第一六六話 フヅキの技、不穏な影
新作に気を取られて疎かになっていたので、新しい考察要素を含めて更新しました。
“カナウチ”での一仕事を終えて、全員汗だらけのまま夕食を取る訳にもいかず。
荷物を部屋に置いて、シノノメ家地下の大浴場で──俺以外、慣れない作業をしていた為か男湯・女湯ともに静かでゆったりとくつろげた──身を清めてから、食事処へ。
既に待っていたオキナさん、シルフィ先生と合流。
冒険者ギルドと分校にはしっかりと実績を残せるように依頼の申請を済ませてくれた為、後は祭事当日を待つのみとなった。
食後に“カナウチ”の作業場で作ったユキの脛当て、カグヤの籠手、セリスの十字槍と。
半日で完成させたとは思えない出来栄えの武具を見に来て、感心するオキナさんにマチさんと遭遇したことを伝えた。
コクウ家当主であるシュカさんに比べたら話の通じる人物である、という認識は四季家の中では共通しているらしく、言い分は厳しいものの下手すればシュカさんよりも頼りにされているそうだ。
臣下や門下からコクウ家の当主に対する忠誠心ダダ下がりしてるのでは……?
まあ、こちら側が遠慮する必要は何も無いので考えるだけ無駄か。
今日は朝から四季家の会合に参加し、フヅキ家の二人と昼食を共に頂いて。
彼らの領地にある大霊桜を訪れ、大神災で発生した過去の惨劇を聞いて。
“カナウチ”で武具製作をおこなったなど、非常に印象深い出来事が多く疲労も溜まっていた。
着替えの用意や歯磨きを終えて布団に潜り込めば、一瞬で眠気が襲い掛かり、そのまま意識を落とした──
「おはようございますっ! フヅキ家当主ホフミが息子、フミヒラが来ましたっ! シノノメ家の修練に参加させていただきたいっ!!」
日が昇り始めたばかりの時間。
屋敷中に響く、耳を劈くような大音量の声で起床した。なんなん……?
◆◇◆◇◆
「早朝からすまないっ。昨日、皆と別れた後に父から“共に肩を並べあう相手との戦術確認は必須である!”と言われてしまってなっ。まさしく至言だと思い、衝動に駆られたまま来訪してしまったっ!」
「そうか……まあ、思い付きで行動する癖は、親子揃って変わらないからな」
俺やエリック、カグヤ達も一斉に目を覚まして向かった先で。
豪快に笑うフミヒラさんを玄関先で迎えたオキナさんは額を押さえて、か細く息を吐いていた。
「落ち着きの無い一家で申し訳ないっ。むっ? アカツキ荘の皆も起きていたのかっ。早起き、感心するぞっ!」
「いや、アンタの声が目覚ましになったんだが?」
「クロトたちのいる部屋より遠いアタシらのとこまで響くってどんだけだよ」
「姉弟が忌憚のない意見を述べるほどの砲声っ、謝罪させてくれっ! すまないっ!」
「一切声量が変わってないけど……」
「耳がキンキンする」
「聴覚の優れたユキには厳しいですね……」
「と、とにかくフミヒラさんはシノノメ家の修練と一緒に、アカツキ荘の個々が持つ実力を測りに来た、ということですね?」
「ああっ。あまりにも気になり過ぎて、つい気が急いてしまい、三時には目を覚ましてしまったっ」
早起きにも程がある。ワンチャン深夜扱いだぞ。
「して、いかがだろうかっ? こちらが招いた不手際ではあるが眠気覚ましにぴったりであろうし、一つ早朝鍛錬に勤しまないかっ」
「……日輪の国に来てから本格的に戦闘したの、オキナさんとの仕合ぐらいだし。俺はやってもいいかな……皆はどうする?」
「祭事までの間、近場の迷宮に行って魔物の相手をするよか良い経験になるかねぇ……」
「クロトぐらい熟達するのはムズイだろうが、対人戦闘の慣れは必要かもな」
「ユキはやるよ。とことんやる」
「どうしてそこまでやる気に満ちて……?」
どこか目の据わったままのユキに、慄くようにシルフィ先生が呟く。
カグヤほどとは言わないけど、ユキも朝に弱い。起き抜けにとんでもない爆音を聞かされた訳だし、たぶんちょっとだけ、怒ってるんだろうな。
「成長した舞踊剣術をお父さまにお披露目してませんし……良い機会だと捉えましょうか」
「鍛錬といえど負傷しないとも限りませんし、念の為に私も同行します」
「では、各自動きやすい恰好に着替えて道場に集合しよう。他の門下も目を覚まして参加するだろうからな」
「ならば先んじて待たせてもらおうっ」
肩に提げた竹刀袋のような物を担ぎ直し、フミヒラさんは道場へ向かった。
マイペースで突発的な行動の多い彼に振り回される結果となったが、カグヤが言った通り良い機会だ。四季家の一つ、フヅキ家の技をとくと見させてもらおう。
◆◇◆◇◆
「──練武術に多様な戦術。絶対守護の結界。より洗練された花の型に混成接続。槍と水に癒しの武闘。幼子とは思えない身体能力に武術。七色の属性を手繰る魔法使い……全員個性が強いなっ」
「あの、大丈夫ですか?」
「何も、問題は無いっ!」
直前にユキと仕合をおこない、道場内をピンボールのように転げ回っていたフミヒラさんは、汗だくなまま道場の床に倒れ伏していた。
「的確に自身の苦手とする間合いに入り込まれ、容易く連撃を見舞われてしまったっ。これでまだ発展途上と聞くのだから、末恐ろしいなっ」
「肉弾戦に持ち込まれるとなぁ、ユキやクロトの相手はムズイんだよ」
「問答無用に弱点を狙ってきやがるから対処して、だからって集中し過ぎると他がおろそかになって攻められる」
「そこに“回しの技”まで使われてしまうと手が出せなくなりますからね」
「ふふん、ユキは強いのです!」
堂々と胸を張るユキに対して、オキナさんの指示で反復練習をしていた周囲の門下生は羨望の眼差しを向けていた。
自身より遥かに小柄なユキがフヅキ家の人間に後れを取らず、圧倒してみせたのだから、そりゃあ注目の的になる。
「アカツキ荘はこれだけの実力を持って連携を組むっ。凄まじい練度だ……そしてなんといっても、突出した点と言えばクロトの練武術っ」
息を整えたフミヒラさんは跳ね飛ぶように身を起こし、傍に転がっていた模造の大太刀を肩に担ぐ。
「見間違えでなければ君の練武術は活人剣、いわゆる相対した相手を生かすことに特化しているっ。垣間見た技だけでも武器の破壊、行動の抑制、一息に意識を刈り取る鋭さを持っていたっ」
「わっ、すご……よく気づきましたね」
「フヅキ家が流派とする“夏の型”とはまるで性質が違うからなっ」
そう、フミヒラさんの急な来訪から鍛錬を始めて一時間ほどが経過。
始めに互いの得意とする得物で演舞をしようっ、という提案に乗り、アカツキ荘の手札とフミヒラさんの夏の型を見せ合った。
とはいえ、俺の練武術は基本的に相手の出方によって技を切り替えるので、初手でフミヒラさんとやり合った訳だ。
大太刀の重量、鍛え抜かれた身体能力から放たれる剛剣。
上段の構えから振り下ろされる防御崩しの“炎天”。
中段の腰だめから間合いが離れていても届く“五月雨”。
下段の切っ先を下げた状態で体勢をめくり上げる“夜焚”。
どれもこれも受けるには重く、流すには鋭いものばかりだった。
「こう言ってはなんだが、フヅキ家の技は一撃必殺っ。あまりにも威力があり過ぎるゆえ、修練の場でも使えない代物だっ。君が構わず打ち込めと言ってくれたおかげで見せられたが、よもや防がれるとはなっ」
「事前に駅で披露していたフヅキ家の舞としての動きを覚えていなかったら、完璧に凌ぎ切ることは出来なかったと思いますよ」
「傍から見ててとんでもねぇ気迫の技を、木刀の刀身を差し込んだだけで弾く様子ってのもやべぇな」
「アイツはそれを息をするかの如く当然のようにやってのけるからな。しかも最悪、素手でやりやがる」
「手の内が晒されているとはいえ、以前、混成接続の舞踊剣術を全て捌かれた時は、思わず足が止まってしまいましたね……」
「ユキの全力パンチも弾かれた」
「エンチャントもされていないただの鉄剣で魔法も斬りますからね……」
「なんだなんだ、皆して人をおかしい奴みたいに言っちゃってさ」
そんなこと言うならキオやヨムルだって最近は練武術をスキルに昇華したり、俺と同じ緩やかな世界を感じ取れたりと独自進化を遂げてるんだ。おかしいのは俺だけじゃないやい!
「オキナ殿が手放しで褒めちぎる武の一端を知れて喜ばしい気持ちもあり、こんな逸材が在野に放たれていたことに尊敬を抱くっ。しかし日夜修行を積み、フヅキ家として恥じぬ姿を維持しようと努めてきた毎日に疑念がっ……これでは年上としての威厳もまるで無いのではっ?」
「予定を取り付けないで他家に転がり込んできてる時点で威厳は無いです。でも、話すと親しみやすさはあります」
「ってか年上なのかい? いくつよ」
「二十二だっ」
オキナさんが落ち着きを持てと苦言を呈した理由が分かった気がする。
不覚にも意図しない会話の流れでフミヒラさんの年齢を知り、人員の入れ替わりで鍛錬しにきた門下生の為に場所を空けて。
起きてからぶっ通しで動いていたので、休憩しようと道場の壁に背中を預ける。
「だからこそ、不思議に思うっ。君の武術は常識の範疇から外れており、その技を教えた師も少なからず、君と同等か上の位置に座する者だろうっ。つまりは人が知り得る境地でない理に踏み込んでいると見受けるっ。そんな者が人目に付かず今も現存しているとはっ……」
「ことわり、ってなに?」
問い詰められたくない話題に推移しかけた流れを、ユキが断ち切ってくれた。
意識した訳ではないだろうけど、あまりにもグッジョブ!
「私たちが連綿と繋いできた武術の祖が到達し得たとされる領域のことです。ただ振るい、薙いで、払うだけでいかなる脅威をも斬り伏せたとされています」
「日輪の国の歴史上で確認された埒外の力を持つ者は皆、理に踏み込んだ剣士──剣聖として羨望と憧憬を我らの心に刻み込んでいるっ。現在では誰がどう定めるか不明としているものの、慣習として年に一度、国一番の実力者を決める王家展覧武闘会を冬季に開催し、優勝者に剣聖の称号を与えていたっ!」
「だが、それも大神災によってしばらく自粛していたんだ」
俺たちと同じように休憩しに来たオキナさんが、フミヒラさんの説明を継ぐ。
「夏季に大霊桜、冬季に武闘会。これらの二大行事は日輪の国における伝統的な祭事でもある。今年は再開するやもしれんな」
「おおっ! であれば、是非にクロトに参加してもらいたいものだっ」
「えっ。いや、そういうのはちょっと……大体、四季家とか他の名家が出張ってくるでしょうし、遠慮したいっていうか……」
「何を言うっ! 参加資格に区別は無く、門戸は誰にでも開かれているぞっ。以前開催された武闘会での優勝者は、四季家に属さない市井の出であるアヤカシ族の者だったっ」
「だが直後に大神災による騒ぎが起きて、正式な称号授与が成されぬまま、優勝者は失踪してしまったんだ」
「匿名希望で登録していた為に生死の確認も出来ず、今も存命か定かでないが……生きているのなら、叶うならば手合わせを申し込みたいと願うほどの強者だっ」
拳をぐっと握りしめるフミヒラさんは、心底残念そうに俯く。
なんだかんだ言ってやりにくさで例えるならオキナさんと同等の実力を持ってる彼が、そこまでいうアヤカシ族の剣士か……
「当時を思い出せば、瞼に熱狂の風景が浮かぶ……だが、実を言うと良い事ばかりでもなかったんだ」
門下生の一人が持ってきた竹の水筒と手拭いを受け取りながら、オキナさんは過去を思い出すように道場内を見渡す。
「大神災における騒ぎを、アヤカシ族の優勝者である彼を良く思わない名家が陥れる為に画策した、などと噂が立ってな。根も葉もない虚飾の風評だが、それが一部のアヤカシ族を中心に広まり反抗組織を生み出すに至った」
「反抗組織……?」
「ごく少人数でありながらも、壊滅に四季家、護心組、影の者といった機関の当主・精鋭が勢揃いしてようやく沈静化した組織──“マガツヒ”だ」
己の無力を噛み締めるように手拭いを握り締め、オキナさんは組織の名を告げた。
ようやく怪しげな団体を出せました。あとは肉付けしていくだけです。
次回、マガツヒという組織と妖刀が話題に上がり、肩を震わせるクロトのお話。