短編 アカツキ荘のおしごと!《第十四話》
事件捜査や調査において、無類の強さを誇るゴートの無法っぷりが分かるお話。
霊峰にて“血仙花”という素材を求め、共に大冒険を繰り広げた仲間の一人、ミュウちゃん。その子と家族の周辺に怪しい影が見受けられると、親方によって告げられた。
一緒に話を聞いていたシュメルさん曰く。
以前、レムリアの整備妨害を目的に襲撃してきた悪徳クラン“ワイプアウター”と同じく、黒幕の指示を受けた手合いではないかとのこと。
詳細を知る訳ではないにしろレムリアの整備を始めた頃と、不審な人影が散見され始めた時期が被っていて無関係とも思えない。
ニルヴァーナでの人間関係はバレ切っている為、他の知り合い……下手をすれば同級生にまで影響が及ぶ恐れがある。冒険者という身分は便利でもあるが、情報戦においては一組織に集積してる分、不利に働くなぁ。
今後も似たような妨害工作をされては危険だし面倒だ。黒幕を明確にして、仕留める為に調査は必要だろう。
シュメルさんの許可を得られたので、親方からレインちゃんに連絡をしてもらって。
アカツキ荘にも情報共有。顔見知り、かつ俺の知人ということもあって乗り気な皆を連れて──シュメルさんとシエラさんはレムリアでお留守番してもらうが。
ニルヴァーナ郊外のすぐ近く、ミュウちゃんの家族が個人所有している畑へ出向くことになった。
◆◇◆◇◆
ニルヴァーナの東西南北に延びる大通りを南に進み、魔力障壁の展開を補助する外壁を抜けて。
近辺の区分けされた耕作・放牧地帯を歩いていけば、色鮮やかな花々を裂かせる畑が見え始めた。
その脇にはこじんまりとした物置小屋と休憩スペースがあり、季節モノに限らず多種類の花が列を成している。
思わず目線を奪われていると、遠くで小さな影が跳ねた。目を凝らせば、それはレインちゃんだった。
「クロトお兄さん! こっちだよ!」
普段から自主的に親方の店やミュウちゃんの花屋を手伝っているのは知っていたが、今日も例に違わず働いているようだ。立派な心根を持つ少女よ……
元気よく手を振り、走り寄ってきた彼女の後ろではレインちゃんと母親が作業をおこなっていた。レインちゃんの声で気づいたのか、二人とも慌てて駆け寄ってくる。
「お、おはようございますっ、お兄さん。こんなところにまで……今日も、お花を?」
「おはよう、ミュウちゃん。ある意味ではそうなるかな? でも、本題は別にあるんだ。というのも──」
面識の多いユキ、エリック達とおしゃべりをしているレインちゃんを横目に。
土汚れを払いつつ、声を掛けてきたミュウちゃんと母親に説明する。親方の懸念と置かれている状況を聞いていく内、母親は神妙な表情を浮かべ始めた。
「そういうことでしたか……少々不気味でしたので、ミュウに気をつけるよう言い聞かせていたのですが、レインちゃんのお爺さんに話が流れていたんですね。……ご迷惑をおかけしてすみません」
「俺達の方が面倒に巻き込んだようなものなんです、気にしないでください。それに、お花屋さんとして専門的な知識を持つ二人に協力を願いたかったので」
「えっと、つまりレムリア? って場所で、お花を育てればいいってこと?」
「そうね、ご厚意に甘えましょうか」
「持っていく物、道具とかあれば指示をください。俺達が運びますから」
「じゃあ、私がお願いしてくるよ。お母さんは休んでて」
事前にレインちゃんからある程度の話を聞いていたおかげか円滑に物事が進んだ。
ミュウちゃんを先頭に物置小屋へ向かっていくエリック達から視線を外し、花畑の方へ向ける。
「ここの花はどうします? 摘んだり、鉢植えに入れ替えますか?」
「いえ、このままにしましょう。咲いている物もありますが、まだ生育途中で売り物になりません。加えて、いくつか踏み荒らされていたり、除草剤を撒かれているので。……一通り手直しをして、なんとか対処していたのですが」
レインちゃんの母親が言う通り、俯瞰的に見れば不自然に穴の空いた箇所があった。
大きく踏み抜かれた、統一性の無い靴跡が並び、散らばった葉や花弁も見受けられる。営業妨害を狙った連中の仕業だろう……酷い状態だ。
「店を開きたいのに、花畑を離れる訳にもいかない状況ってことですね……本当に、すみません。俺のせいで、こんなことに」
「責めるつもりはないんです! そもそも貴方には助けてもらってばかりですし。数日の営業不振ぐらい、病気の頃と比べてなんてことありませんよ」
「そう言ってもらえると助かります。……何人かで妨害工作を働いてるみたいですけど、日中に怪しい人影を見かけた訳じゃあないんですよね?」
何か手がかりを掴めないか質問してみる。
「時間帯で言えば新聞配達が始まる前ぐらい……早朝から花畑の手入れに出ているのですが、到着した時にミュウが去っていく人影に気づいたんです。その時は錬金術の触媒を盗みに来たのかと思っていましたが、どの花も無差別に踏み荒らされていて」
「盗みが目的でないことに、気味悪さを感じた?」
予想を口にすると、ミュウちゃんの母親は頷いた。
「自警団にも通報したのですが納涼祭の影響で多忙らしく、見回りの強化ぐらいしか出来ないそうで。それからはなるべく気に掛けないよう普段通りに仕事を続けていたのですが、被害は増えていく一方でした。……不安な様子はミュウに見せていなかったのですが、気取られてしまったようですね」
「子どもは聡いものですよ。特にレインちゃんやミュウちゃん、ユキを見ていると実感します」
「これも子どもの成長、と受け止めなくてはいけませんね」
「本当に。……妨害を働いている連中を捕まえれば、ここでの作業も再開できるようになると思います。俺達に力を尽くさせてください」
「はい。よろしくお願いします」
「おかーさーん! 荷物はこれだけでいーいー!?」
ミュウちゃんとアカツキ荘の皆で、何を持っていくか悩んでいたのだろう。
色々な物を詰め込んだ荷車を背にしたミュウちゃんの下へ。一言、断りを入れて確認に向かう母親の背を見やってから。
腕組みの振りをして、ジャージの懐に手を入れて緑の魔剣を召喚。
『三日前から時間帯は早朝六時までの間。小規模のホログラムみたいな形で状況再現できる? レインちゃんやミュウちゃんには見せないようにしたい』
『もちろん、可能だ。数日程度ならば、場の記憶を読み取るのも容易い……が、この場所では視界が開け過ぎているな』
『お花の影に隠せば紛れると思いますよ』
『名案だな。ゴート、早速やってみろ』
『少し待て、もうすぐ出来る』
『膝をついて調べてる風に装えば誤魔化せるかな』
身体で壁を作るように姿勢を低くして、幻惑の異能で作られた虚像の映像を眺める。
『いま見せているのはレムリア整備が始まった初日、その夜中の記憶だ。一日目と二日目の間だな』
『それより前に怪しい動きは無かった?』
『無い。推測になるが、ワイプアウター捕縛の情報を耳にした黒幕が次の策として展開したのではないか? 君の交友関係先を狙った嫌がらせを』
『始めからワイプアウターの妨害が成功していれば、手を打つ必要は無かった訳だからな』
『それだったらシュメルさんの知人、友人でもいいはずなのにクロトさんを狙ったのは何故でしょう?』
闇夜に扮する為だろうか。黒めの装備、外套で身を包んだ冒険者風の男性五人組が花畑を踏み荒らしている。
『知り合いの質が違うからさ。歓楽街の女王と呼ばれるのは伊達じゃない』
『名だたる商会、貴族、冒険者……配下とも呼ぶべき嬢の存在もある。生半可な覚悟で手を出そうものなら、凄まじい痛手を負うのは間違いない』
『何より彼女は権力者であろう? 正面切ってから喧嘩を仕掛ければ、水を得た魚の如く生き生きと仕返しに動く』
『なるほど。恐れるべき相手より、手を出しやすい立場の人間をいたぶる方が楽ってことですか。性根が腐ってますね!』
『事実なんだけど言葉強くない?』
顔を隠しているため、詳細は分からない。背格好ぐらいしか判断材料にならないだろう。
しかし足運びや視線の動かし方を見るに、いつもパーティを組んで行動しているのが分かる。ソロで動くのとは違う気の遣い方──連携を重視しているな。
『片手剣、双剣、長物、魔法攻撃・補助担当で二人ってところか』
『見るだけで分かるものか? 相変わらず凄まじい観察眼だ』
『クロトさんっていつもこんな感じなんです?』
『我が出会った当初から変わらんぞ。しかし、花畑を荒らした冒険者どもの得物、背格好を把握しただけでは情報が少ないな』
『パーティ編成の情報を元手にギルドで調べれば候補は見つかりそうだけど……待った。ゴート、今の映像を少し戻して止めて』
『むっ、分かった』
指示通りに巻き戻る映像をじっくりと見つめる。見間違いでなければ……
『何人かの胸元に同じ意匠のメダルみたいな物が見える。これは、蛇を掴んだ大鷲か?』
『パーティを象徴するエンブレム、もしくはより大きな組織。クランの物かもしれんな』
『おおっ! 調査においてかなり重要な指標になりますね!』
『これ以上、進展するような情報は場の記憶に無い。だが、クロトが気づいたメダルの意匠……調べてみる価値はありそうだ』
『ああ。レインちゃん達をレムリアに送り届けた後、アカツキ荘の皆と共有しよう』
緑の魔剣を粒子化させ、虚像の映像を手で掻き消しながら立ち上がる。
後ろを振り返れば、ちょうどミュウちゃんの母親が荷物の確認を終えたようだった。エリック達に呼びかけて駆け寄り、荷車を引いて移動を始める。
……蛇を掴んだ大鷲のエンブレム、か。一体、どういった連中だろうか。
短編限定の敵キャラを出す為の調査回でした。
次回、エンブレムの意匠を元手に犯人を突き止めるお話。