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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【七ノ章】日輪が示す道の先に
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第一七四話 爪弾きの恩讐

悪党にもそれなりの矜持と行動理由があるというお話。

 小さき命があった。幼くも尊い、大切な宝物。

 やんちゃ盛りで、毎日遊んで、泥だらけで。

 父の名を口にしながら、遊び疲れて眠ってしまう……そんな些細で幸福を感じられる時間が、何よりも嬉しかった。

 この子と共に居られるならば、いかなる困難辛苦も乗り越えられる。そう思わせてくれるほどに、愛していた。

 ──その日常が、容易く崩れ去るとも知らずに。


 日輪の国(アマテラス)の各地で前触れも無く発生した異常現象。

 焔山(ほむらやま)を根源とする疫病、死刻病(しこくびょう)の霧に触れた者は皆、健常な肉体を蝕まれ、衰弱し死に追いやられる。老いも若いも関係なく、死んでいく。

 人間、獣人、妖精族、エルフ、ドワーフ。そしてアヤカシ族も例外ではなかった。

 前者に挙げた種族と違い、確かに罹りにくくはあるが、限度はある。その特性を利用され、霧が噴き出す死地へと送り込まれたなら尚更だ。


 国中に根を張るかの如く、地中を血管のように走る“龍脈”。

 その切れ目であり噴出孔とされる箇所は予測が出来ず、突如として発生する。しかし土や岩などを敷き詰めることで(あな)を塞ぎ、対処する事は可能だ。

 現マガツヒの首領たるシラビもまた、作業員として業務に当たっていた。


 死にゆく人々を一人でも多く救う為、過酷で危険な肉体労働に準じる。

 日夜開発されている防疫装備、予防薬を使用し、仲間を引き連れて。

 相応の対価として日当高額の金子(きんす)を得て家に帰る。母はいずとも、愛しい我が子が待っている家に。

 ……家屋の地盤が割れ、毒の霧に包まれた、我が家に。


 血の気が引いた。

 喉の奥が締まった。

 脇目もふらずに走った。

 シラビ自身は作業員として配給された薬で予防が出来ている。しかし結局は一人分だ。加えて、家で待っている子どもは何の対策もしていない。


 門戸を開けて、土間に倒れ伏す我が子を視界に納める。駆け寄って名を呼びながら、抱きかかえるも反応はない。

 既に霧を吸ってから数時間が経過していたのだろう。地面に広がる黒く変色した血液と、衣服の合間から覗き見える皮膚は痛々しい。

 体温は冷たく、呼吸も浅い。何もしなければ、死んでしまう。

 最悪の想像に突き動かされるまま家を飛び出して駆け出す。


 まだ、まだ間に合うはずだ。

 かすかな希望を胸に、街中にある対死刻病(しこくびょう)専門の研究所兼診療所へ。我が子を救いたい一心で、備蓄されている薬を貰えない直談判を持ちかける。

 少しでもいい、頼むと懇願するが、この異常事態へ対応している最中、そんな余裕はどこにも無い。薬の保管場所を襲撃するという、当時のマガツヒが暴挙に出ていた問題もあったからだ。


 冷たくなっていく我が子の熱を感じながら、各所へ出向くが薬は貰えない。

 汗が滲み、喉が渇いて。靴が壊れ、血だらけになって。

 足が強張り、幾度となく転んで、我が子を庇った身体は傷だらけ。

 それでもシラビは諦めず走り続けた……最後に頼るべき相手として、疲労困憊のままにコクウ家の門を叩く。


 どれだけの対価を求められようと愛する家族の為ならば、金だろうが命だろうが差し出しても惜しくない。

 強い決意を秘めた眼差しで睨む門から、コクウ家の当主シュカが姿を現す。だが、彼は実力主義で、傲慢で、臆病だった。

 死に体の身体と子どもを抱えた親子。ある程度の耐性を持つアヤカシ族でさえ、(かか)れば遠からず死に至る。更に言えば誰がどう見ても、国難と化している死刻病(しこくびょう)の感染源となる要素を兼ね備えた二人だ。


 他の四季家当主であれば、保管していた薬を放出してでも対処してくれたかもしれない。しかし、あろうことかシュカは拒絶した。

 所詮は総数が少ないアヤカシ族が一人、二人と減った所で支障はない。自分まで死出に付き合うつもりはない、と。

 情けも容赦も無く突き放され、呆けるまでもなくシラビは血が出るほど強く門を叩いても、シュカが応えることは二度となかった。


 失意に暮れる中、他の領地へ出向けば……! と。一縷(いちる)の希望を捨てられなかったシラビは、気づく。

 腕の中に抱いていた我が子が息をしていないことに。心の臓は止まり、身体は硬直し、安らかな面持ちで死に絶えている。

 生を主張するでもなく、ただ静かに。

 (なか)ばで開かれた眼でシラビを、自身の為にと必死に行動してくれた父の姿を映して。


 丸一日、必死になって働いた彼の手に残ったのは。

 家族を思って稼いだ金銭と、命を失った我が子の身体のみ。

 突きつけられる無情な現実に、とめどなく涙を溢しながら。

 幽鬼のような足取りで家に帰ったシラビは三日三晩、飲まず食わずで放心していた。


 様子を見に来た同僚のアヤカシ族によってシラビは保護されたものの、憔悴(しょうすい)し、生きたまま死んでいるような状態になっていた。

 それでも死刻病(しこくびょう)で亡くなった者を埋葬する集合墓地へ通い、子どもの為に穴を掘り、埋める。

 誰の手を借りるでもなく、たった独りで。

 稼いだ金銭で献花、食べさせたかった甘味を(そな)え、しばらく喪に服し──決意を抱いた。


 我が子も救えず無様に生き残った自身の命を、どう使うべきか。

 予見されることなく発生し、問答無用に命を奪っていく死刻病(しこくびょう)の存在。

 保身に走り他者を(かえり)みない、愚鈍で冷酷、人でなしのコクウ家。

 どれもこれも、ふざけた道理で大切な物を奪っていく……誰にも止められない厄災、負の憎悪、繋がる怨嗟。

 この恨みはらさでおくべきか? 否、否、否!

 事態を招いた根源を憎み、嫌悪し、完膚なきまで叩き潰す。自身よりも下に蹴落とさなくては気が済まない!

 その為ならば、いくら時を掛けようが構わない。必ずや最低最悪な手法で、この世に(あまね)く全てを絶望の底に沈める……!

 子どもの墓前にて、一人の男が狂気に落ちた瞬間だった。

魅力的な悪役を出したいので、その走りとでもいうべき背景の描写です。


次回、コクウ家の寺社にて暴れ回るシラビと四季家当主たち、そして現れるクロトとカグヤのお話。

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