第一七六話 虎頭蛇尾、ただし凶悪
戦闘の始まりでもあるので、少し軽めなお話。
『大霊桜に座して飾られた神器“始源の円輪”……なるほど、間近で見ればよく分かる。あれは魔剣だな』
『見た目的にも感覚的にも、私たちと同じ気配が滲み出ている。リブラスの情報は確かだったという訳だ』
『いやぁ、自分の記憶を疑うのはアレですけど、ちゃんと当たってたみたいでよかったです! これで所在については問題ないですね! 後はクロトさんが接触できるかどうか……』
『その前に激戦を繰り広げてる俺に対して思うところは無いの!?』
『『『頑張れ』』』
『ちくしょう、他人事だからって!』
視界の端にチラリと映る“始源の円輪”。レオ達との会話を切り上げ、魔剣特有の淡い明滅を繰り返すそれに気を取られないように。
顔面狙いの、風を切って振り抜かれる虎の拳を避ける。空気を抉る衝撃と共に生じた風圧が体を揺らす。
体勢を整える足踏みの間隙に合わせ、強靭な脚で蹴り上げてきた。軸足に支えられた、強烈な剛撃。
その場で屈み、朱鉄の魔導剣の刃を毛皮に当てる。
受けて、逸らし、わずかな隙にシラサイの追撃を──差し込む直前、脳裏に不快な熱が奔る。
目線だけを背後に向ければ、捻じれ、うねり、回り込む蛇尾がいた。
その先、蛇の口腔が開かれ、牙から怪しげな液体がこぼれ落ちている。種類はどうであれ、毒か。
前面に虎、後方に蛇。それぞれが一体に収まっていながら独立した動きを見せていた。一対一のやり合いかと思いきや一対二。
加えて俺の身長をゆうに越す体躯である為、顔色を窺うのにも一苦労。
アヤカシ族の先祖返りとでも言うべき恩恵がもたらす筋力、底知れないスタミナで絶えず攻勢に回る……厄介なことだ。オキナさん達が苦戦してたのも頷ける。
ため息を吐き、緩慢に流れる世界の中でシラサイの切っ先を背負うように。蛇の頭に添わせ、刃を引く。
シラサイの心髄、結合破壊の力を用いずとも縦に裂くように。刃渡り分の尻尾が断たれ、その箇所と血飛沫が地面へ落ちる。
『二刀流の運用を考えて正解だったな。こういう時に便利だ』
『些か見た目は奇怪。しかして、汝ほど使いこなせなくては意味が無かろうがな』
レオの呆れ声を無視して。見下ろす虎男と見上げた視線がぶつかりあう。身体の一部を失っても、痛がる素振りすら見せない虎男は両腕を広げた。
拘束される。そう感じて魔導剣に風属性のアブソーブボトルを自動装填。両足に力を込め、跳躍と同時に光芒を散りばめる魔導剣を振るう。
ぶんっ、と両腕が振り抜かれる直前に懐の間合いから跳び抜けて、その勢いで桜吹雪が舞い飛ぶ。
危ない……あのままベアハッグされたら鯖折りどころの話じゃなかった。
「ハッハァ! いい動きするじゃねぇの!」
着地した俺を見て、興奮した様子で虎男は叫ぶ。自身の体に、異質な水音を立てて再生した尻尾を巻き付けながら。
対して、切り落とした箇所の尻尾は音も無く灰と化していた。まるで絶命した魔物のように。
「不思議だな……アヤカシ族の本性ってのは魔物の性質に近いのか? それとも別の原理が働いてるのか?」
トライアルマギアから強制排出されたアブソーブボトルを回収し、専用のケースに仕舞いながらぼやく。
聴覚も強化されているのか。虎男は殊勝な面持ちで顎に手を当て、思案する。
「焔山を源泉とする龍脈の疫病が、アヤカシにだけ良性な反応を見せるからなぁ。改良した克至病がそういう効能をもたらす……あり得る話だと思うぜ?」
「怖くないのか。自分も亡骸すら残さず灰になる可能性があるのに」
「コクウ家のクズに復讐が出来るなら本望だぜ。てめぇに邪魔されなきゃ、あと少しで叶うはずだったのによぉ」
「……最初から生き残る気すら無かったって訳か。そうまでして、殺したいほど憎まれてるんだな、あの人」
別におかしくはないな。娘のマチさんはともかく、当主本人が時季御殿の調子で生活してるなら敵は多そうだし。
救出した時もやたらと傷だらけで不思議だったけど、身から出た錆だった訳か。
「まあ、あんなのでも殺されたら面倒になるんだ。悪いが諦めてくれ」
「だろうよ。んでもって、わざわざこうして会話を持ちかけてきたのは時間稼ぎが目的だろぉ?」
「なんだ、気がついてたのか」
虎男はニヤリと笑みを浮かべ、目論見が当たった事を喜んでいるようだ。
少なくとも四季家の当主はカグヤが全員運んでくれたし、境内に残っているのは二人だけ。
他のアカツキ荘メンバーは各作業を終えたら、コクウ家の寺社で落ち合う手筈になっている。カグヤも特効薬を飲ませ次第、こちらに合流するだろう。
出来れば彼女が来るまで持たせたかったが、そう上手くはいかないか。
「こんな所で足止めされちまったら予定がズレる……仕方ねぇ、奥の手を出すか」
「させると思うか?」
魔導剣とシラサイを構え、虎男の間合いへ踏み込む。
不審な動きをされる前に、再起不能にする!
「いんや、誰にも止めらんねぇぜ?」
しかし虎男は嫌な笑みを維持したまま両手を組む。
各手指を組み合わせた様は、まるで印を結ぶようで。
「妖刀招来……来い、“アラナギ”」
──突如として、指の隙間から鈍色の切っ先が飛び出してきた。身体が強張り、それでも接触する寸前の所をシラサイで弾く。
火花が散り、打ち上げたそれは……フミヒラさんが愛用する大太刀に似ている。相違点としては、怪しげに蠢く紋様が刀身に刻まれていることか。
先程の言葉を信じる限り“アラナギ”と呼称し、召喚した妖刀は虎男の手に落ち、どす黒い瘴気のようなものを纏い始める。
浸食するように毛皮を染め上げた瘴気に身震いしながら、彼は爛々と輝く眼光を向けてきた。
「カカッ……いいね、いいねぇ。昂ってきたじゃねぇか!」
「お前、そこまでやるのか……」
「あたりめぇだろ! もうなりふり構っちゃいられねぇんだ。お互いに譲れねぇモンがあるなら、どっちが自分の道理を貫き通せるかだ! てめぇも似たようなモン持ってんだ、一つ勝負と行こうじゃねぇか!」
「俺のシラサイをアンタの妖刀なんかと一緒にするな、虎男!」
肉体変化により強化された身体能力。加えて未知数な大太刀の妖刀を構えた虎男と再び対峙する。
彼はアラナギの刃を手に当て血を滲ませ、より濃く、夜闇を思わせる触手じみた影を周囲に湧き上がらせた。
こちらもシラサイに血液魔法で血を垂らし、心髄を引き出す予兆となる発光現象を刀身に浮かばせる。
誰に合図されたでもなく、互いに睨み合い、力強く踏み出した。
「──食い尽くせ、“アラナギ”!」
「──掻き鳴らせ、“シラサイ”!」
妖刀と疑似魔剣。
思いもしない組み合わせの交錯が、境内を不気味に照らし尽くした。
どこかの予告で宣言しておいて出し忘れた妖刀の要素を回収します。
次回、黒白の相克、ぶつかり合う心髄の衝撃。