短編 アカツキ荘のおしごと!《第十三話》
推理パート兼戦闘パートに繋がる橋掛かりなお話。
【調査報告書】
学園長、そして冒険者ギルドへ再開発区画改めレムリアの整備、進展状況の報告になります。
レムリア整備二日目。
作業エリア……建築に使用する資材の確保、及び図面の作成。
宿舎エリア……建物すべての水回り、寝具など設備の設置完了。
倉庫エリア……建築に使用する資材の確保、及び図面の作成。基礎工事は中途。
農園エリア……コムギ氏による植物生育の実証実験を実行。結果は大成功。
日夜ニルヴァーナの食糧自給に尽力してくださっているコムギ氏の協力により、農地エリアの有用性が確認。
迷宮内で採取可能な植物資源、野菜類から一般的な物、果てには樹木や果樹まで生育可能であると判明。コムギ氏の見立てではニルヴァーナ全住民の約三割まで食料自給を補えるとのこと。
また、倉庫・作業エリアには使われる建築材はアカツキ・クロト個人の要請で、ウィコレ商会の商人ロベルト氏の支援により迷宮資源で構成する予定。
しかし、レムリアの整備を妨害する何者かが手を回しているらしく、他商会からの資源入手は困難を極めます。加えて万全な量の資材を確保したとは言いがたかった為、不足した分はアカツキ荘とコムギ氏による協力で、トレントの木材を乾燥・加工する事で補填。
上記の事柄で発生した出費、及び南西区画長シュメル氏が募集した施工業者、職人方の緊急雇用費を含めた請求明細を、依頼期限である五日後に提出させていただきます。
クラン“アカツキ荘”専属仲介人、シエラより。
「…………ファーーーーーーッ!?」
「ちょっと、うるさいですよ。少し業務が伸びただけなのに騒がないでください」
学園長室の執務机に頬杖をつきながら。
たった一日の出来事とは思えない、濃密な報告書の内容を呼んでしまったフレンは。
咄嗟に出た気の抜ける悲鳴を学園中に響かせ、残業してまで手伝っているシルフィに咎められるのだった。
◆◇◆◇◆
コムギ先生による農地の生育実験、不足した建築材の補充。
次いで建具や金物を調整してもらう為、親方の手を借りることになって。
そして彼に、シラサイに発生していた異変と魔剣関連の情報を打ち明けた。
常識では考えられない現象と事象の数々に秘密の開示。とてつもない激動の時間を過ごし、あっという間に陽が落ちていった。
何もない更地のレムリアが開拓され、徐々に人の営みが揃っていく──どこか感動すら覚える光景を背にして。
コムギ先生と作業を終えたエリック達を連れてアカツキ荘に帰り、彼らが収穫した野菜と冷蔵庫で保存していた肉で豪勢な夕食を囲んだ。
アカツキ荘の女性陣は屋内の風呂で。俺とエリックは満点の星空の下、ドラム缶風呂に浸かって一日の疲れを落とす。
そうしてベッドに潜り込み、迎えた翌日。
「れ、レムリア整備っ、三日目。アカツキ荘、点呼っ……!」
「セリス、全身筋肉痛だよ……」
「エリック、腕と腰がバッキバキだ……」
「カグヤです。身体の痛みはありません」
「ユキも平気! でも、にぃに達は大丈夫?」
「大丈夫じゃない、けど、弱音を吐いてもいられないからね……」
明らかに昨日の伐採作業が影響した、悲鳴を上げる身体を引きずって、辿り着いたレムリアの中心地で点呼を取った。
既に哨戒警備中の召喚獣たちに仕事道具を持った職人や、ウィコレ商会の商人が資材を運んできてくれていたりと働き始めている。
その中で、生まれたての小鹿のように震えてる学園ジャージを着た連中がいるのは、だいぶ奇怪な光景だろう。
邪魔にならない位置でたむろってはいるものの、何人かは奇異の視線を向けながら通り過ぎていった。そんな目で見ないで……
「おはよう、坊やたち。今日も定時に来てもらって悪いわね」
壊れたネジ巻き人形の如く、声をかけられた方へ振り向けばシュメルさんが立っていた。
隣には、昨日あれだけ熱心に農作業へ従事していたにもかかわらず元気そうなシエラさんもいる。
「おはようございます、お二人とも……特にシエラさんも問題無さそうで」
「そうだねぇ、あんな全力で働いてたのに調子が良さそうだ。何か秘訣でもあるのかい?」
「皆さんにはまだ分からない感覚かもしれませんが、私くらいになると──痛みは遅れてやってくるのですよ」
「普段から運動してないと、そういうのはすぐにやってこないってよく聞くわ。それと加齢によ」
「この話やめましょうか。誰も傷つく必要ないです」
「そうだな。いま傷ついてんのは俺らの筋肉だしな」
どこか燃え尽きたような口調で言い切ったシエラさんに、シュメルさんが余計な補足を入れようとしたので、エリックと共に強引に遮った。
よく分かって無さそうなセリスとユキは顔を見合わせ、察したカグヤが咳払いを落とす。
「話を戻しますが、本日おこなう業務はなんでしょうか? ここまで人員が集まっていると、あらゆる面で素人な私たちでは足手纏いになってしまいそうですが……」
「確かになぁ。肉体労働で誤魔化せる部分は全力でやってきたが、建築やら図面がどうのこうのってのは専門家の仕事だろう? それこそクロトぐらいしか出来ないんじゃないかい?」
「俺のことなんだと思ってる? まあ、やれって言われたら出来るけど……ああいうのは同じ職人、職場の連携で工程を進めていくから、結局邪魔になるんじゃないかな」
カグヤやセリスの言う通り、アカツキ荘として力を必要とする場所は無いように思えた。
コムギ先生は定期的に農地の様子を見に来てくれる約束をしてくれたし、農園エリアも昨日ほどではないにしろ順調に作物が成長してきている。それらの世話も、手が空いている農家を派遣してくれるとのこと。
柵の設置、温室の確保、夜道を照らす結晶灯……これらは全て急いで準備せずとも、勝手が分かる業者に任せた方が適したモノを作ってくれるだろう。
レムリア整備三日目にして“やれること”が見えなくなってきていた。
「細々とした物が足りないのは事実だけれど、学生が手を出せる領分ではないものね。強いて言うなら、トレントの経過を見てもらうぐらいかしら?」
「そういや、実用可能な水準に達するまで乾燥させてるんだっけか?」
「うん。しっかりルーン文字は刻んだし、もう終わってると思うけど……」
「なら、早速見に行こうよ!」
先導していくユキの背中を、震える体に鞭を打ってついていく。
農園エリアを背にして進んでいけば丸太置き場が視界に入り、ルーン文字を刻む前と比べて、幾分か縮小した丸太たちが横たわっていた。
「うわすっげ……あんなにデカかったのが、こんな風に変わるのかい?」
「トレントは本来、燃料として使われることが多い割に、潤沢に水分を含んでるからな。内部に残留している魔素比率が影響して、水気があるのに燃えやすいっつぅ不思議な状態になってんだ」
「ですが建材、武具の拵えにしても一級品と言えるほどの耐久性、柔軟性を保持していますからね」
「ほえー……ってか、前にクロトから作ってもらった槍も、確かトレントの木材を使ってたっけ」
背後の雑談を聞き流しつつ、丸太置き場の一つに近づく。
整えられた切断面に刻んだルーン文字は時間経過で消えていて、《鑑定》スキルで確認しても建材として使用可能な状態に仕上がっていた。
体積が縮んで、内部から水蒸気のように水分が噴き出した影響もあってか、樹皮との間に隙間ができている。気になったユキが手に取り、一息で豪快に剥がしていけば……ヤスリ掛け後のような、滑らかな丸太に早変わりだ。
「わあ……! すごーいっ!」
「はー、こりゃ綺麗なもんだ!」
「普通の樹木じゃ虫喰いやら病害、腐食なんかでここまでの物にはならないよ」
「コムギ氏のスキルで急成長させていただいたおかげですね」
「植物の成長に特化したクラスにスキル……只人が持つにはあまりにも危険ね。──ああ、だからこそあの子が直接出向いた訳か。そういう方面では、相変わらず鼻が利く……」
近くに寄ってまじまじと見つめるセリス達を置いて、振り返れば顔を背け、シュメルさんが何かぼやいていた。
「どうかしました?」
「いえ、なんでもないわ。とにかく、木材は十分足りそうね?」
「あとはロベルトさんがどうにかしてくれてるでしょうし。俺達が出来そうな仕事と言えば……うーん、思いつかない」
本格的にやることが無くなってきたな。かろうじて、各エリアで困りごとが無いか聞いて回ってくるとか?
「ならば、ちょいと儂の願いを聞いてはくれんかの?」
頭を悩ませていると、隣の倉庫エリアで作業をしていたのだろう。
蝶番などの金物を持ったまま、親方が声を掛けてきた。
「お願い……何か物資が足りなかったりしました?」
「いんや、そういうことじゃあない。農園エリアに関する話じゃ……ミュウという女子を知っとるじゃろ? 家族で花屋を経営しとる」
「ええ。よくアカツキ荘に飾る花や錬金術の触媒を買わせてもらってます」
「その子がどうかしたのかしら?」
シュメルさんに促され、親方は頷いてから。
「なんでもレインから聞いたところ、レムリアの整備が始まってからというもの、よろしくない輩に店を妨害されとるようなんじゃ。郊外に個人で所有しとる畑にも迷惑を掛けとるようでの」
「よろしくない輩? 自警団の目があるのに、そんなことをしてくる奴らがいるなんて」
「どうも逃げ足の速い連中らしく、加えて冒険者風の装備を身に纏っていたそうじゃ。人混みに紛れやすく、足跡を追うには厳しかろうて」
「それが農園エリアとどう関わってくるの?」
「その者たちをレムリアで匿えんか? 良ければエリアの一画も借りたい。満足に仕事が出来ん以上、稼ぎが減ってしまうのは明らか……孫の友だとしても見過ごせん」
なるほど、そういうことか。
「普段から俺もお世話になってますし、個人的には力を貸したいですね。シュメルさんはどうです?」
「坊やがそこまで言うなら異存はないわ。気になる部分もあるしね」
「はて、気になる部分とな?」
「貴方は知らないでしょうけど、坊や達はレムリア整備の初日にワイプアウターっていう悪徳クランの襲撃に遭っていてね。無事に捕縛はしたものの、裏で糸を引いてる黒幕が居るのは事実。そして、坊やの知り合いに冒険者風の輩が姿を見せ始めた……恐らくは」
「ワイプアウターと同じ、裏家業を引き受けてる冒険者が依頼を受けて俺の知人に嫌がらせを……?」
思い至った考えに、シュメルさんは言葉を続ける。
「身体的な実害がまだ出ていないようだけれど、時間の問題でしょう。そうなる前に保護するのはやぶさかではないわ。ミュウちゃん、と言ったかしら? その家族に話を聞けば黒幕のヒントが掴めるかもしれないわね」
「ふむ……シエラさんにお願いするよりは迂遠になりますけど、彼女を危険に晒すことなく先手を取れるかも」
「何やらそちらにも事情があるようじゃな。とにかく、ミュウと家族を招待しても構わないか?」
「ぜひお願いします。打算じみた話になりますが、花や触媒に詳しい人達がいれば農園エリアの改善に繋がるかもしれませんし」
「それは助かるわね。ファタル商会としても、重要な要素になるでしょうから」
「では、早速連絡を取るとしよう」
ポケットからデバイスを取り出した親方が通話を掛ける。恐らくレインちゃんに対してだろう。
これまでは黒幕の手段に対して後手を取るしかなかった。けど、ここからは違う。
ミュウちゃんと家族の保護、黒幕を暴いて取っちめる──両方やらなくちゃあいけないってのが、新生クランのツラいところだね。
それがレムリアの安定した運用に繋がるなら、全力で取り組むさ。
ダイジェスト形式にしようかと思いましたが、やめました。
クロトだけでなく、最初から“アカツキ荘”という組織として好き勝手に動いたらどうなるか。
それが書きたくなったので、学園長と先生の胃痛を発症させる展開に変えます。
次回、知人に危害を加えるつもりなら黙っていられないクロトと、同調するアカツキ荘のお話。