第一五六話 シノノメ家当主との邂逅
友達の父親と会う時の緊張が伝わればいいな、というお話。
強面な雰囲気の使用人兼門下生兼家来の集団に囲まれながら、シノノメ家に入る。
玄関で待ち構えていた女中さん達に恭しく頭を下げられ、慌てて返しつつ、靴を脱いで流されるがままに。
整備された庭を望める渡り廊下を進み、先導していた屈強な男性が間仕切りの障子を開く。
案内された先はお城の御殿じみた、横にも縦にも広い空間。室内の両側に規則正しく並べられた座布団と、漂ってくる畳の香りに自然と背筋が伸びる。時代劇で目上の人に拝謁する時の大広間みたいだぁ……
目線だけで室内を見渡しながらも、掛け軸や花瓶、刀掛けと……いわゆる床の間の手前。
上座とでもいうべき場所の前にいつの間にか用意されていた人数分の座布団へ、こちらで少々お待ちください、と促された。
カグヤが綺麗な所作で正座するのに倣い、エリック達も同じ姿勢に。次々に入室してきた使用人方も両側の座布団に膝をつく。
静謐な雰囲気の場所で悠長に話す訳にもいかず、少し経つと屋内側、上座近くの襖が開かれた。
思わず目を向ければ、姿を見せたのは一八〇はあろうかという長身と、広い肩幅に着流しを身に着けた黒髪の男性。顔や手のシワから四〇代前後であると予想は立てられるが、全身に纏う雰囲気からはシノノメ家の中でも特に精強な覇気を感じる。
彼はこちらに視線を流しつつも、颯爽と上座にあった膝置き付きの座椅子に腰を下ろした。
同時に使用人方は頭を下げ、そのままピタリとも動かない。俺や先生も礼をしようとして、寸前で上座の男性が手で制した。
「そのままで構わない。娘の大事な客人だ、そう堅苦しくされては互いに息が詰まる。……お前たちも顔を上げろ。常の作法といえど、幼子を相手に威圧していると思われたくはないだろう?」
どうやら俺達とユキのことを慮ってくれたらしい。男性の一言で使用人方は姿勢を正し、場の空気が和らいだ。
「気を取り直して──皆様方、此度は遠き地より遥々とよくぞ参られた。私はシノノメ家現当主、シノノメ・オキナだ。我が娘、カグヤのご学友をこうして迎えられたこと、心より嬉しく思う。夏季休暇のわずかな間ではあるが、どうかこの屋敷を拙宅だと思い、日輪の国での本拠として自由に足を伸ばしてくれ」
威厳を感じさせる、低く、芯のある声音で。
オキナさんは頬を吊り上げ、精悍な顔に静かな笑みを浮かべた。
◆◇◆◇◆
「クロト、エリック、セリス、ユキ、ミィナ教諭にカグヤか。夏季休暇を利用し、国外遠征の課題をこなす為に日輪の国へ参られた、と」
それぞれ軽く自己紹介と、改めて口頭で学生冒険者としての目的を伝えた後、オキナさんは顎に手を当て、じっくりとこちらを見つめてきた。
「アカツキ荘という冒険者クランを結成したことは手紙で知り得てはいたが、いざ目の当たりにすると……うむ、シノノメ家の門下より骨がありそうだ。カグヤが褒めちぎるだけのことはある」
「恐縮です……って、褒めちぎる?」
「お父さま」
「ああ。特にクロト、君の話をよく目にする。なんでも若い身空でありながら武芸百般に通じ、冴え渡る観察眼がもたらす結果はまるで未来を見据えているようだと。したためた手紙の内容がほとんど君の話題で埋まっていたこともあったか。その武威を、是非ともこの目で拝見したいと感じたのは一度や二度ではない」
「お父さまっ」
「他のご学友との経験も斬新かつ柔軟な考え方や新たな知見となり、舞踊剣術を見つめ直す良い機会にも恵まれている、と。自身の成長に繋がっていることを、それはそれは嬉しそうに書き記されていた。シノノメ家の奥伝まで修めた身でありながら、更に成長していく身を父として誇りに──」
「お父さまッ!」
カグヤとの付き合いについて、心の底からの謝辞を述べているつもりなのだろう。
オキナさんは恥ずかしがるでもなく臆することもなく真実を並べているだけだが、カグヤには耐えられなかったのか。
耳を真っ赤に染め上げ、肩を細かに震わせて手を上げ、オキナさんの言葉を遮った。
「もう、それ以上は勘弁を……っ!」
「おお、悪かった。帰省こそすれど、ご学友を連れ立ってくる機会など無かったからな。ついつい娘の内情を暴露してしまった」
先程の厳格な印象とは打って変わって、親バカな空気を感じるぞぉ。
「何はともあれ魔導列車の旅で疲れているだろう? 今、家来たちに部屋の用意をさせている。荷物もそちらに置いている手筈だ。歓待の準備が終わるのは恐らく夕方ごろになる……それまでは、ひとまず休むか、何か用事があれば済ませてくるといい」
「ありがとうございます。では、私は部屋の確認が済んでから分校の方に顔を出してこようと思います。クロトさん達はどうしますか?」
「それって特待生依頼の詳細とかも確認しますよね? だったら俺も付き添った方が……」
「そちらも含めて私が聞いてきますので問題ありませんよ。皆さんは自由時間として行動してください」
先生の気遣いと問い掛けに少し考え込む。
最大の目的は魔剣の情報収集と捜索および入手ではあるが、準目標である国外遠征の課題も熟さなくてはならない。
現状は不確定な要素だらけだが、とりあえずやるべきことは……
「ギルドの方で依頼の傾向とか、近辺の迷宮情報を確認しておきたいかな? ニルヴァーナとは迷宮での勝手が変わってくるかもしれないし、素材とか魔物について調べたいかも」
「確かに……“焔山”についても気になるしな」
思いついた考えを口に出すとエリックが同意を示す。
前に魔科の国へ行った時は、結局分校の方で依頼内容を聞いただけでギルド支部に寄ることは一度も無かった。
ここに来る途中で外観しか見かけなかったが、滞在中はお世話になるし、他国のギルドがどんな様子かを知っておくのは大切だろう。
異議なし、と言いたげに手を挙げるセリス、ユキ、カグヤとアカツキ荘の全会一致を経て結論が出た。
その様子を見ていたオキナさんは満足そうに頷き、入室してきた襖の方へ一瞬だけ目線を向けてから手を叩き、おもむろに立ち上がる。
「異論は無いみたいだな。つい先ほど部屋の用意が終わったようだから、私が案内しよう」
「助かります! それじゃあ、みんな行こうか」
俺とカグヤ、そしてユキも腰を上げるが、ほかの三人がビクともしない。
「あれ? どうしたの?」
「……さっきから脚の感覚が無いんだよねぇ」
「雷の魔法をくらった時と同じ感覚がある……」
「カグヤさんを見習って同じ座り方をしましたが、これは、どうにも……」
「正座のままでしばらく話してましたし、慣れていないとすぐには動けませんよね。……何故ユキは平気なんでしょうか?」
「詳しい理由は忘れたけど、体型が小さい人ほど痺れにくい、とかはあった気がする」
「だいじょうぶ?」
ユキの声掛けで各々が悶絶しながらも、俺やカグヤの手を借りて立つ。
特に先生は階段で消費した体力が尾を引いているようで、歩き方が千鳥足のようで非常に危なっかしい。仕方なく背中を支えて、にこやかに笑うオキナさんの後をついていく。
後方から、使用人方がさっきまで居た部屋を片付けている音を聞き流して、木張りの長い廊下を進む。
「そういえば尋ねるのを忘れていたが、クロトは日輪の国のどの地域出身なんだ? カグヤが目を付けるほどの武芸にアカツキという性……私が知る限り、そのような家はどこにも無かったと記憶しているのだが」
『んっ、ぐ』
世間話ぐらいの感覚で話題に出したのだろうが、オキナさんから中々に答えづらい質問が飛んできた。
鋭いナイフのように突き刺さる難題に、ユキとセリス以外の全員が言い淀む。俺が異世界からやってきた話を知ってるのはエリック、カグヤ、先生に学園長と限られているからだ。
「いや、俺はニルヴァーナの出身で、母方が日輪の国の実家で学んだ練武術を伝授してくれたんです。教えるべき事は教えたとか言って、急にいなくなっちゃったんですけど。身寄りも身銭も無くなって途方に暮れていた所を、学園長に拾われたんです」
「むっ……すまない、辛いことを聞いてしまったな」
「いえ、お気になさらず……」
嘘ではないが真実でもない作り話だが、納得は得られたらしい。勘づかれないように胸を撫で下ろす。
そうしていると、足を止めたオキナさんが用意してくれた部屋の襖を開く。そこにはお高い温泉旅館を思わせる一室が広がっていた。
庭を覗かせる大きな木枠の丸窓、脚の低い座卓に座椅子。室内を彩る掛け軸や花瓶、綺麗に畳まれた布団が積まれており、彼が言っていた通り壁際にはバックパックが置かれていた。
「すっげぇ……めっちゃ風情あるな、ここ」
「本当なら各個人に部屋を割り当てたかったのだが、空き部屋の余裕が無くてな。大まかに男子と女子で分けさせてもらった。ここはクロトとエリックの二人で使ってくれ」
「とんでもない! こんな上等な部屋を使わせてもらえるなんてありがたいです」
申し訳なさそうに頭を掻くオキナさんへ礼を伝える。
彼は一言、そうか、と嬉しそうに呟いてから、次いで女子部屋を案内するべく先生たちを連れて去っていった。
どうやら女中さん達が住まいとしている方に用意しているみたいだ。妥当というか、当たり前ではある。
「にしても、さっきの質問ヤバかったな……」
「ほんとにね。さらっと言われたからびっくりしたよ」
「俺とセリスは魔科の国寄りの名前だし、ユキも孤児院の出身ってことで流したんだろうが、お前は徹頭徹尾日輪の国側だもんな」
「やんごとなき家格の一人娘が“こいつやべぇよ”って認めてるほどの相手、そりゃあ知りたくてしょうがないよね。誰だってそーする、俺だってそーする」
「俺もアシスト出来たらよかったが……ベラを回せるお前じゃなきゃ咄嗟にあんなこと言えねぇわ」
「まるで人を詐欺師みたいに言わないで?」
早速部屋の中でエリックと一緒にぼやきながら、バックパックの中身を整理していく。
「錬金術セットは後で使う場所を聞かないとなぁ。財布、デバイス、手帳、ハンカチを持って、魔導剣とシラサイはぁ……」
「念のため装備していった方がいいだろ。冒険者ギルドに手ぶらで出向いて、変なイチャモンつけられちゃ堪んねぇぜ」
「ニルヴァーナでは突っかかってくる奴は最近見なくなったけど、こっちじゃそうもいかないか。じゃあ爆薬も制服に忍ばせておこう。あとナイフも数本」
「それだけ聞くとめちゃくちゃ危険人物だよな、お前」
「暗器に爆薬を身体に仕込んだ上で、剣と刀を腰に佩く学生……うーん、夜道で出会いたくない人物筆頭だね」
「冒険者じゃなければとっ捕まってるな」
そんなことを宣うエリックも、身の丈ほど大きな刃の無い大剣を背中に担ぎ、素人でも扱えるアカツキ印の爆薬とポーションを懐に忍ばせている。人のことを言えた義理ではない。
とにかく武具の点検を終えて部屋の外に出る。すると、同じように準備を終えた先生たちとばったり出くわした。そこまで話し込んでいた訳ではなかったのだが、どうやら呼びに来てくれたらしい。
「では、一度玄関から靴を回収して裏口に行きましょう。案内しますね」
「うん? それはどうして?」
「先生にもう一度、あの階段を上っていただくのは厳しいと思いまして……」
「見ててかなり辛そうだったからねぇ。段差よか傾斜路の方がマシだろって話になったのさ」
「非常に情けない申し出で心苦しいのですが、背に腹は変えられないので……ちゃんとオキナさんから許可も貰いました」
「当主公認の貧弱さってことか……まあ、いいんじゃねぇか? もしでけぇ荷物を運ぶことになった時、必要かもしれねぇしな」
「ユキ、疲れてる時はちゃんとおぶるよ?」
「ありがとう、ユキ。嬉しいやら悲しいやらで心が軋んでますよ……」
様々な思惑を経て裏口に回り、四季家通りに出た俺達は。
分校に向かう先生と別れて冒険者ギルドを目指した。
カグヤを大切に思っている部分を描写できればいいな、という感じで終わります。
次回、日輪の国にある迷宮や資源について調べ、前半部のキーポイントについて触れるお話。