第一五四話 和と舞、伝承の国《前編》
日輪の国がどういう場所なのか、という大まかなお話。
──日輪の国。
広大な土地と海域を挟んだ離島で構成されている三大国家の一つ。単純な領土の規模では魔科の国、グランディアにも勝る国。
広すぎるため領土間の移動が難しく、迷宮や魔物による災害、土地特有の天災などの影響で交流が断絶されていたことにより、各地で様々な風土や文化が根付いている。
技術の発展、魔導革命の波及によって薄れつつあるが、時代考証に置いて重要な価値があるとされ日夜研究に励んでいる者もいるという。
意図した訳ではないが、ある種の鎖国とも言える地域差の中でも、時代と共に育まれた要素が共通している。
土地柄ゆえ豊富な水産資源や耕作地帯で得た食料、調味料から作られる“和食”。
四季折々に対応した羽織や胴着、礼服といった大正ロマン風味の“和服”。
全体的な建築様式として共通している瓦屋根に木材を基本に使用した“和風建築”。
土地の豊富な資源を活用した、どれもが他では見ない独特な物ばかりだ。
また様々な風土や文化の例として、日輪の国の南方にある“アラハエ”という地域には、農業に密接な関係を持つ地母精……架空存在になぞらえた独自の民間信仰が広がっている。
高低差の少ない広範囲の田畑を持ち、複数の河川が流れ、豊かな植生から酪農にも秀でているため、他の地域の行商へ赴くなど。
農産物、家畜で悩みがあればアラハエ産の物を取り寄せるべきとまで言われている。
ただ、他の地域と比べて公用語にアラハエ特有の訛りが混じっているので、商談や交渉の際は翻訳に時間が掛かるそうだ。
時折、地母精の信仰とやらのせいで……? と邪推する者がいるようだが、そんなことはない。単におおらかでのんびりとした性格の住人が多いだけである。
一年を通して寒暖差の小さい穏やかな気候と住人の気質。土地の空気感も相まって隠居するならここがいい、とすら言われる地域だ。
北は“シナトヤ”。海洋面積が広く離島が点在し、地域と名を同じくした大きな港湾施設がある。造船技術や海産物、特に塩を筆頭に取引をおこなっており、精製方法や食品の保存技術などの知識を積極的に放出しているそうだ。
風習として海の生物を崇め、年間通しての漁業における豊漁を願うという。水難事故で苦しんできた過去があり、海という存在に隣人として身近な空気感を持ちながらも敬っている。
そういった経緯から、住人同士の余計な小競り合いで消耗するなど馬鹿げている、と。
トラブルや混乱の元になるような事態、原因を作らない為に“嘘偽りなく知識は広め、自然を学び、強かに生きる”を格言に弁舌が強い風潮が見受けられる。
高圧的とも捉えられるが、その口調に裏は無く、眼前の課題に対して真摯に率直な意見を述べるとして感謝さることも多いのだとか。当のシナトヤ住人にとっては、当たり前の事実を言っているだけなのだが。
西は“イナサギ”。海から流れる大河の増水、雨や雪の被害から逃れる為に切り立った崖や岩壁に、張り付くような建築物が特徴的。雲や濃霧に視界を遮られても分かるように、現地で採取可能な染料で家屋を朱色に染めている。
こちらでは山間や谷を吹き抜ける強風を鎮めんとする為、わずかな陸地で育てた花を風に乗せ、祈りを捧げるそうだ。
高低差の激しい山間や峡谷に居を構え、近隣へ特殊な道具を用いて“飛び回る”精神性から空に生きる者たちと評されている。
自然の風洞を利用した移動手段の確立。過酷な環境でありながら、少しばかりの安定した土地で作物を育てて生活を営む性質上、狩猟技術に長けている。
風に流されない特別性の矢と剛弓を手繰る狩人は、寡黙で冷徹。原生生物や魔物であろうと容易く屠り、イナサギ住人の新たな糧とするのだ。
日輪の国でも抜きんでて異質な空気感と隔絶した環境、生活様式から実力主義な面が見られる。昔気質な住人は他の地域からの来訪者へ武力を見定める行為が散見され、問題視されることもあったという。
現在は無くなりつつあり、来る者拒まずな雰囲気は薄れ、不器用ながらも狩りで得た素材や工芸品を交易で放出している。
◆◇◆◇◆
「ひとまず、こんな所でしょうか? かなり省いてもこれくらいの情報量にはなりますね」
朝食を終えて魔導列車の発車後。しばらくしても続いた日輪の国の紹介。地元の話が出来て嬉しいのか、カグヤは疲れていないようだ。
しかし列車の振動で身体を揺らしながら、何度か宿場町の停留所で休憩を挟みつつ、分かりやすいように噛み砕いてくれたとしても二時間は経過していた。
さすがに外の景色も変わり、平野の大地と闊歩する魔物。
遠方には緑に覆われず、荒々しい岩が突出した巨大な山脈が望める。
こんなにも乗り物酔いを気にせず移動中の景色、友達との会話を楽しめるなんて……酔い止めが効かなくなって以来だ、と。
過去の散々な記憶を思い出しては掻き消して、カグヤが口頭で伝えつつノートに書いてくれた各地の名称、環境に適応した特性の詳細に視線を移す。
「甘く見てた訳じゃないけど、だいぶ覚えること多いね」
「四つの地域に加えて土地の文化を把握しておかなきゃなんねぇしな」
「魔科の国は良い意味でも悪い意味でも一貫性がありましたから、なおさら大変だと感じるかもしれませんね」
「そんだけ説明するのに時間が掛かるくらい広いんだよな。こりゃ依頼を熟すのも魔剣を探すのも難しそうだぜ」
「各地域を移動するだけで半日ほどかかる場所もありますので」
「うひゃー!? マジでぇ!?」
「本当に広いんだね……想像よりも大変なことになりそうだ」
「でも、なんだかワクワクするね! ねぇね、他に面白そうな話は無いの?」
「そうですね……あとは実際に見ていただいた方が早いかもしれません」
見た方が早い? どういうことだろう? 聞き返そうとして外の景色が黒く途切れ、車内は結晶灯の仄かな明かりに照らされ、轟音がこもった。
定期的に黒い壁に光源が流れ、蒸気機関の黒煙代わりに噴出する魔素の煌めきが車窓に映る。どうやらトンネルに突入したようだ。こうなると話すどころではないな。
『雑談の話題になればよいかと思い提案しておいてなんだが、凄まじい情報量だったな』
『日本的な文化が主流ではあるが、各所では地域色に絡んだ環境や文明があり、それぞれを許容し変遷を重ねているようだ』
『建築物とか風習を聞くに和と中華の要素をギュッとまとめて縮小した、みたいな感じだよね』
『いざこざがあったり複雑そうに思えましたけど、地域間の交流は案外さっぱりしてるみたいです。南にアラハエ、北にシナトヤ、西にイナサギ……あれ、東について何も聞いてませんね?』
レオ達との会話で気づいた。そういえば東の地域について言及されていない。
何か理由があるのかとカグヤの顔を覗き込めば、ページを新しくした部分へ熱心に鉛筆を走らせていた。……今までの比じゃないくらい書き込んでいるな。
うーむ、気になる。チラ見ぐらいなら……ダメだ、身を乗り出すとシルフィ先生に身体を預ける形になるからセクハラになっちゃう。大人しくトンネルを抜けるまで待つか。
座席の背もたれに身体を預け、少し経つと徐々に光が差し込み始めた。
次第に強まり、トンネルを抜けたと同時に。結晶灯の明かりを遥かに凌駕する太陽の日差しが車窓越しに飛び込んできた。
アカツキ荘だけでなく、車内全体の客が突然の閃光に沸き立つ。咄嗟に手で目を覆って正解だったな。
慣れた頃合いで手をどけて、外の景色を見ようとして──視界の端を飛んでいく、淡い薄紅色の花弁を捉えた。
「は? 桜……?」
滅茶苦茶設定をこねるのが楽しい。




