも、少しやり過ぎではないかと考えたほどにな。(さか)しいフリをした蒙昧(もうまい)な愚者に、読み切れる相手ではなかろう』


 たった数時間の間柄ではあるものの、普通に溶け込んだキノスの発言に誰もが押し黙る。

 この場にいる全員がクロトの行動を読み切れず、今に至るのだ。心に刺さる発言に沈痛な空気が漂う中、襖が開かれる。

 一斉に視線が向かった先には着替えたカグヤとユキ、そしてオキナが手配した年配の医師の一人が(たたず)んでいた。


「ご当主様、彼の手術が完了致しましたのでご報告に参りました」

「っ、そうか。急な連絡に無理をさせてしまってすまないな」

「お気になさらず、それが(わたくし)めらの仕事ですので。加えて、彼は先の騒動にて多くの人々を救った立役者。医療に従事する者として心を打たれ、全力で腕を振るわせていただきました」

『で? クロトはどうなった?』


 食い気味に追求したキノスへ医師は目線を送り、次いで大広間にいる全員へ向き直る。

 (みな)に向ける表情は決して良いとは言えず、室内に緊張が走った。


「外傷は滞りなく快癒(かいゆ)しましょう。衰弱した身体に対し適切な処置が施されていた為、骨も問題なく……しかし魔力回路に(よど)みが発生しております。並行する形で臓腑も損傷しており……地道な投薬と本人の自己治癒に頼るしかないかと」

「他には?」

「応急処置が成されるまでに多量の失血があったそうですな。輸血や増血剤、点滴で身体に栄養を、血液の精製を促しておりますが……血を流しすぎたせいでか、脳機能に影響が見られる恐れがあります」

「……くそったれ」


 フレン、エリックと反応を見せる。魔法、スキルの力が使えない……それがどれだけの損害をもたらすか、むざむざと叩きつけられた歯がゆさが態度に現れていた。

 そして、と淡白な口調で語られる凄惨な内容をカグヤが遮り、両手を丸め込むように握りながら室内に入る。

 彼女を支えるように立つユキが、不安げに顔色を窺う。頭を撫でつけ、壊れた笑みを薄く浮かべて前を向く。

 クロトの仲間として。

 シノノメ家の者として。

 共に理解者として歩み始めたからこそ、責任を持って自分から言い出さなくてはならなかった。


「クロトさんの両目は毛細血管が破裂し、内部が血で充満。除去するにも完全とはいかず、神経部も壊滅状態であり……元の、視力が、戻ることは、ないそうです……」


 それでも。

 頭では分かっていても。

 耐え切れず、溜め込んでいた悲しみが溢れ出す。力無く膝が落ち、堰を切ったかのように涙が畳を濡らす。


「目の前にいた。手が届く距離だった。無理をしてでも、止めるべきだった」


 向こう見ず、考え無しと言われることがあっても、クロトのような強引さで命を救うべきだったのだ。

 肉が弾け、血に染まり、骨が砕け、虚構を口にしてまで。

 自身の尊厳と辿り着くべき結末へ至る為に、文字通り身を粉にしていたのに。


「わ、私は、ただ見ていただけで……何も、出来なかった……っ!」


 クロトと関わりの深い者たちに共通した感情を口に出し、嗚咽を漏らす。

 親心に思うところがあったのだろう。オキナが立ち上がり、無言のままにカグヤを抱き締めた。痛いほどに、気持ちが理解できたから。

 ただ一人、個人を(おとし)めた騒動の結末はあまりにも苦い。

 時が流れ、空は夕焼けに染まり、温かな日差しが入り込む──自然の優しさが、無情に悲痛を助長させていた。


 ◆◇◆◇◆


「えー、ではコクウ・シュカと日輪の国(アマテラス)王家への復讐を無事に完遂したということで。早速次の目的……黒の魔剣について協議したいと思います!」

『まずとにかく身体を休めてほしいのだが?』

『現実世界であれだけ痛めつけられたのに元気過ぎるぞ』

『というか精神体がブレブレになるくらいダメージが大きいんですから、ちゃんと寝ましょうよぉ!』


 現実にいる面々が悲嘆に暮れている間にも。

 クロトの精神世界ではいつもと変わらぬやり取りが繰り広げられていた。

またしばらく現実世界と精神世界の双方を描写して時間を経過させます。


次回、なってしまったものは仕方ないと受け入れつつ、未来へ向けた相談を交わすお話。

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