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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【二ノ章】人助けは趣味である
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第二十四話 明日は明日の風が吹く

前話では今回が最終回になると言ったな……。

 小鳥の(さえず)りが寝ぼけた意識を優しく刺激する。

 うっすらと開いた視界に白い天井が映った。

 病院の一室だ。既視感を覚える光景に、ほっと一息。

 掛けられた毛布を払って、包帯を巻かれた手で頬を撫でる。


「……そういや、運ばれたんだっけ」


 黒雲なんてどこにも無い、澄み切った青空を見上げて。

 春の陽気を運ぶ風に呟いた。





 昨日の事の顛末(てんまつ)はこうだ。

 無事にシュブ・ニグラトの目論みを暴き、本体ごと消滅させた俺たちは、先生が放った魔法の余波で崩壊し始めた地下施設から脱出することになった。

 満身創痍な身体に鞭を打って先生を抱えて脱出したのだが、残念なことにエルフの王国跡地は完全崩壊。

 歴史ある遺産の面影はどこにも無く、完全なる更地と化した。


 まあ、魔術の資料とか割と残存していたようなので、先生は処理する手間が省けたと言っていたが。

 その後はシュブ・ニグラト本体が消滅したおかげで陰湿な黒雲も晴れ、先生の肩を借りて魔法で治療されつつニルヴァーナに戻ったわけだ。



 戻った矢先、緊張の糸が切れて卒倒。



 そもそも疲労も頂点に達し、治療されたといっても完全ではなかった上、失血量も相当だったので当たり前と言えば当たり前のことだった。

 加えて両者とも血だらけ傷だらけで、すぐさま自警団に問い詰められることに。

 しかし片方は強制的に起こされて意識混濁中で、片方は立ってるのもやっとな重傷者。


 状況が飲めない自警団の方々も困惑したらしく、結果としてフレンに連絡を取ったところ、とりあえずの処置として病院に叩き込まれた。

 かろうじて意識のある先生が聴取を受けてくれたようで、俺はこうしてゆっくりと身体を休めることが出来たのだ。

 なお先生は裂傷が激しく、骨が数本折れていたが魔法で完全に治癒させたので入院はしていないとか。すげぇ。

 出来れば俺も、と思ったが重傷過ぎて、無理矢理治すと激痛で更に寝込む可能性があったそうで、治されなかったとか。





「あーっ!! アカツキさんなんで包帯外して歩いてるんですか! というか、絶対安静のはずだったでしょう!?」

「いやぁ、なんだか身体の調子が良くなったので自主退院しようかと。それにほら、お金無いんで入院費とか払えないし。ちょっと依頼こなして稼いでこようかなって」

「そういうことは別に今じゃなくていいんですよ! って、ちょ、ちょっと、ほんとに待ってくださいっ! 先生、アカツキさんがまた勝手に出ていこうとしてます!!」

「くそぉ、お医者先生を味方に付けるなんて卑怯だ! だが俺にだって譲れないものはある……強引にでも帰らせていただくぜ!」


 ――ということが書いてあった書類の内容を、注射器片手に追いかけてくる方々を尻目に思い出す。

 まさか病院で看護婦さん相手にパルクールする羽目になるとは思わなかった。

 だがしかし現代人とはいえ、こちとら現役の学生冒険者。伊達に鍛えていないのだ。

 助走をつけて、立ちはだかる看護婦さん達を三角飛びの要領で飛び越え、背後に着地。


「えっ!?」


 驚いた様子で立ち尽くす彼女らに手を振り、窓から身を投げ出し、反対側の病棟に飛び移る。

 そのまま屋上までよじ登り、逃走。

 パルクールの要領で病院の敷地から脱出した後は大通りへ移動して、道にしていた屋根からくるりと前転しながら飛び降りる。

 難なく追跡を振り抜き、そのまま学園へ。


「ごふっ!」


 行こうとして、軽く吐血した。身体の外側は魔法で治っているが、内側はまだまだ治癒していない。ついでに火傷も治せていない。

 いや、回復には向かっているものの速度が遅いといったところか。

 通行者に不審者扱いされる前に立ち上がり、血を拭う。

 時計を見ると……ちょうど登校時間と同じくらいだ。となると、看護婦さんたちは夜勤明けの体力で追跡してきたわけか。

 疲れてるのに悪いことしちゃったな。


「後で菓子折りでも持っていくかぁ……」


 出店の喧騒に揉まれながら、改めて学園に向けて歩き出した。







「――詳細は自警団を通して聞かせてもらったわ。よくやったわね、クロトくん。ニルヴァーナを、シルフィを助けてくれてありがとう」

「その言葉だけで、頑張った甲斐があったって思えるよ」


 学園の屋上で、手すりにもたれ掛かったフレンと向き合う。

 眼の下に(くま)が出来ているのを見る限り、事件の事後処理を夜通しで行ってくれたのだろう。

 掲げた手には朝刊が握られており、大きな見出しに『連続猟奇事件解決! 犯人は謹慎中の学園教師!?』と書かれている。





 道すがら耳にした話だが、図書館の盗難事件に関しても、ガルドの自宅から盗まれた全ての蔵書が発見されたことで犯人と認定。

 確信を持って逮捕しようと躍起(やっき)になったところで、俺と先生の二人が現れたそうだ。

 意識が朦朧(もうろう)としていたのであまり覚えていないが、先生が俺の腕章を利用して上手いこと言いくるめたらしい。


 それもそのはず。素直に事情を話したとしても、俺たちは客観的な目線で見れば――“人”であるガルドを殺したことになるのだから。

 しかし話に長けた先生は魔術の部分をぼかして事情を説明したところ、手放しで納得はできないが理解はできるという話になり、罪に問われることはないとのこと。

 すげぇよ、先生は。





 かくして、身柄を拘束され牢屋にぶち込まれるというバッドエンドを迎えることもなく、俺はこうして学園で生活することを許された。

 ちなみにどうして屋上にいるのかというと、どうせいつもの如く学園長室に引きこもってるのだろうと思っていたフレンが、なぜか屋上でボーッとしていたのを見つけたからだ。

 こいつ、朝は弱いんじゃなかったっけ……。


「ところで……さっきここからチラッと見えたんだけど、なんで屋根の上を走ってたの?」

「やむにやまれぬ事情があってね。詳しくは語れないけど金銭面の問題だよ」

「金銭面? ……ああ、入院費のこと?」

「何故わかったし」


 昨日の死闘が嘘のように思える穏やかな空間に気が安らぐ。手すりに体重を預け、景色を眺める。

 道行く人々の流れは(せわ)しく、止まることなく、いつもの日常を過ごしていた。


「ほんと、良かったよ。これまでは皆、どことなく暗い顔して不安そうだったけど、そんな様子も無さそうだし」

「不安の種が消え去ったからね。でも、まだ片付けないといけない仕事は残ってるのよねぇ……退学した生徒の補充とか、教員の再採用とか、書類処理とか」

「仕事が増えてよかったじゃん。残業し放題だ」

「いざとなったら手伝ってね?」

「くっそ、何も言わなきゃよかった」


 口は災いの元だ。項垂(うなだ)れた頭に、フレンの笑い声が降りかかる。

 そんなやり取りを交わしていると、屋上に出る扉が開いた。

 誰か来たのか。そう思い、振り返り――固まった。


「「……なにあれ」」


 フレンも驚いたらしく、同じように呟いた。

 何故かと言うと、俺たちが振り向いた先に大きな布を被った物体、というか人が歩いていたからだ。

 明らかに不審人物。しかも前が見えていないのか、左右に揺れながら蛇行している。

 風で飛ばされないように裾を絞ってある辺り、中々に几帳面だ。


「実は私、シルフィに話したいことがあるから屋上へ、って言われたから来たのよね。ついでに君も連れてくるようにって」

「だからここにいたのか……ってか、ほんとに先生なの?」


 お互いに顔を見合わせ、少し近づく。

 布の妖怪――フレンの話を聞くに先生らしい――はおぼつかない足取りで歩いてきているが、今にも転びそうでハラハラする。


「わぷっ」


 というか、転んだ。小さな悲鳴は確かに先生の声だった。

 よく確認すれば布越しに女性的なボディラインが浮かんでいるので、この布の塊は先生で間違いないようだ。

 だが、布で動きが制限されていてるのか、起き上がれないままぴょんぴょんと跳ねている。

 ……とりあえず、助けるか。

 結び目を(ほど)き、布を巻き取る。

 翡翠の髪が踊り出て、陽の光を反射して煌めく。


 完全に布を取り去ると、隠れていた顔が(さら)され、目が合った。

 息苦しかったらしく、荒い呼吸を繰り返している。

 時折、咳き込みながらも見上げてくる瞳は、いつもより明るい輝きを見せていた。

 …………うーむ。何故だか妙に扇情的だ。

 直視するのも(はばか)られて、微妙に目を逸らして手を差し出す。


「す、すみません。(ほど)けないくらい固く結んでしまったせいで、取れなくて」

「……ぷくくっ」


 手を取り、立ち上がりながら恥ずかしそうに頬を赤らめて事情を話す先生。

 その話を聞いて、腹を抱えて笑いをこらえるフレン。

 気持ちは分からんでもないが笑ってやるなよ。





「――それで、俺とフレンに話ってなんですか?」


 喉に手刀を受けて動かなくなったフレンを介抱しつつ、先生に話をするように促す。

 いつもは帽子を深く(かぶ)っていて、時々内側にまとめている時もあったので、風に髪を(なび)かせる姿は新鮮だ。


「……今まで私は、エルフであることを秘密にして過ごしていました。過去から目を背けようとして、自分の過去から逃げようとして。……でも、こうして過去の因果を断ち切ることができたましたから。もう、自分を偽るのはやめにしようと考えたんです」

「なるほど。自分の正体を七組の生徒や学園の人たちに打ち明けるのがちょっと不安だったから、気持ちを和らげる為にも話を聞いてもらいたかった、ということですか」

「……は、はい。大体、その通りです」


 あれ、思惑を言い当てただけなのに先生の顔が引き()ってる。なぜ?

 しかし、これじゃ躊躇したままで何も進展しそうにないな。フォローしておかないと、何も言わずに終わりそうだ。

 ……よし。先生にバレないようにデバイスを取り出して。

 メッセージの送り先は、エリックでいいか。

 えーと、内容は――“先生が七組全員へ話したいことがあるみたい。至急、みんなを連れて屋上に来て”でいいか。


「大丈夫ですって。先生が思ってるようなことにはならないと思いますよ? 俺もみんなも、先生のこと大好きですし」

「そう思ってくれているのはありがたいですが、やっぱり少し怖いです。それに残した手紙を読まれていたらと考えたら……恥ずかしくて」

「え? 俺、あの手紙読んですぐ破り捨てましたよ」

「ええっ!? そそそ、それ本当ですか!?」


 何気なく言ってみたら勢いよく近づいてきてびっくりした。

 メッセージ送った直後でよかった……危うくデバイス落とすところだったよ。


「復元不可能なくらいバラバラにして捨てたんで、間違っても誰かの手に渡るなんてことにはなりませんよ」

「……はあ、良かった。それなら気兼ねなく打ち明けられそうです」


 あっ、返信きた。早いな。

 なになに? “急いで行くから待ってろ”か。


「とにかく皆と会って、正直に話せばいいんじゃないですか。先生の正体を素直に伝えたところであーだこーだ言うような連中じゃないし、因縁云々に関しては俺とフレンくらいしか知らないからわざわざ言う必要もありませんし、自分はハイエルフですって伝えても外見なんて他のエルフとそんなに変わりませんから」

「……冷静に考えればそうですね」

「何事も考えすぎるのはよくないですよ。気負い過ぎるより、気楽に行きましょう」

「はいっ!」

「それじゃ、みんなに連絡したので来るのを待ちましょうか」

「はい……え?」


 意気込みの良い返事を聞いて安心したので、フレンを起こすために頬をペチペチ叩く。


「ちょ、ちょっと待ってください。連絡したって」

「おいフレン、早く目を覚ませ。生徒にもたれかかる学園長の姿なんて見られたら何を言われるか分かったもんじゃない」

「ううん、あと三十年……」

「長いよ、そんなに待てるか。あと三秒以内に起きなかったら数日は口に残り味覚障害を引き起こす激甘原液ポーション飲ませるからな」

「いやぁすっかり目が覚めちゃったわ! 私ったらこんな所で寝ちゃうなんてきっと疲れてるのね!」


 早口で捲し立てながら、フレンはシャキッと姿勢を正す。

 それと同時に大人数の足音を伴って、またもや屋上への扉が開いた。

 開いた瞬間、ビクッと跳ねた先生が俺の背後に隠れる。

 ふむ、背中に伝わるこの感触……なかなかのもの。

 しかし楽しんでいる場合ではないので、軽く背中から引き剥がしておく。

 前に出るタイミングは自分で考えるだろうし、お膳立てとしては十分だろう――ここからは先生の頑張り次第だ。





 静まり切った空間に、心臓と呼吸の音がこだまする。

 実際の所、まだ七組の皆さんに打ち明ける予定ではなかったので心の準備なんてほとんどできていない。

 ……ですが、これは背中を押すアカツキさんが臆病な私に作ってくれた絶好の機会。逃す訳にはいきません。

 密かに決意を新たに固めていると、正面に立った一人の生徒が口を開いた。


「先生、俺たちに話したいことってなんですか?」

「…………まず初めに、皆さんに見ていただきたいものがあります」


 そっと、アカツキさんの背中から離れる。

 誰かの息を飲む声が聞こえた。目を逸らさず、二十数人の視線を受け止めて。


「私はエルフであることを隠して、これまで皆さんと接してきました。一身上の都合とはいえ騙し続けていた事実に変わりはありません。ですが、皆さんとの出会いが、こうして私に秘密を打ち明ける勇気を与えてくれました」


 深く頭を下げて。


「――ありがとうございます。それと、ごめんなさい」


 これだけは伝えたかった。

 受け入れてもらえないかもしれない。築いてきた関係を否定され、嫌悪され、孤独になるかもしれない。

 それでも――。


『なーんだ、そんなことか』

「はい、そんなこ……って、反応薄くないですか?」


 思わず顔を上げる。

 想像よりも遥かに軽く受け止められた。なんだか、少しショックだ。


「つっても、エルフだって言われても元々人間離れした綺麗な外見してるし」

(ちまた)では友達の少ないぼっち説が浮上中の学園長と仲が良いし」

「ルナとか他のエルフの生徒に妙に慕われてたから、もしかしたらって想像すらしてたし」

「……っていうか」

『ぶっちゃけクロトのやらかした問題の方が衝撃でかくて、大抵の事じゃ動じなくなったというか……』


 七組の面々が話していく中、そっと後ろを振り向く。

 ……話題に上がった当人はそっぽを向いて掠れた口笛を吹いていた。


「昨日なんか二人とも学園に来なかったから、またクロトがバカなことやってそれを止めに先生が行ったのかなって思ってた」

「びっくりしたよね。まさかクロトが事件を解決する為に、自警団と協力してたとは微塵も考えてなかったもん」

「しかも先生が(さら)われたから助けに行ったとか」

「それを俺たちに伝えることなく、一人で向かっていったらしいがな……」

「さらには大怪我を負って病院に運び込まれたと聞きましたが……」

「や、やめて。そんな目で見ないで!」


 …………なぜだろう。彼らのやりとりを見えていると、躊躇(ためら)っていた自分が馬鹿らしく思えてくる。

 やるせない気持ちでその光景を眺めていると、不意にフレンが肩を叩いてきた。


「クロトくんの言った通りになったでしょう? 貴女が重く認識していることでも、彼らにとっては些細な問題でしかないのよ。もちろん、貴女の決意が無駄だとは言わないわ」


 だけど、と。

 騒がしく、笑顔の絶えない賑やかな光景を懐かしむように見つめながら、懐から取り出した私の辞表を引き裂いた。

 千切れた紙片が風で散らばっていく様を眺めて。


「受け入れられず、ただ否定されてしまうのは悲しいわ。だから自分から歩み寄る必要がある。その選択が正しいかどうかなんて無粋な考えはしないで――これからも、あの子たちと一緒に居てあげなさい」


 柔らかな微笑みを浮かべて、そっと背中を押した。





 ……最初から迷う必要は無かった。

 私はここにいる。彼らと共に生きている。これまでも、これからも、その関係は変わらない。

 いずれは別れの時が来ると分かっていても、思い出が消える事はない。


 ……私は幸せ者ですね。

 過去に縛られ、途方に暮れていた私に声を掛けて、手を取り、命を救ってくれた人がいた。

 彼を思うと心が暖かくなり、笑顔を見ると嬉しくなる。

 彼と過ごす時がとても愛おしく、触れ合うと胸の鼓動が心地良く打ち付けてくる。


 ――命を張ってでも、自分の道を歩ませる為に必死になれる人を、()く思わないわけがない。





 この気持ちを向かい合って言うには恥ずかしい。でも、自分に正直になろうと決めたから。

 だから、少しズルい方法になるけれど。

 この騒がしさに(まぎ)れて。


「――クロトさん、大好きです」


 呟いた想いは喧騒に揉まれ、風に乗って飛んでいった。

 空を舞い、長い時間をかけて。

 いつか彼の心に届くように――。









「あー、酷い目に遭った……。けど、これで先生の問題も解決だな」

「そうね。君のおかげで、シルフィも以前より明るくなったように思えるわ」


 七組の面々から先生を身代わりにして抜け出し、フレンの隣に移動する。

 手を掴んだ時はびっくりしたみたいだけど、もみくちゃにされても楽しそうに笑う先生を見てほっと一息。


「男子に触られてるのに拒否反応も出てないし、表情も良くなった。過程はかなり大変だったけど、結果がハッピーなら万事オッケーでしょ」

「……一つ、聞いていいかしら?」

「うん?」


 温まってきた空気が眠気を誘う中、フレンは細めた目を向けてきた。


「どうして、誰かの為に身を危険に晒せるのかしら? 脆弱な身体で、特筆するような力もない。恐怖に立ち止まり、こんなに傷付いてくじけそうになっても……なぜ?」


 緋色の瞳には悲しいようで、けれどどこか懐かしんでいるような、様々な思いが込められているように思えて。

 普段とは変わった雰囲気を纏うその姿が、誰よりも綺麗で見惚れてしまった。

 しかし、どう答えたらいいんだろう。視線を逸らし、(うつむ)く。

 邪神相手にはあんな風に言ったが、深く考えずに行動していたのは変わらない。

 フレンが納得する答えは持ち合わせては――いや、それでいいのか。口にするのは恥ずかしいが、これも立派な答えだ。





 確かに俺には物語の英雄のような一騎当千の力も、仲間を率いるカリスマも、多くの人に認められる立派な思想もない。

 俺は自分の命が一番大事な保身の鑑。根性だけは誰にも負けない自信はあるが、それだけの凡人だ。



 だが、そんな人間でも、手を伸ばしてはいけないのか。



 何かが出来る保証がなければ、何かをしようと思ってはいけないのか。



 弱いから、脆いから、と。たったそれだけで、見て見ぬ振りをする理由になり得るのか。



 命が惜しくないわけがないし、自殺願望もないが、どれだけ傷付いても死ななければいいのだ。

 自己満足、エゴ、詭弁……何とでも言いたいヤツに言わせておけばいい。

 俺はいつだって味方したいと思った人の味方だ。

 好きな人の味方。善であれ、悪であれ、気になって放っておけない誰かの味方であって万人の味方じゃない。

 長々と熟考したが結局の所、今回は先生だから味方になったということだ。

 エリックだろうとカグヤだろうと、誰かが困ってるなら出来る限り手助けをする。簡単な話だ。

 だからこそ――。





「そんなに重い理由なんてないんだけどさ……」


 簡潔に、本心を伝えよう。

 この思いは、間違いなく俺の心の在り方なのだから。

 答えを待ち望む瞳と向かい合い、一言。


「趣味なんだ、人助け」


 驚いたように目を開き、そして納得したように頷くフレンに笑いかけ、空を仰ぐ。

 澄み切った青空はどこまでも続いている。

 これまでも、これからも。

 きっと、俺たちの道に彩りを与えてくれるだろう――。

――あれは嘘だ。

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