第一七〇話 不審物、からの不審者《後編》
悪党に対して必殺仕事人みたいな態度を取るクロトのお話。
「ひひひっ……浮かれた連中がいっぱいいやがるぜ」
クロト達が配置されていた関門から数百メートルの地点。民間人に扮した身格好で街道を歩くマガツヒの構成員がいた。
額の両端近くから伸びた小さな角、剥き出しな牙、鋭利な爪……天邪鬼のアヤカシは背中に背負っている荷物入れから、クロトが発見した物とは別の巾着を取り出す。
無差別に大勢の人間の命を容易く奪う、死の病。
死刻病の元である霧を封じ込めた特注の品、小壺。
その毒性をさらに強めた一品を、構成員は下卑た笑みを浮かべて路地裏に設置。
今や大勢の構成員が人波に乗じて小壺を置いて回っている。誰かが拾えば、もしくは小壺に巻かれた呪符が時間差で発動すれば──あっという間に疫病は蔓延する。
祭りだ霊桜だと騒ぐ能無しどもを恐怖のどん底へ突き落とし、そこに日輪の国王家、四季家の怠慢だと煽れば……愚かな連中は信じ込む。
アヤカシ族を下に見続けてきた罰を受けるのだ、と。
自身の行いが罪を再確認させるものでなく、容易く他者の命を冒涜する邪悪の行為であると思わない。
アヤカシ族の正当性を主張するのなら何をしても許される……本気で、そう思い込んでいるが故の行動だった。
「もっとも、誰がどう死のうが俺っちにゃかんけーねー話だぜ」
日々の身銭を稼ぐために悪党へ身をやつして。
凶悪な犯罪行為を崇高とのたまうマガツヒに身を置いた構成員にとっては、金が払われるのであればどうでもいい……そんなスタンスであったが。
だからこそ、迂闊だった。自分の行動に気づいている奴などいない、足下が疎かなバカどもに見つけられるはずがない、と。
タカを括っていたのが仇となったのだろう──構成員の上から、その様子を覗き見ていた者がいるなど、毛ほども考えていなかったのだから。
「? あっ? なんだ?」
シュルシュルと、何か擦れるような音が耳元でしたかと思えば、全身を強く縛られる。
悲鳴を上げる隙も無いほどの速さで引き上げられた。全身が不快な浮遊感に包まれ、視界が空を映す。
同時に、背中の重量感が無くなった。荷物入れが空中で何かに奪われたのだ。
立て続けに自身の身に起きた事態を、ただ右から左へと聞き流すように。
どこか他人事のような心持ちで構えていた構成員は、自身が近くの建物の屋根上に持ち上げられたことにようやく気づく。
そして逆さ吊りのまま、首元に白刃の刃先が立てられている冷たさに。
ようやく落ち着いた視界の真正面に、仮面を張り付けたかの如く無表情な男……クロトが、刀を握り締めて立っていた。
「マガツヒの構成員だな。悪いが言い訳をしても裏が取れている以上、こちらの質問に答えてもらうぞ。この意味が分からないとは言わせない」
「……は、っひ」
引きつった悲鳴が、構成員の口から漏れた。
眼下ではクロトの仲間、アカツキ荘の面々が、彼がシラサイで切り飛ばした構成員の荷物入れと、設置されていた巾着を回収している。
「今回の騒動を起こそうと画策してるマガツヒの数と配置を速やかに吐け。回答が五秒遅れる度、死なない程度に切りつける」
「っ……そんなん知らないねぇ。知ってたところで、善良な一市民に何を言って」
「警告はした」
クロトは制服の裾で縛り付けた構成員の右太ももを突き刺した。シラサイの切っ先から血が腹、胸、首と身体を伝って垂れていく。
本気でやると微塵も思っていなかった構成員は、喉奥から声を張り上げようとするが、すかさずクロトは空いていた左手で喉を掴み、悲鳴を止めた。
呼吸すらままならない状態が続き、気を失いかけた寸前。
左手が離れたおかげで呼吸が可能となった構成員は必死に酸素を求め、喘ぐ。
「二度目だ。マガツヒの数と、配置は?」
だが、クロトはシラサイを引き抜き、血を払って容赦なく問い掛けた。
クロトの危険性を十分に理解した構成員は頭に血が上り、半ば狂乱した思考を回して答える。
「しし、知らないっ、知らないんだ! お、俺っちは金に釣られて参加しただけで、言われた通りに仕事をしただけで……そもそも、誰がてめぇみてぇな甘ちゃんに教え」
「嘘は嫌いじゃないが、好きでもない」
情緒の不安定な、支離滅裂な言動は天邪鬼そのもの。種族としての本能に逆らえずに、言い返すのはさすがと言えばいいだろうか。
しかしクロトは構うことなく、シラサイの柄頭で構成員の胸を強打する。
何の変哲もない打撃。しかし人体構造の弱点を把握したクロトの一撃は、心臓を的確に狙い打ち、鼓動を止める。
血流を送らせるポンプが機能不全を起こし、留まり、声にならない声が吐き出された。
思考が止まり、訳が分からないまま、生きていながら死んでいる状態を味わう。永遠とも思える十数秒が過ぎた頃、構成員は息を吹き返した。
もはや全身から汗が滲みだし、だらしなく涎は頬を伝い、目が潤んでいる。
「三度目。数と、配置は?」
それでもクロトの追及は止まらない。
抑揚も無く、感情も無いような声音は背筋を泡立たせた。
「かかかか、数は四十七人ッ! 日輪の国にいる全マガツヒがコクウ家領地を囲い、寺社に向けて小壺を置きながら動いている! だだ、だから正確な配置は分かんねぇ、これは本当だ! ししし信じてくれよぉ!?」
これまでのやり取りで心が折れた構成員は、全てを洗いざらいぶちまける。
それは路地裏でカグヤの指導の下、小壺の封印処理を施しているアカツキ荘の耳にも入った。
構成員の証言を信じるならば、マガツヒは領地内を円状に分散して攻めている。ならば人の通りが激しく、大勢の観光客が密集している地点が危険か。何はともあれ、ある程度の目安にはなるだろう。
「情報提供、感謝する」
「だ、だろ? そうだろ? 俺っち、役に立ったよな!? だから」
「これで心置きなく、アンタを犯罪者として取り締められる」
「は。なん、で」
「なんで? 当たり前だろ。お前は人としてやっちゃいけない行為を平然と取った。他人を害することへの忌避感も無く、ただ金銭欲を満たす為だけに。……正直に話せば見逃してもらえるとでも思ったのか? そんな美味しい話が、あると思うのか? お前のような分際に……」
「な、なんてひでぇ奴……!」
何をやっても、どこまでいっても。
自分は悪くないとでも言いたげな態度を取る天邪鬼な構成員。
木っ端としての役割しか持たないであろう彼に対し、クロトは拘束を解除。
自由落下する足を掴み、振り被って、背負い投げるように屋根瓦へ叩きつける。受け身も取れず、顔面を強打した構成員は乾いた呻き声をこぼす。
バウンドし、晒された腹部を目掛けてクロトは脚を振り上げた。鈍い音と同時に打ち上げられた構成員に向けて跳び上がり、空中で身を捩り、回転を保持した勢いで蹴り落とす。
腹と背中。二つの衝撃で意識を刈り取られた構成員は、大通りの街路に不時着。
突如として現れた天邪鬼のアヤカシに道行く人々のざわめきが生じる。
直後にシラサイを納刀したクロトが降り立ち、警備班の人員としての証明である法被を視認させ、捕り物であることを周知させた。
路地裏で控えていたアカツキ荘のメンバー、エリックとセリスが嬉々として構成員を縄で縛り上げていく中。
クロトは耳に取り付けた通信符に手を掛ける。
「フミヒラさん。ユキが匂いを覚えていた構成員は捕らえ、所持していた小壺も回収しました。それとマガツヒの総勢、どういう経路で動いているかもわかりました。そちらはどうですか?」
『素晴らしい手腕だっ。そして早いっ! こちらでも警備班がマガツヒの者を捕まえ、尋問している最中だっ。詳細が分かり次第、情報を照らし合わせ──』
その時だ。
通信符越しに聞こえる爆音と不気味な振動が足下から響いてくる。次いで人々の悲鳴が鼓膜を叩く。
それはフミヒラさんの方だけでなく、クロトたちの周囲でも発生していた。
「何が起きました!?」
『……なんということだっ。マガツヒの奴ら、こちらの動きを察知して小壺を同時に破壊したのだっ!』
「領地内の至る所で死刻病の感染源発生……! 自爆テロかよ!」
「かふっ、ハハッ」
不安と悲鳴が両立した声が上がる中で、意識をわずかに取り戻した構成員が笑う。
「小壺の中身は死刻病なんかじゃねぇさ……ただ人の命を蝕み、死に至らしめる病じゃあない」
「この期に及んで、何を世迷言を……!」
次々と発生する異常事態に、カグヤが怒気を露わにする。
その様子を心の底から愉しむように、構成員は笑みを深める。
「お前らが脅威に感じてるだけで実際は真逆……アヤカシ族を更なる高みへと押し上げる、地より来たりし恩寵──克至病。アヤカシ族にだけ許された、新しい力。へへっ……この言葉を、天邪鬼な俺っちを信じるかどうかは、アンタら次第だ」
「ふっ!」
「ぼごっ!?」
余計な口を挟まれない為に、クロトは構成員の顎を蹴り抜く。
ようやく沈黙した構成員から視線を外して、アカツキ荘は祭事を混乱へと導くマガツヒの行動に顔をしかめた。
「くそったれ、ふざけたマネしやがる連中だな……!」
「どうすんだい? このまま話してても埒が明かないよ」
「どうもこうもない。コイツを近くの詰め所に放置して、近隣の安全確保を優先! マガツヒの鎮静化、それと事前に貰っていた死刻病の予防薬を使って、感染した恐れのある住民を治療!」
「場当たりな対応になりますが、後手に回っている以上それしかありませんね」
「事態が大きくなる前に、収束させるのを第一に動こう。カグヤ、平気?」
「……すみません。少し取り乱しました……でも、もう大丈夫です」
「許せない気持ちは俺たちも同じだ。マガツヒに最低な手段を取らせる訳にはいかない……一緒に、アイツらの企みを打ち砕こう」
「──はいっ!」
決意、新たに。
日輪の国を震撼させる危機に対し、アカツキ荘は行動を起こすのだった。
次回以降、マガツヒが引き起こした事件の対応に当たっていく展開となります。戦闘回が続くので描写が楽しみです。
次回、大霊桜の御膝元に忍び寄る、マガツヒの影。