第一七二話 災禍を砕く希望の力
やること成すこと悪人だが立場は主人公サイドなクロトのお話。
フミヒラさんと逐一連絡を取りつつ、騒動の渦中を突き進むこと数分。
克至病とやらで姿が変わり怯えていた一般アヤカシ族と、明確に悪意を持って襲ってくるマガツヒのアヤカシ族を相手取りながら。
四季家の一人であるマチさんと合流した俺たちは、現在判明している情報を照らし合わせ、次に取るべき行動を思案していた。
ちなみに、近辺で暴れ回っていたマガツヒのアヤカシ族はアカツキ荘がタコ殴りにした上で、ひとまとめにしてあるので安全地帯と化している。
エリックとセリス、ユキが監視についている為、下手に動けば拳が飛ぶ。比喩抜きで、意識を奈落へ突き落すことだろう。
「──死刻病をマガツヒが改良したせいで、このような事態に!?」
「構成員の言葉を信じるなら間違いないでしょう」
カグヤと言葉を交わしていたマチさんは驚愕に目を見開く。
彼女らも異変の発生に伴って行動を起こしていたが、難航していたらしい。こんな状況では当然とも言える。
「現在は対処療法のような形になりますが、とにかくマガツヒを鎮圧。その後に、警備班や救護所に配置してある死刻病の治療薬で、重傷者から投与を開始するという手順を取っています」
「なるほど。であれば、異形へと姿を変えられてしまった者たちも、元に戻るのだな?」
『いや……人間やその他の種族はともかく、変貌したアヤカシ族の住民については従来の医療品が効果を発揮しないっ! 目下、その原因も探っている最中だっ』
シルフィ先生の後に続き、通信符越しに焦りを滲ませるフミヒラさんの声が響き、顔を合わせた全員の顔が曇る。
誰もが脳裏をよぎったのだろう。かの最悪な病がさらに発展したことで、肉体に変異を及ぼす程の効能をもたらしているのだ。
彼らの体は一生、あのままではないか、と。
「なら、一つだけ俺の方で試したいことがある」
だが、絶望が思考を埋めるよりも先に、行動を起こすべきだ。
「試したいこと……? なんだ?」
「異形化の治療。策はいくつかあるが、その内の一つを実行したい」
『っ!? 可能なのか、クロトっ!』
「対人には死刻病として従来通りの症状が現れていながら、アヤカシ族には全く違う効果が発揮されている。恐らく、そこが克至病と表現する明確な違いだ。それを吸い込むか皮膚接触で変化した訳だが、アヤカシ族に吐血や血の変色といった状態の変化が見られない。苦しんでもいなければ、衰弱した様子も無い……つまりは病に適応したということになる。ならば元が病原体、毒である以上、彼らの体には免疫が存在しているはずだ」
「……あっ、まさか!?」
「……そういうことですか。血清ですね?」
俺の推測に思い至ったカグヤ、シルフィ先生の発言に頷く。
「俺たちが事前に持っている死刻病の薬品と、異形化したアヤカシ族の血液を採取して錬金術で再構成……二つの病を打ち消す特効薬を作る。それで大勢の命を救えるはずだ」
『なんと、凄まじいっ! やってみる価値はありそうだっ!』
「……本当にそのような物が作れるのか? 死刻病の治療薬すら精製に数ヶ月の時を要したのだぞ……」
とんとん拍子に話が進み、マチさんは疑い深く腕を組んだ。
気持ちは分かるが、ここで説得しないと後が面倒だな……
「そういった点においては、自信過剰に聞こえるかもしれないけど俺は抜群に相性が良い。それに少なくとも、こんなに大事な祭りの日に作戦を決行する程度には下準備してたんだ。克至病の実証実験も当然していたはずだ。もちろん、元に戻れるようにな」
「仮に元から異形化していたという説も、関門を素通りしてた事実で否定できます。これだけ変容している容姿を見逃すとも思えません」
「……そうか、事態が領内でのみ発生しているのだから、裏付けになるのか。だが、そんな道具や技術を持ち合わせている者などいない。しかも異形と化してしまった一般人のアヤカシ族は恐慌し、平静を保てていない。血はどうやって採るんだ?」
「少し特殊な手順になるが、錬金術なら得意分野だ。先生もいるし問題はない。血液に関しては──都合よく簀巻きにされて転がされてる、体の良い実験体がいるだろう?」
マチさんの疑念を晴らすように、捕らえたマガツヒの構成員を指差す。
一般のアヤカシ族には協力してもらうのは酷だ。だが、自ら病をバラ撒き、望んで姿を変えた連中なら話は別だ。推論と仮説の上ではあるが、アイツらの体で観察・検証・考察させてもらう。
少し距離を置いていた構成員たちの元へ近づく。大小さまざまな形態を持つ彼らは怒りを込めた視線を向けてきた。
猿轡を噛ませているとはいえ、反抗的な態度はいただけないなぁ。
「俺の心情としてはまず自分の身体で試用したいところなんだが、残念な事にアヤカシ族じゃあないんでね。克至病に関してはどうしようもないんだ」
ハンドサインでエリック達に指示を出した。
ユキが一人の構成員、鎌鼬を俺の眼下に引きずり出す。事前に俺の手で痛めつけられた奴だ。
手足が刃物となっている為、誰よりも厳重で。
さらにエリックとセリスが重石となって身動きを封じ、雁字搦めとなった構成員の前で膝をつく。
「荒っぽいやり方になるが、なぁに死にはせん。想定通りなら骨格ごと肉体が元に戻ることになるから……良くて全身骨折といったところか。うん、問題無いな!」
「──!?」
消毒液代わりにポーションを掛けてから、制服の裏に潜めていたナイフを取り出し、毛皮の無い皮膚に刃を当てて引く。
赤い斬線が奔り、滴り落ちてくる血液に触れる。まず死刻病の特徴である変色は無し。
「それと失血死しない程度に血を抜くからよろしく」
「──!?!?」
血液魔法を発動。
意思を持つかのように吸い出された血は弧を描き、みるみる内に玉となって空中を浮遊する。反対に、鎌鼬のアヤカシの顔色がどんどん悪くなっていく。
「なかなか、実に健康的な色をしてる血だねぇ」
「サンプルとしては充分すぎるな。実験が捗りそうだ」
「ゆーしゅーだね!」
「やってる事と言ってる事が悪人過ぎねぇか?」
冷静にツッコんできたエリックを無視して、警備班に配備された死刻病の薬品を投入。
「先生、魔法で血の球を撹拌してもらえますか?」
「了解しました。引き継ぎますね」
魔力の支配、操作権を受け渡し、ルーン文字の付与に使う“刻筆”を取り出す。
「カグヤとマチさん。他の手が空いてる人は空き瓶か、何か容器を用意して待機してもらえますか?」
「わかりました。少々お待ちください!」
「指示に従うのは構わないが、本当に道具も無しに錬金術を?」
「この場の空間を錬金壺と定義付けるルーン文字を展開するんですよ。そうすれば巨大で透明な錬金壺として代用する場所が機能を発揮します。多少は強引だし、めちゃくちゃ大変だけど」
『素人目線だがとんでもないことを言っていないかっ?』
「ほぼほぼ、独自に編み出した、魔法みたいな、ものなんで……」
錬金壺を焼き入れする際に刻まれるルーン文字、術式、構築文を思い出しながら空中に描いていく。
幾何学模様の、意味のある文章が光を纏って形を成す。儀式を行う円陣のような物が幾度となく現れては溶けていく。
『いつも想像の上を行く発想と技術力を行使するな、君は』
『あえて名付けるなら、錬金魔法か』
『いいですね、それ! かっこいいです!』
『でも普段使いするような代物じゃないからなぁ。あくまで緊急時に使えるってだけの技術だし、多用する場面はないと思うよ』
脳内で語るレオたちの言葉に応えながらも手は止めない。
空気中の魔素を熱量へ変換。撹拌されている血の球の成分を分離、再構成。粘性を持った血の球が不定形に切り替わる。
肉体への作用効果を増大させる為、ポーションを投入。様々な手順を繰り返して、求めている結果を手繰り寄せる。
必要な要素が揃った血の球は次第に赤から白へと色味を変えていく。すかさず特効薬となる部分を抽出し、空中で分けた物を“刻筆”で誘導。
カグヤ達が用意していた瓶へ小分けして分配。
余った分を、気絶しかけた鎌鼬のアヤカシの口をユキにこじ開けてもらい、ねじ込む。ゴクリ、と喉を鳴らしたのを確認してから、ルーン文字を消して少し待つ。
「──!?!?!?」
ビクン、と一際強く身体が跳ねたかと思えば、アヤカシの全身から煙が立ち昇り、苦しげに呻き始めた。
ぺき、ぽきゃ、ぐじゅり、と。鋭い刃の手足が水気を含む音を立てて戻っていく。体毛が薄くなり、全長も人間大の等身へ。
そんな中で鎌鼬のアヤカシ族は、声にならない悲鳴を上げ続けている。
ジタバタと跳ね、冷や汗と涙、猿轡越しの涎、と。
無様に体液を撒き散らす凄惨な光景は、反抗的な態度を取っていたマガツヒ構成員を静かにさせる。
そして一分も経たない内に、人としての特徴を取り戻した全裸のアヤカシが姿を現した。検証、完了です。
「お、おお! とんでもなく痛そうではあったが、戻ったぞ!」
「死刻病、克至病の症状は無し……相当な激痛を伴うのは仕方ないか……? とはいえ、これ以上の改善は難しいな」
「十分過ぎる性能ですよ! この特効薬なら、皆さんを元の姿に戻せます! ありがとうございます、クロトさん!」
感激に目を潤ませるカグヤが、特効薬の詰まった瓶を大切そうに抱える。
彼女のトラウマである死刻病を打ち砕く、希望の象徴とも言える大事な物だからね。むべなるかな。
「特効薬の効果中は暴れる可能性があるから、経口摂取させる場合は拘束用の人員を連れて動いた方がいいかも……?」
「ではオレの方で護心組や冒険者で手が空いている者を招集し、人員を確保しよう」
「助かります、マチさん。後は特効薬の一部をフミヒラさんの所に持って行って、分析してもらいましょう。量産体制が取れれば、俺が個人で作り続けるより効率的だ」
『了解したっ! しかし君たちの手を煩わせる訳にはいかないっ。すぐにでもそちらへ影の者を派遣しようっ!』
「さすがですね……ところで、もういくつか策があると言っていましたが……?」
次々と事態収束へ向けた動きが取れるようになり、各々が準備を始める中。
先生は不思議そうに俺の言葉を思い出し、聞き返してきた。
「ああ、簡単な話ですよ。ユキ、セリス! 新しい被検体を! こいつマジで元に戻んの? って奴を連れてきて!」
「「あいあいさー!」」
「もはや人扱いすらしてねぇじゃん」
「アヤカシ族も人間も獣人もエルフも妖精族もれっきとした人だよ。でも犯罪者に甘さを見せたら意味が無いんだ……法で裁かれて欲しいけど、俺と顔を会わせたのが運の尽きだと思ってもらう」
「…………せめて一思いにやれよ」
「善処する」
何を言っても無駄と諦めたエリックの後ろから、土蜘蛛のアヤカシ族が転がされてきた。
クモとしての顔があるべき場所が人面になっており、異形化の中では特にグロテスクと言えよう。検証のし甲斐があるなぁ。
なかば発狂しかけの怯えた表情で、こちらを見つめる土蜘蛛の前に立つ。
「死刻病の話を聞いた時から、ずっと頭の片隅に残ってたんだ。容赦なく免れない死を刻む病──それに対抗して生命の力を叩き込んだら、どうなるんだ?」
回復、治癒魔法の際に発生する虹の輝き。万能細胞がもたらす生命再生の力。
命そのものへの干渉と言っても過言でない生命魔法を直接ぶち込む……試してみる価値はあるだろう。
「っ、ッ、~!?」
「そう怖がらなくていい。どの道、治すのが送れるか早いかの違いでしかない。受け入れろ、それがアンタの運命だ」
嫌々と首を横に振るう土蜘蛛に対し、握り締めた右の拳に生命魔法を発動。
「──無駄ァ!」
虹色の燐光を纏った命の輝きは煌々と辺りを照らす間もなく、拳骨を落とすように頭部へ振り落とす。
鈍い音が鳴り響き、拳にから土蜘蛛の身体へ虹の粒子が溶けていく。同時に土蜘蛛の全身から、特効薬の投与時と同じ煙が噴き出す。
ぱきゃ、ごりっ、めしゃ、と。激しい痙攣と人体から鳴るべきでない音を出しながら、身体の異常を正常へと巻き戻しの如く治していく。
やがて克至病の成分を分解しきり、生命魔法が消えた。後に残ったのは尻を突き出し、口から泡を吹いて気絶した人型のアヤカシ族のみ。第二の検証、完了です。
「治り切るまでの時間は変わらず、生命魔法も特効薬と同様の効果アリ、と。つまりはフェネスの生命の炎も役立てられる訳だ」
「ってこたぁ生命魔法をバラ撒きつつ、マガツヒを拘束していくのが無難か?」
「俺とフェネス、特効薬を持つ三つの組み合わせに分けて動いた方が楽かも」
「そうですね、役割が被ってしまってはもったいないですし……」
「それにここまでの事態が起きてる現状、四季家当主が一堂に会するコクウ家の寺社がどうなってるか気になる」
「騒動が起きてから音沙汰がねぇしなぁ……」
「ではコクウ家の寺社に向かう班、街中を行動する地上班、フェネスに乗る空中班と人員の組み合わせを考えて、次の行動に移しましょう」
「ナイス、カグヤ。それで行こう! ……の前に、存在感を消そうとしてるマガツヒの連中は全員、生命魔法で殴っておくか」
「──ッッッ!?」
悲惨な光景から目を逸らして空気に徹していたマガツヒの構成員へ、虹の輝きを両手に携えて歩み寄る。
怯えろ、竦めっ! アヤカシの性能を発揮できぬまま朽ち果てろぉ!
アカツキ荘の活躍によって、マガツヒによる形成を逆転していきます。
次回、別れた三つの班でどう動くのか、大霊桜の寺社側を描写します。