短編 アカツキ荘のおしごと!《エピローグ》
前章の終わり際、短編が始まった頃に話していた内容とワンピース幕間の宴会みたいなお話。
──レムリア整備、七日目。
クルガの陰謀によって、ついに依頼期限である最終日となった旧再開発区画は、以前の更地とは比べ物にならない様相へと変貌した。
農園エリアは、レムリア最大の面積を誇り、作物に対応したいくつもの区分けが施されている。
それを明確に分かりやすくしているのが“水泉の要石”によって生まれた貯水池から、四方八方へ延びる水路。
その水を吸い上げ、生花、錬金術の触媒、迷宮野菜、果樹。あらゆる需要に対応した多様な植物が繁茂し、さらには生育状況に対応した温室が三棟、建てられていた。
これはひとえにニルヴァーナの食糧自給に貢献している、学園非常勤講師でもあるコムギによる力添えがあって実現したこと。
加えてウィコレ商会、ファタル商会が協力関係を締結。
極めつけにグランディア南方辺境伯ヴィヴラス家の後ろ盾を得たことで。
幾分かは自身たちの精製品で消費していくが、飽和した分の迷宮野菜や触媒、資源は彼らを経由して方々へ流通していくだろう。
宿舎エリアは、レムリアで活動する従業員の為に用意された個人用の宿泊施設群がある。
木造のログハウスを凝縮したような一戸建ての家屋。内装は姿見が付いたテーブルに椅子、ベッド、ハンガーラック、室内を照らす結晶灯と身を休めるに過不足のない状態になっている。
炊事場や屋根の付いた井戸が敷地内に完備されており、それなりの悪天候においても機能を発揮できる造りだ。
当初は泊まり込みで作業する者の為にと用意されたはずだが、気づけばキャンプ場に近い造形のエリアと化していた。
シュメル曰く、これはこれで面白い、とのこと。地主がそう言うなら、良しとしよう。
倉庫エリアは、収穫物や精製品を貯蔵しておける倉庫が三棟並んでいる。
それぞれが第一、第二、第三と名付けられており、内部構造は吹き抜けの二階建て。窓は鎧戸のようになっている。
他のエリアと比べて際立った特徴がある訳ではないが、とあるクランリーダーが秘密裏に魔改造を施していた。
屋根や壁に塗装したペンキは耐震、耐久性、防腐、抗魔力、高撥水、と。建造物の劣化、破損に対して効力を発揮するトンデモ仕様となっている。
たとえ上位魔法の連打を喰らったとしても傷一つ付くことはない、安心して物を保管可能な場所と化しているのだ。
その内容を誰にも話していないのは問題だが、些事と思っておこう。
作業エリアは、木造仕立て且つ平屋建ての大きな工房が目を惹く。
内部は錬金術の精製をおこなう個室が用意され、中は難燃、防火対策が施されている。当然、錬金術に必要な道具・器具類は完備され、一人前の錬金術師なら十分な仕事をこなせる場が整えられていた。
ファタル商会の人間が常駐できるように事務室、休憩室なども用意。作業場とは切り離されているので安心して事務作業が可能。
いくつもの商会、大工職人の手によって完成された工房は屋根、外壁に倉庫と同じ特性ペンキを塗布している為、外部からの衝撃にも耐えられる。
“命の前借り”という特殊なポーションによって基礎段階から急速に建てられた工房は、汗と涙と労働力によって生まれたと言っても過言ではない。
総じて、錬金術師ならば誰もが垂涎するほどの施設と言えよう。
着工からわずか七日、一週間。
たったそれだけの期間で、レムリアは新たな事業を担うに相応しい姿へと生まれ変わったのだ。
◆◇◆◇◆
「──以上がレムリアの詳細になります。いかがでしたか?」
「ちょ……っと、想像よりもはるかにすごいのが出てきてびっくりしてるわ」
「防犯対策の塀もレムリアの全域に沿って建てられています……」
「ちなみに、哨戒警備をしてくれていた保護施設の召喚獣たちはレムリアを気に入ったみたいで。遊びに来るついでに今後も警備と、そして収穫の手伝いをしてくれることになりました。報酬は迷宮野菜でいいそうです」
「待って、情報量が多い」
レムリア整備、七日目の昼下がり。
俺とシエラさんで学園長、シルフィ先生に完成したレムリアを案内していた。
口頭と実際に目視で確認した上、立て続けでもたらされた情報に学園長は頭を抱えている。かわいそうね。
休憩のついでに、農園エリアの一部で野菜の収穫をしていたアカツキ荘の皆と合流。ファタル商会の人員に施設を紹介していたシュメルさんも加わった。
「ひとまずシュメルさんの要望通りの施設、設備が整えられた為……現段階を以てアカツキ荘の初依頼、無事完遂となります! おめでとうございます!」
『いえーいっ!!』
シエラさんの宣言にアカツキ荘が沸き立つ。
これでレムリアに関わる人物を馬鹿にしやがった連中へ目にもの見せてやれるぜ!
「急なお願いにもかかわらず、坊や達にはこの一週間ずっと無茶をさせてきちゃったわね。本当に、感謝してもしきれないわ」
「お互いに利益のある話でしたし、気にしないでください」
「おうともさ。なんだかんだ面白かったしな!」
「初めの頃はマジで俺達しかいなかったから、本当に出来るか不安だったぜ……」
「日数が経っていく内に協力者、建物も増えて賑やかになっていきましたね」
「楽しかった!」
シュメルさんの労いに各々が感想を口にする。
それを聞いた彼女はわずかに頬を緩め、肩から提げたカバンからバインダーを取り出す。
挟まれていたのはレムリアの整備計画を記したものであり、依頼書でもあった。ペンでスラスラと何かを書いて、隣で控えていたシエラさんに手渡す。
「これ、提出してもらえるかしら?」
「分かりました。責任を持って預からせていただきます!」
意気込んで受け取ったシエラさんはそのままレムリアの外へ向かう。
専属仲介人として依頼主と受注者の間を取り持つのが彼女の仕事だ。ギルドへ達成報告に行ってくれたようだし、後はお任せしよう。
「さて、今日はレムリアの整備に協力してくれた皆を呼んで宴会を開く予定だけど、後はどうしようかしら?」
「そのための野菜は、いま収穫しちまったしなぁ……自由時間かぁ?」
「後は宿舎エリアの炊事場に運ばれた食材を調理するだけだろ? アタシは出来ないけど」
「正直もうお腹いっぱいだし、まだ何かあったりしたら頭が破裂しそうよ」
「うーんと……」
『クロト、良い機会だ。魔剣に関する方針を皆で共有せんか?』
「ああ、そういやすっかり忘れてた」
「はいっ?」
「ちょっ!?」
平然と喋りだしたレオに、というか俺に対して学園長とシルフィ先生は掴みかかってきた。そのまま二人に引きずられて輪から外される。
「ぐえぇえええ! な、なんですか二人して!?」
「なんでも何もないですよ……!」
「貴方、ふっつーにシュメルがいるのにレオと話してんじゃないわよ……!」
「そ、そこは大丈夫ですよ。シュメルさんと親方には魔剣について教えたんで、既に知ってます。こういう話をする時に一々席を外してもらうのは大変だし、仲間外れかと思って……エリック達にも許可は貰ってますよ」
ヒソヒソと、周りに聞こえないような抗議の声で思い返してみれば、シュメルさんにはレムリアをリブラスの異能で調整する時に。
親方にはシラサイの調子がおかしいと相談した時に魔剣のことを伝えて……その前後で色んな問題が起こったから、二人には打ち明けたこと伝えてなかったかも……?
「な、なるほど、そうだったんですね」
「だとしても教えなさいよ!? いきなりレオの声がしたから心臓跳ねたじゃない!」
「それはマジでごめんなさい」
平謝りしながら、またもや引きずられて輪に戻る。
エリック達からは俺が何か仕出かしたのか、という疑いの視線を向けられて。
シュメルさんはこうなることを予想していたのか、ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべていた。
「秘密の話し合いは済んだ?」
「ええ、それはもう……じゃ、レオが言っていた方針とやらを聞きましょうか。シルフィ、お願い」
「分かりました──“偽りの水鏡は凪の如く あるがままに映し出す”」
先生の流れるような詠唱が紡がれると、魔素で編まれた薄い透明なヴェールのようなものが展開。
ドーム状に広がったヴェールは周りの景色へ溶け込むように同化しながら、俺達を包み込んだ。
「このヴェールは第三者への認識阻害を目的とした結界です。外からは私たちは談笑しているように見えて、その実、中では秘密の会合を交わすことが出来る……そういうものだと思ってください」
「もちろん音は漏れないし、微小な魔力しか使わないから怪しまれもしないわ。その分、持続時間は短いけどね」
「いつ見ても素晴らしい魔法技術ね。花園にも活用できないかしら?」
『まあ待て。その辺りの議論は後にして、ゴートとリブラスが考えてくれたプレゼン資料を見てくれ』
『クロト。私を召喚し、異能の発動を頼む。資料を映像化する』
「分かった」
言われた通りに緑の魔剣を召喚、幻惑の異能を発動。
制御を担当するゴートの主導により、空間がゼリーのように変形し形を取っていく。
そうして出来上がったのは巨大なスクリーンであり、そこにリブラスの記憶を頼りに作りあげてきたイメージが投影された。
現在判明している魔剣の本数、異能の詳細。
リブラスが頑張って思い出してくれた形状から手裏剣のような物があり、日輪の国方面で捜索する手がかりになるのではないか、という話まで。
憶測や推測は載せず、あくまで確実性の高そうな情報に限定して。
非常に分かりやすくまとめられた内容に、おのずとエリック達から拍手が湧く。俺も見たのは初めてだが、良く出来ていると感じた。しかし、何故パワーポイント風味……?
『──ひとまず、こんなところだろうか。懸念事項こそあるが、何はともあれ日輪の国の方で調査をしてみたい、という訳だ』
『クロトさん達はもうすぐ長期休暇だと聞きました! そこに合わせて捜索を始められたらどうかな、と自分は思います!』
『魔剣争奪戦が本格化する前にカラミティを出し抜く……一考の価値はあるだろう』
レオ達の言葉を最後にスクリーンは掻き消えた。
「うーむ、なーるほどねー……」
学園長が唸りを上げ、熟考する。
そうしている内にヴェールの効果時間が切れたのだろう。点滅するように景色が切り替わり始めたので、緑の魔剣を粒子化させる。
「だとしたらクランの実績づくりか、特待生依頼の一環として日輪の国に出向いてもらう形で送りだせるかも。それと並行って形にはなっちゃうけど」
「そっか、実績づくりかぁ……まあ、今回の仕事を完遂しただけじゃ足りないよね」
「個人で見ればそんなに悪くねぇんだけどな。クランっつー組織で見れば、俺たちは下の下ってところだし、クロトは特待生としての義務があるしな」
「ええっ!? じゃあ、またギルドの連中に舐められたり喧嘩吹っかけられる可能性があるってのかい?」
「可能性が無いとは言えませんね……」
「ユキたち、もっと頑張らないとダメ、ってこと?」
「こればかりは学園側の一存でどうにか出来る問題ではありませんから。せめてギルド側の制度も利用して、正当な手段で日輪の国へ行けるように手を加えないといけないんですよ」
口々に今後やるべきことを言い合っていると、ぱしんっと。
大きく手を叩いた音に目を向ければ、微笑みを浮かべたシュメルさんがいた。
「とにかく情報の共有ができた以上、あれやこれやと話していても埒が明かない。違うかしら? ひとまず今日は宴会を楽しんで、それから考えましょう?」
「くうっ……アンタに言われるのは癪だけど、クロト君たちにとってはクランの初仕事を終えたお祝いになるものね」
「切り替えは大事よ? いつも気を張っていてはどこかでぷっつりと途切れてしまう。合間を縫って、息抜きしないとね」
「こりゃ、シュメルさんの言う通りかもなぁ」
「ずっと働きっぱなしだしな。今日ぐらいは休むか」
「おいしいご飯を食べて、明日から頑張ろっ!」
「……そうだね。せっかくの採れたて野菜、楽しまないと損だ」
シュメルさんの言葉に一理ある、と全員が頷く。
「レオ達もそれでいい?」
『異論はない。結論を急ぎすぎても仕方のない事だ』
『どの道、長期休暇に入らなくては行動を起こせないんだ。今は英気を養うのが先決だろう』
『自分は魔剣と関係ない日常もちゃんと過ごしてほしいので問題ありません!』
「ありがとう」
三人にも確認を取り、気を取り直して宿舎エリアに向かう。
既に召喚獣保護施設の職員方、ウィコレ商会のロベルトさん、コムギ先生、親方とレインちゃん、ミュウちゃんとお母さん、エルノールさんに自警団の皆さん。
レムリアに関与した大勢の人達が炊事場に集まり、準備を始めていた。……さすがにヴィヴラス家の人間はいないようだ。
しかしセギラン家への対処に尽力してくれた事実に変わりは無いので、お礼として迷宮野菜を詰め合わせた木箱を数個ほど贈らせてもらった。もちろん、ウィコレ商会に依頼して、だ。
メリッサ嬢の迷宮料理編纂活動の一助となればいいが……まあ、何かあれば向こうから連絡してくるだろう。
立ち止まって考え事をしていると、背中をエリックに叩かれた。促されるままに食材の山へ向かう。
収穫したての色とりどりな迷宮野菜、牛や鳥、豚に魔物の肉類、調味料が並ぶ炊事場には調理器具もしっかり用意されている。
バーベキュー用の設備で炭を起こしている人たちの為にもささっと食材を切り分けよう。ああ、ポイズンクッキングさんは遊んでてね。
そう言うとセリスに脇腹を殴られた。意外に重いな……
かくして食材の処理を終えて、各所に用意された設備に集まった人たちで宴席が盛り上がる。
たった一週間の密度とは思えないレムリアの内情に関わった彼らは、思い思いに言葉を、盃を交わす。
小さな子供もいるので中身は酒ではなく──持ち込んできた学園長は先生とシュメルさんからラリアットを喰らって撃沈──果実水で楽しんでいる。
苦労や感謝を口に、これからのレムリアを元に発展していくあらゆる産業に夢を馳せながら。
“アカツキ荘のおしごと”を終えた充足感に笑みを浮かべ、宴会を楽しむのだった。
これにて短編 アカツキ荘のおしごと! は終了となります!
話の起点しかないプロットなんざねぇよ状態でしたが、ゲームでよくある濃密なサブイベントをコメディチックに書けて楽しかったです。
次章から日輪の国へ舞台を変え、物語の根幹に触れていくお話になっていきます。
クロトや魔剣にまつわる謎、カラミティとの因縁、そしてカグヤやユキをヒロイン枠に据えた物語を紡いでいきます。
こちらも例によって話を進めながら構成を考えるので、今までより投稿頻度は下がると思いますので、ご了承ください。新作も書きたいし。
では、長らくお付き合いいただきありがとうございました! 次章もお楽しみに!




