第一八一話 現れる風来坊《前編》
日輪の国編におけるラスボスが登場するお話。
大霊桜・神器展覧会の開催挨拶が正午手前から。
マガツヒの小壺設置が発覚し、対処に出て騒動の終結に至るまで数時間……空はすっかり夕焼けに染まっている。
コクウ家領地の各所、寺社も惨状そのものではあるが、四季家当主たちや護心組の迅速な対応のおかげで混乱は収まりつつあった。
「──アカツキ荘の皆。事態の解決に尽力していただき、誠に感謝する」
四季家当主たちが随伴し、連行されていったシラビの背を見送ってから数分後。
大霊桜の真下に集められた俺たちは、オキナさんから頭を下げられた。
「犯罪集団マガツヒ、首魁シラビの鎮圧、克至病の特効薬精製に治療法まで……値千金などという言葉では片付けきれないほどの活躍だ。正直な所、とても驚いている」
「やれることをやっただけですよ」
俺はカグヤの肩を借りて立ち上がり、オキナさんの感謝に答える。
「この後はどうするんですか?」
「上の判断を仰がねばならん状況ではあるが……しかるべきお触れを出した上で祭事は中止、もしくは延期になるだろう。突発的、衝動的な事件の発生とはいえシラビの発言を聞く限り、根本的な動機には四季家やシノノメ家の過去の行いが関与しているからな。特に、コクウ家は精査し、処遇を協議しなくてはならん」
「騒動の犯人を捕らえてハイ終わり、解散! ……っても、それで納得しない連中もいるだろうからねぇ」
「無関係な立場からしてみれば、名家の落ち度に巻き込まれて死にかけてんだからな。言いたいことを呑み込んで我慢しろ、なんて反感を買うに決まってらぁな」
オキナさんの言葉を聞いて、姉弟が頷く。
シラビの発言を全て信じ込むのは良くないと思うが、虚実の真偽について調べる必要はあるだろう。下手をすれば、コクウ家ぐるみで大神災に関する不祥事を隠蔽していた恐れもある。
個人的に、シラビが俺に献花を願った辺り、過去に何らかのいざこざがあったのは間違いないと思う。それにコクウ家……というより問題の根幹に位置するシュカさんが、具体的にどう関係しているか。
俺としては“あんな人間性の人ならやりかねない”と思うから、調べれば埃のように余罪がポロポロ落ちてくるんじゃないかな。
身内のマチさんですら言動が酷くて目に余るみたいな言い方してたし、それでシュカさんがどうなろうがぶっちゃけどうでもいいや。でも、シラビの意思には応えてやりたい。
「何はともあれ、今回の件をうやむやに処理するより、きちんとした声明を発表する場を設けた方がいいってことか」
「第二、第三のマガツヒが生まれる可能性を考慮しても必要な措置かと」
情報の伝達は何よりも重要だ。特に、節目のおめでたい祭りが無茶苦茶になったのだから、詳細を知りたい人は多い。
報道関係者がウキウキしながら、関係各位に問い詰める様が容易に想像できる。
……シルフィ先生が言う通り必要なことではあるだろうが、一番の懸念は俺たちもその余波に巻き込まれるかもしれないってことか。
「ひとまず今日のところはシノノメ家の御屋敷に戻ってもよいのでしょうか? 事態収束の当事者ですし、もし何か手伝うことなどがあるのでしたら……」
「後処理は護心組と、こちらに向かってる最中のフミヒラさんやマチさん、四季家の方々にお任せして問題ありませんよ。お父さまが彼らに付き添って対応してくれるそうですので。そもそも運営側、警備班の一員としての業務をアカツキ荘で熟しただけですから……」
「詳しい調査や事実確認、損害報告は別の人たちがやるか」
なんだかんだ言って外部協力の立場だしな。
特効薬の精製とかシラビの制圧とかやっちゃったけど。働き過ぎじゃね?
「それに……クロトさんを治療しなくてはいけませんからね」
「身体じゅう痛い」
「だろうな……」
この面子の中で唯一の怪我人だし、皆に迷惑かけたくないから黙ってたけど、流血は止まっても傷口の痛みが治まらない。
妖刀との繋がりは確かに途切れているはずなのに、ここまで残るのか。
「こちらで治療院を手配しておこう。カグヤに案内をさせるから、そこで身体をゆっくり休めてくれ」
「ありがとうございま……あれ、そういえばユキは?」
「ユキなら神器を見てくるっつって残骸の片付けを手伝ってたぞ」
「なんと自主的で偉い……本当だ、いた」
エリックに言われて辺りを見渡すと、小さい影が護心組の人員に混じって祭壇の近くで動いていた。
ユキだ。手を振って招くと共に作業をしていた周りの人に頭を下げてから、トコトコ歩み寄ってきた。
「にぃに、どうしたの?」
「いや、そろそろ家に帰るから呼んだだけ。神器は見れた?」
「ちょこっと! でも、すぐに布で包まれちゃって……」
「ありゃりゃ……でもまあ、当然っちゃ当然か。日輪の国の国宝だもんな、最優先で回収されちまうか。しゃあねぇよ、ユキ」
「可能ならば存分に見られる機会だったのだが、こんな事が起きてしまってはな」
しょんぼりとした顔で残念そうに肩を落とすユキをセリスが慰める。
そのやりとりにオキナさんが気を取られている中、エリックが耳元に顔を寄せてきた。
「実際のところマジで魔剣だったんだろ? 中身の意思はどんな感じだ?」
「んー……一言で例えるならクソガキ。偉ぶって、大層な言い分だけ立派で高慢、見下す感情を隠そうともしない」
「自分が育った国の宝にこう言ってはなんですが……非常にめんど……厄介そうな相手ですね」
カグヤがどことなく申し訳なさそうに呟いた。
「顔合わせした時にやたらと喧しかったから、紅の魔剣で思いきりぶっ叩いたんだよね。今はゴートとリブラスに事情を説明してもらってるから、後で謝りに行かないとな」
「そうか……ん? ってこたぁ、本体の方に意思はないのか?」
「ああ。だからよほど親和性の高い適合者が所有でもしない限り、異能が使えないタダの頑丈な武器としての機能しか発揮できないよ」
「なるほど。便利なものですね」
「ただし、あくまで主導権は魔剣の意思にあるって訳か」
内緒話を程々に切り上げ、エリックと離れる。
目下、最大の目標は達成したから日輪の国でやること無くなったんだよな。精々、夏季休暇中の実績づくりくらいか?
「──んで、その神器って護心組の人が持ってんのか? そーいうのって王家直属の兵士みたいなのが運ぶもんじゃないのかい? 知らんけど」
「わかんない。でも編み笠、っていうの? それをかぶった男の人が持ってるよ」
「編み笠の男……?」
身体が治ったら何をしようか、と考えていたら、セリスとユキの会話にオキナさんが首を傾げた。
「どうかしました?」
「ああ、いや……連れてきた護心組の中に、そんな物を被った者などいなかったはずなのだが」
「んーん。ほら、あそこにいるよ」
不穏な情報を口にしたオキナさんを促すように、ユキが指を差した方を見る。
祭壇の残骸付近。護心組の集団に混じり、確かに独特な風体をした長身な人物がいた。
編み笠を目深に被り、年季の入った和服の上に警備班の法被を肩から羽織った男性だ。脇には布で包まれた円盤状の物体、“始源の円輪”たる灰の魔剣を抱えている。
……だが、俺の記憶違いでなければオキナさんが言う通り、あんな人はいなかったはずだ。ユキを呼んだ時にも、見かけていない。
「──ふむ。他のめくら共と違い、童は鋭いな。よもや見破られるとは思わなんだ」
背筋が張り詰める、よく通る声だ。
編み笠の男は意外そうにぼやき、こちらの方に目を向けてくる。途端、視界に線が走るような感覚、別たれた世界が見えた。
ズキリ、と痛んだ両目を閉じようとして、周囲にいた護心組の集団が膝から崩れ落ち、倒れ伏す。
カラミティの幹部がついに姿を見せました。ルーザーに比べてめちゃくちゃ設定を盛っているので描写が楽しみです。
次回、鎧袖一触なアカツキ荘と困惑を切り裂く心髄のお話。