第一八九話 悪因悪果
違和感を抱き続けた裁判の終わりと、迎えるべき末路のお話。
「一件への回答と正しき判決とはどういうことですか、国王」
突如として現れたミカドによって静寂が訪れた裁判場に。
これまでの経験からか、不信感を含んだオキナの問い掛けが響く。
「あまり時間を掛けられない状況だ、手短に話そう。此度の裁判において重要となる点は、克至の動乱での神器窃盗及び四季家襲撃による国家転覆罪ではない」
この認識は既に共通しているはずだ、と。
傍聴席に座る者、弁護・検察側に問い掛けるようにミカドは確認を取る。
『なればこそ、今更になって姿を見せたのは何故だ? もしや意味も無く高みの見物としゃれ込んでいた訳ではあるまい』
大仰な素振りも無く、淡々と語るミカドにキノスが追及を促す。言外にさっさと結論を告げろ、と。そう言いたげな声音だった。
「被告席の彼に罪状は認められず、にもかかわらず最高裁が許諾した理由。その真の狙いは──」
神器に意思があり、疎通が可能という事態を知らないはずだが、ミカドは臆せず狼狽えることなく。慄く様子も見せず、射貫くような目つきでシュカを睨む。
同時に引き連れていた数人……護心組の法被を着た者たちが包囲網を作り、検察側に詰め寄っていく。
「動乱のきっかけとなったマガツヒの行動、それに起因するコクウ家の死刻病対応、アヤカシのみならず自領地の民に対する税の横領に冤罪に濡れ衣」
「枚挙に暇が無いほどの罪状を隠した上に、無辜なる一般人に謂れの無い罪を着せた……その悪行、もほや見るに堪えん」
「四季家の一つ、コクウ家当主のシュカ並びに従属する者達へ告げる」
続々と陳述し、そして懐から取り出した数々の書類を見せつける。
領地から納められた税を書き換え、隠蔽していた裏帳簿。
国の機関へ提出された物とは内容が違う改竄報告書。
領内の住民から召集した数々の嘆願書、アヤカシ族へ対する不当な対応など。自領地の不祥事が載せられた多数の紙面。
自身の屋敷で厳重に保管されていたはずの物的証拠を唐突に突きつけられ、シュカは目を丸くする。
「領地の監督不行き届きに加えて国家に仇なす行為の数々に、王家は護心組へ逮捕状を要求し、これを承認」
「現時刻をもってコクウ・シュカ及び属する人員全ての身柄を確保します」
「…………は、はあ!?」
シュカは自身の旗色が悪化している事にすら気づけず、一斉に取り掛かった護心組によって後ろ手で手錠を掛けられた。
検察側についていた者たちも捕らえられ、被告席よりも前、裁判場の中心に連れ出される。悪足掻きのように身を捩って、歩み寄っていくミカドを見上げた。
「こ、国王! これは一体、どういうことですか!?」
「既に告げた通り。此度の裁判における真の目的は、アヤカシ族を筆頭に自領地の民と土地を弄び、動乱の火種を撒き、善意の行動を取った一個人の尊厳を踏み躙った貴様を捕縛することだ」
どんでん返しな状況に沸き立つ傍聴席に背を押されながら。
シュカと裁判長の間に立ち、誰にでも聞こえるようにミカドは声を張り上げる。
「過去に日輪の国を苦しめた死刻病が要因となり、アヤカシ族の反感を買ったこと。迫害していた事実を隠匿し、今日に至るまで隠しおおせてきたこと。自らの権威を手放したくないが故に真実を捻じ曲げ、あまつさえ浅ましくも王家へ取り入ろうとしたこと。……国家に害なす腫瘍に他ならず、四季家の人間として相応しくない」
故に。
「この機にコクウ家は国家内政の任を預けるに値しないと判断し、性急だが取り潰す算段となった。この裁判は、貴様の逃げ道を塞ぐ為の手段でしかない」
「なんっ、そんな……!?」
「のちにしかるべき厳正な場で、改めて情報を精査し、正当な裁きを与えることとするが……最後の機会だ。見苦しくも民衆に向けて弁明でもしてみるか?」
今まで散々見せつけてきた過失を許すつもりなどあるはずがない。
高圧的に迫られ、結末は変わらないとしても。少しでも希望があると信じざるを得ないシュカは、混乱の思考に焦りながら口を開く。
「ち、違う……それは何かの間違いだ! この地位を羨み、脅かそうとする者の策略だ! ただ国家の為を思い、四季家の一角として正しい選択をしてきたまで……このような扱いを受ける謂れはない!」
滑稽で、聞くに堪えない発言。
冷たい視線に晒され、軽蔑の囁きに呑まれ、あまりに必死な形相に嘲笑すら生まれている。
弁護側に立つ実子のマチは言い訳を並べる身内の恥を見やり、次いで堕ちるところまで堕ちていた事実に妥当だと感じていた。シュカが助けを求めようと幾度も目線を送ってきても、無視する程には。
実際、マチは以前からシュカの不審な行動や領主としての働きに疑念を抱き、ミカドへ調査と捜索願を届け出ていた。
ミカド自身も強硬がちな野心を持つシュカが目に余ると判断し、娘のマチは真っ当に生まれの責任を果たすべく務めている事を知っていた為、これを受理。
秘密裏に会談を交わし、怪しまれないように証拠物などを抜き取って譲渡。
──そして今。コクウ家の屋敷へ踏み込み、あらゆる物品を差し押さえ、こうして罪を立証する手立てを得て裁判場に立っているのだ。
「なぜ、このようなことが罷り通る……オレは、何も間違った事などしていないっ!」
「公正な立ち位置に甘え、不正に興じていたのは裏付けが取れている。それに被告席に立つ彼へ意味も無く罪を着せ、獄中にいる間に食料も水も与えず、万全な治療すら施さず、この場に連れてきた不当な扱いが許されるとでも?」
口を開けば開くほど、追い詰められる。
身柄を拘束され、今日に至るまでクロトが受けていた境遇を把握され、白日の下へ晒され、裁判場に漂う空気が悪化していく。
同時に、その上で負傷しながらも毅然と裁判の終わりを見届けようとするクロトの姿勢に戦慄し、息を呑む者もいた。
「好きに宣うのは勝手だが、貴様の一言で自身の首を締めていくのだぞ。ただ一人の、それも国外からやってきた無辜の民を貶めたのだ……覚悟は、出来ているか?」
「……ッ! 成り行きで警護に混ざっただけの凡夫がどうなろうと、知ったことか! 第一、怪しまれるような立場にいたコイツにも責任があっ」
その時、シュカの身体に異変が生じる。
瞬時に右脚の脛が捻じれ、折れて、ひしゃげた。突然の事態と遅れてやってきた灼熱の激痛に、シュカは一瞬だけ黙り、次いで金切り声を上げる。
曲がりなりにも四季家の一員として、祭事前に警備班へアカツキ荘が組まれることは周知されていた。これまでの裁判におけるクロトの強い印象によって、あらゆる記憶を想起していた現状、彼についての情報が残留していたのだ。
忘れるはずがない。
知らない訳が無い。
その虚実を見抜いた言論統制の呪符は、当然の如くシュカの身体を破壊した。
「語るに落ちるとは正にこのこと……意地を張らず、容易く間違いを認めれば変に怪我を負わずに済んだというのに」
「……っ……ぁあ!?」
痛みに悶え、脂汗を垂らし、涎を撒き散らす。
散々たる無様な様相。四季家の人間とは思えない姿を見た誰もが思うだろう。これにクロトは何度も耐えていたのか、と。
事の成り行きを見据え、佇む彼へ再び視線が向けられる。されどクロトは意に介することなく……そも視界が潰れた状況で分かるはずもなく、ただただじっと前だけを見ていた。
「沙汰は追って下すとして、この裁判も正式に終わらせよう。裁判長、判決を」
「っ、ふう……」
やっと役目が終わる、と。
安堵の吐息をこぼし、裁判長は木槌を振り下ろす。
「検察側の証拠は被告人への嫌疑不十分と見なし、罪状である国家転覆罪および国宝盗難の適用は認められない。反して弁護側から寄せられた証言は被告人の正当性、人間性を保証するものであると断定。よって──被告人アカツキ・クロトの判決は無罪とする!」
長きに渡る茶番劇の終わりは呆気なく、静粛に下されるのだった。
ようやく裁判編の終わりが見えてきました。あとちょっとです。
次回、あらゆる方面へ傷痕を残したクロトの元へやって来る一人のお話。