短編 アカツキ荘のおしごと!《第二十話》
話のネタはあるけど短編なのに間延びしたのでダイジェストなお話。
アヴァニエの捕縛に来てくれた自警団の皆さん。
状況把握の為に宿舎の一つで待機していたシエラさん、シュメルさん。
そしてレムリアの状態と特大スクープを匂わせる情報を漏らしたら、案の定喰いついてきて。
緊急取材の許可を取りに来たついでに、アヴァニエの捕縛をリアルタイムで遠巻きに眺めていたナラタ。
治安業務、経過観察、純然たる興味、と目的は違えど集結した三つの勢力に後処理を任せて。
ユキは眠気に負けたのでカグヤと先に宿舎で就寝してもらうことに。
俺とエリック、セリスは本来の目的であった街路結晶灯の調整を施してから、別々の宿舎で分かれて一夜を明かした。
翌日。昨夜の暴れ散らかした疲れもなく、俺達は続々と目を覚ました
結晶灯の確認だけでなく、宿舎内に設置された家具やベッドの使い心地を実際に使用し、問題無いことも証明できた訳だ。
一石二鳥だったな、と頷いているところにシュメルさんとシエラさんがやってきた。どうやら朝食と新聞を持ってきてくれたようだ。
アカツキ荘と二人で食事を楽しみながら新聞に目を通せば、ナラタが編集した内容が大きく一面に載っていた。
レムリアに降りかかっていた数々の問題を解決しつつ、ニルヴァーナの各所で確認されていた異変の原因たるアヴァニエを捕まえた、と。
事実を述べた上でレムリアの風評が悪くならないように綴られていた。
ただし、あくまで捕縛に動いたのは自警団で、手柄も彼らの物ということになっている。アカツキ荘の情報はほとんど出ていない。
これは俺の……というより、アカツキ荘全体の要望だ。ただでさえレムリアの整備で手一杯な上に、これ以上どこかから面倒なやっかみやら妬みを持たれて、変な因縁を掛けられては堪らない。
何より、アカツキ荘の初仕事として目標が定まっているのだ。専属仲介人であるシエラさんが事情を把握しているとはいえ、脇道に逸れて依頼は不履行に……なんて無様なマネはごめんだ。
まずはレムリアを完璧に整えるのが第一目標。その障害となるなら対策はするが、優先順位は間違えない。
実績にならず、報酬も出ないのは確かに残念だが……経験は、無駄にならない。
ちょっと意地っ張りな言い分になったが、そう言うとシュメルさんは微笑んで頭を撫でてきた。
その後は昨夜の作業でおこなった内容を改めて伝えてから、一旦アカツキ荘に帰還。
疲れは無くとも寝不足なのは間違いない。頭に靄が掛かったような感覚があるまま、作業するのは危険だというシュメルさんの配慮だった。うむ、一理ある。
ならば一度アカツキ荘で休んで、それからレムリアに行こうという話に。
道中、雑談しながらトコトコと歩き、学園敷地にある林の隙間から見覚えのある屋根が見えてきた──同時に、玄関前で仁王立ちしている学園長とシルフィ先生もいた。
あれやこれやと文句が言いたいです、と言葉無く主張してくる表情に全員の足が止まり、揃って顔を逸らす。
そんな些細な抵抗を振り払うように、近づいてくる足音に汗が頬を流れ、両頬を掴まれ正面を向くことに。先生の顔と見合い、後方では両手で新聞を掲げた学園長が視界に入った。
ああっ、怒ってる……! 何をやるか詳細を伝えずアヴァニエに対して大立ち回りしてたのバレてる……!
いや違うんです、話を聞いてください、と。
言い訳を紡ごうとしても聞く耳を持たれず、全員揃って玄関前に正座。
今回の一連の流れに対して懇々と説教され、朝の時間が過ぎていくのだった。
◆◇◆◇◆
──レムリア整備、四日目の午後。
学園長と先生からの説教を聞き終えて、二度寝してから。
午後になって再びやってきたレムリアの倉庫エリアにて。
第一倉庫と呼ばれる一棟。その屋根上で防腐・撥水性ペンキの塗布作業をしながら、昨夜から今朝にかけての出来事を親方に話す。
「──なるほどのぅ。だからお主ら、どこかやつれておるのか」
「まあ、説明する余裕もなく実行に移した俺達が悪いんで受け入れました、はい……」
「事故が起きる可能性が無いとは言えんからの……妥当じゃろうて」
同じ作業に取り組んでいる親方は聞き入った後にそう言った。
「とはいえ、花畑を荒らしていた輩とニルヴァーナ各地で起きていた異変の正体を掴み、足早に解決してみせた手腕はさすがじゃの」
「アカツキ荘とゴート達、それと協力してくれた皆のおかげですよ。俺だけじゃこんなにも円滑に事は進められなかったんで」
『なにを言うんだ。アヴァニエの所在や動機、犯行時間を知り得る為の隠密行動はクロトでなければ出来なかった』
『全ての要素が上手く嚙み合ったが故の結果だ。誇れ』
『そうですよ! それに、あんな卑劣な行為を当然だと思ってる奴に容赦なんて必要ありません! 逃げたら一つ、進めば二つ、奪えば全部ですッ!』
「……たびたび思うんじゃが、リブラスの思想がおっかないのは誰が原因なんじゃ?」
「俺が影響してるみたいな疑い方はよしてください。初めて出会った頃から敵意を持つ相手にはこんな感じですよ」
待てよ? 会話にどこかで聞いたフレーズを盛り込んでくる辺り、俺の記憶に触発されてるのか……?
興味深いっていうから自由に過去の記憶を観賞させてるけど、制限を掛けた方がいいかな。一日一時間とか……ゲームかよ。
「おーいっ! こっちの倉庫は塗り終わったぞーっ!」
「こちらも終わりましたー!」
親方の指摘に悩んでいると第二、第三倉庫で同様の作業をしていたエリック、カグヤが声を張り上げ作業終了を報告してきた。
依頼期限へ間に合わせる為に、ペンキには下塗り・上塗りの必要が無く固着するルーン文字を刻んだから、後は乾くのを待つだけだ。
「分かったー! 俺と親方もあとちょっとで終わるから、下で待っててー!」
「最後まで気をつけるんじゃぞぉ!」
俺達の声にアカツキ荘の皆は軽く手を振って応え、しっかり足下を確認しながら掛けていた梯子を降りていく。
残量の少ないペンキ缶を最後まで塗り切り、俺と親方も倉庫の屋根から降りる。ふうっ、安全帯の無い高所作業は怖いぜ……
地に足を着いてホッと一息。振り返り、改めて第一倉庫を見上げる。
倉庫の外壁、扉は午前中の間に施工、塗装済み。手が空いた大工さん方は現在、総動員で作業エリアの建築に取りかかっている。
順調に、レムリアがどんどん完成形に近づいてきているのを見ると……うーん、テンション上がりますねぇ!
◆◇◆◇◆
──レムリア整備、五日目。
「えー、シュメルさんからご相談がありまして、作業場で使う錬金術用の道具が足りないそうです。こちら、不足品のリストになります」
「薬研、すりこぎ、錬金釜、抽出機、ビーカーに試験管その他もろもろ……クロトの地下工房で見かけた物ばっかりだねぇ」
「アヴァニエやセギラン家の圧力が無くなった訳だし、ウィコレ商会以外からも仕入れてくればよくねぇか?」
「他の物品はともかく、錬金術の専門道具を大量に用意するのは難しいでしょう。ファタル商会からの持ち込みでも限度があるでしょうし」
「にぃに、いつもみたいに作れないの?」
「厳しいかなぁ。特に錬金釜は特殊なルーン加工を焼き入れの段階から、練り込むように刻んでいくから手間が掛かる。すぐには作れないよ」
「便利技術の塊みてぇなクロトでも無理か。どうすっかねぇ……」
「……リーク先生なら、錬金術用の道具を専門的に扱ってる商会とか知ってんじゃねぇか?」
「あっ、そうか。錬金術の道具だけじゃなく、他の実験器具も用意できるかも」
「名案ですね。クロトさん、早速連絡してみましょう」
「ちょいと待ってね……もしもしリーク先生? 今お時間いただいてもいいですか?」
『なんだなんだいきなり……別に構わんが、また厄介事か? 納涼祭、霊峰、レムリア、次いでアヴァニエだかの悪徳クランを取っちめて、今度は何を仕出かすつもりだ』
「人聞きの悪いことをおっしゃる。実は錬金術の器材を大量に揃えたくてですね、都合が付きそうなお店を紹介していただけないかと」
『ああ? 何の為に……いや、話さなくていい。私に余計なことへ首を突っ込む趣味は無いからな。そうだな……今から伝える──この住所に行って私の名前を出して交渉してみろ。偏屈な店主だが腕は確かだし、応えてくれるはずだ』
「ほほう、そんな場所があるんですね」
『そこでも足りなければオルレスに相談しろ。魔法医学に必要な道具類も錬金術に近い物だ、代用品としても十分な性能がある。後は自力でどうにかしてくれ』
「なーるほど。ありがとうございます、リーク先生」
『気にするな。……それにしても、お前は本当に騒動の中心にいるな。トラブルを引き寄せ過ぎだろ』
「俺は悪くないです。次に何かあったら、ちゃんとリーク先生も巻き込みますって」
『やめろ、ガチでやめろ、本当にやめろ。じゃあ切るぞ!』
「お疲れさまでーす」
「漏れ聞こえてきた内容から察するに、不足分はどうにかなりそうだな」
「うん。早速教えてくれた住所に向かおう」
「ええ。しかし、偏屈な店主さんですか……機嫌を損ねないように気を付けないといけませんね」
「ふーむ……ユキの可愛さで懐柔できんか?」
「ん? ユキがどうかした?」
「子どもをダシに使うとか印象が悪くなりそうだから普通に話そうよ」
カグヤの懸念を念頭に向かった先で、錬金道具専門店の店主さんと会話したところ。
最初はリーク先生の名前を出しても反応が芳しくなかったが、レムリア、もといシュメルさんの名前を出した途端に目の色を変えた。
なんと麗しの花園に通う高給取りな常連だったらしく、彼女と縁が結べるなら、と嬉々とした表情で道具を手配してくれることに。
営業再開したら通うから頑張れっ! と力強い応援を頂き、現段階で用意できる分の在庫を荷車に積んで店を後にする。
「……思った以上に上手く商談が進んだね」
「花園っつぅか、シュメルさんの影響力ってやっぱすげぇんだな」
「お金もいっぱい余ったね!」
「事前に頂いた購入資金が四割ほど残りましたからね……」
「利用させてもらったアタシらが言うのもなんだけど、あれで商売になんのかねぇ?」
口々にぼやきつつ、レムリアに帰還。
店主さんとの会話をシュメルさんに伝えたところ、時が来たら最大級のもてなしを約束するわ、と確約。
身体も財布も干からびないように祈っておこうかな……店主さんの無事を。
ちなみに、余った資金はアカツキ荘で分け合いなさいと言われたので、アカツキ荘の全員が臨時給金をゲットした。やったぜ。
◆◇◆◇◆
──レムリア整備、六日目。
「うおおおおおおお内装工事の時間だぁ!」
「今日中に作業場を完成させれば後は消化試合だ! 気合い入れろぉ!」
「テーブル、椅子、戸棚! 釘とトンカチをおくれーっ!」
「重い物はユキが運ぶよー!」
「荷運びは私たちにお任せください!」
「元気なガキ共だぜ。こちとら連日の作業で、そろそろ限界が近いってのに」
「急ピッチで仕事してたせいでガタが来ちまった……くっそぉ、アイツらに負けてらんねぇのになぁ……!」
「レムリアの現場が終われば歓楽街で歓待してくれるっつぅ話だが、こうも疲れが抜けんとなってはキツイな……」
「ふむ、何やらお困りのご様子。そんな貴方達に朗報ですよ」
「んあ? お前は確か、アカツキ荘だかのリーダーだっけか。すまねぇな、弱音を吐いちまって……待て、朗報ってなんだ?」
「急な要請に応えてくれたにもかかわらず、皆さんは休みなく働かれていらっしゃるでしょう? そんな方々の為に用意したとっておきの品があるんです」
「なんだそりゃ、酒か?」
「酒より効き目のある飲み物です。飲めばたちまち元気と気力が湧いて、疲れ知らずなまま活動できる優れモノですよ」
「……まさか禁制品の薬じゃねぇだろうな?」
「いえいえ、とんでもない。ちょっと効能をイジって一時間で切れる効果を引き延ばしただけですし、副作用で効果が切れたあとお腹が緩くなる程度の有用性バッチリなポーションですよ」
「まあ、そんくらいなら許容範囲か……? わざわざ俺達へ言いに来たところを見るに、それを貰えると思っていいのか?」
「もちろんです、ご用意させていただきましたとも。作業効率が格段に良くなりますから、是非飲んでみてください」
そう言って渡したのは特殊配合ポーション──別名“命の前借り”。
以前の物にルーン文字も含めて改良を施した“命の前借り”は副作用を限りなく弱め、半日ほど効果が持続する凄まじい代物へと変貌した。
反面、精製に必要な素材の個数が多くなった為、安易に用意するのが難しくなってしまったが……放出するなら、今がその時だ。
木箱に収めていた“命の前借り”を飲み干し、身体の奥底から湧いてきた活力を全身に漲らせて。
大工さん達は瞳を爛々と輝かせ、光芒を残して作業場へ掛けていった。うむ、効果はしっかりと発揮されているな!
「彼らは無限の労働力を得て、作業場の完成を第一に動き続けるだろう。レムリアの完成に一歩近づいた。良いことだ」
「騙して飲ませた訳じゃねぇのに。なんだろうな、この罪悪感は」
「やってることがうさんくせー商人と変わんねぇからだろ」
「シュメルさんと棟梁さんから許可を頂いているとはいえ、もう少し言い分があったと思いますが……」
「元気いっぱいなのはいいこと!」
凄まじいスピードで形作られていく作業場を眺めつつ、内装で用いる家財を組み立てていく。
そうして時間が進み、途中休憩を挟みつつも進捗は進んで。
朝から夕方にかけて丸一日を消費した作業場建築は内装工事も終え、必要な物資、道具類を内部に運び、ひとまずの完成となった。これで各エリアのメイン施設は出来上がった、ということになる。やったぜ。
なお、“命の前借り”の効果が切れた大工さん方は皆、みるみる顔面蒼白になり、腹を押さえながらも家路に着いていた。お尻が決壊しないことを祈ろう……
四日目、五日目、六日目で何が起きていたかを描写しました。
短編なのでね、これくらい緩めで良いのです。
次回、依頼期限である七日目、レムリアの詳細と今後の目標を共有するエピローグになります。