第一六七話 マガツヒ
とんでもない愚か者集団に対するクロトの見解と怒りのお話。
かつて大神災により、蔓延した死刻病の脅威。
冬季に開催される国一番の剣士、剣聖を定める武闘会の直後に発生した疫病を四季家、ひいてはシノノメ家や国家の陰謀だと騒ぎ立てたアヤカシ族の集団、マガツヒ。以前から細々とストライキじみた活動を繰り返していた勢力なのだという。
彼らは輝かしい実績を生み出したアヤカシ族が気に入らない為に事態を起こしたのだ、と。我らを支配階級に置きたい貴族、王家の策略であると喧伝。
根も葉もない根拠を盾に、愚かにも死刻病収束に動く組織を襲撃し、妨害工作をおこなっていた犯罪集団。
悪辣で、四季家や民間人は当然として同族すらも巻き込んで問題を起こし続けた。
マガツヒの動きを掻い潜り死刻病の特効薬を開発しても、今度は感染した人間を口封じで殺す毒物だと言い触らしていたらしい。
さすがにそれを信じるほど愚かな民衆はおらず、アヤカシ族きっての恥の塊と認定した同族から数々の通報を受けて鎮圧部隊を結成。
日輪の国各機関の精鋭が集まり、隠れ家としていた地点を同時襲撃。一夜にしてマガツヒ全員を捕縛したのだという。
奴らの行動が無ければもっと迅速に、事態は収束していたはずだとオキナさんは悔しげに呟いた。
……昔の情勢は知らんが、今のアヤカシ族と四季家、住民とのやり取りは平和そのものだ。少なくとも、俺が見ている範囲では。
マガツヒに所属していた奴らは日常的に何かしら不満を抱いていて、それを発散する先を求めていた。同じアヤカシ族が恥と感じるような部分に不満を感じていたんだ。
それが何かは知らないが──気に入らない、気に食わないからと人の話すらロクに聞かず。
自分の信じたい願望を押し付けて行動して、無駄に命を奪い、混乱をもたらした……俺の大っ嫌いなカルト系列と同じ匂いがする。
メシア教だガイア教だファントムソサエティだ。
やれ銀の黄昏教団、星の智慧派、ダゴン教団とかいう訳分からん新興宗教!
警察とか他の組織と連携したりでぶっ潰してきた連中と同等の香りがするッ!!
「オキナさん、マガツヒって残党とかはいないんですかね」
「どうだろうな。あくまで各地の隠れ家を全て壊滅させ、そこにいた構成員を捕らえたに過ぎん。捕縛前と比べれば少数ではあろうが、今は目立った動きを見せていないだけで残存勢力はいるのかもしれん」
「その辺りの警戒も含めて、祭事に向けてコクウ家は張り詰めているのやもしれんなっ」
「なるほど……もし出てきたら、容赦はしなくていい、と」
「そうならないことを切に願うが、用心しておくに越した事はないだろう。……声に凄まじい恨みを感じるのだが、過去に何かあったか?」
「近い系列の組織と正面切ってやり合ってた時期がありましてねぇ。人の話は聞かん、崇高な行為を邪魔するな、お前も神を崇拝しないか、とか宣いやがる。いくらぶっ潰しても蛆のように湧く連中なもので、辟易としていた経験があるんですよぉ」
「お、おお……そんなことが……っ」
「フミヒラさんが引くほどの恨み節ってこたぁ、昔になんかあったらしいな」
「唯一分かるのがロクでもねぇ連中と切った張ったを繰り返してたってところかい」
「納涼祭でも理屈の通らない相手には静かに怒ってましたからね」
「誰だって憤慨しますよ。クロトさんは特に強烈ですけど」
「にぃにはおこるとこわい」
冷静に過去の出来事を予想するエリック達の声を振り払って。
ひとまず今日はここまでにしておこう、というオキナさんの提案と同時に、料理担当の女中さんがご飯の用意が出来たと報告しに来たので。
門下生の人たちに道場の一画を借りた礼を伝えて、簡単に汗を拭ってから食事処へ向かう。
朝食中フミヒラさんが祭事当日までのやるべき課題を考えてきてくれたらしく、共有してくれた。
大事なのは、やはり日輪の国の土地勘に慣れること。
地図上では分からない抜け道や入り組んだ路地も多い為、当たり勘を高める為にも打ってつけな塩漬け依頼を熟すといい。そう助言してくれた。
やたらと冒険者の事情に詳しい……などと考えていたら、なんと彼は冒険者資格を持っているようで、よく領地内の見回りと並行して依頼を受注しているらしい。
領内住民の雰囲気を感じ、突発的な事態に慣れる鍛錬として、とても最適なのだとか。思い返せば、先日の昼食や会話のやり取りでも冒険者のノウハウを知っている口振りだった。
手隙の間に冒険者活動していたにかかわらず、エリックやカグヤと同じAランクだという。強過ぎる……
しかしありがたくもこちらの依頼に同行してくれるそうなので、地元民が二人いれば人員を分けて依頼に取り組める。
祭事まで残り四日。
四季家の皆やオキナさんが融通して取り付けてくれた依頼に向けて、頑張るとしよう。
◆◇◆◇◆
「国が変われば依頼の質も変わるかと思ったが、ポーション──こっちじゃ回復薬ってんだな。それの納品だったり配達、側溝のドブ浚い、物や猫探し、商会の荷運び手伝い……」
「屋根の瓦、茅葺きや障子の張り替え、飲食店の調理補助 修練か組手の相手募集……地域色があるにはあるけど、そんなに変わらないね」
「大々的な依頼、魔物討伐、迷宮攻略ならともかく、細々としたモンはどこの国でも共通してんのかねぇ」
「塩漬け依頼の大体は日常的に困っている問題に対して、緊急の人員補充を冒険者で代用しているだけですから……」
「雰囲気が似てしまうのは仕方がないと言えますね」
「力仕事ならユキに任せて!」
「うむっ。ユキの腕力であればどのような荷物であろうと問題なく運べるだろうっ。おっ、これなんてどうだっ?」
「えっと……フヅキ家領地の外縁部から内地に転居する荷運び手伝い?」
「ようは引っ越しだろ。これならユキにもやれそうな依頼だな」
「クレシ家領地の施設清掃ってのもあるぜ。これはどうだい?」
「うーむ、女性の目があるここで口にするのは憚られるのだが……クレシ家の領地はその、何と言えばいいか……いわゆる色街としての側面が強いっ。施設と明記を濁しているのは、そういうことだと思っていただきたいっ」
「なるほど、それはちょっと受けられないな……」
「ニルヴァーナでは当たり前のようにシュメルさんと顔を会わせていますが、普通なら面通しに手順を踏まえる方ですし……」
「そもそも学生に縁の出来る相手じゃありませんよ」
「ごもっともです。……じゃあ、俺はムナビ家領地で収穫予定の野菜出荷手伝いってのをやってこようかな」
「まずはこの二つに集中しましょうか。私とフミヒラさんは必ず別れるとして、割り振りは……」
「では我の方にユキ、エリックっ。カグヤ殿にクロト、セリス、ミィナ教諭というのはどうかっ?」
「ええ、大丈夫で……わ、私もですか!? いえ、嫌という訳ではありませんし、学園から要求された業務はほとんど終わっているので、参加するのは構いませんが……」
「他国の情緒に触れることで新たな知見が得られるかもしれないっ。それにクロト達の所属している学級の担任として、何よりクランとして働くアカツキ荘と共に活動するのはおかしな話でもなかろうっ」
「とはいえ、無理強いするのも申し訳ないですし、何か別にやらなきゃいけない事とか、やりたい事を優先してもらって大丈夫ですよ。こっちにはカグヤとフミヒラさんがいますから。でも、俺としては先生と一緒に居たいです」
「っっっ……!? わ、わかりました。元々、個人的に街を見て回ろうかと思っていただけですから……お付き合い、しますよ」
「ありがとうございます! よーしっ、じゃあ頑張るぞぉ!」
「「「「おーっ!」」」」
「~~~しっかりしなさいっ、シルフィ……! クロトさんのこういった言動はいつものこと……っ! にやけるな、にやけるな……ッ!」
「ミィナ教諭、顔が赤いようだがっ?」
「何も! 問題ありません!」
次回、活発に活動するアカツキ荘の裏で、無いかが蠢いているお話。