第一六一話 束の間の休息と確認《後編》
新しい要素が追加された魔導剣の詳細とスキルのお話。
「ふぃー、さっぱりしたぜぇ」
「水飲む?」
「おう、貰うわ。……かーっ、冷えててうめぇ!」
女湯で繰り広げられている、青少年の性癖を捻じ曲げるやり取りの残響から逃げて。
風呂上がりの心地良い脱力感を纏いながら、今は割り当てられた部屋で休んでいる。
部屋に戻った時、いつの間にやら部屋の隅にあった布団が既に敷かれており、水差しまで用意されていた。至れり尽くせりな対応で、ありがたいやら申し訳ないやら。
「着替えた服はまとめて明日の朝にでも洗濯して、場所を借りて干すとして……今日はもう寝ようかな」
「そうしとくか。……あーいや、待て。聞きたい事がある」
「ん? なに?」
歯ブラシセットをバックパックから取り出して準備していると、湯呑を置いてエリックは立ち上がり、壁に立て掛けていた魔導剣の傍で膝をつく。
「ずっと気になってて、いつツッコむか悩んでたんだけどよぉ。この際だから聞いとくわ──トライアルマギア、改造したか? そんな円盤型の部品なんざ付いてなかったよな」
「…………ああっ、そうだ。伝え忘れてた!」
「お前なぁ、連携のやり方が変わってくるんだからちゃんと教えろよ? ったく……前のは、威力と使い勝手を向上させたんだったか。今はどう変わったんだ?」
「ちょいとお待ち。以前との変更点をメモしておいたんだ、これを読んで」
制服のポケットから手帳を取り出し、エリックに手渡してから説明を始める。
朱鉄の魔導剣に付属したトライアルマギアV2は形状が大きく変化した。
サイズ感はそのままに火、水、土、雷、風、光、闇属性のアブソーブボトルを全て装填可能な機構が増加。リミッターの意味も含めて都度ボトルを切り替える手順が挟まっていたが、もう一本の主武装であるシラサイの登場で予定が変わってしまった。
疑似的な魔剣と化しているシラサイは非常に強力だ。もちろん魔導剣が劣っているとは言わないが、物理攻撃と属性攻撃の住み分けは重要である。
加えて、シラサイと魔導剣の二刀流というスタイルが多くなることを考えると、ボトルの入れ替え作業は気を取られるし手間だ。故に戦闘中でも簡素に、全てのボトルを選択して押し込み、使える仕様に作り変えた。
消耗したボトルは元から自動供給で充填されるし、使い切ったボトルを排出する機能も備えている。抜かりはない。
「そんで、円盤は……使用者の魔力伝達と共に思考を反映し、使いたいボトルを自動装填。正しく使用できる状態であるかを視覚化する装置……これ、意味あんのか? 刀身に魔力回路が浮かぶので判別は十分つくだろ?」
そしてエリックが言った通り、部品の一つであるサークルマギアのクリアケース。
その上に重なっている、鍔の部分を覆うほど大きな円盤型のディスプレイ──マギアパルスプレートに関する要項を読んで首を傾げた。
「いいや、重要なのは“思考を反映する”って部分だ」
「んん? なんで…………あっ、まさかレオ達か!?」
『そういうことだ。戦闘中、クロトにはわざとシフトドライブの属性を口頭で叫び、周囲に注意喚起を促してもらう。敵にも聞こえるほど、大きくな』
『ただし、この装置がある限り実際に振るわれる属性は、私たちが考えた組み合わせのシフトドライブである可能性が生まれる。攻撃のはずが、相手を拘束するシフトドライブであったり、その逆もまた然り』
『相手に対処させない、もしくは混乱を誘う為の、魔剣の意思である自分たちの新しい武器って訳です! 対人戦や単独で戦う場面でも活用できますよ!』
「なるほどな、口で言っておきながら頭ん中じゃ別の組み合わせってこともあり得る、と。適合者としての特性を生かした上で、仕様を知った俺たちはクロトの方を一瞥すりゃ、プレートの色で本当のシフトドライブが何か分かるって算段か」
「いいでしょ? すごいでしょ? 天才でしょ?」
「手動操作してもしなくてもいいってのはよく考えたもんだと関心はするが、ちゃんと改造した部分は説明しろ。土壇場でやられたら堪ったもんじゃねぇ」
「すみませんでした……」
腕を組んで睨んでくるエリックに頭を下げる。
「まあ、大体の概要は分かった。ってか、全属性ボトル装填機構とマギアパルスプレート以外は変わってねぇのか?」
「最高威力とか段階を踏んだリミッターの改造は、これ以上どうしようもないかな。さすがにフルエレメンタルドライブとかしたら魔導剣が持たないと思うけど」
「なんて?」
「フルエレメンタルドライブ。全属性のボトルから魔力を引き出して放つ究極のシフトドライブ。計算上、当たった敵は各属性の反発した斥力に巻き込まれて塵も残らない」
「ぜってぇ普段使いするなよ? やるとしてもマジでここぞって時以外に使うな」
「朱鉄に勝る金属でもない限り、魔導剣ごと俺も消し飛ぶからやらないよ……いわゆる、机上の空論ってやつ」
ちなみに、元のトライアルマギアとは比べ物にならないくらい形状が変化しているのには、納涼祭での出来事が関係している。
カグヤと一緒に楽しんだアトラクション“自由に狙い撃て”の景品で手に入れた、市販用トライアルマギア。
地下工房の物置き場に放置していたそれをリバースエンジニアリング。分解し、構造をより詳しく理解し、同様の機構を独自に製作。
晴れて魔導剣のトライアルマギアはV2と名を変え、近未来的な機械剣の如き姿へ変貌したのだ。
「んじゃ、明日の朝にでもアカツキ荘の皆と共有するぞ。えげつねぇ改造をしましたって」
「分かった。……日輪の国行きの話で浮かれてて、すっかり忘れてたからなぁ」
「他の奴らがクロトのトンチキに慣れたせいで普通に流してやがるのも考えものだぜ。今後も逐一、装備更新に関しては目を光らせておかねぇとな……更新で思い出したわ。お前、スキルの確認は済ませたのか?」
「え? 期末試験の時から見てないけど」
「丁度いい機会だ、今の内に見直しておけよ。何か出来ることが増えてるかもしれねぇ」
「確かに。霊峰の探索やレムリアの整備で色々経験を積んだからね……どれどれ?」
手帳に残してある、以前のスキル一覧を広げながら。
デバイスを隣に置いて、エリックと一緒に覗き込む。
『スキル』
《クラス:クレバー》
=《飛躍上達》《異想顕現》
《万縁ノ結者》
=《■血ノ縁》《七魔ノ縁》《護焔ノ縁》《聖癒ノ縁》《舞姫ノ縁》
《銀狼ノ縁》《暗艶ノ縁》
《魔力支配》
《アイテムシューター》
《高速事務作業》
《ジャイアントキリング》
《ウィッチクラフト》
《鍛冶師:中級》
=《魔導武具理解》《一心入魂》《完全修理》
《ヘヴィエンチャント》《ライトエンチャント》《最適鍛錬》
《装飾細工師:中級》
=《凝り性》《裁縫上手》《高速修繕》
《鉱石特性付与》《魔物特性付与》《性能強化》
《錬金術師:中級》
=《爆薬精製》《薬品精製》《フルーティテイスト》
《霊薬精製》《神秘精製》《素材合成》
《ルーン操術師:中級》
=《高速刻印》《能力付与》《属性付与》
《正確無比》《長文付与》《詳細付与》
《指導者:上級》
=《戦術指導》《技巧継承》《素質開花》
《ファーマー:中級》
=《作物成長促進》《シードクラフト》《種子配合》
《土壌改良》《水質保全》《発酵活性》
《盗賊:中級》
=《トラップ解除》《罠利用》《罠摘出》
《スティール》《安全第一》《早解き》
《魔法使い:初級》
=《魔法看破》《アクセラレート》《コンセントレート》
《召喚士:中級》
=《契約召喚》《世話上手》《オーダー》
《主従恩寵》《育成上手》《四海同胞》
《連舞剣士:初級》
=《フレームアヴォイド》《フレームパリィ》
《鑑定:中級》
=《素材看破》《解読術》《熟考理解》
《各耐性系》
=《全異常耐性》《全魔法耐性》
《身体補助系》
=《俊足》《強靭》《器用》《不屈》《感応》
《無窮練武》《臥薪嘗胆》
「「なんか増えてるし、文字化けが消えてる……!?」」
『汝らの予想を遥かに超えてくるな、クレバーというクラスは』
感心するようなレオの声を皮切りに、歯磨きをしながらスキルの全容を把握。
一体どういう方向性を目指しているか定かでない内容に頭を抱えながらも、二人で悩んでいても仕方がないと判断。トライアルマギアの詳細と共に皆と話し合うことにした。
一日の疲れを癒すべく布団に潜り込み、結晶灯を消灯。
掛け布団を首元に寄せて、ゆっくりと呼吸。そうして意識は闇の中へ落ちていった──
まだ日輪の国に来て初日なのに情報量が多い? ご安心ください、まだ増えます。
次回、四季家の会合に呼び出されたアカツキ荘の圧迫面接回。