短編 アカツキ荘のおしごと!《第七話》
クロトが持っている人脈をフル活用していく過程のお話。
最終手段として選んだのは、以前からお世話になっていた召喚獣保護施設の職員さんだ。
アカツキ荘、引いてはレムリアが抱えている問題の解決に助力を願えないかと思い、状況を伝えて三〇分後。
二、三メートルほどの灰色毛玉、ケットシーの頭や肩に乗る召喚獣を引き連れて職員さんがやってきた。
顔見知りなエリック達、交流の無いシエラさん、シュメルさんとの挨拶を程々に通話口で説明した内容を再度伝える。
「いきなり連絡が来て何事かと思ったが、まさか再開発区画の警備をウチの子達に任せたいとは……」
「あの子たちが賢いのは重々承知の上でお願いしたかったんです。人の感情に聡い召喚獣なら、敵意や害意を持つ相手を見定めることができますからね」
「体よく繕っている本質の見抜く力は、自警団をも上回るしな。ソラを見てるとよく分かるぜ」
そう言ってのけるエリックの視線の先には。
モフッとした毛皮を持つケットシーに魅了され、抱き着く女性陣がいる。彼は慣れ切ったかのように目を細め、脱力した。
「現状、自警団や他の組織に警備の人員を回してもらうのは難しい。ですが、時間が経てばいずれ人にも空きが出る。せめてレムリアの整備が終わるまではここに常駐してほしいんです。都合よく広い敷地もありますし、あの子たちも退屈はしないと思いますよ」
「監督員として保護施設の職員が何人かいてくれれば、問題が起きても対処しやすいだろうしな。色々と掛かる出費は俺らに申請してくれたら払いますんで……」
「ふぅむ……」
ケットシー以外の召喚獣が思い思いに遊び回る中、職員さんが顎に手を当て考え込む。
「実を言うと君から連絡を受けている時にケットシーも近くにいたんだが、内容を盗み聞きしていたのかやけに乗り気でいたんだ。君と特に仲の良かった子たちも事情を把握したのか、やる気に満ちていてね」
「んん? それは不思議な…………あっ、もしかして納涼祭の一件が関係していたり?」
心当たりがありそうな出来事といえば、納涼祭の暴動鎮圧を思い出す。
実際に見た訳ではなく伝聞で知ったことだが、暴徒化した住民に襲われかけていた子どもや老人を、召喚獣たちは率先して守っていたらしい。
その時の経験が召喚獣たちに著しく影響を与えたのでは? と思い、職員さんに尋ねれば彼は深く頷いた。
なんでも納涼祭以降、職員や来訪した客の傍に付き従い、ボディーカード染みたマネをするようになったと言う。
遊び、道楽などといった様子は無く、ただただ守ろうと動く素振りが多くなったそうだ。
「そんな子達が肯定的である以上、職員として受け入れざるを得ない。君には施設の手伝いをしてもらった恩があり、召喚士なりたての冒険者と契約の場を取り持ってもらったこともあった。今回の件で少しでもお返しできるなら、こちらとしてもありがたい限りだ」
「んじゃあ、レムリアの警備は……」
「ぜひ、引き受けさせてもらおう。君の、アカツキ荘からの正式な依頼としてね」
笑みを浮かべ、右手を伸ばし、求められた握手に応える。
「具体的な話は区画責任者の方と詰めさせてもらうが、早速本日から警備を始めさせてもらう。手堅く、区画の境目を見回ることにするよ」
「ありがとうございます! そうだ、折角なら契約して新しく仲間になったウチの子も連れてってください」
「ほお? 命を預かる責任が持てないから、保護施設の子たちとは契約しないと言っていた君が? いったいどんな召喚獣を──」
興味を持った職員さんの前で召喚陣が浮かび上がる。
大人の背丈よりも大きなそれから姿を現したのは、誰もが目を惹く太陽の如き毛玉。
丸い体型に小さな翼、朱いトサカに嘴と。変化したヒヨコ形態を気に入ったのか、元の大きさに戻らないままのフェネスが飛び出してきた。
『クルルッ?』
『キュ?』
召喚獣同士でいつの間にか仲良くなっていたのか。
ソラを頭に乗せたまま身体を擦り寄せてくるフェネスを撫でつける。
「こちらはフェネスと言います。よろしくお願いします」
「……気のせいでなければ、霊鳥と呼ばれる類の召喚獣ではないかい? それに街を騒がせていた巨大ヒヨコとは、もしや?」
「お察しの通りでございます。この間、遠出した際にふとした拍子でフェネス側からの契約を受け入れてしまって。……数日の間柄ですが、賢く頼りになる子なので見回りに連れて行ってください」
「う、うむ。君が言うなら、そうさせてもらうが……いいのかい?」
『クルッ!』
『キュキュ!』
「事態を把握して協力するまで早いな。まあ、クロトを気に入って契約したような奴だし、気前の良さは元々持ち合わせてたんだろうな」
エリックですらノリと勢いで生きてる印象を抱くんだから、イレーネが言っていた総評はアテにならんな。
遭遇時からのイメージがどんどん変化していくフェネスはソラを頭に乗せたまま、職員さんと共に大きな身体を揺らしてケットシーの下へ。
毛玉が二つ並ぶ光景に和んでいたら、シュメルさんと話し終えた職員さんが早速レムリアを闊歩していく。……百鬼夜行、いやハーメルンの笛吹きか。
「なんともまあ、微笑ましい光景ね」
いつ間にやら隣に立つシュメルさんは優雅に笑みを浮かべる。
さっきまで恍惚とした顔でケットシーに埋もれていたの、忘れてませんよ?
「しばらく警備に関しては彼らに一任するということでいいですか?」
「ええ。坊やの提案を聞いた時は疑問視していたけど、しっかり周辺を警戒しているようだし、頼りにさせてもらうわ。それに、業者への要請も進展があったからね」
「どうやらワイプアウターや大本の依頼主に脅されていたのですが、クロトさん達がリーダー格を倒した情報が自警団から周知されたことで撤退したそうです」
魅惑のモフモフ毛皮を堪能して乱れた髪を正しながら、シエラさんは毅然として事情を教えてくれた。
その後ろではカグヤとセリス、ユキがケットシーの余韻を噛み締めつつお弁当の片付けをしてくれている。ありがとう。
「その隙にレムリアの各種建造物、設備や備品の用意をお願いしたわ。元々請け負いたかったけれど、変に圧力を掛けられて手も足も出なかったみたいだから、渡りに船というものね」
「んじゃあ、作業や温室なんかの建造物、設備はそっち任せにすればいい感じか」
「本職に任せた方が効率は良いでしょう? その分、今日の内に出来上がった部分の細かいところは手をつけましょうか」
「えーっと……?」
細かいところ、と言われてエリックは辺りを見渡すが、何を作ればよいか分からず首を傾げる。
「まあ、外観に手は付けれても、本格的な施工しろとか言われたら道具が足りないからね。“水泉の要石”はルーン文字を刻むだけで作れるし、農園全体と宿舎周りの水路、追加で水場の生成ぐらいかな?」
「一番手間が掛かる工事でもありますけどね……」
「土属性に適性を持つ《メイジ》や《ウィザード》なら片手間にやってのける作業ですよ。そういう連中に限って無駄にプライド高くて性格がクズだったりで働きませんけどねっ」
「お前なんか嫌な思い出でもあったか?」
「ニルヴァーナに来て二日目に悪徳教師から学園編入を賭けて勝負した挙句ボコられましたけど?」
「ああ、ガルドか……いたな、そんなの」
もはや懐かしさすら感じる過去の激闘が脳裏をよぎる。
今でこそ色々と技術を学んだから完封できる自信はあるが、覚えたての魔力操作と初期装備みたいな剣に生身で全身鎧と戦ってたのおかしいよ。
「とりあえず、やるべき事は決まったんだし、作業に入るとしようか!」
「レムリアの図面を見ながら用水路を引いていくんだな? スコップ、いや、それも爆薬でどうにかするのか?」
「草ごと農地を掘り返したから、新しい起点を作らないといけなくて。丁度よくどかした石があるから、それを変性材料にしたいので水路の位置に置いていかなくちゃいけません」
「つまり?」
「肉体労働です。行くぞみんな! 早く終わらせないと日が暮れるぜ!」
「最後の最後に重労働かよ!?」
誘導の異能を駆使して山のように積まれた石の塊へ駆け出す。
炎天の日光に焼かれながらも、レムリアの今後の為に。
俺たちは汗水垂らして作業を進めていくのだった。
召喚獣保護施設の子達がレムリアの警備係になりました。どんどん賑やかになっていきます。
次回、レムリア整備一日目の総括と新たな問題、その解決方法を提示するお話です。