第一八四話 不当な裁判の場で《中編》
灰の魔剣との交流、そして裁判が起きるまでオキナ達がどうしていたか、というお話。
「どうだ? 気分は晴れたか?」
『う、うむ……手間を掛けさせてすまなかった』
数分後、正常に戻った灰の魔剣の意思は意外にも素直に応えてくれた。
おかしいな、生意気な子ども感が全くないぞ……
『てっきり何かしら反発があるかと思ったが存外冷静だな』
『心境の変化があったようだが、どうした?』
『貴様らが見せてきたこやつの過去があまりにも凄惨で、高慢な態度を取っていたオレの浅はかさを考えさせられた。おもいかえしてみても口だけの人間でない凄まじい覚悟と境遇の果てでこの場に……オレは最高にクズだ、幸福だ……』
『おお! 性急過ぎた気はしましたが、効果がバッチリ出てますね!』
「洗脳の効果も残ってない?」
というかやはり、メンタルに多大なる影響を与えるほどに俺の過去は酷いんだな。
レオやゴート、リブラスも好奇心で覗いては言葉を選ぶくらいにはキツいみたいだし、仕方ないか。しおらしくなってしまったのは予想外だが、好機でもある。
「とりあえず話が出来るようになった訳だし、色々と質問していいか?」
『存分に聞いてくれ……オレに分かる範囲であれば、可能な限り答えよう……』
「調子狂うなぁ、マジで……」
言葉遣いは横柄だが声音が子どもだからやりにくい。
「まずは能力、異能について。レオは破壊、ゴートは幻惑、リブラスは誘導の力を使えるが、お前は何が出来る?」
『圧迫面接か?』
「レオ、お静かに。それで、どうなの?」
『異能って言い方かっこよ……そうだな、オレの異能は“調律”という。均衡の乱れた様々な要素に対してバランスを整える事が出来る。以前の適合者は調律の異能を活用して日輪の国となる前のシナトヤ、アラハエ、イナサギ、ヒバリヂの対立を鎮めたのだ』
『はえー、まるで建国の伝承そのものみたいですねぇ』
『まるでも何もオレの主は生涯でただ一人、かの現人神のみだ』
『むっ? その言い方だと現人神は本当に実在していたということに……?』
ゴートの疑問に、灰の魔剣は頷くように明滅を強めた。
『そうだ! あやつはただ一人で眠っていたオレを手にし、干渉してきた上で共存を選んだ! そして瞬く間に四地域を平定した後、初代国王にオレを明け渡して現世から消え失せたのだ。……あえて名を告げなかったことを顧みると、いつか別れを切り出すのだろうと。漠然に理解していたが、当時は少々堪えたな』
『ほお? 正直、興味深い話がいくらでも出てきそうで気になるな』
「それは余裕のある時にでも聞くとして……現人神が所有していた時期に他の魔剣、適合者と遭遇したりしなかった?」
『魔剣の存在、形状の覚えはリブラスよりもおぼろげで不確かだ。適合者に関しては現人神以外に会ったことも無い。そもそもあやつと別れて以降、オレはずっと日輪の国王家の宝物庫で保管されていたからな』
建国の伝承通りではあるし、王家預かりになっていたのは事実。灰の魔剣の意思がそう言っているのなら、確実に出会ったことは無いのだろう。
そして口振りから察するにレオやゴートほど記憶の劣化や欠落があるようにも見えない。むしろリブラスより明確に記憶を保持し、打ち明けてくれた。
それでも魔剣に関する情報はリブラスに比べると劣っているが、国宝として安置されていた訳だし仕方がない。
……にしても現人神は頻繁に異能を駆使していた訳ではないんだな。
「んー……となると魔剣をすべて集めた真なる価値ってのも、分からないよな?」
『なんだその高揚する単語は。集めるといったい何が起きるんだ?』
『端的に言えば世界が壊れる可能性がある』
『なん、だと』
『レオに補足すると、そういう目的を掲げて行動するカラミティという組織が集めている為、世界崩壊に近しい現象が起きるのではないか、と推測している』
『カラミティはそのやり方を知っているかもしれないので、先んじて自分たちが集めて遠ざけよう! っていう理由で動いてます!』
改めて羅列されると俺らの動機ふわっふわだな。
『そ、そうか……しかし、やはり分からんな。物知りな現人神であれば答えてくれるやもしれんが」
「結局、肝心な部分は掴めず仕舞いか。でも灰の魔剣と交流が出来て、異能の詳細が知れただけマシだな」
『ああ。後はナナシとやらが持っていた刀、黒の魔剣について考察するべきか?』
『灰の魔剣以外にも日輪の国文化圏の特色に酷似した魔剣があるとはな。あったとしても、灰の魔剣とは違う立ち位置の存在だったか、あるいは……ともかく、カラミティが既に入手済みだった』
『シラサイとも違う、不思議な形状をしていましたが……』
「戒刀に近かったな。僧侶が衣類を裁断したり魔障を防ぐために所持する刃物だ。あんなに長いのは初めて見たが」
でも。
「ぶっちゃけて言わせてもらうと、黒の魔剣よりも所有者であるナナシの方が脅威だ。ノエルと同じ空気を纏っていたし、あの技のキレ──並大抵の実力者じゃない」
『異能が使われた感覚は無かったので、完全に個人の技量でもたらされた結果ですよね、アレは』
「今後は国内に潜伏してるナナシから奇襲を仕掛けられる恐れがあるし、なのにこっちからはナナシを捜索して黒の魔剣を奪取しなくちゃいけない。やってらんねー……」
だとしても。
「まずは現実の状況をどうにかしないといけないんだけどね! さあっ、ひとまず質問したいことは聞けたし、皆で考えよう! シュカを抹殺する方法!」
『そういえば、貴様は冤罪で牢に繋がれていたんだったか……』
『まずい、下手な会話運びをしたせいでクロトの黒い感情が噴出してしまった』
『むしろ今までよく持っていた方だ』
『目下の問題を解決しないことには始まりませんからね……』
◆◇◆◇◆
「被告には我が国の国宝“始源の円輪”の強奪を謀っただけでなく、シノノメ家当主オキナ、護心組の人員を襲撃し国家機能を喪失させかねない被害を出した。シノノメ家息女カグヤの手で防がれたものの、地位の高い者の命を脅かした事実に変わりはないとして、コクウ家当主シュカは起訴状を提出された!」
検察側が法廷に並ぶ大勢へ向けて改めて説明される罪状。
それを受け入れられてしまった事実に、クロトは腹の底からため息を吐いた。そこには失望と諦観が込められている。
その姿を視界に納めたオキナは、自身の不甲斐なさに唇を噛む。脳裏によぎるのは、現在より過去の光景だ。
『……クロトの、最高裁判だと!? なんだ、それは……!』
オキナが目を覚ましたのは、動乱から半日後。
彼だけでなく、カグヤ以外にナナシの急襲を受けた全員が同じ頃合いで目を覚まし、クロトが捕まった事実を知った。
公に広まっている罪状はでっち上げだ。真実はまったく別物であり、むしろクロトとカグヤの両名が踏ん張ってくれたからこそ、あの場では最良の結果に至れたのだと。
最高裁を取りやめるようにシュカや王家にも進言したが、聞き入れられず。
しかもシュカは日輪の国でも名のある家系にのみ許可された、優先権を主張してまで裁判を引き起こしていた。
それには当代の王、ミカドによる承認が必要になる。つまりは、王家もこの裁判には正当性があると判断を下したのだ。いかにシノノメ家といえど、にべもなく王の一存を否定する訳にもいかない。
動乱の傷跡も癒えぬまま、復興作業に従事するでもなく。
ただ一人の少年を追い詰めるシュカに対して民衆は呆れ返り、時には反感を抱く。実際に救われ、助けられた者はコクウ家の屋敷に乗り込もうとする始末だ。
されど凄まじい速さで事態は進展し、クロトへ一度も面会を許可されず──というより、身柄を拘留されてからずっと眠り続けていたらしく、会うに会えない状況だった。
母の形見を失っても、健気に振る舞い続けるカグヤにも心苦しい思いを抱きつつも、あっという間に判決の日がやってきた。
──出来る限りの事は、してきたはずだ。
アカツキ荘、他の四季家当主たち、その子息女。
実の娘であるマチですら、気狂いの選択をしたシュカを見限って。
この場にはいないがクロトの動向を知り、気に入っている影の者たちですら率先して動いてくれたおかげで。
全員がクロトの潔白を証明する為に証言を集めて弁護側へついている。
対して検察側はシュカと、彼が雇ったと見られる検察官のみ。よほど致命的な証拠を提示されない限り、負けはしないだろう。
──しかし、解せない。
オキナの思考に生まれたのは、ミカドへの疑念だ。
王城へ乗り込み、じかに陳情を上げた時に裁判を取り消してほしくはあったが、彼は頑として首を横に振ろうとはしなかった。
それどころかミカドはこの裁判こそが国家の転機となる。そう、言ってのけた。
王という立場に即位する前から、常人の思考とは思えない先見の明に秀でているのはよく知っている。類稀なる発想と決断力、それを裏打ちする確かな知性。どこか妖しさすら感じさせながらも、一国を背負う覚悟は確かなもの。
克至の動乱で発生した被害の復興に指示を迅速に出して。
クロトが精製した特効薬も効果的であると理解し、広めた上で。
それでもシュカの暴走とも言える行動に対して止める素振りすら見せなかった。
何より……転機となるはずの判決の日だというのに、ミカドは姿を現していない。王家の為にある展覧席は空っぽのまま。
──いったい、何を考えている、ミカド……!
「……よって検察側は被告人に国家転覆罪の適用を求めます!」
「うむ。それではこの要求に応じた証拠、証言の提出。異議のある者は挙手をし、許可を求めてから陳述を──」
「はい」
検察、裁判官と立て続けに言葉が続く、そんな中で。
緩慢な動きで、クロトは手錠に繋がれた両腕を上げた。
まさか真っ先に被告が手を挙げるとは思わなかったのだろう。裁判場から困惑と動揺のざわめきが生まれる。
悠然とした態度に弁護側に立つ誰もが、どことなく安心感を……いや、違う。クロトと親しみ深いアカツキ荘の面々は、逆に嫌な予感を胸中に抱いていた。
どうなるかは分からないが、何かやらかす、絶対に。
曖昧だが、そんな確信めいた予想が脳裏をよぎったのだ。
「被告人、アカツキ・クロトから質問があります。許可を頂いても?」
「……申してみよ」
つい先ほどまでの刺々しい態度とは裏腹な言動に毒気を抜かれたのか、しかして裁判官は動じることなく発言を許した。
……後にして思えば、この時に許可してしまったのが、これから起きる事象の原因と言えるだろう。
裁判場にいる全員が、高みの見物をしているミカドが、遠き地で水鏡から行く末を覗き込んでいるツクモまで。
下策、無策、愚策が発端の裁判で。
蓄え続けられた理不尽への怒りが炸裂するのだった──
シュカを蹴落とす為の序章みたいな話になってしまった……
次回、数々の推理と作戦案、そして実行に移るお話。