第一六二話 四季家会合《後編》
理屈と感情を切り分けた上で、快い提案に感謝するお話。
「まあ、見方によってはそうじゃないか。本格的な武術の動きをロクに見た訳でもないのに、的確に当てられたらそりゃあ驚くだろ」
「アタシらもそうだが、時季御殿に武器を持ち込んでないし。アタリをつけれる要素がほとんどないんだぞ? ビビるわ」
アカツキ荘の姉弟から冷めた目で睨まれた。
助けを求めてカグヤの方へ向き直る。
「あの、当たってはいるの?」
「そうですね、クロトさんの目論み通りですよ」
「ちなみに、どういった推理で結論を出したんですか?」
何か呆れている様子のシルフィ先生がジト目で問いかけてきた。
これは、フォローだ。このままでは四季家にやべー奴扱いされると危惧しての、先生からの配慮……!
「えっと、まずフヅキ家の方! 手の平が分厚いのとしきりに身体の右側を意識している視線の動き。駅で見たフヅキ家の舞踊にシノノメ家の系譜を感じて、でも刀にしては一撃を重視しているように見えて、太刀の振るい方を参考にしてそうだなと思いました!」
「なるほど。ではクレシ家のどこに判断する要素があった?」
「衣服に隠してはいますが、胸部の膨らみが一定で胸当てを着用しているのがわかります。それとお化粧をなされていますが、右と左の頬で違いがあるように見えました。弦の反動で片方の耳や頬が傷つく事例は多く、他の四季家の方々と比べて明確だったので弓使いかと」
「ムナビ家は?」
「わずかに見えた腕に、独特な形の痣や圧迫された痕が見えました。長方形と細長い痕が入り混じるのは鎖だと考えたのと、衣服がアラハエに類する、もしくは近しい物だと感じて。地方特有の観点と鎖、これらの情報から農家が考案し、発明したのが原点とされる鎖鎌かと」
「最後に、コクウ家は?」
「正直、一番迷いました。身体の線が見えず、呼吸も一定と隙の無い出で立ちでしたから。ですが決定的だったのは──時季御殿の守衛が着ていた防具、所持していた槍に、外套と同じ花柄が見受けられたこと。コクウ家の象徴が刻まれた物を四季家会合という正式な場で、彼らは手にしていて主だった武具と扱っている。……そう見えて、槍か他の長物系ではないかと結論を出しました」
オキナさんが促してくれるから早口で捲し立てたけど、コクウ家のお二人が怖い!
『射貫くような目つきで睨んできているっ。今にも掴みかかってきそうじゃない!?』
『正確過ぎるからな。オキナの仕込みか、サクラだと思われているのだろう』
『彼らもシノノメ家と同じ護国の名家。アカツキ荘に良い印象を持っていないのは当然だが、いささか忌避感が強烈すぎるな』
『でも、もしクロトさんの言った通りになっても返り討ちくらいは出来ますよね?』
『俺は良くてもエリック達がキレる! 特にユキは目に見える敵意、害意、悪意に敏感だ。この状況で先に手を出されて、敵認定でもしたら……っ』
『加減無しの拳が飛び、人体破裂ショーの始まりだな』
最悪の絵面を想像させるレオ達との会話を掻き消して、コクウ家の二人を見つめ返す。
何もやましい気持ちなんて無いんだ。真正面から受けて立ってやる……!
「今、まさに君達が痛感した通りだ。彼の鋭い観察眼や確かな実証から物事を推理する思考力は、私たちにとって大きな手助けとなる。彼個人の実力も素晴らしい。何せ、私が手も足も出せずに背後を取られたからな」
『っ!?』
そんな最中にオキナさんは爆弾を投下した。しかも、なんか誇張されてる。
お願いだから事実を、真実を伝えてください……最初はボロ負け寸前だったでしょう!?
「シノノメ家現当主の背中を取る……!?」
「仕合の真っ只中、対面していたにもかかわらず霞のように姿を掻き消してな。加えて、彼は私が秘密裏に監視を願った影の者の隠形に気づき、あえて踊らせていた。その報告を耳にした時は、思わず聞き返してしまったよ」
「シノノメ家の影の者は王家に属する強者の集団……! 自然や人々に溶け込み、裏に潜む者たちを容易く見破れはしないというのに!」
「ごめんカグヤ、初耳の情報が飛び出してきたんだけど、元々王家側の組織なの? シノノメ家直属の影の者って」
「はい。家格的にも立場的にも、必然的に」
クレシ家、フヅキ家と驚きの発言と共に暴露された内容をカグヤに確認し、さも当たり前のように肯定された。
そっかぁ……そりゃそうだろと言われたら、頷くしかないなぁ。
「……お前が手配した仕込みじゃないだろうな?」
「シノノメ家、ひいては日輪の国国王、そして建国の現人神に誓って。無いと断言させてもらう」
恐らく日輪の国における最上級な宣誓を口にしたオキナさんに、コクウ家現当主のシュカさんはバツが悪そうに押し黙った。
なんだろう、胸がスカッとするこの気持ちは……ユキの尻尾も落ち着いたみたいだし。これが、ざまあみろという愉悦……?
「クロト以外の実力に難色を示す者もいるだろうが、心配はいらない。彼らは防御や支援、魔法と各分野において凄まじい力を持ち、なおかつクロトの動きに追従できる逸材だ。彼らを組として四季家の者と同行させ、警備に宛がえば近辺の安全は確立されるだろう」
「ほぉ? タダ者でない風体だとは思ったが、そんなにかい? シグレと同い年ぐらいの子もいるようだが、その子もか?」
「ユキはアカツキ荘の中で一番膂力のある前衛ですよ。とても頼りになります」
「なら、示してもらおうか」
ムナビ家のシモツさんの疑問に答えたら、コクウ家のマチさんが立ち上がり、歩み寄ってきた。
そして外套を翻し、伸ばした右腕の先。握り締めていた棒状の物を振り回し、組み立て、形成。
三つ節に折り畳まれていた槍の穂先をユキに向けた。隣に座るシルフィ先生が息を呑み、自分の身を盾にしようとユキの前へ手を伸ばす。
「まあっ。仮にもシノノメ家当主が連れてきた客人に対して無礼が過ぎるのでなくて?」
クレシ家のキリさんが芝居がかった口調で非難するが、マチさんは構うことなく鼻を鳴らす。
「知ったことか。こいつらは日輪の国王家と四季家が執りおこなう神聖な行事に、無遠慮に土足で上がり込んでこようとしているんだ。大神災から十年目、転機の年になるかもしれない。なのに、国の常識や知識に疎い部外者が、大霊桜や神器展覧に関わるなど怖気がはし──」
「ユキ、やれ」
「わかった」
好き勝手にのたまうマチさんに対し、ユキは先生の手を下げて、穂先を掴んでへし折る。
ぐにゃりと曲げたまま押し出し、虚を突かれた彼女の懐にユキが飛び込んだ。
座った状態からの急加速を処理できるだけの思考が無かったらしく、雑に振り抜かれた掌底が腹部に接触。
鈍い音を響かせ、時季御殿内の空間を数秒ほど、ゆっくりと浮遊してから木張りの床に落下した。
「マチ! 貴様ら……!」
「失礼を承知の上で言わせてもらいますが、こちらを侮り、甘く見ていたのはそちらの落ち度。軽率な行動に対して相応の手段を取っただけに過ぎませんし、力を示せと言われたのでその通りにやってもらいました。誹りを受ける謂れはありませんよ」
第一に。
「オキナさん、ひいてはシノノメ家が認めて、公式な場に連れてきたもらった身。そして身柄を預かってもらっている側として、彼の目に疑念を抱き、自身の妄想に従って動いたアンタらに良い感情を抱くとでも? 護国の安寧に精を出す四季家の一つ、日輪の国が誇る勢力の一部として見ても、あまりにも目に余る」
それに。
「こちらだって冒険者の身分を持ち、自分の腕を日々の糧にして生活している。不得手を許すような輩を前に黙っていれば舐められる。そうならない為の処置としてオキナさんからの厚意に甘え、発言した上で実力行使に出たので手荒に扱った。……言葉を尽くして、力を尽くして、彼の提案を承認すらできず。その上で何か言い分があるなら、どうぞ」
座布団に座り直したユキを睨みつけるシュカさんへ、有無を言わせず畳みかける。
まったく親子揃って疑り深く、うっとおしいことこの上ない。オキナさん、結構わかりやすく説明してくれてたと思うけどな。
それでも安易に信じず、自分で確かめるまで手の内を晒さず、実力を見せろと強要する姿勢、取って付けたような独特の外套……
「イナサギの技術を取り入れようとしたシナトヤの人間、もしくはシナトヤの性質を取り込んだイナサギの人間……どちらか、といったところか」
「っ!? なぜオレ達の出生を……!?」
「それだけアンタらの姿や動きには情報がある。判断材料としては十分だ……話は終わってない、座れ」
娘に手を出され、腰を上げようとするシュカさんを口で制す。
「とはいえ、地域差による偏見なんてこちらにはない。アンタが言った通り、俺たちは日輪の国の知識について知り得ない部分の方が多い。この発言も信用できず、邪推しかされないなら……オキナさんには悪いけど、アカツキ荘は大霊桜と神器展覧に関する行事から撤退する」
「クロトさん!?」
思わぬ発言にカグヤとオキナさん、そしてエリック達から注目される。
「おい、いいのか?」
「国が大手を振って実行する大切な仕事に、無理を言って参入したいなんて虫が良すぎたんだ。それに気に入らないからと言って、伝統ある施設の時季御殿でコクウ家に無作法をした……他の四季家の印象や心象は悪い」
「まあ、そうかもしれねぇが……依頼とかは?」
「実績づくりなら“焔山”でそれなりの魔物を討伐すればいい。微々たるものだけど、やらないよりマシだ」
エリック、セリスからの声掛けに代替案を出し、立ち上がる。
「オキナさん、そして四季家の皆さん。貴重な会合の時間に手間を取らせてすみません。俺たちはここを出るので会議を続けてください。行こう、皆」
「にぃに、ユキが飛ばした人は放置でいいの?」
「時季御殿を壊さないように手加減してくれてたでしょ? おまけにマチさんはちゃんと衝撃を逃がしてたみたいだし、時間が経てば回復するよ」
腐っても四季家の人間。不意の攻撃でも対応が取れている辺り、優秀ではあるらしい。
まあ、どうでもいいけど……事態を静観していた四季家の方々に頭を下げる。
『暫定魔剣候補たる神器に近づけないのは歯痒いが、四季家の反発があるのなら致し方あるまい』
『しかし、絶好の機会ではあったな。まことに惜しいが、別の手段を考えるべきだろう』
『何か策があるんですか? クロトさん』
『俺単独で日輪の国王家の宝物殿やら保管庫に潜入して盗む』
『間を置かず策を出したということは、少なからず窃盗を視野に入れていたという認識で間違いないか?』
心なしかドン引きしてそうなゴートの声に知らんぷり。
時季御殿の出入り口へ向かうため、踵を返そうとして。
「待たれよ! クロト殿!」
しかし背中に声を掛けられ、肩を掴まれ引き留められた。
熱血漢な力強い声の正体はフヅキ家のホフミさんだ。その後ろにはフミヒラさんも立っていた。
「貴殿の思慮深い考えと行動! 四季家を慮った数々の配慮! フヅキ家として応えねば礼儀に悖る!」
「コクウ家もまた、四季家に名を置く者としての責務があり、非礼に近しい態度を取っていたっ。その事実に関して、誤解があれば解いておこうと思ったのだっ」
「頭ではわかってますよ、わかったつもりでいます。……言いたいことは、それだけですか?」
あの言い様に、仲間まで貶されたら大乱闘だったな。
改めてコクウ家とのやり取りを思いだし、再び歩き出そうとするが、今度は腕まで掴まれて止められた。
フヅキ家二人がかりである。ええい、邪魔じゃい!
「その上で! 君達の警備における扱いに関して! シノノメ家に並びフヅキ家が全面的に責任を持ち、行動を共にしようと考えたのだが、どうだろうか!」
「えっ、よろしくお願いします」
「変わり身も話も早いなっ。我らにとってはありがたいがっ」
願ってもないフヅキ家の提案を爆速で呑み、エリック達がずっこけた。
これにて作中わずか一時間足らずで、アカツキ荘は一部の四季家以外から信用を得ました。
次回、場所を変えて大霊桜、神器展覧に関する詳しい取り決めを共有するお話。