第一六二話 四季家会合《前編》
新キャラ続々登場の回になりかけたので分けて投稿します。
暗闇に落ちていた思考が、耳朶を叩く人の声に引っ張られた。
薄く目を開けば見覚えのない天井が飛び込んでくる。そうだ、アカツキ荘じゃなくて日輪の国にあるカグヤの生家で寝泊まりしてるんだった。
掛け布団を蹴飛ばして、頭と足の位置が反転しているエリックを横目に上体を起こし、背筋を伸ばす。
暑く乾いたニルヴァーナとは違い、温くも一定の気温を維持している空気が、なかなか眠気を覚まさせない。枕元のデバイスで時刻を確認したら五時半だった。早起きぃ。
しかし先ほど聞こえてきた声が気になる……複数人で、何やら気合いが入っていた。
シノノメ家の役目と住人。昨夜オキナさんと仕合をした道場の方向から響いてきたことを察するに、門下生たちが早朝鍛錬に勤しんでいるのだろう。
精が出ますなぁ、と。エリックを起こさないように、昨日の内にまとめておいた二人分の洗濯物と、専用の万能石鹸を持って部屋から抜け出す。
カグヤに教えてもらっていた洗い場に向かう最中、やはりというべきか。
風通しを良くするべく襖を開いた道場や、近くの庭で木刀や槍、無手での組手をしている門下生たちを見かけた。
汗水垂らして打ち合う鈍い音がこだましてきて、頭が揺らされる。よく見れば、道場内にはオキナさんの姿が確認できた。
じっと見てて邪魔しては悪いと思いつつ、洗い場で先に洗濯をしていた女中さん達に挨拶。事情を話せば快く場所を譲ってくれた。
昨日の夕飯やオキナさんの実力、ニルヴァーナでのカグヤの様子を話題の種に、念入りにも揉み込んでいく。制服はともかく、下着と肌着は清潔に保ちたいからな。
魔力結晶を活用した貯水槽の冷水に全身を震わせながらも。
ついでに漂白柔軟剤としての力を持つ万能石鹸の売り込みも済ませ、泡と水気を切った衣服を物干し竿に掛けていく。
大きめの洗濯物で苦戦している女中さんの手伝いを済ませてから、朝食の準備が出来たらお呼びします、と予定を聞いて部屋に戻る。
どうやらエリックも目を覚ましたようで、寝ぼけ眼で俺の分の布団も合わせて畳んでくれていた。
洗濯と布団の整理を終わらせてくれた礼を交わしつつ、学園指定ワイシャツの袖に腕を通す。私服? ねぇよ、そんなもの。
着替えてだらだらと武器の手入れだったり、昨日みんなから寄せられた武具の要望をより正確にまとめていたら襖を開かれる。
目を向ければ背後にカグヤとユキ、先生を引き連れた女中さんが立っていた。しばらく時間が経っていたのか、呼びに来てくれたみたいだ。
ユキはともかく、朝に弱いカグヤと疲れが抜け切っていない先生は頭を揺らしている。大丈夫か……? と心配するも足取りはしっかりしていた。念の為、二人の背中に手を回して食事処へ運んでいく。
道中、部屋を共にしていたユキに先生から何もされなかったか、と問いかける。
以前、先生の家で寝泊まりしていた時期によく抱き枕扱いされたり、プロレス技を極められたりと酷い目に遭った記憶があった。
尋常でない寝相の悪さにどう対処すべきか悩んだこともあるが、ついぞ改善されることは無かったのだ。
ユキもその被害を受けたのではないか、と危惧して質問したのだが……魔力操作なしで肉体を酷使したせいか、寝返りすら打たずぐっすり眠っていたらしい。
よかった、ジャーマンスープレックスされてなくて。
そうして続々と門下生や女中が集まる中、昨日の夕食と同じ並びで朝食の席につく。
山盛り白米、漬け物、煮物に味噌汁。日輪の国の北方、シナトヤから取り寄せたという魚の干物と、立派な物が視覚と嗅覚を刺激する。大きくて肉厚で柔らかそう……見た目は“ほっけ”に似ているか?
御膳のラインナップに見惚れていると、カグヤの隣にオキナさんが腰を下ろした。
簡潔に挨拶を交わしてから、彼の一声で朝食に手をつける。
白米に漬け物、味噌汁で口の中を洗い流して魚に手をつける。ほぐれた身を白米に乗せて口の中に放り、咀嚼。
昨日も思ったが、カグヤの仕送りで事前に味を知っていたとはいえ、日輪の国のお米と魚の相性は格別だ。
煮物の加減も絶妙で、素材の旨味が引き出されてる……カグヤの料理は母親仕込みと言っていたが、それに劣らない出来栄え……箸が止まらない!
頬を膨らませて、確かな満足感を噛み締めながら。
魔導剣、ひいてはトライアルマギアの改造について皆に周知させて。
文字化けが無くなったスキルの話をしようとしたら、カグヤの向こうからオキナさんが顔を覗かせて。
「そうだ。先日の大霊桜と神器展覧会の警備について進展があったんだ。君たちの話を事前に四季家へ通達したところ──アカツキ荘に対し、会合の場への出頭命令が出された。午前中で終わる手筈なのだが、時間を頂いても構わないか?」
『はえ?』
思ってもいない展開に、全員の呆けた声が漏れた。
◆◇◆◇◆
朝食を終えて片付けを手伝ってから、いつもの格好に着替えた俺達はオキナさんの元に集合。
正門を出て階段を降りながら、衝撃的過ぎて聞きそびれた出頭命令の詳しい内情を聞いてみる。
どうやらシノノメ家の当主が絶賛する人物たちを、この目で直に見たいと四季家の当主たちに望まれたらしい。
まあ、実態はオキナさんが熱を上げるほど人物がまともかどうか、人格や思考を品定めするのが目的だろう。昨日の今日で国益に直結する行事へ部外者を参加させたいなんて、いきなり過ぎるしオキナさん自体に疑いの目を持つのも理解できる。
妥当だとは思うが、面倒を掛けてしまった……彼は気にしていないというが、居た堪れない。
肩を竦めながらも説明は続き、これから四季家御用達の場である時季御殿という場所に向かうそうだ。
階段を降りてすぐに、手配された三人乗りの人力車が二台、駐車されていた。オキナさん、カグヤ、俺。先生、エリック、ユキはセリスが抱っこしていくというので、この組み合わせになった。
御者の男性は見た目普通の人だが、纏う空気がアヤカシ族特有の気配だ。
しかしどこにも猫又や河童のような種族的特徴が見当たらない……そう思っていたら、御者さんは脚の裾を捲くって肌を露出させた。
ふくらはぎとでも言うべき場所には穴が対角にいくつか空いており、その付近は黒くくすんでいる。その場で軽く跳ねたかと思えば火打石のような音が何度か鳴り、穴から勢いよく火が噴き出した。
「身体から火……いや、炎……!?」
「君は初めて見るか? 御者の彼は火車というアヤカシ族だ。脚や腕に体内の魔力器官と直結している金属質な噴出孔が空いており、特定の行動で発火させ、そこから推進力を得ることが出来るんだ」
「人力シフトドライブ……!?」
「クロトさんにとっては馴染み深い現象の一つですよね」
世界には、というか日輪の国には不思議がいっぱいだぁ。
興味深くじっと見ていると、御者さんが手押し部分に移動。大人三人分の重量が増えたにもかかわらず、難なく牽引していく。
人力車の最高速度は時速八~十キロメートルと聞くが、景色の流れ方から見るに三十キロは出ている。これもアヤカシ族の特異的、強靭な肉体が成せる業だろうか。
次第に四季家通りの特徴的な白い壁から居住区の建物、住民で溢れてきた。人力車用の規定通路があるようで、人波に止められることなく順調に進んでいく。
街中を流れる大きな川を跨いだ橋をいくつか進み、かれこれ二十分。
そして見えてきたのは横幅に広い石造りの階段に、見上げれば和城の本丸御殿の如き立派な建造物があった。
「オキナさん、ここが例の時季御殿ですか?」
短時間のおかげで酷く酔う事は無かったが、少しふらつく頭を押さえて停車した人力車から降りる。
カグヤに手を貸して下車を手伝い、オキナさんは俺を手で制して自分で降りながら、問い掛けに頷く。
「そうだ。古来より重要な会議をおこなうのはいつもここだ。四季家通りから離れた場所にあるのは、市井の雰囲気や状態を人伝でなく、己の目で把握してから会合の場となる御殿で意見を交わし合う為だ。民の日常に触れ、寄り添うのは王族も例外ではない」
「四季家と王族、住民たちとの繋がりを象徴する建物かぁ」
「シノノメ家もデカかったが、時季御殿はもっとデカいな」
後続の人力車から降りてきたセリス、エリックが感想を口にする裏で。
シノノメ家に続き、また階段……と呟いた先生を慰めるユキが妙に印象に残った。
オキナさんは御者さんに提示された運賃とチップを渡してから、手を時季御殿の方に向ける。
「では、参ろうか。既に四季家の当主たちが待っているかもしれない」
そう言ってオキナさんは階段を上がっていく。肩を落とした先生を全員で励ましながら後に続いた。
上がっていく程に、時季御殿の全景が見えてくる。屋根や壁面、軒下などに豪華な装飾が施され、庭に思しき部分も普段から手入れされているらしい。
先生が息切れしている声を背後に上り切れば、時季御殿の警護に当たっている守衛らしき人物たちがいた。
屈強な肉体に足軽のような恰好で腰に刀を佩き、槍を持ち、石突きを地面についている。胸や傘に独特な花が描かれていることから、四季家の内、どれかに属する陣営の存在なのだろう。
以前、駅で演舞を披露していた四季家の一つ、フヅキ家とは形が違うのでそれ以外……菜の花っぽく見えるが正確には分からないな。
悩んでいたらオキナさんが守衛と話し終えたらしい。
道を開き、礼をするように腰から上体を曲げた彼らに見送られながら、オキナさんは時季御殿への引き戸を開ける。
畳みでなく木張りの床。部屋数は無く、間仕切りの無い大きな広い一室にいくつもの柱が立っている。
襖や窓から差し込む陽の光と、柱の結晶灯で視界が確保されている内部は不気味なほどに静かだ。しかし静寂に足音を響かせながら進んだ先には人影があった。
二人一組の塊が四つ。
オキナさんより年上な見た目の人もいれば、学生組と同等、もしくはユキと同じ背丈かそれに近い年齢の子もいる。
それぞれが個性の強い印象を抱かせ、近づくにつれてこちらに対する強い関心を感じる。
シノノメ家の二人と、その後ろに用意された五人分の座布団に腰を下ろして。
「皆々様、待たせて申し訳ない──早速、会合を始めよう」
オキナさんの一声で、誰に言われるでもなく。
その場の全員が頷いた。
次回、現役当主、その娘・息子の掛け合いとアカツキ荘というイレギュラーのお話。