短編 アカツキ荘のおしごと!《第十六話》
ぽっと出の悪役を調べていくクロトとレオ達のお話。
アカツキ荘に戻った俺はジャージを脱いで、いつもの学園制服に着替え、魔力を通して色を変える。
魔科の国にて単独討伐したユニーク魔物、レプタルの素材が合成された制服は、魔力を通すことで自由に変色させることが可能なのだ。
普段の白色とは違い、薄緑色に変わっていく制服に合わせた伊達メガネ、帽子を着用。姿見で着こなしを確認して……うん、パッと見で学生とは分からないだろう。
『さて、貰った住所によればセギラン家の別荘は北西の高級住宅街にある。貴族御用達の大きな邸宅が並んでいる場所だね』
『もう間もなく昼餉の鐘が鳴る。さっさと向かって調査するとしよう』
『終わらせて昼飯を食べたいだけだろ……でも、人の動きが活発になるかもしれない。目的の連中を探るには丁度いい時間帯だ』
『夜間に動いてた訳ですし、眠っている可能性は無いですか?』
『それならそれで寝室っぽい場所に目星をつけて調べられる。些細な違いでしかないさ』
レオ、リブラスとの雑談を交わしながらアカツキ荘を出る。ぐうっ、変装の為とはいえ夏場に長袖はやっぱり堪えるな。
しかしどこに目が潜んでいるか分からない以上、学園の敷地にまで手は出せないだろうが警戒は必須。
遠くから姿を変え、別荘に近づかなくては……大通りは人が多いか。新聞配達の時と同じく、屋根を伝って移動していこう。
制服の裾を調節するベルトに魔力を流し、伸ばす。意思を持つかのように近場の縁に引っ掛け、身体を思いっきり引き上げて着地。
『色を変える上に機動力も確保できる衣類……下手な防具とは比べ物にならない性能だな』
『リーク先生の賜物だねぇ。付与されてたルーン文字を以前は理解できなかったけど、研鑽を重ねたおかげか、分かるどころか自分で刻める自信すらあるよ』
ゴートの感心する声に応えつつ、屋根上を音も無く駆けていく。
合間に挟まる段差、高層建築物の壁、路地の隙間をパルクールの要領で跳び越えて、距離が足りなければ裾を伸ばして稼ぐ。
魔力操作せずとも有用な立体的移動手段を活用して走ること数分。正午の鐘が響き渡ると同時に、街並みが変わり始めた。
貿易国家として多様な建築様式が見られるニルヴァーナの中でも、極めて西洋的とでも言えばよいか。
まっさらな白、もしくは少しくすんだ乳白色に近い色味の外壁にオレンジ色の屋根。
背の高いオシャレなデザインの鉄柵に手入れの行き届いた庭園、茶会用のティーテーブルが置かれた四阿。
立派に整備された広い公道に結晶灯も合わさり、高級感溢れる大きな邸宅が並んでいた。
事前に別荘と聞いていたが、どちらかといえばイングランドなどで有名なカントリーハウスに近いか。その内の近場な屋根上にある煙突の影に身を潜める。
『人通りは皆無で、時々馬車が通る程度……変装してるとはいえ、堂々と道を歩くのはやめた方がよさそうだ』
『人混みに紛れることはできず、身を隠す場所も無い。今の汝は特徴的な部分が多く、人の目に留まりやすい。変に勘繰られては面倒だ、隠密で行くべきだろう』
『シエラさんの資料によれば、セギラン家の別荘はちょこっと先ですね』
『住んでいるのはクルガ・フェル・セギラン──神経質な顔立ちの痩せぎすな中年男性らしい。今の時間帯はギルド支部で仕事をしているそうだ』
『内部情報が筒抜けだと安心だねぇ』
胸ポケットに仕舞った住所と名前、特徴の走り書きをレオ達に教えてもらいながら目的地へ。他のと比べると些か小さめの邸宅を眼下に屋根へ跳び乗った。
邸宅の中央には吹き抜けの庭園が整備されて、それを囲うように居住スペースや各設備に続く部屋があるようだ。威厳を保ちたい思考が身に染みて感じるな。ちぃ、金持ちがッ!
妬む気持ちを抑えて身を屈め、気配を薄め、目を閉じて。
意識を研ぎ澄ませれば……邸宅から感じる振動、かすかな物音、人の呼吸音も把握できた。
『掃除、洗濯、料理、休憩中の談笑。使用人も含めて十数名ってところか』
『全員がアヴァニエの構成員、と思うのは穿った考えですかね?』
『実力派の小規模クランという話だろう? 最低でも例の五人組に足して一人か二人、といったところではないか』
『今、調査してしまえばはっきり分かる情報であろう。人が密集している地点はどこだ?』
『ちょいとお待ち──いくつかあるが、特に騒がしい音のする場所は……二階の北側だ』
屋根を移動して場所を変えれば、より音が聞こえやすくなった。
『楽しそうな人の声……声量と太さから、男性の物だ。しかし明確に聞き取るなら窓際に近づかないと。でも、バレるかぁ?』
『もしよければ、誘導の異能で声を呼び寄せますか? 魔法やスキルでない以上、察知されず会話を抜き出せますよ』
『なるほど、そういうのも出来るか。やってみよう』
リブラスの提案を採用し、紫の魔剣を召喚。スティレットと呼ばれる、鎧通しの武器に似た形状の魔剣を操り、異能を発動。
屋根の縁に寄って、覗き込めば……彼女の補助で視覚化された異能の流れが、閉め切られた窓へ侵入していく。
流れの経路が分かった所で縁から下がり、異能で手繰り寄せた音に集中する。おっと、付与術で蓄音の役割を持たせた魔力結晶も用意しておこう。証拠になるかもだしね。
◆◇◆◇◆
「はっはっは! いやはや笑いもんだよなぁ。まさか流刑にあったアッシらが、こうしてニルヴァーナに戻れるなんてよぉ!」
「グランディアからの付き合いとはいえ、クルガにまた助けられちまうなんてな。そんなにオレ達の力が必要だったのかねぇ」
「自由の身にしてくれたのはありがてぇが、お貴族サマにしちゃあ金のねぇ奴なんだ。他のクランを手籠めにする余裕も無いんだろうよ」
「とっ捕まった理由が違法討伐な上、専属仲介人として監督不行き届きで罰せられた訳だしな。まっ、それを指示してきて、隠す努力をしなかったのもクルガだけどな」
「おい、酒はその辺にしておけ。今夜もひと働きしなくてはいけないのだからな」
「硬いこと抜かすなよ、リーダー。最近目立ってるだけのガキと歓楽街の女が絡んでるだけだろぉ?」
「いけ好かない奴なのは理解できるが、わざわざ俺達を雇い直してまでやらなくてもよくねぇか? 恨みでも買ってんのかよ」
「だがよぉ、その周りの人間を不幸にするだけで、多額の報酬を払ってくれるってんだからな。オレ達の逃亡資金を貯める為にも、仕事はこなさないとねぇ」
「ワイプアウターどもがトチった分、分け前が増えても稼いだ金は酒とメシに消えてくんだけどなぁ! はっはっは!」
「まったく……今夜は本命である再開発区画とやらを壊し尽くせ、との指示なんだからな。気合いを入れてもらわねば困るんだ」
「ガキの身近な人間やら、施設に嫌がらせしろってのはいいのか? 花屋の女とか」
「どうやら自警団の奴らがアヴァニエに勘づき始めているらしい。証拠を残したつもりは無く、人目に付かないよう夜中に動いていたが。……とにかく対人相手では鼻が効き過ぎる連中だ、正面からやり合うのは避けたい。何か策を講じられる前に本命を破壊する」
「ちえっ、もう少し暴れられると思ったのになぁ」
「でもよぉ、折角の歓楽街も楽しめねぇんだから、さっさと仕事して金を貰ってとんずらしちまおうぜ? 俺、魔科の国方面に行きてぇんだよ」
「顔がバレてる場所じゃなければどこでもいい。美味いメシと酒、良い女がいればもっと良い」
「アッシらの腕っぷしさえあれば、少なくとも食い扶持には困らん! 元手を取って、クルガに恩を返したらとっとと離れちまおうぜ!」
「ああ。我らアヴァニエに、永遠の栄華を」
「「「「永遠の栄華を!」」」」
◆◇◆◇◆
『永遠の栄華を……』
蓄音された魔力結晶をポケットに入れてから、魔剣を粒子化。
制服の裾を適当な邸宅の屋根に引っ掛けて跳び、立体的な機動でセギラン家別荘から離れる。
『リーダーは綺麗、汚いに限らず求められた仕事に対しては真摯に対応。構成員である他四名は欲望に忠実、かつ金さえ支払われるなら問題は無い、と。そしてワイプアウターとの繋がりも明確になった』
『共通しているのはクルガに対し、釈放された恩義を返そうという気概を持つことか。アヴァニエとしての矜持、とでも言えば聞こえはいいが……奴ら、今夜レムリアを襲撃すると言っていたな』
『釈放された所で、犯罪行為を厭わない奴らに情けを掛ける必要は無いよ。迂闊なクズの集まりでよかった。思う存分、叩き潰せる』
『早速レムリアに戻って共有しましょう!』
『ああ』
変装は解かず、そのままレムリアで待っている皆の下へ向かう。
さて、思ったよりも早く決着がつきそうだ。アカツキ荘とシュメルさんを敵に回したこと、後悔させてやるよ。
短編での悪役はささっと倒せる程度の奴だとありがたいですね。心が痛まないので。
次回、時間が飛んでレムリアに来たアヴァニエと対峙するアカツキ荘のお話。