第一六九話 大霊桜・神器展覧会
大ポカをやらかした部分を修正したので、前半部終盤の始まりを投稿します。
ついに始まった祭事の日。
コクウ家の領地は各地方、他領地からやってきた大勢の観光客で賑わいを見せている。近場の出店で販売されている品を手に、人波がコクウ家の寺社に向けて歩いていた。
その上空では定期的に打ち上げられる花火に彩られた空と、桜吹雪のコントラストが絶妙にマッチしている。
そんな中でアカツキ荘とフミヒラさんは各領地の狭間に置かれている、コクウ家とフヅキ家を隔てる関門の警備に当たっていた。
大霊桜と神器の展覧会場でもあるコクウ家の寺社へ向かう人々の見張り番だ。
シノノメ家の楼門のように立派な屋根、二階建ての部分には視力の良い者や護心組、アヤカシ族の人員が配置されて、怪しい動きを見せている人物がいないか監視している。
物々しく息苦しいと感じるが、こういった警備体制は例年と変わらないそうだ。
「出来れば俺も高い所で見張る方が良かったなぁ……」
「クロトは凄まじく視力が優れているのだったかっ。しかしすまんなっ。君の特性を考慮して進言したが、要となる箇所にはやはり日輪の国側の人員を配置したいとのことで、コクウ家に却下されてしまったっ」
「結局、余計な事に首を突っ込んだ部外者には任せらんねぇって訳か」
「妥当ではあるけどね」
祭事の運営側、警備員としての役職が分かるように用意された専用の法被。
アカツキ荘も着用しているそれを翻し、フミヒラさんは申し訳なさそうに頭を下げた。コクウ家が関与していると知り、分かりやすく悪態を吐いたエリックに同意しつつも諫める。
「納涼祭もそれなりにデカい祭りだったが日輪の国のも中々だねぇ」
「交代の時間になれば私たちも見て回れるそうなので、色々と楽しめると思いますよ」
「ここからでも良い匂いがするよ! おいしそ~……」
「ユキ、涎が出てますよ」
アカツキ荘の女性陣は緊張感の欠片も無いおしゃべりを交わしつつも、視線は道行く人々から離れておらず、しっかりと仕事を熟していた。
ちなみにオキナさんや他の四季家当主たちは、コクウ家の寺社にて挨拶回りと最高戦力の警備員として、その場を離れないようにしている。
当然と言えば当然だが王家からも出席される方がおり、現地ではなんと彼らが直接、神器に関しての歴史や説明をしてくれるらしい。
さすがにニルヴァーナの酒浸り学園長ほどフットワークが軽く、数々の業務から逃げ出すような無様は見せず。
いつもの祭事なら挨拶が終わり次第、観衆に揉まれない為にそそくさと退散する流れを踏襲する。が、王家由来の展示物を晒すともなれば重い腰を上げ、舌を回さざるを得ない。
シュカさんが重きを置いて発言していたように、苦難を乗り越えた節目の年であるが故にだろう。影の者たちが周囲に潜んで警戒態勢を取っているので、現地の安全はばっちり保障されている。
『しかし、警備が厳重過ぎるのも考え物だ。これでは迂闊に様子を見に行けんな』
『休憩時間にでも確認できたらいいんだけど、人の壁が邪魔で身動きが取れなくなるかもしれないしなぁ』
『ニルヴァーナほど高層建築物が無いのも痛いな。警備側として多少の目こぼしに期待するとしても、屋根伝いの機動力がほぼ脚力頼みでは厳しい』
『ここからコクウ家の寺社まで遠いのも悩ましい問題ですねぇ……』
現状を確認しつつも愚痴るレオ達と話しながら、事前に叩き込んでいた地図を思い出す。
コクウ家は日輪の国のヒバリヂでも西側……“焔山”に近しい領地を収めている。
そこから北西よりにクレシ家。南東よりにムナビ家。北東よりにフヅキ家。
これらがコクウ家の領地際に関門を置いているが、その分中央に位置する寺社への距離が結構ある。日輪の国の施設間は間が空いていると感じてはいたが、休憩時間で見学に行けるかと言われたら……厳しい。
「オキナさんやフミヒラさんに迷惑は掛けられない。けれど何とかして神器を見たい……うーむ、難しい」
「どうする? なんとか言い訳して抜け出してみるか?」
「仮にちょっとトイレに、とか腹が痛くて、とか言い出したら、フミヒラさん普通に救護所まで連れて行ってあげようって言いそうじゃない?」
「……ありありと想像できるな。あまり現実的じゃねぇか」
既にアカツキ荘内で“始源ノ円輪”が暫定魔剣候補という情報は周知されている。誰もが頭の片隅で、どうにか近づけないか思案していた。
小声でエリックと話しながら、観光客が捨てていったであろうゴミを回収。用意していた麻のゴミ袋に詰めて、関門近くに設置されたゴミ箱に投入。
「にしても関門にはゴミ箱が置いてあるってのに、平然と捨てていく奴がいるんだな」
「ここだけでなく寺社へ向かう道中、飲食の出店が並ぶ地区には重点的に設置しているぞっ。しかし悲しいかなっ。こういった催しでは皆、気が大きくなってしまうのかルールを忘れ、常識を置き去り行動するっ。街の景観を崩し、他の観光客の心証を悪化させてしまうだろうっ」
「そうならない為にも身近で目立つ場所ぐらいはゴミを片付けて、気持ちよく過ごしてもらおうって訳だ」
「ついでに警備が見回っているという事実が精神的に安心感を抱かせ、犯罪の抑制にも繋がるっ。清掃活動と並列して治安維持も出来る、一石二鳥だなっ」
「ほーん……ってか、カグヤ達がいつの間にかいねぇ。率先して動いてる奴らに負けたくねぇし、俺もちょっくら近辺を歩いて回ってみるか」
「その意気だっ! っと、ちょっと待ってくれ……二人に渡す物があるっ」
散開して行動し始めたアカツキ荘の女性陣に続き、俺たちもと動き出そうとして、フミヒラさんに止められた。
彼は胸元から小さな紙を取り出し手渡してくる。蠢くような文字が刻まれた紙片。それは以前、巨大共用鍛冶場“カナウチ”で見かけた呪符と酷似していた。
「これは?」
「呪符師が生み出した通信符という代物だっ。迷宮で散見される共鳴の罠を活用して開発された呪符であり、耳の裏側にこうして貼りつけ、魔力を通せば……デバイスを使わずとも相互に会話が可能となるっ」
「共鳴……ああ、階層の魔物を呼び寄せるトラップか。その特性を利用してんだな」
「へー、滅茶苦茶便利だ。もしかしてアカツキ荘とフミヒラさんの間でだけ通話できる感じですか?」
「うむっ。前もってカグヤ殿にも渡してあるので、彼女らも装着済みだろうっ。ただし、効果は半日ほどで切れる為、時間が近づいたら捨ててくれっ」
「わかりました」
「んじゃあ、通信符で連絡を取り合いながら巡回してくるか」
ゴミ袋を片手に去っていくエリック、フミヒラさんと別れて近くの川辺にやってきた。
小舟の如く流れていく桜の花弁を横目に、道に落ちた飲み物のコップやら器やら串に箸を拾っていく。
最中、道に迷っていた観光客や親と離れてしまった子どもの保護だったりと、忙しくも真っ当に運営側としての責務を果たしながら辺りを警戒。
『うーん……傍目から見ても怪しいって感じる人はいないなぁ。まあ、いても困るんだけど』
『騒動が起きて祭事が中止にでもなれば、神器の展覧は継続が危ぶまれる』
『常識的に考えると早々に撤収する可能性もある。そうなれば我らの目的は果たせなくなるな』
『かといって、実際に騒ぎが起きた所で自分たちが近づくのは変な誤解を受けそうですし……』
『仮に神器が魔剣だとしても、王家がカラミティから守り切れるのならそのままでいいんだけどね。適合者である俺が接触するのは次善の策だよ』
『最高機密レベルの保護が個人で可能と言えど、信用が得られなくては元も子もない』
『それに働き次第では見直され、コクウ家の寺社に接近できるやもしれんぞ』
『コクウ家での展覧会は無理でも、他の領地では扱いが変わって来るかもしれませんからね』
『気長に待つかぁ……』
祭事は各四季家の領地で数日に分けて開催される。
その間に近づける機会があることを願っておこう……と、ゴミ袋が満タンになってしまった。えーと、近くのゴミ箱は……おっ、あった。
フタを開けて、中に入れる。この辺りの清掃と見回りはこんな所かな。
「一旦、関門に戻る……ん?」
ゴミ箱のフタを閉めて踵を返そうとして、ふと視界の端に何かが映る。
ベンチ代わりに置かれた長椅子の傍。地面に落ちている巾着袋だった。長年使われているのか、ツギハギでボロボロの布地だ。
「誰かの落とし物かな。大切な物かもしれないし、拾得物保管所に持って」
『待て、クロト。その袋から迷宮の魔素を感じる』
「……何?」
不穏な単語がレオから告げられた。即座に眼球へ魔力を通し、確認。
わずかだが彼の言う通り、迷宮特有の魔素が巾着袋から滲みだしている。なんでこんな物がここにあるんだ?
「ちょっと待って、通信符で聞いてみる……すみません、フミヒラさん。川辺の見回り中に不審物を発見しました。外見から視認した限りですが、迷宮の魔素を纏っています。心当たりはありますか?」
『迷宮の……まだ中身は見ていないかっ?』
「はい。あまりに異質で危険に思えたので」
『そうかっ。コクウ家の領内で保管している迷宮から程遠い場所にそのような物がある……呪符か、はたまた別の何か……慎重に持ってきてくれないかっ』
「了解、すぐに戻ります。……予備のゴミ袋を持ってきて正解だったな」
どう見てもまともな物とは思えんが、勝手な判断で面倒事は起こしたくない。
最終的な決断は皆と下すべきだ。保管袋代わりに巾着をゴミ袋に入れて、関門近くの警備本部へ戻ろう。
平穏無事に終われるはずの祭事に忍び寄る厄介者の影。
次回、不審物の調査と不信者が登場するお話。