第一五七話 焔山と大霊桜
ヒバリヂの大きな特徴である二つの要素に触れるお話。
「という訳で、冒険者ギルド日輪の国支部の近くにやってきた訳ですが……やたらと混んでない?」
「人がいっぱいいる」
時刻は正午過ぎ。アカツキ荘の全員でシノノメ家へ向かう道中に見かけたギルド支部を訪れたのだが、どうにも騒がしい。
何かトラブルが発生しているのかとも考えたが、殺伐な雰囲気や不安を顔に滲ませる人はおらず、歓談しながらも他種族を問わない大勢が列を成して建物内に続いている。
ギルド支部の外見は付近の建造物とほぼ変わらず、主張する看板が妙に洋風でデカデカとしている所しか相違点は無い。
しかし平屋の一階建てなので、大人数を収容しきれていないだけかもしれないが、それにしたって長蛇の列だ。
「……ん? アンタらも四地域の依頼を探しに来た口かい? 悪いが横入りはやめて、順番待ちしてくれよな」
立ち尽くしていると、最後尾に並んでいた獣人族の冒険者が声を掛けてきた。
「ああいや、俺たち初めて日輪の国に来たんで、近場の迷宮とか魔物の資料をギルドで見たかったんすけど」
「この感じだと、中に入るのは厳しいですかね?」
「なんだ、依頼が目的じゃないのか。資料を閲覧したいなら別の入り口から入るといい」
そう言って獣人族の彼は数軒隣の平屋という、全く関係無さそうな入り口を指差した。
「ここは用途に分けて建物ごと内装を改築してるからな。資料館として機能してるのは列が出来てる場所から右側をずうっと。真ん中は依頼掲示板や受付直通。左側に素材の買い取りや売店。一応内部でも繋がってはいるが、専用の入り口からの方が楽だろ?」
「へー、平屋ではありつつ長屋みたいな構造なんだ」
「土地の建築様式を利用して、見た目以上にデカくしてるって訳かい」
「魔科の国は縦に、日輪の国は横に広い感じだな」
「その認識がしっくりくるかもしれませんね」
「早く行ってみよ!」
親切に教えてくれた獣人族の彼に礼を言ってから、急かすユキに誘われるように資料館へ入る。引き戸の扉を開けば、すぐそばに受付がありギルドの職員が立っていた。
ギルド規定の制服を書生スタイルに落とし込んだような恰好で、糸目と二股に分かれた尻尾が特徴的なアヤカシの女性だ。用件を伝えると猫耳を細かに動かしながら対応し、案内してくれた。
室内を改めて見渡せば広く、土間のような場所に木板が張り巡らされている。その上にいくつもの書架が並んでおり、それらは結晶灯の明かりで照らされていた。
どうやらシナトヤ、アラハエ、イナサギ、ヒバリヂの四地方に区分けされているようだ。どれも興味をそそられるが今回はヒバリヂ方面、特に“焔山”を中心に調べよう。
受付に戻るアヤカシの職員さんに頭を下げてから、書架の一つに近づく。
「それじゃあ早速、調査開始、ぃ……周りを見てて薄々思ったんだけど、資料が巻物ってマジ?」
「なんか木の板が巻かれてるヤツもあるんだが?」
「木簡ですね、イナサギ方面の方がよく使う文書媒体です。各地方から取り寄せた物や、その地方の方が記した文書の中で、写しが間に合わない物はそのまま置いてあるんですよ。巻物はヒバリヂでは一般的な書物ですが、慣れない人が片付ける時に破損することがあるので。専門職の方が日夜、製本化の作業に勤しんでいるとか……」
「貴重な物っぽいな。まあ、資料って全部そんなもんか」
「やぶかないように気をつけないとね」
俺たち以外の利用者を見かけないとはいえ、騒ぎ立てるのは良くないだろう。
黙々と、もしくは小声で目的の巻物と木簡を探し、併設された閲覧用のテーブルに持っていく。
いざ広げてみると……なるほど、その地方独自の文字や言い回しだったり、公用語ではあるが随分と達筆だったりと読み解くのが難しい。
スキルがあるおかげで理解は出来るが、セリスやユキには厳しいだろう。声に出して読むか。
「焔山について……本来は自然物である活火山が付近に点在していた迷宮の魔素によって迷宮化。元来より持ち合わせていた豊富な魔素と合致した結果、地表露出型迷宮へと変化した」
「過酷な環境下で生き長らえる魔物たちは強力であり、ユニーク種も多い。大小の岩石だらけの登山道に加えて焔山内部へ続く横穴も多く、奇襲は免れないだろう。噴火口に関しては体調不良をもたらす臭気や魔素が残留している為、侵入禁止となっている」
「反面、豊富な鉱物資源に特殊な霊草が採取可能。温暖な気候を維持する魔素の影響でヒバリヂは霊桜が咲き続け、温泉の源泉が各地で確認されるなど恩恵にも預かっている……と。詳細はともかく、一般的にはこれくらいの認識で問題ないと思います」
「ほほぉ……大体は魔導列車の中で聞いたのと変わんねぇか。魔物図鑑みてぇな絵も付いてるし、弱点も書いてあるっぽい?」
「でも、なんか落書きみたいだね」
ユキの指摘は彼女らしい感想で的を得ている。
色が付いた水墨画とでも言えばいいか。どこか抽象的にも見えてしまうのは仕方が無いだろう。
「依頼で焔山へ出向くかもしれないし、一通り見ておこうか」
「指定された素材がどの魔物から取れるか分かんねぇからな。……そういや、迷宮主の情報が見当たらねぇぞ?」
「テッペン辺りにいるんじゃねぇの……って思ったが、進入禁止か。そんなに危ないのかい?」
「焔山の噴火口近くだけでなく、溢れ出してくる魔素が下方にも影響を与えるので……長時間滞在すると体調が崩れてしまうそうです。おまけに面積が広く、未だに未発見の横穴があると聞きます。これらに加えて諸々の理由で迷宮主の所在は掴めていません」
「魔物がつよいんだもんね」
「うーん、霊峰より標高が高いみたいだし高山病みたい症状か、活火山のガスが悪さしてるのかな? 血液魔法で対処できるならそれでいいけど……既に錬金術で似たような対処は試してそうだな」
「実際に行ってみないと分かんねぇことだし、これ以上得られる情報は無さそうだ。焔山以外、目ぼしい迷宮は無いみたいだしな」
「ねぇねぇ! こっちの木の板、すごいよ!」
ユキは興奮気味な様子で、畳まれていた木簡を広げる。
そこには文字が無く、代わりに何枚もの短冊形の木簡で構成された霊桜が大きく描かれていた。それを中心に周囲にも小さな霊桜が配置されている。
染料が細かく使い分けられているようで、かなり精巧だ。
「きれいだねぇ……」
「これは、霊桜に感動した誰かが描いたのかな。高名な画家だったり……名前がどこにもないや」
「しっかし、真ん中のはめちゃくちゃデカいな。どっかにあるのか?」
「恐らく、四季家の領地で祀られている大霊桜でしょう」
「読んで字の如くとは正にこのことだわな。だが、四季家が祀ってるって?」
セリスの疑問に答える為か、カグヤは近くの書架へ。
数秒ほど指先を迷わせ、探し物であった巻物を手に取り戻ってきた。
「ヒバリヂには焔山の影響を強く受けて巨大に成長した霊桜を、特殊な存在が宿ったとして崇める風習がありまして……その流れの元を作り出したのが現在の四季家なんです。こちらが大霊桜に関する書物になります」
「どれどれ? ははぁ、ヒバリヂの四方にある四季家の敷地内に大霊桜と管理してる寺社? があんのか」
「年の半ば辺りの三ヶ月……夏の季節に各領地で焔山の噴火が静まることを願うべく、奉納演舞が執りおこなわれるって」
「へー、露天やら出店やらも展開されてちょっとしたお祭り騒ぎになるのか。なんだか随分と面白そうじゃないか」
「おいしい物、たくさんあるかな?」
「いっぱいありますよ。おせんべいに塩焼きの川魚、肉まん。りんご飴にどら焼き、ぜんざい。あとは霊桜の花弁と一緒に蒸して香り付けした饅頭、生地に練り込んだ大福も有名でしょうか」
「うーん、三食団子で膨れたお腹が急速に減っていく内容だ。縁があれば行ってみたいね」
カグヤが持ってきた巻物によれば、例年通りだと近々夏の武家、フヅキ家の領地で近代の縁日に似た祭事が開催されるようだ。
彼女が言っていた通り露店が出回り、地元民や観光客で賑わう行事なのだとか。加えて夏はヒバリヂの大霊桜だけでなく、他の三地域でも風習にちなんだ物がおこなわれるそうだ。
ヒバリヂは四季家やシノノメ家の門下、警備組織で人手は足りているが三地域は自治組織だけでは賄いきれない。
その為、ギルド支部があるヒバリヂに要請し、報酬の良い依頼として貼り出している。冒険者の列が出来ていたのは、そういう理由からだろう。
「調べたいことは大体こんなものかな。後は実際に行ってみるか、先生が持ってくる依頼を待つか。……どういう内容の物か、せめて依頼掲示板が見られたら予想も立てやすそうだけど」
「無理だろ。ここから見ても人でごった返しになってるぜ」
エリックが書架から顔を出して確認するのと同じように。ギルドの中心部、開け放たれた間仕切りの向こうを観察する。
忙しなく行き交う人の足音と張り上げる大声。
距離が離れているとはいえ、地面のかすかな揺れと共に感じる依頼受領申請の争いは激化しているみたいだ。
「……近づくのはやめておこうか」
「だな。日輪の国に来てまだ初日なんだし、土地勘を養う為に散策するのもアリじゃねぇか? 地図も持ってきたしな」
「そうですね。利用することが多いでしょうし、冒険者ギルドの近辺を見回っていきましょうか。少し歩くと、鍛冶屋に武具の販売所が並立してあるので寄ってみますか?」
「おっ、武器か。アタシでも扱える槍とか売ってねぇかな」
「まさか買い替えるのか……俺が作った御旗の槍斧と……」
「ちっげぇわッ、代わりの物だよ! アタシはコイツを気に入ってるんだっての。壊しても問題ねぇヤツがあってもいいだろ」
「ユキはにぃにが作ってくれた手袋があるからだいじょうぶ!」
資料館受付の職員にお礼を伝えてから外に出る。
相も変わらず冒険者の長い列が出来ているのを横目に、カグヤが言っていた鍛冶屋兼販売所を目指す。
調べ物をしている間に昼休憩を終えたのだろう。至る所から金属音が響き始め、歩を進めていく度に強くなっていく。
そうして辿り着いた場所はギルド公認の看板を掲げる店舗だ。開けっ放しの土間から奥の鍛冶工房が覗き見え、手前の壁には刀剣や具足の類が立て掛けられている。
豊富な鉱物資源の恩恵を十分に活用した立派な物だ……基本素材に色の鉱石でも特に純度の高い物が使われている。
「思えば、カグヤの刀“菊姫”は名のある刀工がシノノメ家の為に打った最上の業物だったっけ?」
「はい。元はお母さまが舞踊剣術の師範を勤めていた、現役時代に振るっていた物です。ただ、体調が悪くなってからは身体が衰え、満足に扱えず……腐らせるくらいなら、と私に授けてくれたんです」
興味津々な様子で店内を歩くエリック達を一瞥してから。
壁に掛けられた大太刀を見上げつつ、カグヤと話す。
「シノノメ家にとっても、カグヤにとっても大切な物か。そりゃあ他人に任せないで自分で手入れするよね」
「私のわがままというか、意地とでも言いましょうか。……クロトさんの厚意を袖にするようで、不快な気持ちを抱かせてしまったとは思いますが」
「気にしてないよ。普段の様子から形見みたいな物かな、とは考えてたし。自分でやるって言ってるのに、無理して取り上げるなんて馬鹿なマネをするほど愚かじゃないよ、俺は」
「ふふっ、そうでしたね……ありがとうございます、クロトさん」
柔和に笑うカグヤと店内を見回り、買わずに冷やかし呼ばわりされるのは嫌なので。
焔山から産出された鉱石をいくつか購入し、再び街の散策に漕ぎ出すのだった。
アカツキ荘の皆は基本的に有能集団ではありますが、ちょっとおかしな道に踏み外すとギャグ集団に変わるので掛け合いがしやすいですね。
次回、観光を程々にしてシノノメ家に帰ったクロトに試練が降りかかるお話。