第一八〇話 凶乱の果てに
事件の決着と様々な後処理に動き出す陣営のお話。
マガツヒが始めた克至病の同時多発バイオテロ。
その効能を十全に発揮しながら、衝動的な動機で行動を起こした構成員たち。
アヤカシ族の本性を強引に引きずり出され、訳も分からず異形と化した者たち。
病に侵され、黒く染まった血を流し、死を待つしかなかった者たち。
大霊桜・神器展覧会に参列する住民、観光客もろ共、十年前の災厄を模倣した事件に巻き込まれ、大多数の命が失われるところだった。
しかし迅速な対応に当たったフヅキ家のフミヒラ、コクウ家のマチ。
事態の発生に関係していると見られた道具の発見に加えて下手人の確保。
即座に精製された特効薬、生命魔法、フェネスの炎と、アカツキ荘がもたらしたあらゆる要素によってマガツヒの騒乱は収拾に向かっていた。
太陽にすら負けない輝きを放ち、癒しを振り撒く巨鳥。
巨大な狼に跨って特効薬をバラ撒く姉弟。
コクウ家領地を駆け巡る奇怪な集団と護心組、冒険者混合の警備班が尽力していたこともあり、各地での被害は徐々に縮小していった。
だが、祭事の中心であるコクウ家の寺社。
マガツヒの首魁シラビ、クロトとカグヤの決戦の舞台となった地は……戦闘の余波で凄まじい惨状と化していた。
境内の地面は至るところが陥没し、整えられた道はめくれ上がっている。
各所の設備はもれなく破損し、特に酷いのは神器を飾っていた祭壇だ。跡形も無く壊れ、残骸となったせいで荘厳な面影は全くない。
そして特筆すべきはシラサイの心髄によって、境内が割断されていることだろう。
結合破壊の斬撃によって、小高い山上に建てられた寺社には大きな溝のような地形が生まれてしまったのだ。割断の始点には白目を剝いて泡を吹き、妖刀“アラナギ”の破片を載せて気絶しているシラビがいる。
周辺への影響を鑑みて、クロトは爆薬の使用を自重していたようだが……意味があったのかどうか、分からない状態だ。
唯一の幸いといえば、大霊桜を損傷させないように立ち回れたことだろう。
伝統ある観光資源をシラサイの心髄で誤って伐採なんてことになったら、血の気が引くどころの騒ぎではない。
総じて今回の騒動において致命的な犠牲が出た訳でもなく、結果として最良といっても過言ではない成果をクロト達は収めた訳だ。
状況の収束を実感した各々がコクウ家の寺社に集結する中。
肝心のクロトはというと──
「いでででででっ! か、身体がァ!?」
「大丈夫なんでしょうか……?」
『放っておけ。リスクを呑み込んだ上での代償は甘んじて受けるべきだ』
『キュキュ』
カグヤが克至病の特効薬をシラビに振りかけている傍らで。
アラナギの心髄で斬られた負傷。
遅れてやってきた超越駆動の反動。
魔力切れの症状たる頭痛その他諸々の負荷で転げ回っていた。
◆◇◆◇◆
シラビが嫌な音を立てながら、特効薬で人の姿に戻っていく中。
コクウ家の寺社が割れるという、トンデモ現象を見てしまったアカツキ荘の皆が集結し、詰め寄られることに。
とんでもない力を持つアヤカシ族と妖刀相手に手加減なんてできない。そう話せば、ちゃんと理解してくれたが……暴れ過ぎだと叱られた。ごもっともでございます。
説教も程々に、エリック達がシラビを簀巻きにしている光景を横目に。
獣化を解いたユキ、ため息を吐いたフェネス、面白がるソラから。
痺れが残る身体を指先、嘴、尻尾で突かれて悶絶していると。
体調が回復したのか、シュカさんを除く四季家当主たち、オキナさんが護心組を引き連れてやってきた。
境内の惨劇を直視して呆気に取られたようだが、すぐに再起動。
適切な指示出しで現場を押さえながら、比較的消耗の少ないシルフィ先生とカグヤに説明を求めてきた。
作業の邪魔にならないよう退きたかったのでフェネスに再生を頼んだ。が、生命の炎を使い果たして疲れたらしく、ソラを咥えて召喚陣で帰っていった。ポーションも無いのに、おのれ……
仕方なく最低限の手当てを施してからエリック、セリスに引きずってもらい、被害の少ない大霊桜の近くに運んでもらう。
「正直、斬られた時に死ぬかと思ったよね。あまりに痛すぎて」
「そんなんでやられるタマでもねぇだろ、お前」
地面に寝転がって桜の舞う夕暮れ空を見上げていると、呆れ顔のエリックが顔を覗き込んできた。
「つーか妖刀ってそんなにやばかったのかい?」
「セリスはよく知ってると思うけど、シラサイの心髄に耐えたんだよ? 迷宮の一画を切り崩すレベルの破壊力を秘めてるのに」
「マジかよ。めちゃくちゃ硬いのか?」
「なんて言ったらいいのかなぁ……材質はただの金属っぽいんだけど、雰囲気が魔剣に似てたんだよね。不壊の性質を持っているような感じがして」
「……あれか? 概念的な防護、魔法防御みてぇなのが掛かってたのか?」
「たぶん……? まあ、どの道へし折ったから詳しい所は分からないよ」
雑談しながらも事態は進み、侵入禁止柵の設置や証拠品が押収されていく。
妖刀として死んだアラナギも回収され、きちんと人間態に戻ったシラビもまた、荒々しい手際で警備班の人員に担がれ運ばれようとしていた。
おかしいな。なんで犯人よりも俺の方が重傷なんだ? 不本意なんだけど。
「っ……ぐっ」
なんとか上体を起こして境内を眺めると、気を失っていたシラビがわずかに目を開いた。
本当に呆れた頑強さだな、あれだけ痛めつけたのに。
「オレは、負けたのか……くそっ、あと少しだったのによぉ」
シラビは忌々しげに俺を見つめてきた。
胡乱で焦点が合っていない。それでも、捉えてきた。
「お前は、なんなんだ……何の為に、そこまでして戦うんだ」
「アンタが余計なことしなければ戦う理由なんざ無かったさ」
でも。
「復讐を目的に動いたことは理解できるし共感もした。俺がアンタの立場だったらそうしてたよ。対立する関係じゃなければ、味方として行動してたかもな」
「…………そうか」
諦めに近い声音を漏らしたシラビの顔は、憑き物が取れたように穏やかだった。
「どうせ、オレは極刑を免れることはねぇ……一つだけ、頼んでもいいか……」
「何を?」
「オレの子が眠る墓地に、花を手向けてほしい。もう二度と、出向くことはできねぇだろうからな……オマエに、託したい」
「分かった。請け負おう」
最後の力を振り絞った願いだったのだろう。
それだけ言うとシラビは満足そうに頬を緩め、目を閉じた。
我が子を思い、復讐を糧に生きてきたマガツヒの首魁は、どこか物悲しげな背中を向けながらも連行されていった。
カラミティの人間を出そうと思ったけど、長くなりそうだったので分けます。
次回、今度こそ唐突に現れる風来坊のお話。